新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.521、2006/11/13 14:37 https://www.shinginza.com/qa-hanzai.htm

[刑事・起訴前、捜査中の前科前歴の開示]
質問:私は、窃盗事件を起こし逮捕されたのですが、取り調べ担当の捜査官(警察官、検察官)が、前科前歴を勤め先の上司及び、被害者に連絡しました。私は勤め先を懲戒免職になるかもしれません。又、被害者は謝罪も受け入れてくれません。このようなことは行き過ぎではないでしょうか。

【結論】
結論から申し上げますと、あくまでも一般論ですが捜査官が行った行為には、法的に問題があり、あなたの言うとおり、捜査上行き過ぎである可能性が高いと思われます。具体的には法的責任が認められる場合は国家賠償法に基づく損害請求、公務員の守秘義務違反による刑事告訴を検討する必要があります。
【解説】
【勤め先に対する前科の開示について】
1、あなたが取調べを受けている窃盗事件の具体的な事件内容が不明ですが、捜査官が事件を捜査する関係上被疑者の勤め先に身分の照会などをすることはよくあることですし、処分を決めるために勤め先の勤務状況なども調査することはあると思います。しかし、勤め先に被疑者の前科前歴まで開示する必要性があったかどうか問題ですし、そもそも会社に連絡する必要性も考えなければなりません。確かに、刑事事件を起こした以上、刑事処罰を受けることになり、不利益は甘受しなければなりませんが、それは、法に定まった罪を償い社会的・法的責任を果たし、更正するということであり、それ以上に不当な取扱いを受ける理由はありません。
2、通常、捜査官、特に検察官といえども、捜査上特に必要性がなき限り被疑者の勤め先に連絡し、前科・前歴を開示することはできません。理由は以下のとおりです。
@ まず、捜査官、特に検察官は、刑事訴訟における捜査及び訴追、裁判の執行、監督などをその職分とする検察庁の構成員であり、刑事手続き上、起訴不起訴を判断するなど非常に大きな権限を与えられています。その大きな権限ゆえに、職務の遂行にあたり、重い責任を負い、職務にあたり慎重な判断を要することは言うまでもなく、その権限はあくまで起訴不起訴を決定する捜査の必要性に基づくものであり、いたずらに被疑者の社会的責任を追及する権限を有するものではありません。
A 前科前歴は、人の名誉、信用に直接にかかわる事項であり、前科等のある者もこれをみだりに公開されないという法律上の保護に値する利益を有し、その取扱いには格別の慎重さが要求されるものといわなければならないとされ、プライバシー権の一つとして認められています(最判昭56.4.14)。
従って、前科前歴を第三者へ告げることは、プライバシー権の侵害になることは争いがないでしょう。しかし、前科はその事件当時、新聞等で報道されることもあり、公的な裁判で行われていますので、絶対的に無制約のものではありません。本件とは異なりますが、前科の公表については、最高裁は、事件それ自体を公表することに歴史的・社会的意義が認められるときには認められる場合があり、あるいは、その者の社会的活動の性質あるいはこれを通じて社会に及ぼす影響力の程度などのいかんによっては、その社会的活動に対する批判あるいは評価の一資料として、右の前科等にかかわる事実が公表されることを受忍しなければならない場合もあるといわなければならないとしています(最判平6.2.8)。
以上のことから、前科の公表が認められるのは、極めて限定的な場合に限られと考えられます。本件についてみると、前科の公表ではありませんが、上記判例の趣旨からは、公人に比べて一般市民の前科・前歴はよりプライバシー権として厚く保護されるべきであり、その開示については慎重な判断が要求されるべきであると解されます。
B では、捜査官が勤め先の上司や被害者にあなたの前科前歴を告げたことはゆるされるのでしょうか。確かに、検察官・警察官は事件について捜査権限を有しています(刑事訴訟法191条1項)。しかしながら、特に検察官は同種の犯罪歴が過去にある場合、刑事裁判になれば裁判官に対して、その心証形成の資料として前科前歴を公にすることになりますが、裁判前である捜査段階において、本件と直接の関係がない勤め先の上司や、勤め先に前科前歴を告げたことは、特段の捜査上の必要性がないようであれば、捜査官は、何度も犯行を繰り返すあなたの社会的責任、制裁を追及したかったのだと考えられます。従って、検察官がそのような考えに基づいて前科前歴を告げたのであれば、これは明らかにプライバシー権を違法に侵害しており、捜査権の逸脱です。
C又、取扱いに格別の慎重さが要求される前科・前歴について、捜査官が軽率にも勤め先の上司に告げたことで、懲戒免職の可能性が生じてしまっています。上司に前科前歴を告げれば、このような危険があることは一般的に容易に予見できますし、一般の会社なら懲戒解雇、諭旨解雇、自己退職等の方法により退職金にも大きな影響が出ると思われます。やはり是認することは出来ないでしょう。
D 更に公務員の秘密保持義務と言う点からも問題があります。捜査官も公務員ですから当然に取り扱った事項について秘密保持義務があり懲役、罰金等の罰則が設けられています(国家公務員法100条、109条地方公務員法34条、60条)。その点からも前科前歴の公表は捜査上特に必要な場合に限られるでしょう。
E以上の理由から、本件の場合は、例えば勤め先会社内部の犯罪であったり、今回の捜査上、特に上司や会社に捜査の協力を得る必要性が高く、客観的に捜査への協力を得られない状況がある等特段の事情がない限り、前科・前歴を告げることは許されないと思われます。警察官も、検察官と一体となり公訴提起をする証拠資料を収集するわけですから、やはり捜査に必要性がなければ、むやみに前科を告げることは出来ないわけです。本件と勤め先会社が全く何の関係もない場合には、会社に問い合わせすること自体も、そもそも必要であったかどうか疑問です。勤め先に対する問い合わせは、身分関係が不明で捜査上問い合わせの必要性がある場合に限られるべきだと考えられます。
F 地裁の判例ですが、警察官が捜査段階において、被疑者の同僚に対し、前科を教えたことは、前科があることを教えなければ、捜査について協力を得られない客観的状況があったとは認められず、主観的に捜査についての協力を得る目的を有していても、それを正当化するものではなく、プライバシーの権利を違法に侵害するものとしています。(名古屋地判、平7.11.8)
【被害者に対する開示について】
@被害者に対して、前科・前歴を告げることも上記と同様に考えられます。
A確かに、被害者に対して加害者の情報を与えることが捜査上必要な場合も考えられますが、今回の事件とあなたの前科・前歴は全くの別事件であり、前科・前歴を告げて行う特段の捜査上の必要性はないと考えられます。また、被害者に当然にあなたの前科・前歴を知る権利があるとは考えられません。被害者に対して前科前歴を告げることについても、被害者の被害感情を刺激するためにだけなされたので有れば上記と同様に捜査権の逸脱と考えられます。
B更に捜査に不必要な行為というだけでなく、あなたに不利益を与える行為でもあります。つまり捜査中にもかかわらず捜査官が被害者に前科前歴を告げたことにより、被害者は被害感情を増幅させ、事実上謝罪も受け入れてくれなくなってしまうことが予測されるからです。もちろん、あなたは他人に何らかの被害を与えてしまった以上、被害者に誠実に謝罪をすることは人として当然のことでありますが、他方で被害者が謝罪を受け入れてくれることは、あなたの今後の処分に関しても大きく影響してくることだからです。
Cこのことは、あなたが選任した弁護人の弁護活動の間接的侵害行為となっています。すなわち、事件によっては被害者側と起訴前に示談できれば、起訴猶予処分になる可能性もあるのですが、被害者があなたに悪感情を持ったために示談を拒否することもかんがえられます。
以上のことから、検察官の対応には多くの法的問題があり、行き過ぎであると考えられます。担当捜査官、検察官、場合によっては責任者に対し、捜査上どのような必要性があり当該行為に及んだのか説明を求め、厳重に抗議し、正当な理由の説明がなく実際に損害が生じた場合は国家賠償法に基づく損害請求(国家賠償法1条1項)、公務員の守秘義務違反で告訴し責任の所在を明らかにすることを検討すべきでしょう。なお、上記判例では、前科があると告げた行為は職務の内容に密接に関連し、職務行為に付随してなされた行為であると認定され、10万円の慰謝料を認めています。

≪参考条文≫

【憲法】
第三十九条  何人も、実行の時に適法であつた行為又は既に無罪とされた行為については、刑事上の責任を問はれない。又、同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問はれない。

【刑事訴訟法】
第百九十一条  検察官は、必要と認めるときは、自ら犯罪を捜査することができる。
○2  検察事務官は、検察官の指揮を受け、捜査をしなければならない。
第百九十八条  検察官、検察事務官又は司法警察職員は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、被疑者の出頭を求め、これを取り調べることができる。但し、被疑者は、逮捕又は勾留されている場合を除いては、出頭を拒み、又は出頭後、何時でも退去することができる。
○2  前項の取調に際しては、被疑者に対し、あらかじめ、自己の意思に反して供述をする必要がない旨を告げなければならない。
○3  被疑者の供述は、これを調書に録取することができる。
○4  前項の調書は、これを被疑者に閲覧させ、又は読み聞かせて、誤がないかどうかを問い、被疑者が増減変更の申立をしたときは、その供述を調書に記載しなければならない。
○5  被疑者が、調書に誤のないことを申し立てたときは、これに署名押印することを求めることができる。但し、これを拒絶した場合は、この限りでない。

【国家公務員法】
第百条  職員は、職務上知ることのできた秘密を漏らしてはならない。その職を退いた後といえども同様とする。
第百九条  左の各号の一に該当する者は、一年以下の懲役又は三万円以下の罰金に処する。
十二  第百条第一項又は第二項の規定に違反して秘密を漏らした者

【地方公務員法】
(秘密を守る義務)第三十四条  職員は、職務上知り得た秘密を漏らしてはならない。その職を退いた後も、また、同様とする。
(罰則)第六十条  左の各号の一に該当する者は、一年以下の懲役又は三万円以下の罰金に処する。
二  第三十四条第一項又は第二項の規定(第九条の二第十二項において準用する場合を含む。)に違反して秘密を漏らした者

【国家賠償法】
第一条  国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によつて違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる。
○2  前項の場合において、公務員に故意又は重大な過失があつたときは、国又は公共団体は、その公務員に対して求償権を有する。

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