新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.372、2006/3/14 9:52
[民事]
質問:私(甲)の住んでいる家の敷地は公路に接しておらず、公路に出るためにはXさんの土地を通らなければなりません。今までは口頭でXさんの了承を得た上、土地の一部舗装し、無償で通行していました。ところが最近、Xさんがその土地をYさんに売ってしまい、Yさんが、「私の土地を通るのはやめてもらいたい。もし通りたいのであれば、通行料を支払うように。」と言ってきました。私はYさんの土地を通行することが出来なくなるのでしょうか。また、通行する場合、料金を支払うしかないのでしょうか。
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回答:通行すること自体は可能ですが、無償というわけにはいかないものと思われます。
解説
1、一般に、他人の土地を通行できる場合としては、賃貸借契約・使用貸借契約・通行地役権・袋地通行権に基づく権利を有していることが考えられます。もっとも、当事者の間で明確な契約が結ばれておらず、どのような権利に基づいて使用しているのか不明確であることも少なくありません。本件について考えてみると、Xさんとの関係では無償で通行していたわけですから、賃貸借(使用の対価として賃料を支払うことをその本質とする)でないことは明らかですが、他の3つのうちどれであるかは定かでありません。
2、使用貸借であったと考えられる場合・・仮に、Xさんとの契約が使用貸借(無償で他人の物を借り受けて使用収益し、後に返還するという内容の契約)であったと考えられるような場合、この契約は原則として新たに土地を取得した第三者には対抗できませんので、甲さんはYさんに対して、「使用貸借契約が成立しているから、通行料は無料だ。」と主張することはできません。
3、通行地役権であったと考えられる場合・・通行地役権とは、通行目的のために他人の土地(承役地)を自己の土地(要役地)の便宜に供する権利のことを言い、賃貸借や使用貸借に基づく権利(債権)と異なり、物権という種類の権利に属するものです。物権的権利は排他的な権利性を有しており、一般的に債権的権利より強い権利であると考えられていますが、このような物権であっても、登記をしておかなければ土地を新しく取得した第三者に対抗することはできません。本件について考えてみると、仮にXさんとの間で通行地役権が設定されていたとしても、あくまで口頭での約束のみであって登記がなされていない以上、Yさんに対して通行地役権を主張することも困難であると言えます。
4、袋地通行権であったと考えられる場合・・上で述べてきた賃貸借・使用貸借・通行地役権はどれも当事者の契約によって発生するものであるのに対し、袋地通行権は袋地の所有者が契約なくして当然に有する権利とされています。「袋地」にあたるか否かという点については様々な問題が生じうるところではありますが、本件について「袋地」であることを前提としてお話しをさせていただくと、公路に出るためにXさんの土地を通らざるを得なかったのであれば、甲さんには袋地通行権が認められ、Xさんの土地を通行する権利が認められていたといえます。とはいえ、当然のことながらXさんの土地を好き勝手に通行することが認められるわけではなく、「〜通行権を有する者のために必要であり、かつ、他の土地のために損害が最も少ないものを選ばなければならない。」(民法211条1項)とされているとおり、通行のため必要最低限の使用が許されているに過ぎません。この点に関して、土地のどの部分を通路とするか、幅員はどの程度にするか、などが問題になることが多いようです。次に通行料の点についてですが、袋地通行権を理由として土地の通行をする場合は、原則有償であるとされています(民法212条)。もっとも、土地の分割によって袋地が生じ、その分割した土地上を通行するという場合には、例外的に無償になる旨定められています(民法213条1項)。本件において、民法213条1項のような特別な事情がないのであれば、有償で通行するということになります。とはいえ、原則有償だからといって、通行に供する土地の所有者(本件ではXさん)に通行料を徴収する義務があるわけではなく、その者が無償で構わないというのであれば、当然、無償とすることも可能です。袋地通行権を原因として通行する場合、Xさんだけでなく、Xさんから土地を譲り受けたYさんに対しても、通行することそれ自体は当然に主張することが出来ることになりますが、費用についても、Xさんの場合と同様に、Yさんに対しても無償にするよう主張できるのでしょうか。この点については、袋地通行権が上記のようにあくまで有償であり、たまたまXさんがこれを徴収しなかっただけであると考えられますので、Yさんに対してまで同様に扱うよう請求するのは困難であると考えられます(通行を無償とすることは、甲さんとXさんとの間で結ばれた債権的な約束に過ぎないものと思われる)。
5、Xさんとの間で、上記で述べた権利のうちどの権利が認められるのか(どのような契約がなされていたのか)については、具体的な事情に基づいて判断せざるを得ませんが、いずれにしても本件においてYさんに対して主張しうるのは袋地通行権のみであり(もっとも、Yさんとの間で話し合いがつけば、改めて他の契約を結ぶこともできます。)、無償での通行をYさんに対して主張するのは困難といえるでしょう。