刑事 起訴前 捜査機関に対する供述と職場での説明

刑事|迷惑防止条例違反|痴漢|起訴前|否認

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集
  5. 参考条文

質問:

質問:私は外資系の上場企業に勤めていますが50歳です。役職にもついています。先日、朝の満員電車の中で傍にいた若い女性に「あなたでしょう!この人痴漢です。」といわれて突然腕をつかまれました。私は混んでいたので押されて寄りかかってきた女性の腰の部分を何度か鞄を持っていた手で押し返しただけなのですが、どうしても聞いてくれません。駅の交番に行き、その後所轄の警察署で本当のことを説明したのですが、担当の警察官から「このまま容疑を認めないと、検察庁に送検し10日間勾留されます。認めるのであれば家に帰れますよ。」というので職場のこともあり、拘束されてニュースでもなったら困るので容疑を認めてしまい職場の人に身元引受人になってもらい釈放してもらいました。私は警察署ではいまさら否認は出来ないと考えているのですが、少なくとも職場では事情を聞かれたとき本当のことを言いたいのですができるでしょうか。真実のことを言うと再び警察でも逮捕されるでしょうか。どうしたらいいでしょう。

回答:

1 捜査機関で意思に反して罪を認めてしまっても、職場で真実すなわち犯罪行為を否認することは問題ありません。

2 しかし、それが原因で再度捜査機関の処分に影響が出る可能性はありますので慎重な対応が望まれます。

痴漢に関する関連事例集参照。

解説:

1.まずあなたは寄りかかって来た女性の腰の部分を押し返したわけであり、容疑として考えられる各都道府県制定のいわゆる迷惑防止条例の迷惑行為すなわち女性に対する卑猥な性的嫌がらせ行為をする意思がありませんから犯罪は成立しません(難しい言葉になりますが刑法上本件は傾向犯といわれており卑猥なことをしようとする主観的意思が犯罪成立に必要とされています)。

2.しかし、警察署で容疑を認めてしまっていますからこのまま何の反論もせずにいれば最終的に30万円から50万円の罰金になってしまいます。後日所轄の検察庁というところから呼びだしがあり略式手続きという方法で簡易裁判所から罰金を払いなさいという命令が来て検察庁の窓口で納付することになります。そして本件は身元引受人になってもらった関係上職場にも判明しているため何らかの処分、場合によっては懲戒解雇等になってしまうでしょう。

3.そこで、先ずあなたは罪を犯していないわけですから今からでも遅くありませんから直ちに捜査機関に対して身の潔白を証明するため再度警察官、検察官の取調べにおいて迷惑行為をする意思がなかったことを積極的に説明立証していく必要があります。無実を立証するためには逮捕捜査段階から首尾一貫して詳細に根拠をあげ書面にて意見書を提出するなどして主張の証拠を残し公判に備えなければなりません。通常否認に転じても身元がしっかりしている限り再逮捕はないでしょう。あなたは身柄が拘束されていませんからまだ時間的余裕があると思いますし、無実が立証できて被害者側も納得できればもちろん嫌疑なしで不起訴処分になりますし、職場での処分も行われません。しかし、被害者側がこれを不服として納得せず捜査官も被害者側の言い分を認め、他に目撃者等状況証拠がある場合には略式手続きは行われず正式な公開裁判により白か黒かの決着をつけることになるでしょう。しかし、正式裁判になった場合あなたは被害者の体を何度か押し返したとのことであり、迷惑行為をする意思があったのかなかったのか微妙な点があり無罪の可能性も確実とはいえないような気がします。

4.さらに裁判の期間も長期間が予想されますし、弁護費用も考慮しなければなりません。公開裁判の精神的負担もかなりのものになるかもしれません。勿論有罪となれば前科となり職場で懲戒処分を受けることになります。そこで、このような場合すなわち、正式裁判も希望しないし、罰金でも処罰されることを避け最終的に職場での処分についても無実を主張出来ないかどうか対策を考えてみます。

5.先ず、弁護士を依頼し捜査機関に対して一旦は認めたものの卑猥な行為を行おうとする意思がないことを詳細に説明し、被疑事実不明なまま被疑者側と話し合い被害者側に納得して貰い告訴、被害届けを取り下げてもらうことです。このような方法については当ホームページ事例集NO563等に詳しく説明されていますから参照してください。この結果話し合いがまとまれば犯罪事実は不明となり不起訴すなわち処罰はされないと思われますし職場に対しても犯罪事実はなかった旨説明することが可能になりますから職場での処分は回避できるでしょう。しかし、この方法は、犯罪事実をはっきりと認めないまま示談を行うので、被害者側が十分納得しないことが多いでしょうし、一旦認めたものを検察官が被疑事実なしとして不起訴処分にするか微妙です。このような事件の場合被害者の身元は判明していませんから被害者側との連絡は捜査官を通じて行わざるをえないわけですが、そもそも犯罪を認めていない以上謝罪等の必要性がないとして被害者側に示談の話し合いの連絡をしてもらえない場合が多いでしょう。

6.そこで次に不本意ですがあなたの最初の供述どおり犯罪事実を認めたまま弁護士に依頼し被害者側と話し合い示談、告訴、被害届けの取下げを行う方法も考えられます。この方法は、犯罪事実を認めている以上捜査官も被害者側に連絡せざるをえず、誠実に謝罪すれば話し合いの結果示談になる可能性は高いと思います。その結果話し合いがまとめれば起訴便宜主義の観点から初犯であり不起訴処分になると思います。しかし、職場ではその示談内容を明確に説明すれば、やはりなんらかの処分をされる可能性は大きいと思います。何故なら不起訴処分になったとはいえ刑事手続き上は犯罪事実を事実上認めることになっているからです。

7.それではこのような場合、職場の釈明において犯罪事実がなかったことを積極的に説明し主張することは出来るか次に問題となります。

8.結論から申し上げると、あなたは職場における処分の釈明の場において無実であること主張する権利をいまだ有していると考えられます。

9.理由は以下のことが考えられます。

(1)先ず刑事手続きの法的効力は当該手続きにしか及ばないと考えられます。すなわち刑事手続きとあなたの職場での身分上の懲戒手続きは別個のものですからその法的効果は会社員としての処分手続きには及びません。一方で認めて、他方で否認するのはおかしいように思いますが刑事上の処分はあくまで一定の期間内に捜査官により刑事手続き上集められた証拠に基づきその範囲で認められた処分に過ぎません。通常、逮捕されてから処分を受けるまで早ければ数週間、遅くとも1-2ヶ月です。あなたのように被疑者はいろんな事情により罪を認めてしまう場合もあるわけですからそれを証拠に刑事処分(犯罪を認めて情状により不起訴訴分になったこと)を受けたとしてもそれは刑事手続き上の判断でその効果は刑事手続きにしか及ばないわけです。その他の手続きは又新しい主張立証により判断することは可能です。特に今回は不起訴になった関係上厳格な意味の裁判手続きの過程を経ずしてあなたの犯罪事実を認定したことになっていますから当該犯罪事実は裁判上確定されたものではありません。新たな証拠を提出し争うことは許されるはずです。

(2)たとえば捜査段階で罪を認めたとしても、被疑者が後の刑事上の裁判、民事上の裁判で捜査段階と異なる意見を述べ争う事はよくあることです。少年事件ですが山形のマット死事件では少年が捜査段階では自白し罪を認めていたのですが、刑事事件としての家庭裁判所の審判手続きでは一転して否認しその結果数人が不処分となり犯罪事実は認められませんでした。後の民事訴訟でも捜査段階と異なり犯行をみとめませんでしたが裁判所は不処分となった少年の犯罪事実を事実上認め慰謝料等損害賠償請求を是認しています(仙台高等裁判所平成16年5月28日判決)。すなわち、少年が捜査段階と異なる意見を家庭裁判所、民事訴訟で述べることはなんら問題ないわけですし、各手続き上の証拠により判断も分かれてしまうこともあるわけです。

(3)職場の懲戒手続きは勿論刑事処分を参考にしてなされることになるでしょうが、不起訴処分の場合は第三者に正当な理由なく不起訴処分の理由を公表、開示することは通常有りませんし、不起訴になったことを証明する文書(不起訴処分と書かれています)は検察庁に申し出れば交付して貰えますがそこには不起訴処分の理由を記載しないのが通常です。その点後心配ならば弁護人を通じて確認してみましょう。そして職場から処分の結果を証明する文書の提出を求められたら交付された書面を提出するといいでしょう。従って、何らかの懲戒処分をする場合はあなたの供述か、被害者側の供述が証拠となるわけですが通常職場の方で被害者側の供述を証拠として再度聴取することはないと思いますし権限もありませんから、あなた自身で思っていることそして犯罪行為がなかったことを示す状況証拠を新たに提出することは何ら差し支えないわけです。

(4)事実上無理かも知れませんが被害者側と新たに話し合って当時の状況について弁明を聞いて貰い理解して貰う書面を作成して職場で提出することが出来れば尚真実を明らかにすることが出来るでしょう。

(5)職場の懲戒処分手続きは働いている人の身分を制限剥奪するものですから、これとて厳格な証拠に基づかなければならず明確な証拠がない以上処分は出来ないはずですし、その証拠とは本件の場合あなたの提出する証拠になると考えられその内容は刑事手続き上の内容に拘束されませんしあなたの自由な証言を参考にしなければならないはずです。違法な処分が下された場合当該処分を訴訟にて争う事も可能ですし、心配であれば事前に弁護士に委任して会社に対して事件の状況を詳しく説明してもらう事もひとつの方法です。

(6)但し、あなたの職場での主張が何らかの原因で、捜査機関に伝わった場合反省の態度がないとして不起訴処分にするかどうか判断に影響が出る場合がありますので捜査が継続中は職場での主張は差し控えたほうがいいかもしれません。

10.以上の方法により、あなたは弁護士を依頼し先ず刑事事件手続きに決着をつけた後、自分の無実を職場での処分手続きで主張される事をお勧めします。

関連事例集

Yahoo! JAPAN

※参照条文

≪参考条文≫

【公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例】

第五条

一 何人も、人に対し、公共の場所又は公共の乗物において、人を著しくしゅう恥させ、又は人に不安を覚えさせるような卑わいな言動をしてはならない。

第八条

一 次の各号の一に該当する者は、6月以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。

1 第2条の規定に違反した者

2 第5条第1項又は第2項の規定に違反した者

3 第5条の2第1項の規定に違反した者

刑事訴訟法

第四百六十一条 簡易裁判所は、検察官の請求により、その管轄に属する事件について、公判前、略式命令で、百万円以下の罰金又は科料を科することができる。この場合には、刑の執行猶予をし、没収を科し、その他付随の処分をすることができる。

第四百六十一条の二 検察官は、略式命令の請求に際し、被疑者に対し、あらかじめ、略式手続を理解させるために必要な事項を説明し、通常の規定に従い審判を受けることができる旨を告げた上、略式手続によることについて異議がないかどうかを確めなければならない。

○2 被疑者は、略式手続によることについて異議がないときは、書面でその旨を明らかにしなければならない。

第四百六十二条 略式命令の請求は、公訴の提起と同時に、書面でこれをしなければならない。

○2 前項の書面には、前条第二項の書面を添附しなければならない。

第四百六十三条 前条の請求があつた場合において、その事件が略式命令をすることができないものであり、又はこれをすることが相当でないものであると思料するときは、通常の規定に従い、審判をしなければならない。

○2 検察官が、第四百六十一条の二に定める手続をせず、又は前条第二項に違反して略式命令を請求したときも、前項と同様である。

○3 裁判所は、前二項の規定により通常の規定に従い審判をするときは、直ちに検察官にその旨を通知しなければならない。

○4 第一項及び第二項の場合には、第二百七十一条の規定の適用があるものとする。但し、同条第二項に定める期間は、前項の通知があつた日から二箇月とする。

第四百六十三条の二 前条の場合を除いて、略式命令の請求があつた日から四箇月以内に略式命令が被告人に告知されないときは、公訴の提起は、さかのぼつてその効力を失う。

○2 前項の場合には、裁判所は、決定で、公訴を棄却しなければならない。略式命令が既に検察官に告知されているときは、略式命令を取り消した上、その決定をしなければならない。

○3 前項の決定に対しては、即時抗告をすることができる。

第四百六十四条 略式命令には、罪となるべき事実、適用した法令、科すべき刑及び附随の処分並びに略式命令の告知があつた日から十四日以内に正式裁判の請求をすることができる旨を示さなければならない。

第四百六十五条 略式命令を受けた者又は検察官は、その告知を受けた日から十四日以内に正式裁判の請求をすることができる。

○2 正式裁判の請求は、略式命令をした裁判所に、書面でこれをしなければならない。正式裁判の請求があつたときは、裁判所は、速やかにその旨を検察官又は略式命令を受けた者に通知しなければならない。

第四百六十六条 正式裁判の請求は、第一審の判決があるまでこれを取り下げることができる。

第四百六十七条 第三百五十三条、第三百五十五条乃至第三百五十七条、第三百五十九条、第三百六十条及び第三百六十一条乃至第三百六十五条の規定は、正式裁判の請求又はその取下についてこれを準用する。

第四百六十八条 正式裁判の請求が法令上の方式に違反し、又は請求権の消滅後にされたものであるときは、決定でこれを棄却しなければならない。この決定に対しては、即時抗告をすることができる。

○2 正式裁判の請求を適法とするときは、通常の規定に従い、審判をしなければならない。

○3 前項の場合においては、略式命令に拘束されない。

第四百六十九条 正式裁判の請求により判決をしたときは、略式命令は、その効力を失う。

第四百七十条 略式命令は、正式裁判の請求期間の経過又はその請求の取下により、確定判決と同一の効力を生ずる。正式裁判の請求を棄却する裁判が確定したときも、同様である。