役員退職慰労金の減額処分

商事|会社、株主の利益と取締役との利益対立|所有と経営の分離の制度趣旨からの判断基準|最高裁判所昭和52年2月22日判決|最高裁判所令和6年7月8日退職慰労金等請求事件判決

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集
  5. 参考条文

質問:

長年同族企業の取締役を務めてきましたが、先日、兄である代表者取締役が死亡し、代表取締役の息子が新たに社長になるという方針で株主総会と取締役会が開かれることになりました。そして、この際に私も退任するよう新しい社長から要求されました。また、会社の経営状態が良くないので従来の社内規則に従って計算される退職金も支払えないというのです。退職金を半額にするようにと提示を受けています。内規に従った退職金は私の老後資金の計算に入れておりましたので、突然の変更に困惑しています。これらの要求に私は応じなければならないのでしょうか。

回答:

株主総会において、あなたの取締役解任決議がなされ、退職金の減額についても株主総会、取締役会で決議されるということを前提に回答します。

まず、解任の決議については、株式会社では、株主総会決議でいつでも、理由を問わず行うことができます(会社法339条1項)。ただし、任期途中で正当な理由なく解任された取締役は会社に対して損害賠償を請求することができます(会社法339条2項)。従って、任期途中での解約であれば、取締役としての落ち度がなければ、任期満了までの報酬は損害賠償として請求できます。

次に、退職金については、株主総会でその算定方法を定め、具体的な金額の決定は取締役会で定めるというような内容の退職慰労金規定が定められているのが一般的で、そのような定めは適法とされています(会社法361条1項2号)。減額についても規定で定められ、具体的には株主総会の既定の範囲内で取締役会の裁量により具体的な金額が定められることになります。問題は、取締役会の決定が取締役会に与えられた裁量の範囲内かいなかということですが、規定や具体的な事情を判断して裁量の範囲内かいなかが判断されます。

裁量を逸脱したかいなか問題となった近時の最高裁判所の参考判例を解説で御紹介致しますので参考にしてください。

御相談のケースでは、あなたの在任中の会社に対する貢献や損害行為などがあったのか、それをどのように評価するのかという問題に帰着するでしょう。新しい代表者の方がおっしゃっている「会社の経営状態が良くない」というのも、貸借対照表や損益計算書を数年分精査しないと具体的に判断することはできないでしょう。お困りの場合は、お近くの弁護士事務所に御相談なさると良いでしょう。

役員報酬に関する関連事例集参照。

解説:

1、会社と役員の法的関係

会社と取締役など役員の間の法的関係は、「委任契約関係」です(会社法330条、民法643条)。一般の社員のような雇用契約(民法623条)とは異なります。

会社法330条(株式会社と役員等との関係)株式会社と役員及び会計監査人との関係は、委任に関する規定に従う。

民法643条(委任)委任は、当事者の一方が法律行為をすることを相手方に委託し、相手方がこれを承諾することによって、その効力を生ずる。

委任は、本人に代わって法律行為の代行を依頼する契約で、受任者(代理人)は、本人に代わって契約を締結したり、契約を履行したりすることができます。代理権は、委任契約の他、法律に基づいて生じることもあります。例えば未成年の契約を代行する法定代理権は、通常は親権者が行使しますが、親権者が不在の場合は裁判所に選任された未成年後見人(民法838条1号)が代理権を行使することになります。

契約ですから、当然、会社と役員本人の意思の合致が必要ですし、いったん契約したら、契約当事者は契約内容に従う法的義務があります。委任契約で定められる業務内容や報酬額は、会社と役員との間の契約書で定められる他、会社の定款や、報酬や業務について定められた社内規定や、会社法などの関係法令でも定められることになります。会社の報酬支払義務は、これらの事情を総合して決められることになるのです。

2、役員の解任

委任契約では、当事者双方は、いつでも契約を解除することができます(民法651条1項)が、相手に損害が発生する場合は、これを賠償しなければなりません(民法651条2項)。会社法339条にも同様の規定があります。

会社法339条(解任)

1項 役員及び会計監査人は、いつでも、株主総会の決議によって解任することができる。

2項 前項の規定により解任された者は、その解任について正当な理由がある場合を除き、株式会社に対し、解任によって生じた損害の賠償を請求することができる。

従って、株主総会で多数株主があなたの解任を決議した場合は、あなたと会社との取締役の委任契約は解除されることになりますが、問題は、この解任に際して、あなたに損害賠償請求権を生じるかどうかです。会社法339条2項では、「その解任について正当な理由がある場合を除き、株式会社に対し、解任によって生じた損害の賠償を請求することができる」と定めていますので、解任に正当な理由があると会社が主張立証した場合は損害が発生していても請求はできないことになります。あなたが病気で業務遂行能力が無い場合や、業務執行において不相当な行為があり、または違法な行為などがあり会社に重大な損害を与えていたなどの事情がある場合は、あなたとの間の委任契約を解除する「正当な理由」が認定される可能性が高まると言えます。他方、あなたに何らの落ち度がないにも関わらず、任期の途中で契約解除されてしまい、任期を満了するまで取締役を務めていれば受領できるはずだった役員報酬を受領できなくなってしまったということであれば、この役員報酬を逸失利益として賠償請求できる可能性があることになります。判例は、この残任期の損害賠償義務は故意過失を要件としない、法定の責任であると判示しています。

東京高裁昭和56年1月30日判決(商法257条1項は、改正後の会社法339条2項) 『後記認定のとおり、被控訴人は、常勤の取締役として働き、控訴人から受けた報酬、賞与を主な生活収入としてきたところ、商法二五七条一項但し書にいう損害賠償責任は、取締役を正当な事由なく解任したことについて故意、過失を必要としない株式会社に課された法定の責任であつて、その損害の範囲は、取締役を解任されなければ残存任期期間中と任期満了時に得べかりし利益(所得)の喪失による損害を指すものと解するのが相当である。』

3、役員の報酬

民法648条1項 受任者は、特約がなければ、委任者に対して報酬を請求することができない。

民法上の委任契約では、委任契約の報酬は契約の必須の要素ではなく、無報酬の委任契約も成立し得るのですが、当事者が特約で定めれば、報酬の契約は当事者を拘束することになり、受任者は報酬を請求することができます。会社法では361条で取締役の報酬についての規律を定めています。

会社法361条1項(取締役の報酬等)

取締役の報酬、賞与その他の職務執行の対価として株式会社から受ける財産上の利益(以下この章において「報酬等」という。)についての次に掲げる事項は、定款に当該事項を定めていないときは、株主総会の決議によって定める。

一 報酬等のうち額が確定しているものについては、その額

二 報酬等のうち額が確定していないものについては、その具体的な算定方法

三 報酬等のうち当該株式会社の募集株式(第百九十九条第一項に規定する募集株式をいう。以下この項及び第四百九条第三項において同じ。)については、当該募集株式の数(種類株式発行会社にあっては、募集株式の種類及び種類ごとの数)の上限その他法務省令で定める事項

四 報酬等のうち当該株式会社の募集新株予約権(第二百三十八条第一項に規定する募集新株予約権をいう。以下この項及び第四百九条第三項において同じ。)については、当該募集新株予約権の数の上限その他法務省令で定める事項

五 報酬等のうち次のイ又はロに掲げるものと引換えにする払込みに充てるための金銭については、当該イ又はロに定める事項

イ 当該株式会社の募集株式 取締役が引き受ける当該募集株式の数(種類株式発行会社にあっては、募集株式の種類及び種類ごとの数)の上限その他法務省令で定める事項

ロ 当該株式会社の募集新株予約権 取締役が引き受ける当該募集新株予約権の数の上限その他法務省令で定める事項

六 報酬等のうち金銭でないもの(当該株式会社の募集株式及び募集新株予約権を除く。)については、その具体的な内容

このうち、会計年度ごとの年額報酬については、会社法361条1項1号で「報酬等のうち額が確定しているものについては、その額」を株主総会決議で定めることとされていますが、多くの株式会社では、プライバシーの観点から株主総会議事録に個々の取締役の報酬が明記されてしまうことを避けるために、株主総会決議で定めるのは役員報酬の総額となっており、総額をどのように分配するかは取締役会決議に委ねる取り扱いが多くなっています(最高裁判所昭和52年2月22日判決など)。

他方、退職慰労金などのように複数年にわたる貢献に対する報酬については、会社法361条1項2号で「報酬等のうち額が確定していないものについては、その具体的な算定方法」と規定され、在職年数に応じた慰労金の額を算出するための計算方法などが決議の対象となっています。また、役員の在職中に会社に対する損害行為等があった場合は、取締役会決議でこれを控除できる旨の規定が含まれていることが多くなっています。

従いまして、取締役会で役員の退職慰労金の減額が決議された場合は、これが有効かどうかは、退職慰労金に関する社内規定に基づいて減額処分を決定した取締役会決議が株主総会から委任された裁量権の範囲内に含まれているか、それとも委任の範囲を逸脱した違法な決議になっているかどうかが問題になります。

4、判例紹介

最高裁判所昭和52年2月22日判決 『昭和五二年六月二九日の被上告会社株主総会において、退任取締役であるD及びE(いずれもいわゆる役付でない取締役であつた。)に対し退職慰労金を贈呈すること、その金額については、従来の基準に従い、諸般の事情を勘案の上相当額の範囲内とし、具体的金額、贈呈の時期及び方法の決定は取締役会に一任する旨の決議がなされ、同日開かれた被上告会社取締役会において、右金額、贈呈の時期及び方法の決定を取締役会長及び取締役社長に一任する旨の決議がなされた、(5) 取締役会長及び取締役社長は、右決議に基づき、本件内規及び従来の慣例に従い功労金の加算をしないで右両取締役に対する退職慰労金額を決定して贈呈し、その後に開かれた取締役会において、右金額、贈呈の時期及び方法について報告したが、その際の取締役会議事録には、右金額は記載されなかつた、というのであり、右事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして、肯認することができる。右事実関係のもとにおいては、右退職慰労金の贈呈に関する株主総会の決議は商法二六九条の規定に違反するものではなく、また右取締役会の決議も商法二六九条及び株主総会の決議の趣旨に反するものではなく、いずれも無効であるとはいえないとした原審の判断は、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。』

この判例では、株主総会決議において、退職慰労金を従来の社内規定に従い支給することと、具体的な支給額や支給方法の決定は取締役会に委ねるとした総会決議は適法であると判示しています。また、取締役会決議で具体的決定を取締役会長および取締役社長に一任する旨の決議がなされていたが、この取り扱いも法令に違反せず適法と判示しています。

最高裁判所令和6年7月8日判決 『本件減額規定は、取締役会は、退任取締役が在任中上告人会社に特に重大な損害を与えた場合、基準額を減額することができる旨を定めているところ、その趣旨は、取締役を監督する機関である取締役会が取締役の在任中の行為について適切な制裁を課すことにより、上告人会社の取締役の職務執行の適正を図ることにあるものと解される。上告人会社の株主総会が退任取締役の退職慰労金について本件内規に従って決定することを取締役会に一任する旨の決議をした場合、取締役会は、退任取締役が本件減額規定にいう「在任中特に重大な損害を与えたもの」に当たるか否か、これに当たる場合に減額をした結果として退職慰労金の額をいくらにするかの点について判断する必要があるところ、上記の本件減額規定の趣旨に鑑みれば、取締役会は、取締役の職務の執行を監督する見地から、当該退任取締役が上告人会社に特に重大な損害を与えたという評価の基礎となった行為の内容や性質、当該行為によって上告人会社が受けた影響、当該退任取締役の上告人会社における地位等の事情を総合考慮して、上記の点についての判断をすべきである。そして、これらの事情は、いずれも会社の業務執行の決定や取締役の職務執行の監督を行う取締役会が判断するのに適した事項であること、さらに、本件内規が本件減額規定による減額の範囲等について何らの定めも置いていないことに照らせば、取締役会は、上記の点について判断するに当たり広い裁量権を有するというべきであり、取締役会の決議に裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があるということができるのは、この判断が株主総会の委任の趣旨に照らして不合理である場合に限られると解するのが相当である(原審は、本件減額規定は特に重大な損害を与えた在任中の行為によって生じた損害相当額のみを減額し得る旨を定めたものとするが、本件減額規定がそのような趣旨のものであるとは解されない。)。』

本稿末尾に判例引用しておりますので御参照下さい。この裁判例では、社内規定に従って退職慰労金を算定すると3億7720万円となるところ、不正な出張費や交際費や文化芸術振興費用など、弁護士や公認会計士から成る調査委員会が認定した損害額約3億5551万円の約90%相当額を控除した5700万円を退職慰労金として支給するとされた事案で、会社側の減額決定手続きに裁量権の逸脱は無いと判断されています。会社に3億円以上もの不必要な支出をさせたという極端な事案でしたが、外部の専門家に損害額の調査を依頼し認定された損害額の一部を社内規定の退職慰労金から控除した取り扱いに合理性があると判断されました。

東京地裁平成9年8月26日判決

『被告の取締役会において、原告に対する退職慰労金を支給しない旨の決議をし、同月二八日、定時株主総会において、原告が在任中多額の損失を計上し、多額の不良債権を生じせしめ、銀行及び取引先に対して多大な信用不安を招いた経営責任は免れないとの取締役会の議事内容を開示し、審議したところ、株主の多数決議により、原告への退職慰労金を支給する旨の決議案が否決された。

(三) 右の事実によれば、被告の経営状況は依然として悪化しており、原告の経営方針の誤りないし経営改善策が十分になされていなかったことがその原因であると窺われる以上、原告が現在経済的に困窮しているとしても、本件決議が公序良俗に反するものであるということはできない。』

この判例では代表取締役の在任中に代表取締役自身の「経営方針の誤りないし経営改善策が十分になされていなかったこと」が原因で経営成績が悪化した事案において、代表取締役の退職慰労金支給議案を否決した株主総会の決議は公序良俗に反せず有効と判断しています。

5、まとめ

御相談のケースでは、あなたの在任中の会社に対する貢献や損害行為などがあったのか、それをどのように評価するのかという問題に帰着するでしょう。

新しい代表者の方がおっしゃっている「会社の経営状態が良くない」という主張も、貸借対照表や損益計算書を数年分精査しないと具体的に判断することはできないですし、それがあなたの取締役としての職責に起因することかどうか、また、それを退職慰労金の額に影響させることが社内規定に反しないかどうかも精査することが必要です。会社の純資産がマイナス、つまり債務超過状態になっているなら別ですが、総資産から負債を控除した純資産がプラスになっているのであれば、原則として社内規定に従った退職慰労金を請求できると考えるべきでしょう。

どうしても会社の方針とあなたの意見が一致しない場合は、前記判例のように「退職慰労金等請求訴訟」を提起して裁判所に支払いの是非を決めて頂くことになりますが、同族会社ですから、その前に弁護士などの法的代理人を入れて、相互に事実関係や主張を提出し、円満に話し合うことが望ましいでしょう。お困りの場合は一度お近くの弁護士事務所に御相談なさって下さい。

以上

関連事例集

Yahoo! JAPAN

※参照条文

会社法

(選任)

第三百二十九条 役員(取締役、会計参与及び監査役をいう。以下この節、第三百七十一条第四項及び第三百九十四条第三項において同じ。)及び会計監査人は、株主総会の決議によって選任する。

2 監査等委員会設置会社においては、前項の規定による取締役の選任は、監査等委員である取締役とそれ以外の取締役とを区別してしなければならない。

3 第一項の決議をする場合には、法務省令で定めるところにより、役員(監査等委員会設置会社にあっては、監査等委員である取締役若しくはそれ以外の取締役又は会計参与。以下この項において同じ。)が欠けた場合又はこの法律若しくは定款で定めた役員の員数を欠くこととなるときに備えて補欠の役員を選任することができる。

(株式会社と役員等との関係)

第三百三十条 株式会社と役員及び会計監査人との関係は、委任に関する規定に従う。

(解任)

第三百三十九条 役員及び会計監査人は、いつでも、株主総会の決議によって解任することができる。

2 前項の規定により解任された者は、その解任について正当な理由がある場合を除き、株式会社に対し、解任によって生じた損害の賠償を請求することができる。

(取締役の報酬等)

第三百六十一条 取締役の報酬、賞与その他の職務執行の対価として株式会社から受ける財産上の利益(以下この章において「報酬等」という。)についての次に掲げる事項は、定款に当該事項を定めていないときは、株主総会の決議によって定める。

一 報酬等のうち額が確定しているものについては、その額

二 報酬等のうち額が確定していないものについては、その具体的な算定方法

三 報酬等のうち当該株式会社の募集株式(第百九十九条第一項に規定する募集株式をいう。以下この項及び第四百九条第三項において同じ。)については、当該募集株式の数(種類株式発行会社にあっては、募集株式の種類及び種類ごとの数)の上限その他法務省令で定める事項

四 報酬等のうち当該株式会社の募集新株予約権(第二百三十八条第一項に規定する募集新株予約権をいう。以下この項及び第四百九条第三項において同じ。)については、当該募集新株予約権の数の上限その他法務省令で定める事項

五 報酬等のうち次のイ又はロに掲げるものと引換えにする払込みに充てるための金銭については、当該イ又はロに定める事項

イ 当該株式会社の募集株式 取締役が引き受ける当該募集株式の数(種類株式発行会社にあっては、募集株式の種類及び種類ごとの数)の上限その他法務省令で定める事項

ロ 当該株式会社の募集新株予約権 取締役が引き受ける当該募集新株予約権の数の上限その他法務省令で定める事項

六 報酬等のうち金銭でないもの(当該株式会社の募集株式及び募集新株予約権を除く。)については、その具体的な内容

2 監査等委員会設置会社においては、前項各号に掲げる事項は、監査等委員である取締役とそれ以外の取締役とを区別して定めなければならない。

3 監査等委員である各取締役の報酬等について定款の定め又は株主総会の決議がないときは、当該報酬等は、第一項の報酬等の範囲内において、監査等委員である取締役の協議によって定める。

4 第一項各号に掲げる事項を定め、又はこれを改定する議案を株主総会に提出した取締役は、当該株主総会において、当該事項を相当とする理由を説明しなければならない。

5 監査等委員である取締役は、株主総会において、監査等委員である取締役の報酬等について意見を述べることができる。

6 監査等委員会が選定する監査等委員は、株主総会において、監査等委員である取締役以外の取締役の報酬等について監査等委員会の意見を述べることができる。

7 次に掲げる株式会社の取締役会は、取締役(監査等委員である取締役を除く。以下この項において同じ。)の報酬等の内容として定款又は株主総会の決議による第一項各号に掲げる事項についての定めがある場合には、当該定めに基づく取締役の個人別の報酬等の内容についての決定に関する方針として法務省令で定める事項を決定しなければならない。ただし、取締役の個人別の報酬等の内容が定款又は株主総会の決議により定められているときは、この限りでない。

一 監査役会設置会社(公開会社であり、かつ、大会社であるものに限る。)であって、金融商品取引法第二十四条第一項の規定によりその発行する株式について有価証券報告書を内閣総理大臣に提出しなければならないもの

二 監査等委員会設置会社

※民法

(委任)

第六百四十三条 委任は、当事者の一方が法律行為をすることを相手方に委託し、相手方がこれを承諾することによって、その効力を生ずる。

(受任者の注意義務)

第六百四十四条 受任者は、委任の本旨に従い、善良な管理者の注意をもって、委任事務を処理する義務を負う。

(復受任者の選任等)

第六百四十四条の二 受任者は、委任者の許諾を得たとき、又はやむを得ない事由があるときでなければ、復受任者を選任することができない。

2 代理権を付与する委任において、受任者が代理権を有する復受任者を選任したときは、復受任者は、委任者に対して、その権限の範囲内において、受任者と同一の権利を有し、義務を負う。

(受任者による報告)

第六百四十五条 受任者は、委任者の請求があるときは、いつでも委任事務の処理の状況を報告し、委任が終了した後は、遅滞なくその経過及び結果を報告しなければならない。

(受任者による受取物の引渡し等)

第六百四十六条 受任者は、委任事務を処理するに当たって受け取った金銭その他の物を委任者に引き渡さなければならない。その収取した果実についても、同様とする。

2 受任者は、委任者のために自己の名で取得した権利を委任者に移転しなければならない。

(受任者の金銭の消費についての責任)

第六百四十七条 受任者は、委任者に引き渡すべき金額又はその利益のために用いるべき金額を自己のために消費したときは、その消費した日以後の利息を支払わなければならない。この場合において、なお損害があるときは、その賠償の責任を負う。

(受任者の報酬)

第六百四十八条 受任者は、特約がなければ、委任者に対して報酬を請求することができない。

2 受任者は、報酬を受けるべき場合には、委任事務を履行した後でなければ、これを請求することができない。ただし、期間によって報酬を定めたときは、第六百二十四条第二項の規定を準用する。

3 受任者は、次に掲げる場合には、既にした履行の割合に応じて報酬を請求することができる。

一 委任者の責めに帰することができない事由によって委任事務の履行をすることができなくなったとき。

二 委任が履行の中途で終了したとき。

(成果等に対する報酬)

第六百四十八条の二 委任事務の履行により得られる成果に対して報酬を支払うことを約した場合において、その成果が引渡しを要するときは、報酬は、その成果の引渡しと同時に、支払わなければならない。

2 第六百三十四条の規定は、委任事務の履行により得られる成果に対して報酬を支払うことを約した場合について準用する。

(委任の解除)

第六百五十一条 委任は、各当事者がいつでもその解除をすることができる。

2 前項の規定により委任の解除をした者は、次に掲げる場合には、相手方の損害を賠償しなければならない。ただし、やむを得ない事由があったときは、この限りでない。

一 相手方に不利な時期に委任を解除したとき。

二 委任者が受任者の利益(専ら報酬を得ることによるものを除く。)をも目的とする委任を解除したとき。

(委任の解除の効力)

第六百五十二条 第六百二十条の規定は、委任について準用する。

(委任の終了事由)

第六百五十三条 委任は、次に掲げる事由によって終了する。

一 委任者又は受任者の死亡

二 委任者又は受任者が破産手続開始の決定を受けたこと。

三 受任者が後見開始の審判を受けたこと。

※参考判例

最高裁判所令和6年7月8日退職慰労金等請求事件判決

主 文

原判決を破棄し、第1審判決を取り消す。

被上告人の請求をいずれも棄却する。

訴訟の総費用は被上告人の負担とする。

理 由

上告代理人池田裕彦ほかの上告受理申立て理由(ただし、排除されたものを除く。)について

1本件は、上告人株式会社M(以下「上告人会社」という。)の代表取締役を退任した被上告人が、上告人会社の株主総会から被上告人の退職慰労金について決定することの委任を受けた取締役会において、代表取締役である上告人

Y1の故意又は過失により上記委任の範囲を超える減額をした退職慰労金を支給する旨の決議がされたなどと主張して、上告人Y1に対しては民法709条等に基づき、上告人会社に対しては会社法350条等に基づき、損害賠償等を求める事案である。本件では、上記の取締役会決議に裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があるか否かなどが争われている。

2原審の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。

(1)上告人会社においては、退任取締役の退職慰労金の算定基準等を定めた取締役退任慰労金内規(以下「本件内規」という。)が存在する。本件内規には、退任取締役の退職慰労金は、退任時の報酬月額等により一義的に定まる額を基準とする(以下、この額を「基準額」という。)旨の定めがある一方で、取締役会は、退任取締役のうち、「在任中特に重大な損害を与えたもの」に対し、基準額を減額することができる旨の定め(以下「本件減額規定」という。)があった。なお、本件内規には、減額の範囲ないし限度についての定めは置かれていない。

(2)被上告人は、平成16年6月に上告人会社の代表取締役に就任した。

被上告人は、平成24年から平成27年までの間、上告人会社から、社内規程所定の上限額を超過する額の宿泊費等を受領した。同年、上告人会社について実施された税務調査においてこのことが発覚し、当該超過分合計約1610万円が被上告人の報酬と認定され、被上告人は、上告人会社が納付した上記の報酬認定に係る源泉徴収税に相当する額を負担することになった。被上告人は、平成28年7月、上告人会社の取締役会の委任を受けた代表取締役として自らの平成28年度の報酬を決定するに当たり、これを前年度と比べて2308万円増額し、その後は退任するまで増額された報酬を受領した。この増額は、被上告人において、上記源泉徴収税相当額の負担を上告人会社に転嫁するとともに、社内規程に違反する宿泊費等の支給を実質的に永続化する目的でされたものであった(以下、被上告人のこれらの一連の行為を「本件行為1」という。)。本件行為1は、新聞等で取り上げられ、社会一般に知れ渡ることになった。

また、上告人会社が平成24年度に被上告人の交際費として支出した額は約4925万円であったところ、被上告人は、平成25年度から平成28年度までの各年度において、交際費として、上記の額を大幅に超過する額(当該超過分は合計約1億0079万円)を上告人会社に支出させた。さらに、被上告人は、上告人会社の海外旅費規程を改定させ、平成24年から平成28年までの間、被上告人の出張に伴う支度金として、上記の改定前の海外旅費規程によるよりも約545万円多い額を上告人会社に支出させるなどした(以下、被上告人のこれらの行為を併せて「本件行為2」という。)。

(3)被上告人は、平成29年5月に開催された上告人会社の取締役会において、体調不良を理由に、同年6月に開催される定時株主総会の終結時をもって代表取締役及び取締役を辞任する意向を表明した。

(4)平成29年6月16日に開催された上告人会社の定時株主総会において、被上告人の退職慰労金について、本件内規に従って決定することを取締役会に一任する旨の決議がされた。なお、上記決議に先立ち、議長を務めた被上告人から、被上告人の退職慰労金は、取締役会において、中立かつ公正な調査委員会を設置しその調査結果を踏まえて決定する方針であり、被上告人としてはその決定に従う意向である旨が説明された。

(5)その後間もなく、被上告人と利害関係のない弁護士3名及び公認会計士1名並びに上告人会社の常勤監査役1名で構成される調査委員会(以下「本件調査委員会」という。)が設置され、本件調査委員会により被上告人の退職慰労金に関する事実関係の調査等が実施された。本件調査委員会は、平成29年12月、上記調査等の結果を取りまとめた詳細な最終報告書(以下「本件調査報告書」という。)を上告人会社の代表取締役である上告人Y1に提出した。本件調査報告書の概要は次のとおりであった。

ア本件行為1は、特別背任罪の成立要件の充足を否定しきれない悪質な行為である。また、本件行為2のうち、交際費の支出に係る行為は、合理的な手続によらずに明らかに過剰な額を支出させたものであり、海外旅費規程の改定も、合理的な理由に基づかずにさせたものであって、いずれも正当化することができない。

さらに、被上告人は、平成26年度から平成28年度までの間、文化芸術活動の支援事業等の費用を上告人会社に支出させた(以下、被上告人のこの行為を「本件行為3」といい、本件行為1及び本件行為2と併せて「本件各行為」という。)ところ、その支出のうち約2億0558万円は明らかに過剰なものであった。

本件各行為は、いずれも上告人会社に多大な損害を与えるものであった。本件各行為による財産上の損害の額は、合計約3億5551万円である。

イ上告人会社の取締役会は、本件行為1につき告訴をすると判断した場合、被上告人に退職慰労金を支給しない旨の決議をすべきである。他方、取締役会が、本件行為1につき告訴をしないと判断した場合には、被上告人に一定額の退職慰労金を支給する旨の決議をしたとしても、取締役に善管注意義務違反があるとはいえない。そして、被上告人に退職慰労金を支給する場合、被上告人に係る基準額から上記アの財産上の損害の額の全部又は相当部分を控除して上記退職慰労金の額を算出する方法を採用することには合理性がある。

(6)平成30年2月2日に開催された上告人会社の取締役会において、被上告人の退職慰労金について審議が行われた。この審議では、本件調査報告書の内容を踏まえて、本件行為1につき告訴をし、退職慰労金を支給しないこととすべきである旨の意見や、懲罰的要素を含めて大幅に減額した額の退職慰労金を支給するのが相当である旨の意見など種々の意見が出されたところ、最終的に、本件行為1につき告訴をしないが、被上告人の退職慰労金に係る基準額として算出した3億7720万円から上記 アの約3億5551万円の約90%相当額を控除した5700万円を退職慰労金として支給するのが相当である旨の上告人Y1の提案が支持され、被上告人に対して上記の額の退職慰労金を支給する旨の決議(以下「本件取締役会決議」という。)がされた。

その後、上告人会社は、被上告人に対し、5700万円の退職慰労金を支給した。

3原審は、上記事実関係の下において、要旨次のとおり判断し、被上告人の上告人Y1に対する民法709条に基づく損害賠償請求及び上告人会社に対する会社法350条に基づく損害賠償請求をいずれも認容すべきものとした。

本件減額規定は、退任取締役の退職慰労金について、上告人会社に特に重大な損害を与えた在任中の行為によって生じた損害に相当する額を基準額から減額することができる旨を定めたものであり、上記行為とは別の行為による損害を考慮して上記退職慰労金を減額することは許されないと解される。上告人会社の取締役会は、本件行為3が上告人会社に特に重大な損害を与えた行為とはいえないにもかかわらず、本件行為3に係る費用の支出を考慮して被上告人の退職慰労金を減額した点において、本件減額規定の解釈適用を誤ったものであり、本件取締役会決議には裁量権の範囲の逸脱又はその濫用がある。

4しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

(1)本件減額規定は、取締役会は、退任取締役が在任中上告人会社に特に重大な損害を与えた場合、基準額を減額することができる旨を定めているところ、その趣旨は、取締役を監督する機関である取締役会が取締役の在任中の行為について適切な制裁を課すことにより、上告人会社の取締役の職務執行の適正を図ることにあるものと解される。上告人会社の株主総会が退任取締役の退職慰労金について本件内規に従って決定することを取締役会に一任する旨の決議をした場合、取締役会は、退任取締役が本件減額規定にいう「在任中特に重大な損害を与えたもの」に当たるか否か、これに当たる場合に減額をした結果として退職慰労金の額をいくらにするかの点について判断する必要があるところ、上記の本件減額規定の趣旨に鑑みれば、取締役会は、取締役の職務の執行を監督する見地から、当該退任取締役が上告人会社に特に重大な損害を与えたという評価の基礎となった行為の内容や性質、当該行為によって上告人会社が受けた影響、当該退任取締役の上告人会社における地位等の事情を総合考慮して、上記の点についての判断をすべきである。そして、これらの事情は、いずれも会社の業務執行の決定や取締役の職務執行の監督を行う取締役会が判断するのに適した事項であること、さらに、本件内規が本件減額規定による減額の範囲等について何らの定めも置いていないことに照らせば、取締役会は、上記の点について判断するに当たり広い裁量権を有するというべきであり、取締役会の決議に裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があるということができるのは、この判断が株主総会の委任の趣旨に照らして不合理である場合に限られると解するのが相当である(原審は、本件減額規定は特に重大な損害を与えた在任中の行為によって生じた損害相当額のみを減額し得る旨を定めたものとするが、本件減額規定がそのような趣旨のものであるとは解されない。)。

(2)これを本件についてみると、前記事実関係によれば、上告人会社の取締役会は、被上告人が代表取締役在任中に本件各行為をしたことを考慮して、本件取締役会決議をしたものである。しかるところ、このうち本件行為1は、上告人会社の代表取締役を務めていた被上告人が、長期間にわたって上告人会社から社内規程所定の上限額を超過する額の宿泊費等を受領し、このことが発覚した後には、いったん負担した当該超過分に係る源泉徴収税相当額を上告人会社に転嫁するとともに、社内規程に違反する宿泊費等の支給を実質的に永続化する目的で自らの報酬を増額したというものであり、このことが報道により社会一般に広く知れ渡ったことによって、上告人会社の社会的信用が毀損されたことがうかがわれる。また、本件調査委員会は、定時株主総会において示された方針に基づいて設置され、被上告人と利害関係のない弁護士等で構成されたところ、本件調査委員会による本件調査報告書では、本件行為1は特別背任罪に該当する疑いがあり、本件行為2も正当化することができず、被上告人は両行為により上告人会社に多大な損害を与えたとの指摘がされたものである。そして、取締役会は、このような本件調査報告書の内容を踏まえて本件取締役会決議をしたものであるところ、本件調査委員会が調査等に当たって収集した情報に不足があったことはうかがわれない。さらに、取締役会は、上記の指摘を受けて、本件調査委員会が提示した本件行為1につき告訴をして退職慰労金を支給しないとする案も検討したが、審議の結果、最終的に、告訴をせずに退職慰労金を大幅に減額する旨の判断に至ったのであり、取締役会においては、相当程度実質的な審議が行われたということができる。

これらの事情を総合考慮すると、本件行為1及び本件行為2を上告人会社に多大な損害を及ぼす性質のものと評価することは相応の合理的根拠に基づくものといえ、本件行為3が上告人会社に損害を与えるものであったか否かにかかわらず、被上告人が本件減額規定にいう「在任中特に重大な損害を与えたもの」に当たるとして減額をし、その結果として被上告人の退職慰労金の額を5700万円とした取締役会の判断が株主総会の委任の趣旨に照らして不合理であるということはできない。

以上によれば、本件取締役会決議に裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があるということはできない。

5以上と異なる原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。上記の趣旨をいう論旨は理由があり、その余の論旨につき判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。そして、以上に説示したところによれば、被上告人の上告人らに対する本件訴訟における各請求はいずれも理由がないから、第1審判決を取り消し、上記請求をいずれも棄却すべきである。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。