新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース 2 ところで、強制執行の場合は、裁判所が判決を出す段階で、両当事者に主張・立証を尽くさせ、その結果として確定した債権に基づいて、債務者の財産を差し押さえることになるのですが、これと異なり、仮差押の場合は、そのような判決をもらう前に行なうものです。また、財産隠しのような事態を未然に防ぐという上述したような観点から、仮差押は、実際には原則として、相手方の意見を聞かず(意見を聞いていたら、それを知った相手方に財産を隠す機会を与えてしまいます。)、債権者が、保全すべき権利関係と保全の必要性を疎明することで決定が出されるという手続きになります。したがって、実際にその権利関係があるのかどうかは、その後の裁判手続きで明らかにされるというのが基本的な考え方であり、「仮」の差押の後、判決で請求が棄却されるようなケースでは、相手方が、仮差押目的物を処分できなくなることによる損害が発生することがありえることになります。そこで、法は、仮差押の決定をするにあたっては、上記債務者の損害を担保するための担保を立てさせることができるとしています。(民事保全法14条)担保額は、担保を立てさせないということも含めて、裁判所の自由な裁量によって決定されることになりますが、全く担保を立てないで保全が許されることは、債権者の生活が窮迫し、ただちにその生活保持のため不可欠な金員の仮払を命じなければならないような特殊な場合を除いてほとんどないのが実情で、今回のような仮差押の場合では考えにくいといってよいと思います。 3 では実際に仮差押の担保の額はどのくらいになるのでしょうか。上記の通り、担保額は裁判所の自由な裁量で決定されるということになっていますが、基本的には、仮差押の目的物の価格または保全される債権(請求する債権)の額に応じて定められるのが一般であり、上記のとおり、担保が要求されるのが、仮差押の執行により、債務者が仮差押目的物を処分できなくなることにより損害を担保することにあるのだとすれば、担保の額は、仮差押目的物の価格を基準に定められることが多い、ということにはなります。そして、実際には、仮差押目的物の5%から40%くらいの範囲で決定されることが多いようですが、具体的にどのくらいになるのかは、当該事例ごとの判断になります。考慮される事情としては、被保全権利の内容や価額、保全の対象物の種類と価額、債務者の職業・財産・信用状態や債務者の被るべき苦痛の程度、申立の理由についての疎明の程度、などが考えられるでしょう。例えば、同じ不動産を差し押さえる場合でも、その不動産を債務者が住居として使用しているような事例では、債務者がその不動産を処分できなくなったとしても、ただちに損害は生じないことが多いでしょうが、債務者が不動産屋さんで、当該不動産が転売目的のものであれば、処分できない不利益は高いということがいえるでしょうから、比較すれば、転売目的不動産の仮差押の方が担保額は高くなると思われます。また、預貯金債権を差し押さえる場合には、預貯金が引きおろせなくなる債務者の不利益は大きいといわざるを得ず、担保の額も比較的高額になるものと考えられます。さらに、保全される債権の性質が考慮される事例として、例えば、不法行為債権の場合には、担保額は高額になる傾向があります。これは、例えば売買代金債権のような場合には、債権者の契約書等による疎明によって、保全命令を出す裁判官も、その後予定される裁判における勝敗の蓋然性がある程度予測しやすいため、勝訴する可能性が高いと判断すれば、担保の額を低く設定することが可能でしょうが、不法行為のような類型の場合には、一方当事者の用意した資料のみでは、その後の裁判の勝敗が予測しにくいという事情が考えられます。もっとも、不法行為のうちでも、交通事故のような場合には、ある程度の資料に基いて、過失割合の点はともかく、一定額の請求は認められる可能性が高いことは疎明することができるでしょうから、通常の不法行為の場合よりは、担保額が低く設定されるということはいえるのではないでしょうか。繰り返し述べてきたとおり、あくまで事例判断なので、目安ということにはなりますが、交通事故の損害賠償の場合、不動産仮差押の場合で仮差押目的物の5から15%、預金債権の仮差押の場合で、10から20%程度の担保額(預貯金額不明の場合は、請求額を基準とすることになるでしょう。)を納めることを条件に仮差押命令がでることが多いようです。 4 以上のような担保として納める金額のほか、弁護士費用を除いた仮差押をするのに必要な費用として、申立手数料が2000円、送達用の予納郵券額が2〜3000円程度、不動産の仮差押の場合にはその他、仮差押の登記をするのに必要な登録免許税(請求額の1000分の4)が考えられますが、大きいのは担保に必要とされる費用ということになるのでしょう。仮差押は上記のような意味を持つだけでなく、このような仮差押の通知が裁判所からくる(本人に対する通知だけでなく、不動産の仮差押の場合には登記がなされますし、また、給料の仮差押などということになれば、職場に裁判所から連絡がいくことになります。)ということによる心理的強制により、裁判前に和解が成立するということも考えられます。したがって、担保金額が納められれば、裁判をする前に仮差押をするということは、回収の点だけでなく、紛争解決という面からも有意義といえることはありえると思います。 ≪参考条文≫ (保全命令の担保)
No.550、2006/12/29 14:36 https://www.shinginza.com/qa-jiko.htm
【交通事故・保全】
質問:交通事故の被害者です。これから、裁判を起こそうと考えていますが、裁判を始める前に相手方が財産を隠すのを防止するための保全の手続きというものがあると聞きましたが、一方で、これをするには保証金を納める必要があるとも聞きました。実際、保全の手続きをするのにどのくらいの費用がかかるのでしょうか。金額によっては、検討したいと思っているのですが。
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回答:
1 あなたの請求は法律的には、不法行為に基づく損害賠償請求ということになりますが、損害賠償請求に限らず(例えば、貸金の返還請求であっても)、通常、相手方が任意に支払を行なわない場合、判決をもらい、最終的には強制執行(例えば、相手方の意思にかかわらず、債務者の不動産を差し押さえ、競売し、売却代金から支払いを受ける)という形で回収することになります。もっとも、裁判をするのには時間がかかり、裁判を申し立てた時点では、相手方に財産があったとしても、強制執行の時点は財産が無くなっているということがないわけではありません(特に、強制執行の対象となる相手方の財産が預貯金のような場合には、そのようなことも十分考えられるところです。)。また、相手方が、強制執行を免れるために、意図的に財産隠し(例えば、所有する不動産を他人に贈与してしまったりすると、原則的には強制執行のときに、他人の財産ということになるので、財産の回収が難しくなってしまいます。)を行なうことも全くないわけではありません。そこで、あなたのとりうる手段として、裁判を始める前に、裁判で勝訴した場合の債権を保全するために、仮に債務者の財産を押さえたり、その処分を禁止しておくことが認められています。総称して「民事保全」の手続きといい、今回のケースのように、金銭債権を保全するための手続きを「仮差押」といいます。仮差押の対象になるのは、上述した不動産や預貯金などが代表例ですが、動産や電話加入権などあらゆる債務者の財産が対象になります。
第14条 保全命令は、担保を立てさせて、若しくは相当と認める一定の期間内に担保を立てることを保全執行の実施の条件として、又は担保を立てさせないで発することができる。
2 前項の担保を立てる場合において、遅滞なく第4条第1項の供託所に供託することが困難な事由があるときは、裁判所の許可を得て、債権者の住所地又は事務所の所在地その他裁判所が相当と認める地を管轄する地方裁判所の管轄区域内の供託所に供託することができる。