新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.517、2006/11/10 16:24

[民事・不法行為]
質問:スキー場における初・中級用コースの途中,斜面の変わり目付近で立ち止まっていたところ,上方から滑走してきたスキーヤーに高速で衝突され,骨折の傷害を負わされました。相手方に損害賠償をすることはできるでしょうか。レジャー・スポーツ中の事故における損害賠償について教えてください。

回答:
1 はじめに
スポーツ事故において怪我をした場合,通常は,直接の加害者に損害賠償請求をすることが考えられます。スポーツ事故に限らず,一般に,損害賠償請求が認められるための要件としては,@相手方の故意・過失,A損害の発生,B因果関係,C違法阻却事由の不存在が必要であるとされていますが,このうち,スポーツ事故については,@相手方に過失があるか,C違法性阻却事由(「被害者の同意」ないし「危険の引受け」,正当業務行為の問題)がないかを検討する必要があります。
2 過失について
過失とは,一般,に注意義務が存在するのにこれに違反することをいいますが,その具体的内容は,ケースによって様々であり,最終的には,条理や社会慣行等によって判断するほかありません。スポーツ事故に即していえば,そのスポーツが通常有する危険性の程度,参加者の体力・技術レベル,スポーツを実施する環境,事故発生に至る経緯等を考慮して,事故の発生を回避すべく注意する義務があったのに,これを怠ったといえる場合には,過失があると判断されるといってよいと思われます。この点,スキーというスポーツは,時速数10キロのスピードで滑走するものであり,スキー板そのものも,先端やエッジの形状を考えれば危険な道具といえますから,スポーツとしての性質上,生命・身体に対する危険は高いものといえますし,また,通常は,ゲレンデ内の限られた空間において技術・体力レベルに劣る者も含めて多数人がそれぞれ滑走するという環境で行われるものですから,一般に,スキーヤーは,相互に接触や衝突を避けるように注意する義務があるといえるでしょう。最高裁も,スキー場で発生した滑降者(いずれも上級者)同士の接触事故の事案で,「スキー場において上方から滑降する者は,前方を注視し,下方を滑降している者の動静に注意して,その者との接触ないし衝突を回避することができるように速度及び進路を選択して滑走すべき注意義務を負う」とし,当該事案において,事故現場が急斜面ではなく,下方を見通すことができたのだから,接触を避けるための措置をとりうる時間的余裕をもって,下方を滑走している被害者を発見し,事故を回避することができたとして,加害者に過失を認めています。(平成7年3月10日判決)。
3 「被害者の同意」ないし「危険の引受け」(正当業務行為)について
スポーツ事故においては,「被害者の同意」ないし「危険の引受け」を考慮する必要があり,これらが存在する場合には,正当業務行為として,違法性が阻却され,損害賠償請求は認められないこともあります。すなわち,一般的に,スポーツには,程度の差こそあれ,事故や怪我について一定のリスクが内在するものであり,そうしたリスクを承知の上で自発的にスポーツに参加した場合は,怪我のリスクは自ら負担すべきであるといえます。たとえば,ボクシングというスポーツにおいて,ボクサーが相手に殴られたからといって相手に損害賠償を求めることができないのは常識的にも当然のことですが,これを法律的に考えると,殴られるということについて,事前に競技者の同意がある,いいかえれば,殴られるという危険を自ら引受けているため,加害者の行為には,正当業務行為として違法性が認められないということになるのです。もっとも,事故や怪我について同意ないし引受けがあるといっても,スポーツの際に生じる事故や怪我の種類や程度は,実際に行われるスポーツの具体的種類や状況により異なります。したがって,「被害者の同意」ないし「危険の引受け」の考え方が適用されるのは,実際に行われたスポーツの種類や状況からして,通常考えられる怪我や事故の範囲内に限られ,それ以外の場合(例えば,相手がルールを守らなかったために発生した事故や怪我等)には,損害賠償請求が可能であると思われます。なお,裁判例をみると,札幌高判昭和61年9月30日は,スキー場における接触事故の事案において,「スポーツやレクリエーション中の事故については,そのスポーツやレクリエーションのルールないしマナーに照らし,社会的に容認される範囲内における行動により,他人に傷害を負わせた場合は,いわゆる正当行為ないし正当業務として違法性が阻却されると解すべきである」とし,当該事案で,加害者が暴走していたとか危険な滑走方法をとっていたとの事情は認められず,レクリエーションとしてのスキーのマナーに照らし,社会的に容認される範囲内における行動により,被害者に傷害を負わせた場合にあたるとし,違法性が阻却されるとの判断をしています。もっとも,先述した最高裁平成7年3月10日判決は,このような違法性阻却を採用せず,スポーツであるスキーには必然的に危険を伴い,各滑走者は危険があることを認識して滑降していること等を理由に,スキー場における規則やスキーのマナーに反しない方法で滑走していた加害者の不法行為責任を否定していた原判決を破棄しました。したがって,現実の裁判実務においては,現在,このような「被害者の同意」ないし「危険の引受け」(正当業務行為)の理論が必ずしも採用されるとは限らないといえます。
4 過失相殺
仮に損害賠償自体は認められるとしても,スポーツ事故においては,被害者側にも一定の落ち度(例えば,被害者の側も注意が散漫であったなど)がある場合が多いと思われます。このような場合は,加害者側の落ち度と被害者側の落ち度を比較し,被害者側の落ち度の割合に応じた損害額については,損害賠償が認められないことになります(過失相殺)。
5 ご質問のケース
以上を踏まえ,ご質問のケースについて検討いたします。
(1)まず,過失の有無について判断いたしますと,スキーヤーには,最高裁が指摘するように,「スキー場において上方から滑降する者は,前方を注視し,下方を滑降している者の動静に注意して,その者との接触ないし衝突を回避することができるように速度及び進路を選択して滑走すべき注意義務」がありますので,ゲレンデの傾斜・難易の程度,見通しの良否,当日のゲレンデの込み具合,あなたが立ち止まっていた地点,加害者のスキー技術,衝突の理由等を考慮し,加害者にとって,接触を回避する措置をとることができたにもかかわらず,これを怠った場合には,過失があるといえるでしょう。
(2)次ぎに,違法性阻却(「危険の引受け」)についてですが,たしかに,一般に,スキーヤーは,上記のような危険が伴うことを承知の上でスキーというスポーツを行っているのですから,当該状況において,通常予想されうる,一定程度の接触や衝突については,「危険の引受け」があるといえるようにも思われます。しかしながら,前述のように,最高裁は,このような違法性阻却の考え方を採用していないため,ご質問のケースにおいても,相手方に過失があれば,損害賠償請求が認められるのではないかと思われます。
(3)ただし,損害賠償請求が認められる場合であっても,もし,あなたの立ち止まっていた状況が,その位置,時間,向き等に照らして,接触事故を誘発するようなものであった場合には,一定の過失相殺がなされることになるでしょう。スキー事故においては,法律的にみて,以上のような難しい問題が含まれるため,弁護士に相談することをお勧めします。
(4)なお,参考までに,類似するスキー事故における裁判例をご紹介しますと,東京地方裁判所平成7年3月3日判決は,スキーのインストラクター経験もある大学生が,初・中級用のコースを滑走中,見通しの悪い斜面の変わり目付近において,止まってサングラスを拭いていた被害者を発見したが,減速できずにジャンプして衝突し,右下腿骨骨折の傷害を負わせたという事案で,大学生に過失を認め,損害賠償を肯定しました。この事案において,裁判所は,加害者が,コルゲート(斜面の変わり目の手前から斜度がほとんどない斜面一帯)に進入するにあたり,その手前のコース脇にはゆっくり滑るよう指示する黄色の標識も立てられており,十分に減速すべきであったにもかかわらず,右標識の存在に気づかずそのまま滑り降り,しかも,コルゲート先端の斜面の変わり目があることをその手前約30メートルで気づき,その下を見通すことができなかったのであるから,より早い段階で減速すべきであったのに,斜面の変わり目の手前約5メートルになってようやく減速したため,十分減速することができにそのままジャンプしたという過失を認めています。ただし,被害者も,もっとコースの脇まで移動して立ち止まるべきであったとして,被害者にも過失があることを認め,3割の過失相殺を相当とした上で,結局大学生に750万円の支払を命じました。

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