新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.527、2006/11/28 14:20 https://www.shinginza.com/chikan.htm

【刑事、起訴前、犯罪行為と記憶、示談】
質問:東京で公務員をしています。昨日深夜、同僚とかなり酒を飲んだあとに一人で道を歩いているところ、前を歩いていた女性に抱きついて痴漢行為をしたとし、逮捕されてしまいました。困ったことに自分は抱きついた行為についてまったく覚えていません。警察署に留置され、正直に「酒を飲んでいたので本当に覚えていない」と話しました。警察官が被害者に確認したところ、「自分が詫びさえすれば、話し合ってもいい」と言っているようです。どうしたらいいでしょうか。

回答:
1、覚えていなくても本当に女性に抱きついたのであれば、あなたの行為は、東京都の公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例違反です。条例という言葉は、聞き慣れない言葉なのかもしれませんが、地方公共団体が議会により自主的に制定する法規(憲法94条、地方自治法14条)のことをいい、東京都の条例でも、痴漢行為を厳しく取り締まっています。本条例の目的は、公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為を防止し、もって都民生活の平穏を保持することとされています(第一条)。今回のあなたの痴漢行為は、何人も人に対し公共の場所又は公共の乗り物において人を著しくしゅう恥させ又は人に不安を覚えさせるような卑わいな言動をしてはならない(第5条1項)に該当し、常習でなければ罰則(第8条)では、6月以下の懲役又は50万円以下の罰金に処するとあります。
2、警察が被疑者を逮捕したら、犯罪事実の要旨と弁護人選任権があることを告げて弁解の機会を与えています。そして留置の必要がないと思うときには直ちに釈放し、留置の必要があると思うときには逮捕の時から48時間以内に書類及び証拠物を添えて、身柄を検察官に送致しなければなりません。(刑事訴訟法203-1)今回のご相談のように、警察に逮捕された段階で、酒に酔っていて覚えがないという主張だけでは、捜査の必要性、犯罪被害女性保護の観点から「留置の必要がないと思うとき」には該当せず、被害届が有る以上、無実の何らかの確固たる証明ができない限り、直ちに釈放されることはないでしょう(逮捕されてから最長23日間身柄を拘束されます)。そうでなければ、結果的に酒に酔って記憶がなくなった犯罪はすべて許されるようなことになってしまい、この様な泥酔状態を言い逃れのため悪用する危険さえ有ります。むしろ「覚えていない」という供述は、一般的には否認事件として扱われますから対応が重要です。
3、まずは、依頼し接見にきた弁護人と今後についてじっくり話し合うことです。弁護活動としては、被疑者が事実を認めるのであれば、被害者に謝罪し示談交渉することになりますが、本人が事実を記憶がないといって否認する場合には、裁判まで無実の証拠を収集し、徹底的に意見書として提出するなどして争うことになります。起訴され公開裁判になっても同様に、法廷で被害者と被告人のどちらの証言が正しいかを争っていきます。事実を争うことになれば、裁判が終了するまでかなりの時間(公判前整理制度により争点を整理しても半年から1年程度はかかる可能性があります)を要するため、公務員であり職場を解雇される可能性もあるでしょう。しかし、早く釈放されたいからといって、やってもいないという事実を曲げてまで被害者に謝罪・和解の申し出をする必要はないものと考えます。この点については、弁護人としっかり相談してください。
4、さて、今回のように本当に覚えていないケースで他に考えられる弁護活動としては、一般的なやり方ではありませんが、犯罪事実は否認するが被害者に事件となり迷惑をかけたことを謝罪し、交渉を進める方法です。通常は、被害者に対し「示談金」を支払うことになりますが、この場合、迷惑をかけたという理由で、「迷惑金」という形で支払います。被害女性との交渉によって、示談が成立できるか難しいところですが、被害者女性には「詫びさえすれば許す」という意思表示があったようなので、可能性がないわけでもありません。交渉内容によっては、被害女性が宥恕する場合もありますが、やはり犯罪事実を認めない限り示談に応じないという場合は、合意が成立せず勾留は続くことになります。その場合は裁判で堂々と争うことになるでしょう。尚、被疑者が犯罪事実を認めていないと、それ以後捜査官が被害者に示談の連絡をしてくれない場合がありますので、弁護人を通じて担当捜査官に事情をよく説明することが大切です。特にあなたは公務員ですからニユース価値もあり公になる前に迅速な対応が望まれます。
5、被害女性との間で交わした和解合意書、誓約保証書(親族が被疑者を監督するというもの)、支払った迷惑金の領収証、謝罪文、被害届取下げ及び告訴取消書、身元引受書を検察庁に提出することができれば、検察官の判断によって、起訴便宜主義(刑事訴訟法248条)の観点から起訴猶予・不起訴処分として事件が終了する可能性が十分あります。弁護人としては、担当捜査官、検察官に対して上記書面を持参の上、被害者との交渉の内容を口頭で説明すると同時に意見書を提出し、被疑者が起訴猶予・不起訴処分になるよう求めます。例え、酒によってまったく覚えていなかったという場合であっても、一度は専門家である弁護士にご相談することをお勧めします。

≪参考条文≫

憲法
第九十四条  地方公共団体は、その財産を管理し、事務を処理し、及び行政を執行する権能を有し、法律の範囲内で条例を制定することができる。

刑事訴訟法
第二百三条  司法警察員は、逮捕状により被疑者を逮捕したとき、又は逮捕状により逮捕された被疑者を受け取つたときは、直ちに犯罪事実の要旨及び弁護人を選任することができる旨を告げた上、弁解の機会を与え、留置の必要がないと思料するときは直ちにこれを釈放し、留置の必要があると思料するときは被疑者が身体を拘束された時から四十八時間以内に書類及び証拠物とともにこれを検察官に送致する手続をしなければならない。
第二百四十八条  犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは、公訴を提起しないことができる。

地方自治法
第十四条  普通地方公共団体は、法令に違反しない限りにおいて第二条第二項の事務に関し、条例を制定することができる。

公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為条例
第五条 何人も、人に対し、公共の場所又は公共の乗物において、人を著しくしゆう恥させ、又は人に不安を覚えさせるような卑わいな言動をしてはならない。
第八条 次の各号の一に該当する者は、六月以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
一 第二条の規定に違反した者
二 第五条第一項又は第二項の規定に違反した者
三 第五条の二第一項の規定に違反した者
2 前項第二号(第五条第一項に係る部分に限る。)の罪を犯した者が、人の通常衣服で隠されている下着又は身体を撮影した者であるときは、一年以下の懲役又は百万円以下の罰金に処する。
3 次の各号の一に該当する者は、百万円以下の罰金に処する。
一 第七条第二項の規定に違反した者
二 前条第三項の規定に違反した者
4 次の各号の一に該当する者は、五十万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。
一 第三条の規定に違反した者
二 第四条の規定に違反した者
三 第五条第三項又は第四項の規定に違反した者
四 第六条の規定に違反した者
五 第七条第一項の規定に違反した者
六 前条第一項の規定に違反した者
5 前条第二項の規定に違反した者は、三十万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。
6 第七条第四項の規定による警察官の命令に違反した者は、二十万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。
7 常習として第二項の違反行為をした者は、二年以下の懲役又は百万円以下の罰金に処する。
8 常習として第一項の違反行為をした者は、一年以下の懲役又は百万円以下の罰金に処する。
9 常習として第三項の違反行為をした者は、六月以下の懲役又は百万円以下の罰金に処する。
10 常習として第四項の違反行為をした者は、六月以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。

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