リフォームを理由に敷金が返還されない場合の対応

民事|原状回復義務の具体的内容と特約の有効性|東京都の賃貸住宅トラブル防止ガイドライン

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 関連事例集
  4. 参照条文

質問

引越しをしたのですが、リフォームが必要などと言って、前の家の敷金を返してくれません。あとで確認したのですが、確かに契約書には、修繕費を借主の負担として敷金から差し引くかのような記載がありますが、契約時には、きちんと説明は受けていません。

前の家をそんなにひどく汚したとは思えないのですが、契約書に記載がある以上、やはり、敷金を返還してもらうことは無理なのでしょうか。東京都の条例で、このような場合に敷金が返還されるように定められたという話を聞きましたが、本当ですか。

回答

1 まず、敷金というのは、賃貸借契約において未払い賃料など賃借人が目的物を明け渡すまでに生じた一切の債務を担保するものとされ、この点は判例上確立しています。また、民法上賃借人は建物明け渡し時に原状回復義務を負います(民法616条・598条)。敷金の性格とこの条文があるため、一見すると、原状回復として、修繕費さらにはリフォーム代などについても賃借人が負担する、すなわち、敷金から差し引かれることがあたかも正当なような錯覚に陥ってしまいます。あなたも敷金を返したくない賃貸人からこのような説明を受けているのではないでしょうか。

2 しかし、賃貸借という契約の性質上、賃借人には賃料支払い義務があるのに対して、賃貸人には賃貸物を貸す義務(民法606条)があるはずです。そして、この貸す義務があることからすれば、例えば、雨漏りがした場合の修繕費などのいわゆる通常の修繕費というのは賃貸人の負担になるのです。さらに、賃借人は通常の用法に従って目的物を使用しなければなりません(民法616条・594条1項)が、通常の使用をしていたことで多少汚れが生じたりすることはむしろ当然のことであって、これらの点についてあなたは、賃料として負担している訳です。だとすれば、原状回復義務といっても、借りた当時の状態に戻すことまでは不要であり、賃貸人があなたに敷金から差し引くとして正当に請求できるのは、基本的にはあなたが不注意で傷つけたりした部分(通常の用法とはいえない部分)に限られるということになります。

3 もっとも、賃貸人は以上のことを踏まえて、賃貸借契約時に、特約で、実質上、賃借人に修繕義務を負わせる場合があります。あなたの場合にも、そのような特約が記載されたものとして、敷金の返還を拒否される場合があり得ます。しかし、このような特約は、①特約の必要性があり、かつ、暴利的でないなどの客観的、合理的理由があり、②賃借人が、特約によって通常の原状回復義務を超えた修繕などの義務を負うことについて認識しており、③賃借人が特約による義務負担の意思表示をしている場合に、有効であるというのが判例の立場ですので、①の合理的な理由がないとして(②及び③については、契約書に署名しているという点で、少し厳しい面があります)、2で述べた範囲でしか、敷金からの差し引きを認めず、残額については返還を主張(手続きとしては、簡易裁判所の少額訴訟等が考えられます)することも考えられます。具体的に、入居後の大小修繕は賃借人がする旨定めた条項について、賃貸人の修繕義務を免除したにすぎず、賃借人の使用中に生じた一切の汚損、破損個所を、賃借人が自己の費用で修繕する義務まで定めたものではないとする判例(最高裁昭和43年1月25日)や、特約のある事例で、一定範囲の小修繕を賃借人の負担とする範囲で有効であるが、賃借人に修繕義務が移転しているというためには積極的にさらに特別な事情が必要であるとしている判例(名古屋地裁平成2年10月19日)等があることからも、特約があっても、2で述べた通常の範囲で賃借人負担となるに過ぎないという主張が考えられます。

4 それでも、一般的にはこのように言えたとしても、どこまでが通常の修繕費を超えた修繕なのか、明確に法律で定まっているわけではありませんので、結局、修繕費の額などについて争うことになり、紛争は絶えないというのが実情です。人口の流動性の高い東京都では、賃貸住宅が重要な地位を占め、このようなトラブルは特に問題視されていたということもあり、これらのトラブルを未然に防止するという観点から、全国で初めて、条例で原状回復等に関する原則と賃借人の負担とする具体的事項について契約の前に宅地建物取引業者が賃借人に対して説明し、書面を交付することを義務付けました。これが、東京における住宅の賃貸借に係る紛争の防止に関する条例で、東京ルールなどと呼ばれ、平成16年10月1日より施行されています。この施行と同時期に、東京都では、賃貸住宅トラブル防止ガイドラインを制定して、どこまで賃貸人が修繕義務を負担すべきなのか、ある程度具体的に説明しています(ガイドラインの具体的内容については、東京都都市整備局等にご相談下さい)。この条例はあくまでも、賃貸人の義務を定めたものではなく、業者の説明義務を明文化したものに過ぎませんので、あなたの場合も、賃貸人に対する請求の手段とするには限界があると思いますが、あなたが東京都で賃貸住宅に居住していたのであれば、少なくとも、上記条例及びガイドラインの制定後であれば、こちらが修繕義務を負担しないことの主張の参考になると思われます。

5 もし、トラブルが長引くようでしたら、お近くの法律事務所で、法律相談を受けることをお勧めします。

以上

関連事例集

その他の事例集は下記のサイト内検索で調べることができます。

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参照条文

東京における住宅の賃貸借に係る紛争の防止に関する条例

平成一六年三月三一日
条例第九五号
東京における住宅の賃貸借に係る紛争の防止に関する条例を公布する。
東京における住宅の賃貸借に係る紛争の防止に関する条例

(目的)
第一条 この条例は、宅地建物取引業者(宅地建物取引業法(昭和二十七年法律第百七十六号。以下「法」という。)第二条第三号に規定する宅地建物取引業者をいう。以下同じ。)が、専ら居住を目的とする建物(建物の一部を含む。以下「住宅」という。)の賃貸借に伴い、あらかじめ明らかにすべき事項を定めること等により、住宅の賃貸借に係る紛争の防止を図り、もって都民の住生活の安定向上に寄与することを目的とする。

(宅地建物取引業者の説明義務)
第二条 宅地建物取引業者は、住宅の賃貸借の代理又は媒介をする場合は、当該住宅を借りようとする者に対して法第三十五条第一項の規定により行う同項各号に掲げる事項の説明に併せて、次に掲げる事項について、これらの事項を記載した書面を交付して説明しなければならない。
一 退去時における住宅の損耗等の復旧並びに住宅の使用及び収益に必要な修繕に関し東京都規則(以下「規則」という。)で定める事項
二 前号に掲げるもののほか、住宅の賃貸借に係る紛争の防止を図るため、あらかじめ明らかにすべきこととして規則で定める事項

(紛争の防止のための措置)
第三条 知事は、住宅の賃貸借に係る紛争の防止のために必要な措置を講ずるよう努めるものとする。

(報告の聴取等)
第四条 知事は、この条例の施行に必要な限度において、宅地建物取引業者に対し、その業務に関する報告又は資料の提出を求めることができる。

(指導及び勧告)
第五条 知事は、宅地建物取引業者が次の各号のいずれかに該当する場合は、当該宅地建物取引業者に対し、説明を行い、又は報告若しくは資料の提出をし、若しくは報告若しくは資料の内容を是正するよう指導及び勧告をすることができる。
一 第二条の規定による説明の全部又は一部を行わなかったとき。
二 前条の規定による報告若しくは資料の提出をせず、又は虚偽の報告若しくは資料の提出をしたとき。

(公表等)
第六条 知事は、前条の勧告を受けた者が正当な理由なく当該勧告に従わなかったときは、その旨を公表することができる。
2 知事は、前項の規定による公表をしようとする場合は、当該勧告を受けた者に対し、意見を述べ、証拠を提示する機会を与えるものとする。

(委任)
第七条 この条例に規定するもののほか、この条例の施行について必要な事項は、規則で定める。

附 則

この条例は、平成十六年十月一日から施行する。