新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.438、2006/7/5 13:42 https://www.shinginza.com/qa-souzoku.htm

[家事・相続]
質問:会社の代表取締役だった夫が2ヶ月前に急死しました。夫の財産は自宅の土地・建物(評価額約6000万円)と預貯金2000万円ですが、債務がいくらあるかは妻である私にはわかりません。夫は会社が銀行から借り入れる際、個人保証をしていましたが、会社は順調で次の代表取締役が選任されました。夫の同僚からは、会社債務は1億円前後と聞いていますが、会社からは具体的に聞いていません。夫の相続人は、私と子供2人の合計3人です。私たちは、夫の保証人としての地位を引き継ぐのでしょうか。子供たちは、1億円という数字を聞いて早々に相続放棄してしまいました。私も相続放棄をしたほうがよいのでしょうか。愛着のある自宅に住めなくなるのは困ります。遺言書はありません。

回答:
1.夫である被相続人の死亡によって相続が開始し、相続人は、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継します(民法896条)。しかし、相続財産は必ずしもプラスの財産のみではなくマイナスの財産もありますので、相続するかどうするかを、相続開始を知ったときから3ヶ月以内に決めなければなりません。特に手続きをしない若しくはそのまま全て相続することを「単純承認」(民法920条)といいますが、一般的には、マイナス財産が多いとわかっているときは「相続放棄」(民法938条)、遺産額がプラスかマイナスかわからないときは「限定承認」(民法922条)をする場合が多いでしょう。ところで、民法は、相続人が相続財産を承認するか放棄するかを考える期間(熟慮期間)を与えています(民法915条)。この熟慮期間は、「相続人が自己のために相続の開始があったことを知った時から3ヶ月以内」であり、その期間内に「承認」又は「放棄」をしなければなりません。何の意思表示もせずにこの期間が過ぎてしまえば、全て相続したものとみなされます。相続財産の一部を処分等してしまえば、単純承認したとみなされます(法定単純承認)。熟慮期間中に相続の意思表示をすると、その後の変更はできません。また、熟慮期間中には、資産・負債の全容が明らかにならず財産を確定するためにさらに熟慮期間を延ばしてもらいたい等の場合には、家庭裁判所にて熟慮期間の伸長を求める審判を起こすことが可能です(民法915条但書)。貴女の場合には、銀行に対する会社の債務がいくらになっているのか会社から直接教えてもらえず、まだ時間がかかるとのことですから、あと1ヶ月で債務が確定できなければ、熟慮期間伸長の審判を申し立てるのがよいでしょう。
2.ところで、子供さんが行った「相続放棄」はプラスの財産もマイナスの財産もすべて放棄し、一切の財産を相続しないという手続です。子供さんが相続放棄をしたことによって、相続の関係では子供さんが最初から存在しなかったと同様に扱われ相続人は配偶者であるあなたの他に夫の兄弟姉妹にまで範囲が広がりますから(夫の父母が既に死亡の場合)、その方たちにも「相続放棄」の手続をとるかどうするかを伝えておいた方がよいでしょう。
3.貴女が、熟慮期間を伸長してもらっても、財産の全容が把握できなかった場合、自宅を残せる可能性を考えれば、「限定承認」の手続を選択するのはどうでしょうか。限定承認は、相続によって得た財産の限度においてのみ被相続人の債務および遺贈を弁済すべきことを留保して相続を承認するもので(民法922条)、マイナスの財産の返済は相続した財産の限度で支払えば足りるという制度です。限定承認の手続は、相続開始を知ってから3か月以内(熟慮期間伸長の場合は伸長された期間内)に、被相続人の住所地の家庭裁判所に、相続人全員で限定承認の申述を行います(民法923条)。相続人全員が一致して行う必要があるので、単純承認した者が1人でもいれば、もう限定承認の手続きはできなくなります。但し、一部の相続人が相続放棄をしていても、その人は初めから相続人でなかったものとして扱われるので、他の相続人だけで限定承認をすることができます。限定承認の申述書は、家庭裁判所に備えてある用紙に必要事項を記載して、申述人の戸籍謄本、被相続人の戸籍謄本、財産目録等を添付して提出します。家庭裁判所では申述内容を調査し、申述を相当と判断すると、限定承認の申述を受理する旨の審判をします。この審判の告知によって、限定承認の効力が生じます。その結果申述人は、相続財産の範囲で相続債務を弁済すればよいことになります。
4.限定承認後の手続は非常に複雑・煩雑です。まず、申立ての後5日以内(財産管理人を選任したときは選任後10日以内)に、一切の相続債権者(被相続人の負担していた債務についての債権者)及び受遺者に対し、限定承認をしたこと及び一定の期間内(2ヶ月を下ることはできません)に弁済請求の申し出をすべき旨を官報に公示しなければなりません(民法927条、除斥公告)。公告期間満了後、限定承認者は、期間内に申し出た相続債権者その他知れている相続債権者に、相続財産から、それぞれの債権額の割合に応じて弁済をしなければなりません。残りがあれば、受遺者に対して弁済し、不足の場合には、債権額の割合に応じての弁済となり、もし全部を弁済し、残りがあれば相続人に帰属することになります(929条、931条)。
5.なお、保証制度に関する平成16年の改正により、貸金等根保証契約の元本確定事由に関する規定は、既存契約にも適用されます(改正法附則2条)ので、夫の死亡により個人保証契約は元本確定となり(民法465条の4)、保証人としての地位が相続人に承継されることはありません。
6.限定承認を選択した場合に注意すべきは、本件の場合、夫が個人保証した会社の債務がほとんど残っていなかったなどの場合において、譲渡所得税の問題が残るということです。所得税法59条は、限定承認にかかる相続・包括遺贈があったときは、その事由が生じたときに、その時における価額実勢価格に相当する金額により、資産の譲渡があったものとみなすとしていますので、例えば、本件の会社債務がゼロの場合、土地・建物について価額実勢価格に相当する金額により資産の譲渡があったものとみなされ、譲渡所得税が発生してしまうので(最もその所得税は被相続人の債務であるため、相続財産の限度で支払えばよいのですが)、遺産について予想した債務が存在しない場合は、税金という余計な債務を作り出してしまうことになります。

所得税法第五十九条  次に掲げる事由により居住者の有する山林(事業所得の基因となるものを除く。)又は譲渡所得の基因となる資産の移転があつた場合には、その者の山林所得の金額、譲渡所得の金額又は雑所得の金額の計算については、その事由が生じた時に、その時における価額に相当する金額により、これらの資産の譲渡があつたものとみなす。一 贈与(法人に対するものに限る。)又は相続(限定承認に係るものに限る。)若しくは遺贈(法人に対するもの及び個人に対する包括遺贈のうち限定承認に係るものに限る。)
二  著しく低い価額の対価として政令で定める額による譲渡(法人に対するものに限る。)
2  居住者が前項に規定する資産を個人に対し同項第二号に規定する対価の額により譲渡した場合において、当該対価の額が当該資産の譲渡に係る山林所得の金額、譲渡所得の金額又は雑所得の金額の計算上控除する必要経費又は取得費及び譲渡に要した費用の額の合計額に満たないときは、その不足額は、その山林所得の金額、譲渡所得の金額又は雑所得の金額の計算上、なかつたものとみなす。

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