性交渉の拒絶は離婚原因となるか
民事|離婚原因|婚姻を継続しがたい重大な事由|性交拒否|財産分与
目次
質問:
妻は潔癖な人間で、元々性交渉が好きではないらしく、それにもかかわらず子供は欲しいと常々言っていました。そのため、妊娠可能な日にしか性交渉を許してもらえず、それが功を奏して2人の子供が生まれました。その後、妻との性生活がなくなり5年たちますが、私が希望しても応じてくれません。
それなら、外でそういうことをする旨了承してほしいと妻にお願いしましたが、それもダメだと言います。私も30代の健康な男性です。この先、性交渉を全くできない状態で人生を終えたくありませんし、今では、妻との共同生活が苦痛でたまらなくなり、妻と別れたいのですが、こういう理由では無理でしょうか。
なお、妻は、別れるなら、家の名義を妻に書き換え、家のローン(ローン残金3300万円)を全て私が支払い、その家で彼女と子供たちで生活をしたいと言っています。その要求を飲まなければならないのでしょうか。
回答:
1.性交拒否は「婚姻を継続し難い重大な事由」に当たるのか
民法770条1項は裁判上の離婚原因として、
①不貞行為
②悪意の遺棄
③3年以上の生死不明
④回復見込みのない強度の精神病
⑤その他婚姻を継続し難い重大な事由
をあげています。
本件の性交拒否については、同法1項1号から4号に該当しないため、同5号のその他婚姻を継続し難い重大な事由に当たるかどうかの判断となります。「婚姻を継続し難い重大な事由」とは、婚姻中における両当事者の行為や態度、婚姻継続の意思の有無など、当該の婚姻関係にあらわれた一切の事情からみて、婚姻関係が深刻に破綻し、婚姻の本質に応じた共同生活の回復の見込がない場合をいいます。
そして、世の中には、年齢・健康その他の理由から性交渉がない婚姻生活を送っている夫婦も存在すると思われますが、基本的には、夫婦間の性交渉は婚姻の本質的要素である(最高裁昭和37年2月6日)ことは否定できませんから、性交不能その他の理由で、夫婦間の性的欲求の充足がなされない場合には、離婚が認められると言っていいでしょう。
裁判例にも、「婚姻が男女の精神的・肉体的結合であり、そこにおける性関係の重要性に鑑みれば、病気や老齢などの理由から性関係を重視しない当事者間の合意があるような特段の事情のない限り、婚姻後長年にわたり性交渉のないことは、原則として、婚姻を継続し難い重大な事由に該るというべきである」(京都地裁昭和62年5月12日)と判断されています。
2.性交拒否の裁判例
しかし、性交不能や性交拒否などが離婚の原因として正面から主張されることは多くはありません。羞恥心も絡み、協議離婚や調停の中で解決されることも多く、裁判になったとしても、性交不能、性交拒否そのものではなく、それらに起因する他方当事者の不貞行為、暴力、性格の不一致などが表面上の理由として主張されることが多いからでしょう。
本件においても、妻側としては、自身の性交拒否を棚に上げて、夫が過去に風俗のお店に何度か通ったことを取り上げて、夫側の不貞行為が破綻の原因であると反論してくる可能性もありますし、子供が2人いることから性交拒否などありえないと反論する余地もあります。性交拒否を行った側の有責性を立証し慰謝料請求をするという場合でなければ、性交拒否については婚姻破綻の原因の1つとして主張し、その他婚姻の本質に応じた共同生活の回復の見込みがないことを軸に主張・立証していけばよいでしょう。
なお、妻側の性交拒否の裁判例として、
「原告・被告花子間の婚姻は、前記検討の結果からすると、結局被告花子の男性との性交渉に耐えられない性質から来る原告との性交渉拒否により両者の融和を欠いて破綻するに至ったものと認められるが、そもそも婚姻は一般には子孫の育成を重要な目的としてなされるものであること常識であって、夫婦間の性交渉もその意味では通常伴うべき婚姻の営みであり、当事者がこれに期待する感情を抱くのも極当たり前の自然の発露である。しかるに、被告花子は原告と婚姻しながら性交渉を全然拒否し続け、剰え前記のような言動・行動に及ぶなどして婚姻を破綻せしめたのであるから、原告に対し、不法行為責任に基づき、よって蒙らせた精神的苦痛を慰謝すべき義務があるというべきである。」
と述べて慰謝料を認めた事例があります(岡山地裁津山支部平成3年3月29日)。
3.住宅の件
次に住宅の件ですが、妻としては、土地・建物の登記名義を妻に書き換え、住宅ローンの残額3、300万円をあなたが一括ないし分割で支払っていき、その家で妻と子供たちが生活をしていきたいとの希望だそうですが、夫婦間の婚姻期間中に形成した財産あるいは債務の清算という観点から財産分与を検討すると、あなたは妻のその要望を飲む必要は全くありません。
夫婦の実質的共有財産に資産と債務がある場合、積極財産の総額から消極財産を差し引いた残額に分与割合を乗じて清算額を決定するのが一般的であり(名古屋家審平成10年6月26日)、清算的財産分与の割合については、夫婦双方の財産形成に対する寄与の程度によるところ、特段の事情のない限り、寄与の程度は平等と解すべき(東京地裁平成11年9月3日)というのが裁判例だからです。
これによれば、土地・建物の資産価値も住宅ローン債務も平等に分担することになりますが、共有名義にしたところで解決にはなりませんので、現実問題としては、
①売却して利益が出れば半分ずつ分ける
②一方が不動産を取得するとともにローン残額も引き継ぐ
という解決方法が考えられます。
本件では、妻が住宅に住むことに固執しているようですので、妻が住宅を取得するとともにローンを引き継ぐ形がよいかと思います。但し、住宅ローンの債務者は夫ですので妻に変更するには銀行の同意が必要となるところ、銀行が、収入の少ない妻への名義変更を承諾することは稀ですので、妻が夫とともに債務を引き受ける、つまり重畳的債務引受の形をとることになるでしょう。
そして、土地・建物の登記名義については、財産分与を原因とする所有権移転登記を行うことになるでしょう。なお、妻が住宅に住み続けてローンを支払っていく解決を取る場合において、既払いの住宅ローンの額が財産分与の対象となるかという問題が一応あります。例えば、購入額4000万円(頭金は折半と仮定)、住宅ローンが3500万円だったところ、夫が月額10万円を3年間で360万円の住宅ローンを支払ってきたことにより現在3300万円となった場合、3500万円のローンが3300万円になるのに利息含め360万円が必要となっており、この分は今後妻が支払う必要がないにもかかわらず妻は4000万円の住宅全部を取得する解決となるわけですから、既払いの360万円と夫の支払った頭金250万円は夫から妻に対する財産分与ではないかと考える余地があるわけです(名古屋高裁金沢支部昭和60年9月5日決定参照)。
しかし、バブルの頃ならまだしも、現在では不動産の時価を考慮すべきであり、住宅ローン残額が住宅の評価額を上回る場合にまでもこのような考え方をするのは正しいとはいえません。
裁判例にも、
「夫婦の協力によって住宅ローンの一部を返済したとしても、本件においては、当該住宅の価値は負債を上回るものではなく、住宅の価値は零であって、右返済の結果は積極資産として存在していない。そうすると、清算すべき資産がないのであるから、返済した住宅ローンの一部を財産分与の対象とすることはできないといわざるをえない。」
というものがあります(東京高裁平成10年3月13日)ので、夫としては既に支払った住宅ローン360万円を財産分与として妻に渡すとの主張はできないものと思われます。
・離婚に関する関連事例集参照。
以上