地方公務員ですが痴漢行為で略式手続きに同意しました。

刑事|略式手続き|迷惑防止条例|不起訴処分|示談交渉|解雇

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 関連事例集
  4. 参考条文

質問:

私は、地方公務員ですが先日、電車で通勤途中、痴漢行為により警察署で取調べを受け、次の日、検察庁と言うところに行きました。

痴漢行為については、最初言い分があり一部認めなかったのですが、検察官に素直に謝罪したところ、検察官は、「本当は勾留請求して取り調べるとこらだが、認めているので釈放します。しかし、罰金の手続きをとりますから」と言われ略式手続きに同意するという書面に署名した後、釈放されました。検察官の説明では被害者と示談ができていないので罰金はやむを得ないとのことでしたので、略式手続に同意しました。

しかし、罰金でも処罰されると公務員の仕事はやめざるを得ないと思います。どうしたらいいでしょうか。

回答:

1.事案分析

あなたは電車内で痴漢行為を行ったということですが、痴漢行為には強制わいせつ罪(強制わいせつ罪には罰金刑がなく7年以下の懲役と規定されています。刑法176条参照)として捜査、処罰されるものと、公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例違反(本条例違反の法定刑は、常習でなければ、6月以下の懲役又は50万円以下の罰金。同条例第8条1項2号)として捜査、処罰されるものがあります(強制わいせつと迷惑防止条例違反との違いについては、ホームページNO.369参考)。

本件についてみると、あなたは検察官より罰金の手続をとるという説明を受けたということですので、前述の通り強制わいせつ罪には罰金刑はありませんから迷惑防止条例違反として捜査、処罰されたことになります。そして、迷惑防止条例違反の場合、一般的な実務では、あなたのように罪を認め、謝罪した場合には、検察官が略式請求し、簡易裁判所が略式命令をすることによって、30~50万の罰金を支払い、事件処理されることが多いようです。

2.原則論及びそれに伴う不利益の指摘

①略式手続きとは、簡易裁判所が検察官の請求により、罪証・事案簡明な100万円以下の罰金又は科料が相当とされる事件について、公判を開かずに検察官の提出した資料に基づく書面審理のみによって裁判を行う手続(刑事訴訟法461条以下)ですが、この手続きには被疑者が略式手続きによることについて異議のないことが必要です。本件についてみると、あなたが略式手続きに同意する旨の書面に署名したことで、この略式手続きの要件を充足したことになり、即日若しくは近日中に検察官の公訴提起と同時に略式請求され、簡易裁判所より罰金の支払を命じる略式命令が出されることが予想されます。本件では担当検察官は同意を得て、法律に従い略式手続きを進めている以上、このまま処分されても何の違法、不当なことはありません。

②しかしながら、罰金刑でも立派な前科となりますし、あなたは地方公務員とのことですので、罰金刑に処された場合には、全体の奉仕者たるにふさわしくない非行があったとして、懲戒事由となりうることとなります(地方公務員法第29条1項3号)。公務員の犯罪という性質上、場合によっては報道され懲戒解雇となることもありますし、退職金等の支払いも停止されることになるかもしれません。さらには、再就職にも影響しかねません。

③ ところで、もし仮にあなたが被疑事実に該当することを行っておらず、無実であるならば、一旦略式手続きに同意し、略式命令を受けた後であっても、告知を受けた日から14日以内であれば、書面により正式裁判の請求をすることができ(刑事訴訟法465条1項)、公開裁判において、あなたの無罪を主張立証することが出来るかもしれません。しかし、このような場合でも、刑事事件に関し起訴されている以上、意に反して休職させられる可能性がある上(地方公務員法28条2項2号)、ご存知かと思いますが、無罪を立証するのはとても難しく、一審だけでも半年から1年前後の年月を要する場合が多く、検察官の上訴により裁判は長期化される可能性が高いことから、現実的には仕事へ復帰することは難しいかもしれませんし、その間の心労もかなりのものになるでしょう。

④以上のように、略式手続きに同意し、略式命令により罰金刑を受けたとしても、または、有罪無罪に関わりなく正式裁判を請求したとしても、いずれにおいてもあなたは現在の仕事を失う可能性が高いと考えられます。

3.問題提起

それでは、略式手続きに同意してしまった以上、略式命令により罰金刑を受けるか、正式裁判を請求する他はなく、罰金刑、又は正式裁判を請求することでの解雇等の不都合を回避できる方法は残されていないということでしょうか。結論から申し上げると、略式手続きに同意すると書面した後でも、検察官が公訴提起と同時に略式請求をする前に弁護人を選任し、弁護人が検察官と交渉することによって(もちろん弁護人を依頼する費用がなければあなた自身が直接検察官に申し出て被害者との示談交渉等を希望することも認められます)、被害者との示談交渉等あなたにとって有利な事情を主張するため、公訴提起を待ってもらえるよう申し立て、その間に被害者と示談をし、検察官に対して示談書を提出して不起訴にしてもらうよう交渉することが出来ると考えられます。被害者との示談ができなかった場合には、罰金刑に処されることとなりますが、被害者との示談がまとまり、被害者から宥恕してもらえた場合、あなたは初犯と思われますから、不起訴処分になる可能性も残されており、解雇の危険を回避することが出来るかもしれません。

4.解釈等による理由付け

略式手続に同意しながら、その後被害者と示談の交渉することは、適法な行為ですのでなんら心配は要りません。以下、その理由を検討してみましょう。

①略式手続きについては、本来迅速に事件処理することで、早期に被疑者を刑事手続きから開放することが利点となっていますが、略式手続きといえども刑事裁判である以上、事前に攻撃防御方法の機会は被疑者にも公平に与えられければならず、これは刑事裁判の大原則です(憲法第31条、デュープロセス、適正手続きの保障)。本件の場合、量刑について被疑者に有利となる被害者との示談交渉等をする時間的余裕がなく、被疑者は何らの防御活動をすることなく罰金刑が確定し、罰金刑を受けることで、前述のように懲戒解雇等その後の生活状況に大きな影響を与えてしまい、逆に被疑者に不利益な結果になってしまいます。従って、このような手続きの運用は、妥当性に欠けるもので修正する必要があると考えられます。すなわち、被疑者に十分な防御権が与えられていない状態では手続きを行うことは差し控え、防御のため相当の時間的猶予を与えた後に本手続きの同意を求めるべきですし、同意を得た後でも被疑者に防御の機会を与えるべきです。 

②また、検察官の略式請求は、前述致しましたとおり、公訴提起と同時になされなければならず、わが国では、その公訴提起は検察官が行うものとされ、権限を検察官に限定し(起訴独占主義、刑事訴訟法247条)、諸般の事情を考慮した上で、公訴の提起不提起を検察官の独自の判断に委ねています(起訴便宜主義、同法248条)。本件では、あなたは逮捕後わずか数日で刑事処分を受ける立場になってしまい、あなたに有利な事情を何ら考慮されることなく前科を背負うことになりますので、犯罪の総合的考察の上に起訴を決めるという起訴便宜主義の点からも疑問が残ります。すなわち、刑訴248条は「犯罪後の状況」も考慮の上起訴するかどうかを決定すべきである旨明確に述べているからです。

③この起訴便宜主義とは、被疑者が罪を犯したことが明らかな場合であっても、犯罪の情状、被疑者の性格や年齢・犯罪後の状況・被害者の訴追感情等諸般の事情を勘案し、訴追を必要としないとするときは、公訴を提起しないことが出来るというものです。すなわち、訴訟経済上も不必要な起訴を減少させ、迅速かつ合理的判断に基づく事件処理をし、被疑者にむやみに犯罪者のレッテルを貼らずに自ら反省、更正の機会を与えることで、社会復帰を助け(反面的には、被害者への謝罪により被害者側の生活の平穏、被害填補をも助けることにもなります)、最終的に刑法の目的たる法的治安の平穏を守ろうとする刑事政策的な処遇であり、刑法及び刑事訴訟法の基本原則の一つと考えられます。明治時代の刑事訴訟法(明治23年制定)では、明文による規定はありませんが、事実上起訴猶予処分は行われていましたし、さらに大正時代の旧刑事訴訟法には規定され、現行刑事訴訟法も明確にこれを規定しているわけです。

④すなわち、条文上「犯罪後の状況」も考慮しなさいという趣旨は、検察官が起訴・不起訴を判断する際には、犯行態様、被害額、前科前歴、動機のみならず、被疑者が被害者に誠実に謝罪する意思があったかどうか、実際の損害を補填したかどうか、被害者に再度迷惑をかけない誓約、再度犯罪行為をしないという保証、被害者との和解の成否、被害感情の確認等の資料をも十分に検討する必要があると起訴便宜主義の制度趣旨から解するべきであると考えられます。

⑤然るに、あなたを取り調べた検察官は以上の職責を十分に果たしていないように思われます。すなわち、被疑者に被害者との話し合いや謝罪の意思の確認、話し合いの機会の提示、損害の填補の調査、話し合い後における被害者の被害感情の確認等を一切行っておらず、初犯と思われるあなたを逮捕後直ちに処罰し、公務員であるあなたに犯罪者の烙印を押してしまおうともとれる処分であり、到底起訴便宜主義の理念に合致しておりません。このまま手続きを請求するというのであれば「釈迦に説法」かもしれませんが一度担当検察官に刑事訴訟法248条を読んでいただきたいものです。

⑥さらに、担当検察官は釈放の条件として略式手続きに「同意」を求めているようでもあり、あなたの身柄を拘束されているという窮地を利用している面が認められるのでやはり妥当な処理であるとはいえません。身柄拘束の必要性、すなわち勾留請求の必要性がないのであれば、一旦釈放し後日呼び出して同意するかどうかを確認すべきでしょうし、略式手続きの同意は正式な公開裁判を求める被疑者の基本的権利(憲法37条1項)を事前に放棄する内容を含むものである以上、慎重且つ自由な意思状態で行われなければならないからです。

⑦本件のような事例の場合、上記観点からも先例との均衡上からも、被害者と円満に和解が成立し、被害者に被害届・告訴を取下げてもらえた場合、今回の処分は見合わせてもらえる可能性が高く、被疑者と被害者が円満に和解出来ることは、社会的意義も大きく、なにより被害後何の謝罪も受けていない被害者側の救済にもなります。

⑧よって、もし検察官が未だ公訴提起を行っていないのであれば、弁護人は(又は、あなたが)これから被害者と示談交渉を試みるという弁護活動を検察官に明らかにし、公訴提起を少し待ってもらえるよう交渉する余地が十分あるように思われます。

5.最後に

もっとも、上記のように公訴提起を待つということは、あくまで検察官の独自の判断になりますし、公訴提起に法律上早期過ぎるという時期的制限はありませんから既に公訴提起・略式請求されてしまっている場合には実効性がありません。但し、略式請求手続きの書類は整っても良心的検察官であれば事務手続き上及び起訴便宜主義の関係上、公訴提起をするまでに1-2週間時間をおく場合が多いと思いますので至急お近くの法律事務所に御相談ください。なお、以上の方法は交渉により極めて限られた場合に認められるに過ぎませんので、その点ご了承ください。

痴漢に関する関連事例集参照。

以上

関連事例集

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※参照条文

【日本国憲法】

第三十一条  何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。

第三十七条  すべて刑事事件においては、被告人は、公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利を有する。

○2  刑事被告人は、すべての証人に対して審問する機会を充分に与へられ、又、公費で自己のために強制的手続により証人を求める権利を有する。

○3  刑事被告人は、いかなる場合にも、資格を有する弁護人を依頼することができる。被告人が自らこれを依頼することができないときは、国でこれを附する。

【刑法】

第百七十六条  十三歳以上の男女に対し、暴行又は脅迫を用いてわいせつな行為をした者は、六月以上十年以下の懲役に処する。十三歳未満の男女に対し、わいせつな行為をした者も、同様とする。

【刑事訴訟法】

第二百四十七条  公訴は、検察官がこれを行う。

第二百四十八条  犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは、公訴を提起しないことができる。

第四百六十一条  簡易裁判所は、検察官の請求により、その管轄に属する事件について、公判前、略式命令で、百万円以下の罰金又は科料を科することができる。この場合には、刑の執行猶予をし、没収を科し、その他付随の処分をすることができる。

第四百六十一条の二  検察官は、略式命令の請求に際し、被疑者に対し、あらかじめ、略式手続を理解させるために必要な事項を説明し、通常の規定に従い審判を受けることができる旨を告げた上、略式手続によることについて異議がないかどうかを確めなければならない。

○2  被疑者は、略式手続によることについて異議がないときは、書面でその旨を明らかにしなければならない。

第四百六十二条  略式命令の請求は、公訴の提起と同時に、書面でこれをしなければならない。

○2  前項の書面には、前条第二項の書面を添附しなければならない。

第四百六十三条  前条の請求があつた場合において、その事件が略式命令をすることができないものであり、又はこれをすることが相当でないものであると思料するときは、通常の規定に従い、審判をしなければならない。

○2  検察官が、第四百六十一条の二に定める手続をせず、又は前条第二項に違反して略式命令を請求したときも、前項と同様である。

○3  裁判所は、前二項の規定により通常の規定に従い審判をするときは、直ちに検察官にその旨を通知しなければならない。

○4  第一項及び第二項の場合には、第二百七十一条の規定の適用があるものとする。但し、同条第二項に定める期間は、前項の通知があつた日から二箇月とする。

第四百六十三条の二  前条の場合を除いて、略式命令の請求があつた日から四箇月以内に略式命令が被告人に告知されないときは、公訴の提起は、さかのぼつてその効力を失う。

○2  前項の場合には、裁判所は、決定で、公訴を棄却しなければならない。略式命令が既に検察官に告知されているときは、略式命令を取り消した上、その決定をしなければならない。

○3  前項の決定に対しては、即時抗告をすることができる。

第四百六十四条  略式命令には、罪となるべき事実、適用した法令、科すべき刑及び附随の処分並びに略式命令の告知があつた日から十四日以内に正式裁判の請求をすることができる旨を示さなければならない。

第四百六十五条  略式命令を受けた者又は検察官は、その告知を受けた日から十四日以内に正式裁判の請求をすることができる。

○2  正式裁判の請求は、略式命令をした裁判所に、書面でこれをしなければならない。正式裁判の請求があつたときは、裁判所は、速やかにその旨を検察官又は略式命令を受けた者に通知しなければならない。

第四百六十六条  正式裁判の請求は、第一審の判決があるまでこれを取り下げることができる。

第四百六十七条  第三百五十三条、第三百五十五条乃至第三百五十七条、第三百五十九条、第三百六十条及び第三百六十一条乃至第三百六十五条の規定は、正式裁判の請求又はその取下についてこれを準用する。

第四百六十八条  正式裁判の請求が法令上の方式に違反し、又は請求権の消滅後にされたものであるときは、決定でこれを棄却しなければならない。この決定に対しては、即時抗告をすることができる。

○2  正式裁判の請求を適法とするときは、通常の規定に従い、審判をしなければならない。

○3  前項の場合においては、略式命令に拘束されない。

第四百六十九条  正式裁判の請求により判決をしたときは、略式命令は、その効力を失う。

第四百七十条  略式命令は、正式裁判の請求期間の経過又はその請求の取下により、確定判決と同一の効力を生ずる。正式裁判の請求を棄却する裁判が確定したときも、同様である。

【地方公務員法】

第二十八条  職員が、左の各号の一に該当する場合においては、その意に反して、これを降任し、又は免職することができる。

一  勤務実績が良くない場合

二  心身の故障のため、職務の遂行に支障があり、又はこれに堪えない場合

三  前二号に規定する場合の外、その職に必要な適格性を欠く場合

四  職制若しくは定数の改廃又は予算の減少により廃職又は過員を生じた場合

2  職員が、左の各号の一に該当する場合においては、その意に反してこれを休職することができる。

一  心身の故障のため、長期の休養を要する場合

二  刑事事件に関し起訴された場合

3  職員の意に反する降任、免職、休職及び降給の手続及び効果は、法律に特別の定がある場合を除く外、条例で定めなければならない。

4  職員は、第十六条各号(第三号を除く。)の一に該当するに至つたときは、条例に特別の定がある場合を除く外、その職を失う。

第二十九条  職員が次の各号の一に該当する場合においては、これに対し懲戒処分として戒告、減給、停職又は免職の処分をすることができる。

一  この法律若しくは第五十七条に規定する特例を定めた法律又はこれに基く条例、地方公共団体の規則若しくは地方公共団体の機関の定める規程に違反した場合

二  職務上の義務に違反し、又は職務を怠つた場合

三  全体の奉仕者たるにふさわしくない非行のあつた場合

【公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例】

第五条

一 何人も、人に対し、公共の場所又は公共の乗物において、人を著しくしゅう恥させ、又は人に不安を覚えさせるような卑わいな言動をしてはならない。

第八条

一 次の各号の一に該当する者は、6月以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。

1 第2条の規定に違反した者

2 第5条第1項又は第2項の規定に違反した者

3 第5条の2第1項の規定に違反した者