新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース ≪参照条文≫手形法
No.283、2005/7/25 15:17
[商事]
質問:私は、21歳のOLですが、銀座で紳士風の中年男性のAに声をかけられ、お付き合いをするようになりました。ある時、会社の社長さんBを紹介され、まもなくいろいろ相談を受けるようになり、そのうちに、Bの会社が振出人となっている手形(約束手形)の裏書を頼まれました。金額は800万円です。安易な気持ちで署名したところ、Bの会社が倒産し、債権者という怖い人Cが取立てに来ました。困ってAに相談すると「俺に任せておきなさい。」と言って、800万円を払ってくれて、手形を取り戻してくれました。暫くして、私の家に800万円の手形と借用書を持ったやくざ風のDが来て、支払いを請求してきたのです。噂によると、Aは暴力団関係者だというのです。どうしたらいいでしょうか。
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回答:
1、貴方は、手形に裏書行為をしていますから、Bの会社が振り出した手形の支払の保証をしたことになります(手形法77条1項1号、同15条1項)。すなわち、Bが支払い出来ないときは、貴女が代わって支払いをしますという意味です。振出人であるBが倒産すると、当然、貴女が保証人、債務者として支払いをしなければなりません。Aは貴方の代わりに支払ってくれたのですから、代位弁済といって、貴女に求償権、又は貸金として債権があり、貴女に請求し取り立てにいくこと自体を違法であるということは難しいと思います。
2、また、貴女は、安易な気持ちで署名したと言っていますが、手形法の解釈上、手形であることを認識して署名した以上、裏書行為によって生じる法的責任の詳細な内容を知らなくても、法的責任は生じます。請求している人が怖い人であっても、それだけでは支払いを拒む抗弁にはなりません。
3、しかし、BはAの知り合いであり、手形の裏書を頼むような人を紹介すること自体、Aに少々疑問が残ります。それも800万円です。Aは、紳士風ですが、何となく奇妙で信用できるかどうか問題です。すなわち、紹介されたBは手形を発行後、まもなく倒産していますし、あたかも、貴方に借金を負わせるためだけに紹介したとも考えられるからです。加えて、手形行為の意味について、21歳の貴方には十分な知識がなく、その点をBは悪用しているとも考えられますし、裏書時に年長のAは貴方を守るべく拒否するように助言すべき立場ですが、そのような様子もありません。ただ、Aは責任を感じてか、800万円の債務を肩代わりをしてBの債権者の取立てに対して代わりに支払っているとのことなので、一見貴方の味方のようにも思われます。しかし、貴方が書いたと思われる借用書、問題の手形を持った別の取立て屋Dが請求に来ていますから、貴女の味方とばかり言えないと思われます。これらの事情を総合的に考えますと、本件は、手形を利用した詐欺的行為の可能性がありますから、注意が必要です。
4、そこで、貴女の対処法を具体的に考えてみたいと思います。
@まず、手形が発行されていますから、手形発行の原因となった行為(原因行為)があるはずです。例えば、商品売買の代金支払いのために手形を振り出すのであれば、当該商品の売買行為を原因行為といいます。本件では、原因行為が本当にあったのか調査する必要があります。決済口座と手形用紙さえあれば、原因行為がなくても約束手形を発行することは簡単です。そこで、弁護士等と相談しBの振り出した会社の実態、取引の内容、貴女が裏書後に取得し請求してきた会社(又は個人)の実態をできるだけ詳しく調査しましょう。Bに会って事情を確認すればいいのですが、倒産したBは行方が分からなくなっていることが多いと思われます。限界はありますが、信用調査でBの会社の信用度を確認しましょう。Aが暴力団関係者であれば、Bも同様の関連が考えられます。原因行為について不存在等万が一瑕疵があれば、原因行為の取引の相手方には手形の支払いを拒否できますから、本来であればAに肩代わりしてもらう必要もなかった訳です。しかし、手形は、裏書によらず手渡しでも譲渡出来ますから、そのときの所持人(C等)が原因行為不存在等の事情を知らない場合は、やはり支払いを拒否できなくなってしまいます(手形法77条1項1号、同17条1項)。貴方の立場は厳しいものといわざるを得ません。ただ、B、そして取引先その取引先のCが、万が一不法な関連会社であれば、最初に請求してきたCに対しても支払い拒否を出来る可能性があります。すなわち、B,C、他取引関係者が、共謀し貴女に手形上の責任だけを負わせるために仕組んだ取引の場合です。以上のような場合でも、Aは本件詐欺行為については無関係であるとも主張するかもしれません。しかし、Aは、以上のような事情を何ら調査、究明することなく、貴方に代わり簡単に800万円を支払い、貴方から借用書を取っているようにも思われますから、前述のようにこれも誠意ある態度とは言えません。すなわち、Cが請求している段階であれば、貴方もBとCの関係を調べて支払いを拒絶できる可能性があったのに、Aの支払いにより、あたかも債務が確定し、必ず支払う義務が生じているような状態になってしまったのです。翻って考えてみると、そもそもAが、Bを紹介しなければこのような事件にはならなかったと思いますし、800万円を肩代わりして最終的にはその金員を貴女に請求して来ていますから、Aがこの事件の中心人物かもしれません。噂なのかもしれませんが暴力団関係者というのであればなおさらです。怖いかもしれませんが、A及び取り立てに来た人に会い、以上の疑問点を直接問い質しBを紹介した経緯、Cと話あった状況を詳細に聞き取ることです。この場合、第三者か、弁護士を同伴し立ち会ってもらうことが必要でしょう。答えてくれないかもしれませんが、この事件では、手形金支払については容易に承服しないという意思表示をはっきりとしなければなりません。こちらの意思がはっきりしていないと、相手は執拗に、強固な請求を続けてくることが予想されるからです。
A次に、請求してきているのはAの関係者と思われますから、警察署に相談して、AとDだけでなく、AとB、Cの接点がどのようなものか調べてもらうのです。Aが、本当に暴力団関係者であれば、警察署に暴力団の組織、構成員、関係者、関連企業(いわゆる舎弟企業)が、詳細に整理してあるはずです。その情報から、万が一A、B、Cの不法な関連性が発見できれば、それを理由にAに対して支払いを拒む抗弁とすることが出来ます。すなわち、A、B、Cが共謀し、Aが善意を装い貴女から800万円を取るために仕組んだ犯罪行為となる可能性が十分にあるからです。
B貴女とAとのお付き合いがどの程度のものか分かりませんが、仮に仕組まれた犯罪行為であれば、Aから貴女への接近は、用意周到なものになっているはずです。例えば、貴女が後に抗弁しにくくなるように、豪華なプレゼントを贈ったり、男女関係を持ったり、マンションを借りてあげたり、貴方を信用させるために経済的にかなりの出費をしていることが考えられます。もしこのような行為があるのであれば、すべて関係を清算し、受け取ったものがあれば直ちに返還することです。受け取ったままだと、恩を着せられたりするだけでなく、そのことを理由に請求行為を受けるおそれもあります。法的には認められない請求の場合も多いと思いますが、怖い人に請求されたりすると、実際上、拒否するのが難しくなることもあります。申し出しにくいかもしれませんが、弁護士等に相談して代理人、立会人になってもらいましょう。経済的援助の返還は、再度事件を蒸し返さないように、双方精算済みとして、今後一切請求をしないと書面にて合意書を作成しておくことが必要です。
Cもし、謀議行為により800万円を騙し取ろうとしていた場合は、警察署と協議しながら、被害届や告訴状提出等の法的手続きをとることになります。
Dこれら一連の措置を取っている間、また手形を譲渡される等としてしまうと、手形の取得者が何も知らなければ、また法的責任が生じてしまうおそれがありますので、手形について、とりあえず、緊急の措置として、占有移転禁止や処分禁止の仮処分(保全処分)を裁判所に申し立てた方がいい場合もあります。主張、立証が難しい場合もありますが、早めに弁護士に相談した方がいいでしょう。
7、以上、A、B及びCとの関係を立証することは困難な場合も多く、これといった特効薬はないかもしれませんが、警察署、法律事務所と詳細に協議しながら事件に対処していくことが望まれます。
第十五条 裏書人ハ反対ノ文言ナキ限リ引受及支払ヲ担保ス
第十七条 為替手形ニ依リ請求ヲ受ケタル者ハ振出人其ノ他所持人ノ前者ニ対スル人的関係ニ基ク抗弁ヲ以テ所持人ニ対抗スルコトヲ得ズ但シ所持人ガ其ノ債務者ヲ害スルコトヲ知リテ手形ヲ取得シタルトキハ此ノ限ニ在ラズ
第七十七条 左ノ事項ニ関スル為替手形ニ付テノ規定ハ約束手形ノ性質ニ反セザル限リ之ヲ約束手形ニ準用ス
一 裏書(第十一条乃至第二十条)