新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.418、2006/6/7 16:49
[民事・労働]
質問:大学の授業でセクハラについて学びました。沿革や法律、内容、対策の必要性、心構えについて教えて下さい(裁判については別稿)。
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回答:
1.セクハラとはセクシャルハラスメント(sexual harassment)の略で、古くから存在していましたが、女性が声を上げるようになって顕在化してからおよそ17年になります。1988年頃から使われるようになり、89年(平成元年)にはマスコミで大々的に取り上げられ、その年の「流行語大賞」に選ばれました。しかし、当時、このセクハラという言葉は、言葉としては定着しても、その内容の理解は必ずしも明確ではなく、マスコミは、男女間の性的トラブル一般を揶揄する言葉としておもしろおかしく取り上げてきましたが、その本当の意味するところの理解は一向に進んでいないという面がありました。しかし、こうしたマスコミの対応とは別に、次々と裁判が起こされ、平成11年4月1日に施行された改正男女雇用機会均等法21条が浸透してくるにつれて、一般の理解も進んできたように思われます。
2.セクハラとは、英語の直訳では「性的に悩ませるもの」「性的な嫌がらせ」「相手方の意に反する性的な言動」となりますが、均等法上では、「職場における性的な言動に起因する問題」(21条)すなわち「職場での相手の意思に反する性的言動」と考えてよいと思います。これには、@対価型セクハラ(代償型、地位利用型)「職務上の地位や権限を利用して不利益や利益を与える性的言動、すなわち職場における性的な言動(性的関係の強要、腰、胸に触る等)に対する女性労働者の対応により、当該女性労働者が解雇、配転や労働条件につき不利益を受ける場合、及びA環境型セクハラ(環境型)「職場における性的な言動(当該労働者に関する性的な情報の流布、ヌードポスターの掲示等)により女性労働者の就業環境が害される(苦痛、就業意欲の低下、仕事が手に着かない等)場合の2つの区別ができます。要するに、地位利用型は、地位を利用して雇用上の利益の対価として性的要求を行うことであり、環境型は、性的な言動が不快な労働環境を作り出す場合です。
3.改正均等法には、労働省告示で指針というものがあるのですが、この中で例として次のようなものが示されています。
@対価型セクハラの例
・事務所内において事業主が女性労働者に対して性的な関係を要求したが、拒否されたため、当該女性労働者を解雇した
・出張中の車中において上司が女性労働者の腰や胸等に触ったが、抵抗されたため、当該女性労働者について不利益な配置転換をすること
・営業所内において事業主が日頃から女性労働者に係る性的な事柄について公然と発言していたが抗議されたため、当該女性労働者を降格すること
A環境型セクハラの例
・事務所内において事業主が女性労働者の腰、胸等に度々触ったため、当該女性労働者が苦痛に感じてその就業意欲が低下していること
・同僚が取引先において女性労働者に係る性的な内容の情報を意図的かつ継続的に流布したため、当該女性労働者が苦痛に感じて仕事が手につかないこと
・女性労働者が抗議をしているにもかかわらず、事務所内にヌードポスターを掲示しているため、当該女性労働者が苦痛に感じて業務に専念できないこと
4.ところで、均等法21条では、事業主には、職場での性的な言動に起因する問題の発生を未然に防ぐための雇用管理上の配慮義務が新たに課せられました。職場におけるセクハラ対策の必要性としては、(1)個人にとっては、セクハラは性的自己決定権を侵害するものであること、セクハラ被害に遭うことで心の傷を受け、その結果、職場に行くのが嫌になったり、遅刻や欠勤が増えたり、職場に行っても仕事に集中できずミスやトラブルが増加するなど能率が落ち、心理的なダメージが、食欲不振、吐き気、頭痛などの心身症や、人間不信、イライラしたり無気力を招くこともあります。加害者にしてみれば、悪意なく、軽い気持ちで行われたセクハラでも、被害者にとっては肉体的・精神的健康を損なう結果となることもあります。また、被害者にはPTSD(心的外傷後ストレス障害)症状が現れることもあります。(2)企業にとっては、セクハラ被害を直接受けた従業員の生産性の低下(上記の裏返し)、他の従業員のモラール(志気)ダウン、すなわち、被害者から話を聞いた他の従業員が、会社に対する信頼を失い、反発や不信感を抱いたり、職場全体の秩序が乱されるおそれもあります。さらに、企業イメージの悪化、すなわちセクハラを放置しておいて裁判になった場合には、新聞や週刊誌などに報道され、人権意識のない、企業倫理のない会社として宣伝されてしまうことになりかねず、企業イメージの低下は避けられません。自動車メーカー等の例でもわかるように、消費者向けの製品を扱っている会社であれば、不買運動などを起こされる危険もあります。そして、経済的・時間的損失もあります。日本の裁判では、懲罰的損害賠償という概念がないので、損害賠償金額はアメリカほど多くはありませんが、弁護士費用や企業の担当者が裁判に時間をとられるなどの損失はあるでしょう。従って、事業主としては、セクハラを防止するために、A研修や啓発を行う、B苦情対応窓口や専門家を設置する、C事実確認や事後措置の体制を整備する、D就業規則や服務規程などにセクハラ防止を明記する、Eアンケートなどでセクハラに関する女性の意見や悩み、要望等を把握するなどの対策を取ることが必要となるでしょう。事業主がセクハラ防止の配慮義務を怠った場合、労働大臣による指導や勧告の対象となります(均等法25条)
5.セクハラ防止に向けた心構えとしては、性的言動それだけを問題にするのではなく、当該言動が、その場面で持つ意味や背景との兼ね合いから考えることが必要であり、このような行為が繰り返され、それを受けている女性も嫌がっているという状況である場合がセクハラと考えられます。しかし、嫌悪感や不快感には個人差があること、相手からいつも意思表示があるとは限らないことを知って、これぐらいはいいだろうという勝手な推測や思いこみをしないことが大切です。一番起こりやすい大半の環境型セクハラは、そうした男性と女性のコミュニケーション・ギャップを取り払うことで解消していくはずです。例えば、「胸が大きいね」とか「かわいいね」と言われた場合、言っている本人はほめ言葉のつもりかもしれません。また、そのように受け取る女性もいます。しかし、胸が大きいというのは誰にとっても嬉しいことではなく、それを気にしている人もいます。また、かわいいと言われた場合でも、かわいいというのは、自分のことを、働く女性としてではなく、子供のようにしか見てくれていない、と感じる人もいます。ですから、職場という公共の場では、男女に限らず人の身体的特徴や容姿などを口にはしない方がよいということができるかもしれません。