新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース 【解説――概要】 【解説――遺言で献体を強制できるか】 【解説――遺言書作成に関する補足】 【参考法令】 医学及び歯学の教育のための献体に関する法律 (昭和五十八年五月二十五日法律第五十六号) 死体解剖保存法 (昭和二十四年六月十日法律第二百四号)
No.545、2006/12/26 14:42 https://www.shinginza.com/qa-souzoku.htm
【遺言】
【質問】死亡したら,自分の遺体を医療・研究機関に献体したいと考えています。献体を希望することを遺言書に書いたら効力はありますか。
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【回答】
遺言書に献体を希望する旨の記載をすれば,本人の遺志を示すという事実上の効果はあるかもしれません。しかし,自己の遺体を献体することを遺族に対して強制できるという法的な効果はありません。また,実際の運用上も,献体には遺族の同意が必要とされていますので,今のうちから,ご家族とよく相談をして,理解・同意を得ておいてください。
献体とは,自己の身体を,死後,医学又は歯学の教育として行われる身体の正常な構造を明らかにするための解剖の解剖体として提供することをいいます。献体に関する法律としては,「医学及び私学の教育のための献体に関する法律(以下,「献体法」といいます。)」があります。献体をするには,生前に医科大学や歯科大学などに献体登録をします。献体登録の方法は,各機関により異なりますが,献体登録の段階で既に親族の同意が必要とされているのが一般的です。通常は,電話等で献体登録の申込書を送付するよう依頼することができ,これに必要事項を記入の上,返送することになります。献体登録をすると,献体登録証が交付されます。死亡時の連絡先等が記載されていますので,ご家族にもよく知らせておいてください。献体をする場合でも,通常の葬儀を行うことは差し支えありませんが,お元気なうちに,献体登録証記載の連絡先にお問い合わせの上,ご確認しておくとよいでしょう。
献体の意思を遺言書に明記することでこれを相続人をはじめとする遺族や医療・研究機関に強制することはできるでしょうか。結論として,これはできないでしょう。まず,原則として,死体を解剖しようとする者は,遺族の承諾を受けなければなりません(死体解剖保存法7条)。では,ここにいう「遺族」とは一体誰を指すのでしょうか。「遺族」の定義,範囲が問題となります。この点,確たる定義があるとまでは言えないものの,法定相続人に限らない趣旨であると解されているようです。そして,実際の運用上では,献体登録の際に配偶者,親,子及び兄弟姉妹全員の署名が求められるのが一般的です。もし,これら遺族の方々の一部の同意が脱漏したまま献体登録がされ,死後,それらの方が異議を述べた場合には,献体が行われなかったり,献体の目的を達しないままご遺体が返還されてしまうことがあります。ところで,上記原則の例外として,献体法4条1号は,献体の意思を書面で表示した場合であって,医科大学または歯科大学の学校長が死亡した者が献体の意思を書面により表示している旨を遺族に告知し,遺族がその解剖を拒まない場合は,遺族の承諾を不要としています。もし,あなたが遺言書に献体を希望する旨を記載すれば,その遺言書は同法同条の「書面」になりうるでしょう。しかし,それでもあなたの「遺族」となるべきご家族が解剖を拒めば,結局,献体はできないことになります。なぜなら,この場合,遺族の「承諾」までは不要とされているものの,「遺族がその解剖を拒まない」ことが要求されているからです。では,遺言によって,ご家族に対してあなたのご遺体を献体することを拒否しないように強制することができないでしょうか。これもできません。遺言は,民法所定の方式を備えている必要がありますが,方式にさえ従っていれば中身について何でもできるというわけではありません。まず,相続人には当たらず,権利義務を承継する立場にない遺族に対して,献体を拒否しない義務を負わせることはできないでしょう。この点,献体法3条には,「献体の意思は,尊重されなければならない。」と規定されていますが,意思の尊重を一般的に謳っているだけのこの規定を根拠に,同法4条の具体的な規定を覆してまで,遺族に対して献体を拒否しないことを強制する効力があると解することは困難です。それに,献体の意思が書面で表示されていたら遺族はそれに従わなければならないとすると,同法4条1号で「遺族が解剖を拒まない」ことを要件として掲げた意味がなくなってしまいます。では,遺族が相続人だけの場合に,それらの相続人に対してなら強制できるかといえば,これもできないと考えるべきです。相続人も遺族たる地位を有しており,たまたま相続人であるといういわば偶然的な事情で遺族としての地位に制限を課されると解するのは,たまたま相続人でなかった場合と比べて不均衡であり,その遺族に酷であるといえるからです。こうしてみると,理論上,遺族に対して献体を拒まないことを強制することはできないと解するのが相当といえます。また,実際上も,医科大学または歯科大学等があなたの遺言書を根拠にご遺族に対して遺体引渡請求訴訟を起こして,献体の実現のために徹底的に争ってくれるなどという事態は通常考えられませんから,遺言ですべてを解決しようとはせず,ご家族や献体登録先とよく相談してください。
遺言は,前記のとおり,法律上の方式に則ってなされることが要求されています。そのため,献体の問題に限らず,ご本人が想定していた効果が認められない場合もあります。そればかりか,不適式または不明確な遺言をしたことによって却って相続人間に紛争の種を残してしまう場合もあります。それでは,良かれと思ってした遺言も「ありがた迷惑」でしかありません。大事な遺言ですから,作成をお考えの際は,弁護士にご相談・ご依頼なさることをお勧めいたします。
最終改正:平成一一年一二月二二日法律第一六〇号
(目的) 第一条 この法律は、献体に関して必要な事項を定めることにより、医学及び歯学の教育の向上に資することを目的とする。
(定義) 第二条 この法律において「献体の意思」とは、自己の身体を死後医学又は歯学の教育として行われる身体の正常な構造を明らかにするための解剖(以下「正常解剖」という。)の解剖体として提供することを希望することをいう。
(献体の意思の尊重) 第三条 献体の意思は、尊重されなければならない。
(献体に係る死体の解剖) 第四条 死亡した者が献体の意思を書面により表示しており、かつ、次の各号のいずれかに該当する場合においては、その死体の正常解剖を行おうとする者は、死体解剖保存法 (昭和二十四年法律第二百四号)第七条 本文の規定にかかわらず、遺族の承諾を受けることを要しない。
一 当該正常解剖を行おうとする者の属する医学又は歯学に関する大学(大学の学部を含む。)の長(以下「学校長」という。)が、死亡した者が献体の意思を書面により表示している旨を遺族に告知し、遺族がその解剖を拒まない場合
二 死亡した者に遺族がない場合
(引取者による死体の引渡し) 第五条 死亡した者が献体の意思を書面により表示しており、かつ、当該死亡した者に遺族がない場合においては、その死体の引取者は、学校長から医学又は歯学の教育のため引渡しの要求があつたときは、当該死体を引き渡すことができる。
(記録の作成及び保存等) 第六条 学校長は、正常解剖の解剖体として死体を受領したときは、文部科学省令で定めるところにより、当該死体に関する記録を作成し、これを保存しなければならない。
2 文部科学大臣は、学校長に対し、前項の死体に関し必要な報告を求めることができる。
(指導及び助言) 第七条 文部科学大臣は、献体の意思を有する者が組織する団体に対し、その求めに応じ、その活動に関し指導又は助言をすることができる。
(国民の理解を深めるための措置) 第八条 国は、献体の意義について国民の理解を深めるため必要な措置を講ずるよう努めるものとする。
最終改正年月日:平成一七年七月一五日法律第八三号
第七条
死体の解剖をしようとする者は、その遺族の承諾を受けなければならない。ただし、次の各号のいずれかに該当する場合においては、この限りでない。
一 死亡確認後三十日を経過しても、なおその死体について引取者のない場合
二 二人以上の医師(うち一人は歯科医師であつてもよい。)が診療中であつた患者が死亡した場合において、主治の医師を含む二人以上の診療中の医師又は歯科医師がその死因を明らかにするため特にその解剖の必要を認め、且つ、その遺族の所在が不明であり、又は遺族が遠隔の地に居住する等の事由により遺族の諾否の判明するのを待つていてはその解剖の目的がほとんど達せられないことが明らかな場合
三 第二条第一項第三号又は第四号に該当する場合
四 食品衛生法第五十九条第二項の規定により解剖する場合
五 検疫法第十三条第二項後段の規定に該当する場合