新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース ≪参考条文≫ 弁護士法
No.524、2006/11/13 15:05 https://www.shinginza.com/qa-souzoku.htm
〔相続、相続財産の調査のための預金口座取引履歴の開示請求〕
質問:父が死亡しました。相続人は子供である兄と私の二人です。主な相続財産は預貯金ですが、残高証明を取ったところ、1000万円しかありませんでした。父の生前の収入から少なすぎるので、金銭の出入りを確認したく、銀行に取引履歴の写しを請求したのですが、銀行は共同相続の場合、相続人全員の承諾がなければ、開示はできないと拒否しています。兄とは仲が悪く、兄は、取引履歴を調べることには反対で承諾の印をもらうことはできません。私としては、取引履歴をみなければ、遺産分割の協議を進められないと考えています。弁護士事務所に依頼すれば、他の相続人の承諾がなくても取引履歴を明らかにするよう銀行に請求できるでしょうか。
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回答:
共同相続人の一部の相続人からの預金取引履歴の開示(写しの請求)については、裁判所の判断が分かれています。弁護士からの開示請求には、任意に応じている銀行が多数ですが、これを拒否して裁判になったケースもあり、裁判所の判断も、認めるものと棄却しているものがあります。従って、弁護士事務所に開示の依頼をすれば多くの場合開示されるが、100%開示されるとはいえないというのが回答になります。
解説:
1、相続財産について、調査のうえで遺産分割の協議をする必要があり、相続時の預金の残高照会をとって相続財産の金額を確認するのは当然のことです。また、残高証明を取ってみて残高が少なすぎると言う場合は預金口座について通帳を確認したり、通帳がない場合は銀行の保管している取引履歴の写しを確認する必要が出てくる場合もあります。そのような場合、銀行は、共同相続の場合は、相続人全員の請求でなければ、とりあえず応じないという立場をとっています。ですから、相続人本人が請求しても、窓口で他の相続人の承諾印を用意してくるように指示され開示は拒否されます。ただ、相続人から依頼された弁護士からの請求の場合は、開示に応じているのが実情です。また、弁護士個人から直接の開示請求には応じない銀行も、弁護士会を通じての照会請求(弁護士法23条の2)には応じるのが一般的な対応です。
2、しかし、まれにですが弁護士会の照会請求にも応じない銀行があります。そのような場合は、裁判所に開示を認める判決をしてもらう(求める判決は、「被告(銀行)は原告(相続人)に対し被相続人某(死亡日時、届出住所、死亡時の住所)名義の預金の取扱店、種類、口座番号、取引開始から現在までの入出金状況を開示せよ。」となります。)ために訴訟を提起する必要があります。 裁判所は、このような裁判が提起された場合これまで、請求を認めたものと、請求を認めずに棄却したものがあります。ですから、訴訟をしたからといって、必ず勝てるとはいえません。裁判所の考えを説明しますので訴訟をするかいなかの判断の材料としてください。
3、まず、この問題については2点法律上の問題があります。第1点はそもそも預金者にこのような取引履歴の開示請求権があるかという問題です。預金者本人からの開示請求があれば、開示しているのが銀行の実務ですが、これは法律上の義務なのか、それとも義務はないがサービスとして銀行が行っているかという問題です。通常は、銀行が任意に応じていることから問題にならないのですが、裁判になるとこの点も議論となります。この点についても判例上争いがあります。否定する考えは、預金契約は、消費寄託契約であり、民法、銀行法等に開示を義務付ける規定はなく、預金契約で定めない以上、開示の義務はないとしています。他方、開示義務を認める判例は、そのような法律上の規定がなく、また、預金契約に文言として記載されていなくても預金契約に黙示的に付随している義務であり、サービスではないとしています。現代社会においては自動引き落とし等単なる入出金だけでない取引も多くあること、通帳の紛失や記帳もれなどの場合の必要性と対比して銀行に義務を負わせても業務上の支障は少ないことなどが理由です。
4、そこで、銀行に開示義務が法律上あるとする立場をとると、次に共同相続人の一人でも開示請求できるかという第2の問題点が生じます(そもそも預金者に銀行に対する開示請求権がない、とするとこの問題以前に請求は認められないことになります)。この点についても判例には争いがあります。まず、共同相続人全員の承諾が必要とする判例の理由は、取引履歴の開示を請求する権利は預金契約者に帰属する1個の権利であり分割できないとしています。預金は分割債権として共同相続人に分割債権として帰属することは最高裁の判例で決まっていることで争いがないのですが、それを前提としても開示請求権は分割されないと言う考え方です。この考え方に対し、預金を分割債権として取得した相続人は単独で取引履歴の開示を請求できる権利を有するとするのが単独での開示請求を認める判例の考え方です。
5、以上のとおり、判例は分かれています。法律理論上はどちらの考え方も成り立ちます。しかし、共同相続人に対する開示義務を否定する考え方は銀行の利用者である国民の利益を軽視していると言わざるを得ないと思われ、予測になりますが今後は、これを肯定する考え方が多くなるものと思われます。比較的新しい判例としては、平成15年8月の東京地裁のものがあり、東京都民銀行が共同相続人の一人の代理人弁護士からの弁護士法23条の2の照会請求を拒否したため、訴訟となったケースについて取引履歴の開示を銀行側に命じています。
第二十三条の二 弁護士は、受任している事件について、所属弁護士会に対し、公務所又は公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めることを申し出ることができる。申出があつた場合において、当該弁護士会は、その申出が適当でないと認めるときは、これを拒絶することができる。
2 弁護士会は、前項の規定による申出に基き、公務所又は公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めることができる。
民法
第六百六十六条 第五節(消費貸借)の規定は、受寄者が契約により寄託物を消費することができる場合について準用する。
2 前項において準用する第五百九十一条第一項の規定にかかわらず、前項の契約に返還の時期を定めなかったときは、寄託者は、いつでも返還を請求することができる。