新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.311、2005/12/5 10:27 https://www.shinginza.com/qa-hanzai.htm
[刑事・起訴前]
質問:私は,スーパーを経営しています。万引きをされたので,被害届を警察署に提出しましたが,その後,犯人の家族が謝罪に来ました。警察署に電話で被害届を取り下げたいと伝えたところ,警察署から,一旦受理されてしまった以上取下げはできないと言われました。本当ですか。
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回答:
1、警察には,被害届の取下げに応じる法的義務はありません。被害届を出すということは,犯罪の被害者等が,警察などの捜査機関に対し,犯罪事実を申告することを意味します。イメージとしては,電話をかける代わりに紙に書いて出す110番,または警察署に出向いて口頭でする110番に近いかと思います。
2、警察などの捜査機関は,犯罪の存在が疑われる場合は,その捜査をすることができます(刑事訴訟法189条2項等)。これは,被害届が受理されたか否か,または受理した被害届の取下げが申し出られたか否かとは,究極的には無関係です。つまり,被害届を取り下げたいという申出があったとしても,犯罪捜査をするかしないかの判断は捜査機関が自らすることになります。今回の警察署の回答はこのような趣旨のもとになされたのではないかと思われます。法令上も,「警察官は,犯罪による被害の届出をする者があつたときは,その届出に係る事件が管轄区域の事件であるかどうかを問わず,これを受理しなければならない」という規定(犯罪捜査規範61条)はありますが,取下げに応じなければならないという規定はありません。
3、ところで,被害届と一見よく似ているものの,実は異なる制度として「告訴」,「告発」というものがあります。告訴とは,被害者など刑事訴訟法230条ないし232条に列挙された者(「告訴権者」といいます。)が捜査機関に対し犯罪事実を申告し,犯人の処罰を求める意思表示のことをいいます。告訴権者以外の者がこれをした場合が告発です。これらが被害届と最も異なる点は,「犯人の処罰を求める意思表示」が含まれているか否かです。告訴や告発は,後で撤回することができると考えられています。当初は犯人の処罰を求める意思があっても,後になってそれがなくなることもあるからです。
4、これに対して被害届には後で撤回することになるような「犯人の処罰を求める意思表示」がそもそも含まれていません。実務上も,被害届を取り下げたいとの申出は,犯罪事実の申告自体を過去に遡ってなかったことにするという意味ではなく,犯人の処罰を求める意思がないことを念のため伝える意味でなされているのではないかと考えられます。
5、その趣旨での申出が電話で断られたのであれば,改めて警察署に対して書面による取下げの申出を試みたり,事件が既に検察庁に送られている場合には,検察庁に対して被害届の取下げを申し出ることが考えられます。被害届取下書に決まった書式はありませんが,どう書いてよいかわからない場合は弁護士に相談してください。