婚姻費用の算定の基礎(障害者年金や家賃収入等)
家事|婚姻費用分担調停|さいたま家裁越谷支部令和3年10月21日審判参照
目次
質問:
私には、夫と子どもが1人いるのですが、夫は、暴言を吐いて私の人格を否定するなど、モラハラが酷く、子どもの養育にも悪影響であるため、現在は、私が子どもを引き取って、実家で別居しています。子どもも未だ2歳と幼く、私も働けるような状況ではないため、夫に生活費を支払って欲しいとお願いしたのですが、別居に納得がいっていないのか、これを拒否されてしまいました。
このような状況の中、私が夫から生活費を支払ってもらうためには、どのような方法を取れば良いのでしょうか。ちなみに、夫は、精神病を患っており、週に数回アルバイトをしている程度なのですが、障害者年金を受給しています。その他に、親から相続した賃貸アパートの賃料収入もあります。
回答:
1 夫の住所地を管轄する家庭裁判所に婚姻費用の分担請求調停の申し立てをする方法があります。
民法760条では、夫婦で婚姻費用を分担しなければならない旨が定められており、相談者様は、同条に基づき、婚姻費用(生活費)の支払いを求めることができますが、ご主人が任意で婚姻費用を支払わないのであれば、婚姻費用の分担請求調停・審判という法的な手続きを取る必要があります。
2 婚姻費用算定の基礎となる収入には、相続した建物の家賃収入や障害者年金も含まれます。
婚姻費用は夫婦のお互いの「収入金額」を確定した上で算定されることになりますが、ご主人が得ている障害者年金や親から相続した賃貸アパートの賃料収入もご主人の「収入金額」に含めることができるかが問題となります。
この点、障害者年金については、受給する義務者だけでなく、その子どもの生活保障の一部といえるとして、障害者年金を「収入金額」に含めるべきであると考えられています。ただし、障害者年金を「収入金額」に含めるに当たっては、15%で割り戻すといった処理が加えられることがあります(さいたま家裁越谷支部令和3年10月21日審判参照)。
また、親から相続した賃貸アパートの賃料収入(特有財産からの収入)については、未だ確立した見解があるわけではありませんが、実務上は、親から相続した賃貸アパートの賃料収入(特有財産からの収入)が婚姻中の夫婦の生活費の原資となっていた場合には、これを「収入金額」に含めるべきであるとされることが多いです(大阪高裁平成30年7月12日決定参照)。
したがって、相談者様は、婚姻費用の分担請求調停を申し立てるなどして、ご主人に対し、ご主人が得ている障害者年金や親から相続した賃貸アパートの賃料収入もご主人の「収入金額」に含めて算定された婚姻費用の支払いを請求することができる可能性があります。
3 なお、調停等で婚姻費用請求が認められるのは、請求をした時点からとされています。 婚姻費用の支払時期としては、実務上、別居開始時点ではなく請求時とされており、内容証明等で請求時が明らかになっている場合や婚姻費用の分担請求調停の申立時が請求時、すなわち、婚姻費用の支払時期となりますので、もし婚姻費用の分担請求調停を申し立てるのであれば、お早めに対応した方が宜しいでしょう。
4 婚姻費用に関する関連事例集参照。
解説:
1 婚姻費用の概要
婚姻費用とは、夫婦の「共同生活において、財産収入社会的地位等に相応じた通常の生活を維持するに必要な生計費」(大阪高裁昭和33年6月19日決定参照)をいい、子どもの養育費もこれに含まれます。
この婚姻費用については、民法760条が規定しており、夫婦で婚姻費用を分担しなければならない旨が定められています。その実質的根拠としては、夫婦間の扶助義務(同法752条)にあるといわれています。このように、一方配偶者(より収入を得ている配偶者)は、他方配偶者(より収入を得ていない配偶者)に対し、婚姻費用を支払う義務を負う反面として、他方配偶者は、一方配偶者に対し、婚姻費用の分担を求める権利(婚姻費用の支払いを求める権利)を有しているとされています。
そして、婚姻費用の支払時期としては、実務上、請求時とされており、通常、婚姻費用の分担請求調停の申立時(いきなり婚姻費用の分担請求審判を申し立てる場合には、同審判の申立時)が請求時、すなわち、婚姻費用の支払時期となります。もっとも、婚姻費用の分担請求調停・審判の申立て以前に、婚姻費用分担請求をしていることが立証されれば、その請求時が婚姻費用の支払時期とされます(東京家裁平成27年8月13日審判参照)。
2 婚姻費用の分担請求調停・審判
婚姻費用の分担請求調停・審判は、婚姻費用の分担について、当事者間の話合いがまとまらない場合や話合いができない場合において、家庭裁判所でこれを定める法的な手続きです。相談者様は、任意での婚姻費用の支払いを受けられないのであれば、このような法的な手続きを取る必要があります。
婚姻費用の分担請求については、調停前置主義が採用されており(家事事件手続法257条1項、同法244条)、まずは、原則として、婚姻費用の分担請求調停の申立てをしなければならず、いきなり審判の申立てをすることはできません。調停の場合、相手方(ご主人)の住所地を管轄する家庭裁判所に申立てを行うことになります(同法245条1項)。
調停手続きでは、夫婦の資産、収入、支出等の一切の事情について、当事者双方から事情を聴いたり、必要に応じて資料等を提出してもらうなどして、裁判官1名と調停委員2名で構成される調停委員会において、紛争に関する事情を把握した上で、解決案を提示したり、紛争解決のために必要な助言をし、合意を目指して、話合いが進められることになります。このように、調停手続きは、あくまでも裁判所での話合いの手続きとなりますので、当事者双方で合意が形成されなかった場合には、調停不成立となって終了しますが、婚姻費用の分担請求の場合は、自動的に審判手続きが開始されることになり、最終的には、裁判官が、必要な審理を行った上で、一切の事情を考慮して、審判をすることになります。
調停手続きにおいて当事者間に合意が成立した場合、調停調書が作成されることになりますが、その記載は、確定判決と同一の効力を有するとされています(同法268条1項)。また、審判も、審判を受ける者に告知することによってその効力を生じ(同法74条2項)、金銭の支払、物の引渡し、登記義務の履行その他の給付を命ずる内容のものは、執行力のある債務名義と同一の効力を有するとされています(同法75条)。すなわち、調停が成立するか、審判がなされた場合、もし婚姻費用が支払われなければ、強制執行(債務者に給付義務を強制的に履行させる手続き)によってこれを実現することができます。
3 婚姻費用の算定方法
⑴ まず、夫婦のお互いの収入金額を確定した上で(なお、稼働能力があるにもかかわらず、無収入である場合等は、潜在的稼働能力という評価方法により、収入金額を確定させることになります。)、この収入金額に一定の割合(収入基礎割合)を掛け、基礎収入金額を割り出します。この収入基礎割合は、給与所得者であるか、自営業者であるかや、収入金額によって異なってきます。例えば、給与所得者で、収入金額が500万円の場合は、収入基礎割合は42%となります。
次に、権利者世帯に配分される婚姻費用を、「(権利者の基礎収入+義務者の基礎収入)×(100(権利者の生活費指数)+子どもの生活費指数)÷(200(権利者及び義務者の生活費指数)+子どもの生活費指数)」という計算式を用いて、割り出すことになります。この生活費指数は、権利者が100、義務者が100、14歳以下の子どもが62、15歳以上の子どもが85とされています。
最後に、権利者世帯に配分される婚姻費用から権利者の基礎収入を差し引いて、義務者の婚姻費用分担額を割り出して、これを12で割って、月額の婚姻費用を算出します。
計算は複雑ですが、婚姻費用算定表が公表されネットでも見ることができますので参考にして下さい。
⑵ 本件では、ご主人がアルバイト代の他に、障害者年金や親から相続した賃貸アパートの賃料収入を得ているということですので、以下、障害者年金や親から相続した賃貸アパートの賃料収入がご主人の「収入金額」に含まれるかを解説していきます。
ア 障害者年金について
障害者年金は、被保険者等が病気や怪我の影響で日常生活に著しい制限を受ける場合等に、生活保障を行うために支給されるものですので、婚姻費用を算定する際の「収入金額」に含めるべきではないという考え方もあり得ます。
もっとも、さいたま家裁越谷支部令和3年10月21日審判では、障害者年金(障害基礎年金)が子どものための相当額の加算を予定していること(国民年金法33条の2第1項及び第2項)を理由に挙げ、受給する義務者だけでなく、その子どもの生活保障の一部といえるとして、障害者年金を「収入金額」に含めるべきである、との判断が示されています。
したがって、実務上、障害者年金も「収入金額」に含め、婚姻費用を算定すべきことになります。
ただし、同審判は、障害者年金が職業費(給与所得者として就労するために必要な経費)を要しない収入であるとして、15%で割り戻すのが相当であるとした上で、障害者年金受給の前提となった症状の治療のために年間6万円の通院治療費を要していることを理由に挙げ、最終的に、月額の婚姻費用を1万円程減額していますので、この点にも留意する必要があります。
イ 親から相続した賃貸アパートの賃料収入について
親から相続した賃貸アパートは、特有財産(婚姻中の夫婦の相互の協力によって形成されたものではない財産)というものに当たります。
この特有財産からの収入を「収入金額」に含めるか否かについては、未だ確立した見解があるわけではありませんが、実務上は、以下のような見解が採られることが多いです。
この点、大阪高裁平成30年7月12日決定は、「相手方の特有財産からの収入であっても、これが双方の婚姻中の生活費の原資となっているのであれば、婚姻費用分担額の算定に当たって基礎とすべき収入とみるべきである。」として、特有財産からの収入が婚姻中の夫婦の生活費の原資となっていた場合には、これを「収入金額」に含めるべきである旨を判旨しています。
したがって、親から相続した賃貸アパートの収入も、婚姻中の夫婦の生活費の原資となっていたのであれば、「収入金額」に含めるべきことになる可能性が高いといえます。
ちなみに、同決定は、権利者が同居中に費消することができた金額との比較から、特有財産からの収入が婚姻中の夫婦の生活費の原資となっていたとして、これを義務者の「収入金額」に含めるべきと判断しています。夫婦の一夫の特有財産は、離婚の場合の財産分与の対象とはなりませんが、婚姻費用分担の基礎となる収入としては、一般的には算入されると考えてよいでしょう。
4 まとめ
以上のとおり、相談者様は、ご主人に対し、ご主人が得ている障害者年金や親から相続した賃貸アパートの賃料収入もご主人の「収入金額」に含めて算定された婚姻費用の支払いを請求することができる可能性があります。
もっとも、ご主人が得ている障害者年金や親から相続した賃貸アパートの賃料収入がご主人の「収入金額」に含まれると認められるためには、裁判例を踏まえた主張・立証をすることが不可欠であり、近くの法律事務所でご相談の上、ご依頼を検討されることをお勧めいたします。
以上