新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.532、2006/11/28 15:01

【民事、賃料不払いと強制執行、残置物の処分】
質問:私はアパートの1室をAさんに賃貸していますが、最近6か月分の賃料の支払いがなされていません。調べてみると、Aさんは家財道具を残して夜逃げをしてしまっているようで、連絡をとる手段がありません。契約書には、「賃料の支払いを30日以上怠ったときは、賃貸人は、直ちに賃貸物件の施錠をすることができる。また、その後30日以上経過したときは、賃貸物件内にある動産を賃借人の費用負担において賃貸人が自由に処分しても、賃借人は、異議の申立てをしないものとする」と記載してあるのですが、賃貸人として明渡しを実行して、家財道具の処分をしてもかまわないでしょうか。

回答:
1 賃貸借契約において、賃借人が賃料を長期間滞納している場合には賃貸借契約の解除原因となり、賃貸人は賃貸借契約を解除して部屋の明渡しを請求することができます。ただし、明渡しを実現する方法として、個人が私的に実行することは禁止されていて、裁判所の裁判、強制執行の手続きを踏むことが求められています。これを自力救済の禁止と呼び、法治国家の大原則とされています。したがって、このような場合でも、裁判所にAさんを被告として建物明渡請求訴訟を提起して勝訴判決を取り、その判決に基づいて強制執行をすることになります。
2 また、賃貸借契約書には賃貸人の夜逃げを想定して、「賃料の支払いを30日以上怠ったときは、賃貸人は、直ちに賃貸物件の施錠をすることができる。また、その後30日以上経過したときは、賃貸物件内にある動産を賃借人の費用負担において賃貸人が自由に処分しても、賃借人は、異議の申立てをしないものとする」との規定が設けられていることが多いです。しかし、この条項は、賃借人に一方的に不利な内容であり、民法の大原則である自力救済禁止の原則に違反するものであり、公序良俗違反(民法90条)として無効となるといえます。よって、この条項だけをよりどころに明渡しを実行して、家財道具の廃棄などをしてしまうと、住居侵入罪(刑法130条前段)、器物損壊罪(刑法261条)にとわれたり、民事上不法行為(民法709条)が成立して慰謝料を支払わなければならなくなる可能性もあります。なお、親族の人が保証人となっている場合、不在の賃借人の代わりにその保証人が事実上の明渡しや残置物の処分をすることが多いです。しかし、保証人は賃借人ではなく賃貸借契約の当事者ではないので、契約の解約に応じることや明渡しをする権限はありません。また、室内の残置物の所有権者でもありません。保証人が善意で明渡しや残置物処分をしても、法律的には違法行為であることには変わりません。したがって、賃貸人が保証人に強くかかる行為を要請したりすると、共同不法行為として損害賠償責任を負う危険性があります。よって、保証人に要請することも法的には勧められる手段ではありません。もしそのような手段をとる場合には、保証人が単独で自らの責任で明渡し、残置物処分をする旨を記載した念書などの書面を確保しておいた方が無難でしょう。
3 賃借人が不在の場合の裁判の進め方について、以下具体的に説明します。まず、公示送達の手続きを利用して、不在の賃借人を被告として建物明渡請求訴訟を提起します。公示送達手続きは、所在不明の相手方に対して裁判所の掲示板に書類を一定期間掲示することによって、書類が相手方に届いたものとみなす便宜的な制度です。公示送達に若干時間がかかりますが、賃借人が現れることはまずないので欠席判決で勝訴判決を得ることが出来ます。そして、その勝訴判決を債務名義にして、賃貸物件の明渡しの強制執行をします。次に、部屋の中の家財道具については、まだ所有権は賃借人にありますので、勝手に処分することは出来ないので、未払い賃料の支払請求も明渡請求訴訟に併合しておこしておいて、それを根拠に家財道具に競売をかけて、賃貸人が落札して処分すると適法で安全でしょう。
4 以上が法的に正しい原則的な方法ですが、実務的には、時間、費用がかかり難しい面があります。しかし、自力救済禁止が大原則であるので、やむをえないところがあります。例外的に、自力救済を許容した裁判例もありますが、あくまでも限定的な場面での例外的な判決ですので、一般的な基準として考えるのは危険といえます(何ヶ月も意図的に廊下に荷物が置かれ、何度も督促したが応じず、ほとんど価値もなく量も多くなかったケースで、賃貸人が自力で撤去したことを許容したものです、横浜地裁昭和63.2.4判決)。やはりリスクを回避するためにも、裁判手続きを使って明渡しを実行することをお勧めします。

≪参照条文≫

民法90条 公の秩序又は善良の風俗に反する事項を目的とする法律行為は無効とす。
刑法130条 正当な理由がないのに、人の住居若しくは人の看守する邸宅、建造物若しくは艦船に侵入し、又は要求を受けたにもかかわらずこれらの場所から退去しなかった者は、三年以下の懲役又は十万円以下の罰金に処する。
刑法261条 前三条に規定するもののほか、他人の物を損壊し、又は傷害した者は、三年以下の懲役又は三十万円以下の罰金若しくは科料に処する。
民事訴訟法110条 次に掲げる場合には、裁判所書記官は、申立てにより、公示送達をすることができる。
一 当事者の住所、居所その他送達をすべき場所が知れない場合
二 第107条第1項の規定により送達をすることができない場合
三 外国においてすべき送達について、第108条の規定によることができず、又はこれによっても送達をすることができないと認めるべき場合
四 第108条の規定により外国の管轄官庁に嘱託を発した後6月を経過してもその送達を証する書面の送付がない場合
2 前項の場合において、裁判所は、訴訟の遅滞を避けるため必要があると認めるときは、申立てがないときであっても、裁判所書記官に公示送達をすべきことを命ずることができる。
3 同一の当事者に対する2回目以降の公示送達は、職権でする。ただし、第1項第4号に掲げる場合は、この限りではない。
民事訴訟法111条 公示送達は、裁判所書記官が送達すべき書類を保管し、いつでも送達を受けるべき者に交付すべき旨を裁判所の掲示場に掲示してする。
民事訴訟法112条 公示送達は、前条の規定による掲示を始めた日から2週間を経過することによって、その効力を生ずる。ただし、第110条第3項の公示送達は、掲示を始めた日の翌日にその効力を生ずる。
2 外国においてすべき送達についてした公示送達にあっては、前項の期間は、6週間とする。
3 前2項の期間は、短縮することができない。
民事訴訟法113条 訴訟の当事者が相手方の所在を知ることができない場合において、相手方に対する公示送達がされた書類に、その相手方に対しその訴訟の目的である請求又は防御の方法に関する意思表示をする旨の記載があるときは、その意思表示は、第111条の規定による掲示を始めた日から2週間を経過した時に、相手方に到達したものとみなす。この場合においては、民法第98条第3項ただし書の規定を準用する。

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