法の支配と民事訴訟実務入門(平成20年9月22日改訂)
各論20、貸家の明け渡し訴訟を自分でやる。
質問
借家人が家賃を6カ月払いません。催促すると払うというだけで一向に払う様子がありません。出て行って欲しいのですが、それも期待できません。訴訟を起こそうと思いますが、自分でもできるでしょうか。
回答
1. まず、6か月の賃料不払いが借家契約の契約解除原因(民法541条)になるか問題ですが、通常債務不履行として解除が可能です。
2. 本件建物明け渡し請求訴訟を借家、及び貴方の住所地を管轄する地方(簡易)裁判所に提起することになります。
3. 建物賃借権解除について参考のため事務所事例集NO737 号、728号を参照してください。
解説
賃料不払いによる借家(不動産)賃借権の解除、明け渡し請求訴訟の考え方を説明します。賃料を6か月も支払っていないのですから、『債務を履行しない』(法541条)すなわち債務不履行であり賃貸借契約を解除できることが当然と思うかも知れません。しかし、建物のような不動産賃貸借契約の場合は『債務を履行しない』とは、契約当事者の信頼関係を破る程度のものでなければならないと限定的に解釈されています。解除制度の意義は、契約自由の原則により契約を締結した以上、相手方に債務を請求できるのは当然ですが、いくら催告をしても相手方が履行をせず当該不履行により契約の目的を達成ことができないようであれば公平上契約自体の解消を認めたものです。従って、解除できるかどうかは公平の観点から、不履行の額、態様、原因、契約期間、不払いの理由、経過、態度言動等を総合的に考えて、信義則上契約全体からもはや契約を継続する事が出来ないことが必要になるわけです。さらに、契約自由の原則の目的は適正公平な法社会秩序の建設にありますから、不履行があったからと言って直ちに解除を認めることは契約自由の原則に内在する公正・公平の原則にも悖ることになります。さらに、賃借人の利益は投下資本の回収であるのに、居住している賃借権者の利益は生活権に直結するものであり保護の必要性が大きいこと、継続的契約関係であり契約自体の解消を安易に認めることができないわけです。判例も、以上の趣旨から不払いの回数だけでなく総合的判断を行っています。
1 自分で裁判ができるか
本人訴訟か弁護士を頼むかについては、総論を参考にしてください。本件のように賃料の未払いが6カ月に及んでいるのであれば建物賃貸借契約を解除できることは問題なく、本人訴訟でも勝訴できるでしょう。
2 建物の明け渡しを求める根拠について
裁判をする前に、建物賃貸借契約がどのような契約なのか説明します。ある物を使用収益させることを約束し、相手が賃料を支払い、目的が達せられた場合にその物を返還する契約を賃貸借契約と言います(民601)。契約が終了した場合、賃借人は借りていた物を返還する契約上の義務(債務)を負います。そこで、裁判で賃貸人が、貸している物を返還してもらうには、賃借人(被告)と賃貸借契約をし物を引き渡したことと、契約が終了したことを主張立証する必要があります。契約が終了した事実は場合によって異なりますが、賃借人が賃料を払わない場合は賃借人の債務不履行を理由に賃貸借契約を解除したことが要件となります。そこで、賃貸人としては契約が解除できる要件がそろっていることと、実際に契約を解除したことを裁判で主張立証する必要があります。契約の解除できる要件は、債務者が債務を履行(債務不履行)しないことです。この場合は賃料を支払わないことが債務不履行となります。また解除の通知には催告といって、債務の履行を催促することが必要です。催告しても履行しない場合に解除ができることになります。そこで、賃貸人としては、催告しても支払わないので解除の通知をしたことを主張立証する必要があります。
他に、連帯保証人がいる場合は、連帯保証人が別途保証人になった契約をしたことを主張立証する必要があります。このようなことが裁判をする前提として知っておくべきことです。そこで次に、具体的にどのように裁判を始めるのか説明します。
3 貸金返還請求の訴状は次のようなものになります。
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○○地方裁判所○○支部 民事部御中
訴 状
平成 年 月 日
〒 住 所 (送達場所)
電 話 − −
ファックス − −
原 告 0 0 0 0?
〒 住 所
被 告
〒 住 所
被 告
建物明渡等請求事件
訴訟物の価格 金 円
貼用印紙額 金 円
請求の趣旨
1 被告0000は、原告に対し、別紙物件目録記載の建物を明け渡せ。
2 被告らは、原告に対し、金 円と平成 年 月 日から別紙物件目録記載の建物明渡済みまで月金 円の割合の金員を支払え。
3 訴訟費用は、被告らの負担とする。
との判決並びに仮執行の宣言を求める。
請求の原因
第1 建物の賃貸借契約、連帯保証契約
1 原告は、被告0000(以下「被告00」という)に対し、平成 年 月日、別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という)を下記のとおり賃貸した(甲1 契約書)。
記
賃貸借の期間 平成 年 月 日から同 年 月 日までの2年間
賃 料 1ヶ月金 円
支払方法 毎月末日限り
2 被告xxxx(以下「被告xx」という)は、同 年 月 日、本件建物賃貸借契約締結の際、原告に対し、被告00の本件建物賃貸借契約から生じる債務について連帯保証人となることを申し出、原告はこれを承諾した(甲1)。
第2 賃貸借契約の法定更新
その後、賃貸借契約が平成 年 月 日に期間が満了する際、被告00が本件建物に居住していたことから上記本件建物賃貸借契約は法定更新された。
第3 賃貸借契約の解約
1 被告00は本件建物の賃料を同 年 月分から滞るようになったが、平成年 月初めの時点で、同月分を含め か月分の家賃合計 万円が未払いとなった。
2 原告は被告00に対し、平成 年 月 日付け内容証明郵便で家賃の未払いが同月分を含めて か月分合計 万円となったことを理由に、本件建物賃貸借契約の解約と未払い賃料 万円の支払を催促し、その通知は同月 日被告00の自宅に配達されたが、不在のため被告孝雄は内容証明郵便を受けとらず、その後原告に返還された(甲2)。この内容証明郵便が被告00の自宅に配達されようとした同日を持って本件建物賃貸契約は解約により終了した。
3 仮にそうでないとするなら、本件訴状により本件建物賃貸借契約を解除する。
第4 結語
よって、原告は被告00に対し、本件建物賃貸借契約終了にともなう本件建物の明渡しと、被告両名に対し平成 年 月末までの本件建物賃貸借契約の未払い賃料金並びに月 円の割合の賃料相当の損害金の合計として金 円と平成 年 月 日から本件建物の明渡し済みまで月 円の割合の賃料相当の損害金の支払いを求め訴えを提起する。
以 上
(別紙) 物 件 目 録
所 在 ○○市○○12番地14
家屋番号 12番14
種 類 居宅
構 造 木造亜鉛メッキ鋼板葺2階建
床面積 1階 ○○.○○u 2階 ○○.○○u
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4 訴状の書き方
@ 訴状の構成は、他の事件と同様まず表題的なものとして、裁判所に提出する日付、宛名として提出する裁判所、当事者の表示として原告と被告の住所を記載します。提出する裁判所は管轄裁判所を記載します。原則は被告の住所地の地方裁判所ですが、金銭債務は持参債務と言って債務の履行地は債権者の住所地ですので、原告の住所地を管轄する裁判所にも管轄があります。
A 事件名、訴額と貼用印紙額の記載
事件名は、原告が自由に付けて良いのですが、建物明渡請求事件とするのが通常です。訴額は、建物の価格になります。具体的金額は建物の固定資産評価証明書に記載されている金額(その2分の1が訴額となります)が基準となります。東京都の場合は都税事務所でもらうことができます。なお、訴額によって貼用印紙額が決められていますので、裁判所に確認してください。必要な印紙を訴状に貼って提出することになります。なお、訴額の記載は、空欄にしておいて裁判所の受付で確認してから記載するほうが、間違いないでしょう。
本件では、未払い賃料の請求もしていますが、これらは付帯請求といって訴額の算定は不要とされています。
B 以上が表題的な部分で、次に本文として「請求の趣旨」「請求の理由」となります。まず請求の趣旨には、原告が裁判所に求める判決の主文を記載します。裁判所は原告が求める判決について理由があるかないかを判断することとなっています。原告としては、建物を明け渡せという判決をしてもらうことになりますので、端的にその旨記載する必要があります。大切なことは強制執行できるような主文を判決してもらうということです。訴状の例は登記されている一棟の建物ですから不動産登記事項全部証明書をみてそのまま記載すればよいでしょう。登記と現況が異なっている場合や未登記の建物あるいは登記されている建物の一部について明け渡しを求める場合は、更に具体的に建物を特定する必要があります。もし、判決に記載された建物と現実の建物があまりに食い違っていると、強制執行の際判決にある建物ではないので強制執行できないといわれていしまう危険がありますので注意が必要です。現況として記載し場合によっては図面を作成する必要があります。
未払いの賃料については既に発生しているものについては合計額を計算して記載します。将来の分は月000円の割合の金額と記載することになります。
C 次に請求の原因には、原告が記載した請求の趣旨の根拠となる事実を記載します。 賃貸借の終了による、賃貸借契約の債権としての建物明渡請求は、初めに説明したとおり、賃貸借契約を締結しそれが消滅したことが請求の根拠となる事実になります。
賃貸借契約の締結は通常訴状の例のように、契約日等を記載します。賃貸借契約書に基づいて記載すればよいでしょう。次に契約の解除について記載します。通常は訴訟の前に家賃の支払いを催促した書面と解除の通知をしているでしょうから、その通知に基づき記載します。
訴状には解約として記載されていますが、解除でも構いません。賃貸借契約の解除は将来に向かって効果があるので、ほかの契約の解除と区別する意味で解約という言葉を使いますが、解除でも問題ありません。
訴状の例は、被告が解除の内容証明を受け取らない場合の記載方法です。受け取らなくても相手が受領できる状態にあれば、解除の意思表示は相手に送達されたと考えられます。但し、相手が宛名の住所にいない場合は送達に問題がある可能性があります。そこで念のため訴状で解除する意思を表示しておくことになります。
D 訴状の提出
訴状が完成したら裁判所に提出すること他の事件と同じです。訴状と一緒に証拠書類の写しを提出することになっています。建物明渡訴訟では建物賃貸借契約書、契約解除の内容証明郵便とその配達証明を証拠として提出します。
建物の登記に関する書類は、必要ではありませんが、建物の特定のため、証拠として提出するのが一般的です。建物の記載が違っていると強制執行できなくなる場合があること初めに説明したとおりですから間違いのないように裁判所に証拠として提出しておいたほうが良いでしょう
5 裁判が始まるとどうなるか
裁判手続きについては、他の訴訟事件と同様です。被告が訴状の請求の趣旨に記載されている事実を認めれば判決ができることになり裁判は終結して判決の言い渡しとなります。
賃料未払いを理由とする明け渡し請求の場合、被告が反論することはあまりないでしょう。賃料未払いの事実は明白だからです。予測されるとすると、後日未払い賃料を支払ったので解除は無効と主張して争う場合でしょう。この場合、建物の明け渡しは住居の問題にもなるので解除を認めるか否か具体的な事実関係が問題となる余地があります。債務不履行があり契約の解除の通知があれば原則として解除となるのですが、長年家賃を遅れずに支払っていたが、突発的な事情で数か月家賃が支払えなかったが、これからは家賃を支払える状況がある、という特別な事情がある場合には、例外的に解除が認められない場合もあります。このような特別な事情がある場合は、担当している裁判官の意見よく聞いて、裁判をどのように進めるかは弁護士に相談した方が良いでしょう。
≪条文参照≫
(履行遅滞等による解除権)
第五百四十一条 当事者の一方がその債務を履行しない場合において、相手方が相当の期間を定めてその履行の催告をし、その期間内に履行がないときは、相手方は、契約の解除をすることができる。