婚姻費用の算定の基礎(障害者年金や家賃収入等)

家事|婚姻費用分担調停|さいたま家裁越谷支部令和3年10月21日審判参照

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集
  5. 参考条文

質問:

私には、夫と子どもが1人いるのですが、夫は、暴言を吐いて私の人格を否定するなど、モラハラが酷く、子どもの養育にも悪影響であるため、現在は、私が子どもを引き取って、実家で別居しています。子どもも未だ2歳と幼く、私も働けるような状況ではないため、夫に生活費を支払って欲しいとお願いしたのですが、別居に納得がいっていないのか、これを拒否されてしまいました。

このような状況の中、私が夫から生活費を支払ってもらうためには、どのような方法を取れば良いのでしょうか。ちなみに、夫は、精神病を患っており、週に数回アルバイトをしている程度なのですが、障害者年金を受給しています。その他に、親から相続した賃貸アパートの賃料収入もあります。

回答:

1 夫の住所地を管轄する家庭裁判所に婚姻費用の分担請求調停の申し立てをする方法があります。

民法760条では、夫婦で婚姻費用を分担しなければならない旨が定められており、相談者様は、同条に基づき、婚姻費用(生活費)の支払いを求めることができますが、ご主人が任意で婚姻費用を支払わないのであれば、婚姻費用の分担請求調停・審判という法的な手続きを取る必要があります。

2 婚姻費用算定の基礎となる収入には、相続した建物の家賃収入や障害者年金も含まれます。

婚姻費用は夫婦のお互いの「収入金額」を確定した上で算定されることになりますが、ご主人が得ている障害者年金や親から相続した賃貸アパートの賃料収入もご主人の「収入金額」に含めることができるかが問題となります。

この点、障害者年金については、受給する義務者だけでなく、その子どもの生活保障の一部といえるとして、障害者年金を「収入金額」に含めるべきであると考えられています。ただし、障害者年金を「収入金額」に含めるに当たっては、15%で割り戻すといった処理が加えられることがあります(さいたま家裁越谷支部令和3年10月21日審判参照)。

また、親から相続した賃貸アパートの賃料収入(特有財産からの収入)については、未だ確立した見解があるわけではありませんが、実務上は、親から相続した賃貸アパートの賃料収入(特有財産からの収入)が婚姻中の夫婦の生活費の原資となっていた場合には、これを「収入金額」に含めるべきであるとされることが多いです(大阪高裁平成30年7月12日決定参照)。

したがって、相談者様は、婚姻費用の分担請求調停を申し立てるなどして、ご主人に対し、ご主人が得ている障害者年金や親から相続した賃貸アパートの賃料収入もご主人の「収入金額」に含めて算定された婚姻費用の支払いを請求することができる可能性があります。

3 なお、調停等で婚姻費用請求が認められるのは、請求をした時点からとされています。 婚姻費用の支払時期としては、実務上、別居開始時点ではなく請求時とされており、内容証明等で請求時が明らかになっている場合や婚姻費用の分担請求調停の申立時が請求時、すなわち、婚姻費用の支払時期となりますので、もし婚姻費用の分担請求調停を申し立てるのであれば、お早めに対応した方が宜しいでしょう。

4 婚姻費用に関する関連事例集参照。

解説:

1 婚姻費用の概要

婚姻費用とは、夫婦の「共同生活において、財産収入社会的地位等に相応じた通常の生活を維持するに必要な生計費」(大阪高裁昭和33年6月19日決定参照)をいい、子どもの養育費もこれに含まれます。

この婚姻費用については、民法760条が規定しており、夫婦で婚姻費用を分担しなければならない旨が定められています。その実質的根拠としては、夫婦間の扶助義務(同法752条)にあるといわれています。このように、一方配偶者(より収入を得ている配偶者)は、他方配偶者(より収入を得ていない配偶者)に対し、婚姻費用を支払う義務を負う反面として、他方配偶者は、一方配偶者に対し、婚姻費用の分担を求める権利(婚姻費用の支払いを求める権利)を有しているとされています。

そして、婚姻費用の支払時期としては、実務上、請求時とされており、通常、婚姻費用の分担請求調停の申立時(いきなり婚姻費用の分担請求審判を申し立てる場合には、同審判の申立時)が請求時、すなわち、婚姻費用の支払時期となります。もっとも、婚姻費用の分担請求調停・審判の申立て以前に、婚姻費用分担請求をしていることが立証されれば、その請求時が婚姻費用の支払時期とされます(東京家裁平成27年8月13日審判参照)。

2 婚姻費用の分担請求調停・審判

婚姻費用の分担請求調停・審判は、婚姻費用の分担について、当事者間の話合いがまとまらない場合や話合いができない場合において、家庭裁判所でこれを定める法的な手続きです。相談者様は、任意での婚姻費用の支払いを受けられないのであれば、このような法的な手続きを取る必要があります。

婚姻費用の分担請求については、調停前置主義が採用されており(家事事件手続法257条1項、同法244条)、まずは、原則として、婚姻費用の分担請求調停の申立てをしなければならず、いきなり審判の申立てをすることはできません。調停の場合、相手方(ご主人)の住所地を管轄する家庭裁判所に申立てを行うことになります(同法245条1項)。

調停手続きでは、夫婦の資産、収入、支出等の一切の事情について、当事者双方から事情を聴いたり、必要に応じて資料等を提出してもらうなどして、裁判官1名と調停委員2名で構成される調停委員会において、紛争に関する事情を把握した上で、解決案を提示したり、紛争解決のために必要な助言をし、合意を目指して、話合いが進められることになります。このように、調停手続きは、あくまでも裁判所での話合いの手続きとなりますので、当事者双方で合意が形成されなかった場合には、調停不成立となって終了しますが、婚姻費用の分担請求の場合は、自動的に審判手続きが開始されることになり、最終的には、裁判官が、必要な審理を行った上で、一切の事情を考慮して、審判をすることになります。

調停手続きにおいて当事者間に合意が成立した場合、調停調書が作成されることになりますが、その記載は、確定判決と同一の効力を有するとされています(同法268条1項)。また、審判も、審判を受ける者に告知することによってその効力を生じ(同法74条2項)、金銭の支払、物の引渡し、登記義務の履行その他の給付を命ずる内容のものは、執行力のある債務名義と同一の効力を有するとされています(同法75条)。すなわち、調停が成立するか、審判がなされた場合、もし婚姻費用が支払われなければ、強制執行(債務者に給付義務を強制的に履行させる手続き)によってこれを実現することができます。

3 婚姻費用の算定方法

⑴ まず、夫婦のお互いの収入金額を確定した上で(なお、稼働能力があるにもかかわらず、無収入である場合等は、潜在的稼働能力という評価方法により、収入金額を確定させることになります。)、この収入金額に一定の割合(収入基礎割合)を掛け、基礎収入金額を割り出します。この収入基礎割合は、給与所得者であるか、自営業者であるかや、収入金額によって異なってきます。例えば、給与所得者で、収入金額が500万円の場合は、収入基礎割合は42%となります。

次に、権利者世帯に配分される婚姻費用を、「(権利者の基礎収入+義務者の基礎収入)×(100(権利者の生活費指数)+子どもの生活費指数)÷(200(権利者及び義務者の生活費指数)+子どもの生活費指数)」という計算式を用いて、割り出すことになります。この生活費指数は、権利者が100、義務者が100、14歳以下の子どもが62、15歳以上の子どもが85とされています。

最後に、権利者世帯に配分される婚姻費用から権利者の基礎収入を差し引いて、義務者の婚姻費用分担額を割り出して、これを12で割って、月額の婚姻費用を算出します。

計算は複雑ですが、婚姻費用算定表が公表されネットでも見ることができますので参考にして下さい。

⑵ 本件では、ご主人がアルバイト代の他に、障害者年金や親から相続した賃貸アパートの賃料収入を得ているということですので、以下、障害者年金や親から相続した賃貸アパートの賃料収入がご主人の「収入金額」に含まれるかを解説していきます。

ア 障害者年金について

障害者年金は、被保険者等が病気や怪我の影響で日常生活に著しい制限を受ける場合等に、生活保障を行うために支給されるものですので、婚姻費用を算定する際の「収入金額」に含めるべきではないという考え方もあり得ます。

もっとも、さいたま家裁越谷支部令和3年10月21日審判では、障害者年金(障害基礎年金)が子どものための相当額の加算を予定していること(国民年金法33条の2第1項及び第2項)を理由に挙げ、受給する義務者だけでなく、その子どもの生活保障の一部といえるとして、障害者年金を「収入金額」に含めるべきである、との判断が示されています。

したがって、実務上、障害者年金も「収入金額」に含め、婚姻費用を算定すべきことになります。

ただし、同審判は、障害者年金が職業費(給与所得者として就労するために必要な経費)を要しない収入であるとして、15%で割り戻すのが相当であるとした上で、障害者年金受給の前提となった症状の治療のために年間6万円の通院治療費を要していることを理由に挙げ、最終的に、月額の婚姻費用を1万円程減額していますので、この点にも留意する必要があります。

イ 親から相続した賃貸アパートの賃料収入について

親から相続した賃貸アパートは、特有財産(婚姻中の夫婦の相互の協力によって形成されたものではない財産)というものに当たります。

この特有財産からの収入を「収入金額」に含めるか否かについては、未だ確立した見解があるわけではありませんが、実務上は、以下のような見解が採られることが多いです。

この点、大阪高裁平成30年7月12日決定は、「相手方の特有財産からの収入であっても、これが双方の婚姻中の生活費の原資となっているのであれば、婚姻費用分担額の算定に当たって基礎とすべき収入とみるべきである。」として、特有財産からの収入が婚姻中の夫婦の生活費の原資となっていた場合には、これを「収入金額」に含めるべきである旨を判旨しています。

したがって、親から相続した賃貸アパートの収入も、婚姻中の夫婦の生活費の原資となっていたのであれば、「収入金額」に含めるべきことになる可能性が高いといえます。

ちなみに、同決定は、権利者が同居中に費消することができた金額との比較から、特有財産からの収入が婚姻中の夫婦の生活費の原資となっていたとして、これを義務者の「収入金額」に含めるべきと判断しています。夫婦の一夫の特有財産は、離婚の場合の財産分与の対象とはなりませんが、婚姻費用分担の基礎となる収入としては、一般的には算入されると考えてよいでしょう。

4 まとめ

以上のとおり、相談者様は、ご主人に対し、ご主人が得ている障害者年金や親から相続した賃貸アパートの賃料収入もご主人の「収入金額」に含めて算定された婚姻費用の支払いを請求することができる可能性があります。

もっとも、ご主人が得ている障害者年金や親から相続した賃貸アパートの賃料収入がご主人の「収入金額」に含まれると認められるためには、裁判例を踏まえた主張・立証をすることが不可欠であり、近くの法律事務所でご相談の上、ご依頼を検討されることをお勧めいたします。

以上

関連事例集

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※参照条文・判例

【民法】

第752条(同居、協力及び扶助の義務)

夫婦は同居し、互いに協力し扶助しなければならない。

第760条(婚姻費用の分担)

夫婦は、その資産、収入その他一切の事情を考慮して、婚姻から生ずる費用を分担する。

【国民年金法】

第33条の2

1 障害基礎年金の額は、受給権者によつて生計を維持しているその者の子(十八歳に達する日以後の最初の三月三十一日までの間にある子及び二十歳未満であつて障害等級に該当する障害の状態にある子に限る。)があるときは、前条の規定にかかわらず、同条に定める額にその子一人につきそれぞれ七万四千九百円に改定率(第二十七条の三及び第二十七条の五の規定の適用がないものとして改定した改定率とする。以下この項において同じ。)を乗じて得た額(そのうち二人までについては、それぞれ二十二万四千七百円に改定率を乗じて得た額とし、それらの額に五十円未満の端数が生じたときは、これを切り捨て、五十円以上百円未満の端数が生じたときは、これを百円に切り上げるものとする。)を加算した額とする。

2 受給権者がその権利を取得した日の翌日以後にその者によつて生計を維持しているその者の子(十八歳に達する日以後の最初の三月三十一日までの間にある子及び二十歳未満であつて障害等級に該当する障害の状態にある子に限る。)を有するに至つたことにより、前項の規定によりその額を加算することとなつたときは、当該子を有するに至つた日の属する月の翌月から、障害基礎年金の額を改定する。

3 第一項の規定によりその額が加算された障害基礎年金については、子のうちの一人又は二人以上が次の各号のいずれかに該当するに至つたときは、その該当するに至つた日の属する月の翌月から、その該当するに至つた子の数に応じて、年金額を改定する。

① 死亡したとき。

② 受給権者による生計維持の状態がやんだとき。

③ 婚姻をしたとき。

④ 受給権者の配偶者以外の者の養子となつたとき。

⑤ 離縁によつて、受給権者の子でなくなつたとき。

⑥ 十八歳に達した日以後の最初の三月三十一日が終了したとき。ただし、障害等級に該当する障害の状態にあるときを除く。

⑦ 障害等級に該当する障害の状態にある子について、その事情がやんだとき。ただし、その子が十八歳に達する日以後の最初の三月三十一日までの間にあるときを除く。

⑧ 二十歳に達したとき。

4 第一項又は前項第二号の規定の適用上、障害基礎年金の受給権者によつて生計を維持していること又はその者による生計維持の状態がやんだことの認定に関し必要な事項は、政令で定める。

【家事事件手続法】

第74条(審判の告知及び効力の発生等)

1 審判は、特別の定めがある場合を除き、当事者及び利害関係参加人並びにこれらの者以外の審判を受ける者に対し、相当と認める方法で告知しなければならない。

2 審判(申立てを却下する審判を除く。)は、特別の定めがある場合を除き、審判を受ける者(審判を受ける者が数人あるときは、そのうちの一人)に告知することによってその効力を生ずる。ただし、即時抗告をすることができる審判は、確定しなければその効力を生じない。

3 申立てを却下する審判は、申立人に告知することによってその効力を生ずる。

4 審判は、即時抗告の期間の満了前には確定しないものとする。

5 審判の確定は、前項の期間内にした即時抗告の提起により、遮断される。

第75条(審判の執行力)

金銭の支払、物の引渡し、登記義務の履行その他の給付を命ずる審判は、執行力のある債務名義と同一の効力を有する。

第244条(調停事項等)

家庭裁判所は、人事に関する訴訟事件その他家庭に関する事件(別表第一に掲げる事項についての事件を除く。)について調停を行うほか、この編の定めるところにより審判をする。

第245条(管轄等)

1 家事調停事件は、相手方の住所地を管轄する家庭裁判所又は当事者が合意で定める家庭裁判所の管轄に属する。

2 民事訴訟法第十一条第二項及び第三項の規定は、前項の合意について準用する。

3 第百九十一条第二項及び第百九十二条の規定は、遺産の分割の調停事件(別表第二の十二の項の事項についての調停事件をいう。)及び寄与分を定める処分の調停事件(同表の十四の項の事項についての調停事件をいう。)について準用する。この場合において、第百九十一条第二項中「前項」とあるのは、「第二百四十五条第一項」と読み替えるものとする。

第257条(調停前置主義)

1 第二百四十四条の規定により調停を行うことができる事件について訴えを提起しようとする者は、まず家庭裁判所に家事調停の申立てをしなければならない。

2 前項の事件について家事調停の申立てをすることなく訴えを提起した場合には、裁判所は、職権で、事件を家事調停に付さなければならない。ただし、裁判所が事件を調停に付することが相当でないと認めるときは、この限りでない。

3 裁判所は、前項の規定により事件を調停に付する場合においては、事件を管轄権を有する家庭裁判所に処理させなければならない。ただし、家事調停事件を処理するために特に必要があると認めるときは、事件を管轄権を有する家庭裁判所以外の家庭裁判所に処理させることができる。

第268条(調停の成立及び効力)

1 調停において当事者間に合意が成立し、これを調書に記載したときは、調停が成立したものとし、その記載は、確定判決(別表第二に掲げる事項にあっては、確定した第三十九条の規定による審判)と同一の効力を有する。

2 家事調停事件の一部について当事者間に合意が成立したときは、その一部について調停を成立させることができる。手続の併合を命じた数個の家事調停事件中その一について合意が成立したときも、同様とする。

3 離婚又は離縁についての調停事件においては、第二百五十八条第一項において準用する第五十四条第一項に規定する方法によっては、調停を成立させることができない。

4 第一項及び第二項の規定は、第二百七十七条第一項に規定する事項についての調停事件については、適用しない。

《参考判例》

(さいたま家裁越谷支部令和3年10月21日審判)

第1 申立ての趣旨

相手方は、申立人に対し、令和2年3月23日から、婚姻費用分担金として、毎月相当額を支払え。

第2 当裁判所の判断

1 認定事実

本件記録によれば、以下の事実を認めることができる。

(1) 申立人と相手方は、平成19年10月22日に婚姻した夫婦であり、平成21年○月○日に長女A(現在12歳。以下「長女」という。)、平成23年○月○日に長男B(現在10歳。以下「長男」という。)、平成24年○月○日に二男C(現在8歳。以下「二男」といい、長男、長女と併せて「子ら」という。)をそれぞれもうけたが、申立人は、令和2年3月23日、子らを連れて自宅を出て別居に至った。

(2) 申立人は、令和2年4月30日、さいたま家庭裁判所越谷支部において、婚姻費用分担調停の申立てを行ったが(同裁判所令和2年(家イ)第384号。以下「本件調停」という。)、令和3年5月21日調停不成立となり、本件審判に移行した。なお、同裁判所において、当事者間の夫婦関係調整(離婚)調停事件(同裁判所令和2年(家イ)第397号)、面会交流調停事件(同裁判所令和2年(家イ)第898号ないし第900号)、子の監護者の指定及び子の引渡し調停事件(同裁判所令和2年(家イ)第901号ないし第906号)も係属している。

(3) 申立人は、別居後、令和2年6月28日から生活保護を受給し、生活扶助、住宅扶助、教育扶助及び医療扶助を受けている。また、申立人は、平成28年11月から障害者年金を受給しており、令和3年7月14日には、同年4月に遡って障害者等級2級、基本年金額78万0900円、子らのための加算額52万4300円、合計年金額130万5200円の支給決定を受けている。

申立人は、精神科に通院中のところ、症状が安定してきたと診断されたことや、子らの監護養育に要する時間等を考慮の上、自らの判断で、同年6月7日から週3日ないし4日、勤務時間1日当たり4時間の就労を開始し、4万3588円の収入を得たが、体調不良により継続できず、同年7月6日、退職した。申立人は、現段階では就労再開の見込みは立っていない。申立人は、今後も、生活保護と障害者年金の受給を継続せざるを得ないと考えている。申立人の通院のための医療費は、障害者年金の支給額からではなく、生活保護における医療扶助によっている。

(4) 相手方は会社勤務であり、令和元年は576万4799円、令和2年は540万3276円の給与収入を得ている。相手方も、かねて障害者年金の支給を受けており、令和3年6月以降の支給年額は61万3683円である。相手方は、障害者年金受給の前提となった病状のため、継続して通院して投薬治療を受けており、年間6万円ほどの治療費を要している。

2 検討

(1) 婚姻費用分担額については、義務者世帯及び権利者世帯が同居していると仮定して、義務者及び権利者の各基礎収入(総収入から税法等に基づく標準的な割合による公租公課並びに統計資料に基づいて推計された標準的な割合による職業費及び特別経費を控除して推計した額)の合計額を世帯収入とみなし、これを生活保護基準及び教育費に関する統計から導き出される標準的な生活費指数によって推計された権利者世帯及び義務者世帯の各生活費で按分して割り振られる権利者世帯の婚姻費用分担額から、権利者の基礎収入を控除して、義務者が分担すべき婚姻費用分担額を算定する標準算定方式によるのが相当である(司法研究報告書第70輯第2号「養育費、婚姻費用の算定に関する実証的研究」。以下、同方式による算定を「標準算定方式」という。)。

(2) そこで、各当事者の収入額を検討する。

まず、申立人の収入であるが、前記認定事実によれば、申立人の別居後の収入は、令和3年6月1か月分の就労収入を除くと生活保護費と障害者年金である。生活保護は、国が最低限度の生活を保障するとともに、その自立を助長する目的で行われているものであり、原則として世帯を単位として行い、扶養義務者の扶養等に劣後して行われるものであるから、相手方が負担すべき婚姻費用分担額算定に当たって、申立人が受給している生活保護費を申立人の収入と評価することはできない。申立人が現実には生活保護費をもって生計を維持していたとしても、これ故に相手方の負担義務が免除されるものではなく、上記判断は左右されない。申立人が、相手方から後日婚姻費用分担金額の支払を受ければ、生活保護法に基づき同額を返還することになる可能性があるにとどまる。

他方、障害者年金は、前記認定事実記載のとおり子らのための相当額の加算もあり、受給する申立人及び子らの生活保障の一部といえるから、申立人の収入と評価するのが相当である。ただし、障害者年金は職業費を要しない収入であり、標準算定方式の前提となった統計数値により、全収入における職業費の平均値である15%で割り戻すのが相当である。

そうすると、申立人の年収は、上記障害者年金130万5200円を給与収入と擬制すれば153万5529円(130万5200円÷0.85)(1円未満切捨て。以下同様)となる。申立人は、平成28年11月から障害者年金を受給していたということであるから、令和3年7月14日の支給決定以前についても同額をもって申立人の収入とみなすこととする。

なお、前記認定事実によれば、申立人は、障害者年金受給の前提となった症状が安定してきたと診断されたことから、同年6月から就労日数及び時間を控えめにして就労を開始してみたが、結局体調不良により1か月4万3588円の収入を得たのみで退職せざるを得なかったこと、今後の就労再開の見込みが立っていないことが認められ、これら事情からは、やがては申立人にパート就労収入程度を見込める時期が到来するとしても、現段階において、申立人が得ている障害者年金収入に加え別途就労収入を継続して得る蓋然性があるものとまで認めることは相当ではない。よって、申立人の収入は、上記のとおり障害者年金のみとし、就労収入は、同年6月の1か月分も含め考慮しないこととする。

(3) 相手方の収入は、前記認定事実によれば、令和2年の給与収入が540万3276円であること、障害者年金収入の令和3年6月以降の支給額が年額61万3683円であることが認められる。相手方の障害者年金収入も申立人の障害者年金収入と同様に、必要としない職業費平均値15%を加算すべく割り戻すと72万1980円となる(61万3683円÷0.85)。そこで、相手方の収入は、給与収入612万5256円とする(540万3276円+72万1980円)。

(4) 前記のとおり認定した申立人の給与収入153万5529円及び相手方の給与収入612万5256円を前提に標準算定方式における算定表[(表16)婚姻費用・子3人表(第1子、第2子及び第3子0~14歳)]に当てはめると、12万円ないし14万円の上限程度と算定される。前記認定事実によれば、申立人が、障害者年金受給の前提となった病状についての治療費を、障害者年金額からではなく生活保護における医療扶助によっているのに対し、相手方は、障害者年金受給の前提となった症状の治療のために年間6万円の通院治療費を要していることなどに鑑み、相手方が負担すべき額は月額13万円とする。

そして、その始期は、申立人が本件調停を申し立てた令和2年4月30日とするのが相当であるから、同年5月以降となり、相手方の未払の婚姻費用分担金額は、同月から令和3年9月までの17か月分221万円(13万円×17か月)となる。

3 以上により、相手方は、申立人に対し、婚姻費用分担金として、令和2年5月から令和3年9月までの未払額221万円を直ちに、同年10月から当事者が離婚又は別居状態を解消するまでの間、月額13万円を毎月末日限り支払うべきである。

よって、主文のとおり審判する。

(大阪高裁平成30年7月12日決定)

第1 抗告の趣旨及び理由

別紙1ないし7のとおり

第2 当裁判所の判断

1 当裁判所は、原審判を上記のとおり変更するのが相当であると判断する。その理由は、次のとおり補正するほかは、原審判の「理由」欄に説示のとおりであるから、これを引用する。

(1) 原審判1頁21行目の「夫婦である」の次に「(婚姻時抗告人52歳、相手方66歳)」を加える。

(2) 同1頁23行目から末行までを次のとおり改める。

「(2) 相手方は、一部上場企業を定年退職後、平成22年8月2日、前妻と離婚し、同年9月2日、中古建設機械の販売、輸出等を業とするa社を設立し、現在も同社を経営している。a社の本店は、相手方の肩書住所地にあり、同社の役員は相手方一人である。

相手方の平成29年のa社からの役員報酬は504万円(月額42万円)であり、a社からの配当金は200万円であったが、これらがa社からいかなる名目で支払われるのかは、後記(3)のa社から抗告人に対する給与(月額8万円)と同様、税理士と相談の上されたものである(甲1、乙1、2)。相手方は、平成29年分の確定申告書を提出するように当裁判所から求められても(平成30年5月21日付け事務連絡)、これを提出せず、抗告人が相手方の課税証明書を取得できなくしたため(甲16)、相手方の平成29年の収入状況や不動産所得の経費等は明らかになっていない。

他方、課税証明書(甲11、12)によると、相手方の平成28年と平成27年の収入は、本決定別表のとおりである。平成28年は、給与収入1128万円、公的年金128万8634円、配当所得180万円、不動産所得20万0847円、長期一般譲渡益176万5500円であり、平成27年は、給与収入1440万円、公的年金128万5063円であった。」

(3) 同2頁1行目の「申立人は、」の次に「短大を卒業し、保育士、幼稚園教諭の資格を取得し、公務員の臨時職員の職歴を有している。抗告人は、相手方との」を加える。

(4) 同6行目から7行貝までを次のとおり改める。

「 抗告人は、平成30年1月25日からパートとして稼働しており、同年4月の給与は約5万円(勤務日数12日)、同年5月の給与は約8万円(勤務日数13日)であった(甲14、15)。

(4) 相手方は、抗告人と同居中には、前記(3)のa社からの給与月額8万円のほか、生活費月額7万円を渡し(合計15万円)、婚姻5か月後(平成28年3月)から平成29年6月までは、生活費を10万円に増額した(合計18万円)。しかし、相手方は、同年7月には、生活費を渡さず、同年8月と9月には、生活費各5万円しか渡さなかった上、前記(3)のとおり、同月30日付けで抗告人をa社から退職させた。」

(5) 同2頁8行目の「(4)」を「(5)」に改める。

(6) 同2頁10行目の末尾に改行して次のとおり加える。

「(6) 相手方は、前記(3)のとおり、抗告人に対し、平成29年10月から平成30年1月までの4か月間、月額8万円の婚姻費用を支払った(合計32万円)。

相手方は、抗告人に対し、婚姻費用として、平成30年2月28日に8万円、同年3月26日に6万5000円を支払い、同月から同年5月までの3か月間、各月8万5000円を支払った(乙3、4)。この合計は、40万円である(8万円+6万5000円+8万5000円×3か月)。

そうすると、相手方が平成29年10月以降抗告人に支払った婚姻費用は72万円である。」

(7) 同2頁20行目の「そして、」から23行目末尾までを「したがって、上記期間については、標準的算定表に当てはめる抗告人の収入は0円とするのが相当である。他方、抗告人は、短大を卒業し、保育士等の資格を有し、相手方との婚姻前には公務員の臨時職員として稼働したこともあった。このような抗告人の資格や稼働歴に加え、抗告人が平成30年1月25日以降、パートとして稼働しており、収入は一定しないものの月額8万円を得たこともあることや抗告人の年齢(55歳)を併せ考慮して、平成30年2月以降の抗告人の収入については、年収100万円程度の給与収入と認めるのが相当である。」に改める。

(8) 同2頁24行目の冒頭に「(3)ア」を、25行目から末行にかけての「報酬」の次に「あるいは給与収入」をそれぞれ加え、同3頁2行目の「申立人に対する報酬も」を「抗告人に対する給与収入も、自身の世帯に帰属する収入として」に、3行目の「総収入」を「給与収入」にそれぞれ改める。

(9) 同3頁4行目から22行目までを次のとおり改める。

「 イ また、相手方は、平成29年8月には、a社からの株式配当として200万円を得ている。これは、税理士と相談の上、相手方への配当金の名目で支払われたものにすぎないのであるから(引用の上補正した原審判1(2))、婚姻費用分担額の算定に当たっては、相手方に対する給与収入と同視し得るとみるべきである。

ウ さらに、相手方は、配当金以外に、平成27年と平成28年に、公的年金として各年約128万円を受け取っていたから、平成29年以降も同程度の公的年金を受給しているとみることができる。年金収入は、職業費を必要としておらず、職業費の割合は、給与収入(総収入)の2割程度であるから、上記年金収入を給与収入に換算した額は、上記年金額を0.8で除した160万円となる(128万円÷0.8)。

加えて、相手方は、平成28年に不動産所得約20万円を得ており、これを標準的算定表の給与収入に換算すると25万円程度となる。

エ 以上によれば、標準的算定表に当てはめる相手方の収入は給与収入985万円となる。

(計算式 600万円+200万円+160万円+25万円)

(4) 上記のとおりの双方の収入を標準的算定表の表10(婚姻費用・夫婦のみの表)に当てはめると、平成29年10月から平成30年1月までは、「14~16万円」の枠の下辺りとなるので月額14万円とし、同年2月以降は、「12~14万円」の枠の中辺りとなるから、月額13万円とするのが相当である。

(5) 相手方は、相手方の配当金や不動産所得に関し、「抗告人との婚姻前から得ていた特有財産から生じた法定果実であり、共有財産ではない」から、婚姻費用分担額を定めるに当たって基礎とすべき相手方の収入を役員報酬に限るべきである旨主張する。

しかし、相手方の特有財産からの収入であっても、これが双方の婚姻中の生活費の原資となっているのであれば、婚姻費用分担額の算定に当たって基礎とすべき収入とみるべきである。

そして、相手方は、婚姻後、抗告人に対し、a社からの給与(月額8万円)のほか、更に、生活費として7万円を渡し(合計15万円)、その5か月後から別居3か月前までの1年4か月間、生活費を月額10万円に増額した(同18万円)。相手方が抗告人において食費(月2万円ないし3万円)の残りを使ったと述べていることからすると(相手方の平成30年1月31日付け陳述書1項(2))、同居中、月額約15万円が抗告人において費消し得た金額であったことになるが、この金額は、前記(4)の算定額に近似している。

そうすると、同居中の双方の生活費の原資が相手方の役員報酬に限られていたとみることはできず、婚姻費用分担額の算定に当たって基礎とすべき相手方の収入を役員報酬に限るのは相当ではない。相手方の上記主張は採用できない。

(6) そうすると、平成29年10月から平成30年6月までの婚姻費用の合計額は、平成29年10月から平成30年1月までの4か月分の月額14万円の合計56万円(14万円×4か月)と同年2月から同年6月までの5か月間の月額13万円の合計65万円(13万円×5か月)を合わせた121万円となる。

ここから、既払金72万円(引用の上補正した原審判1(6))を控除した金額は、49万円となる。

3 したがって、相手方は、抗告人に対し、平成30年6月までの未払いの婚姻費用49万円を即時に支払うとともに、平成30年7月以降当事者双方の別居解消又は離婚成立まで月額13万円を支払う義務を負う。」

2 よって、上記判断に抵触する限度で原審判を変更することとし、主文のとおり決定する。

以上