新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース 2.ここで、ご相談のとおり、相続財産を相談者とお母様の二人だけで相続してしまうという方法はどうでしょうか。相続財産は、相続人全員の同意があれば、どのように分割することも可能です(907条、909条など)。そこで、遺産分割協議を行い、相続人全員同意の上で、弟さんの相続分をゼロにしてしまえば、債権者が差し押さえることもできなくなるように思われます。しかし、債権者には、詐害行為取消権という権利があります(424条)。これは、債務者が、債権者を害することを知って、資力を減少させるような行為をした場合、債権者はこの行為を取り消すことができるというものです。例えば、債務者が所有している不動産を他人に安く譲り渡してしまう行為などです。安い金額で譲り渡せば、その分回収できる金銭も減りますし、そもそも現金にしてしまうこと自体、財産の目減りを招くと考えられるからです。債権者としては、自身の債権を守らなくてはなりませんので、これは当然の権利ということになります。被相続人の財産が、債務者に行かないようになれば、これは債権者にとっては詐害行為にあたります。遺産分割協議は、判例上、この詐害行為に該当し、債権者が取消できてしまいます(最高裁平成11年6月11日)。先ほど述べたように、遺産は、被相続人の死亡と同時に相続人に帰属するものであり、これを事後的に協議で取得させないと決めることは、一旦もっていた財産を目減りさせる行為にあたると考えられるからです。 3.では、遺言によって、弟さんには財産を相続させないと定めるのはどうでしょうか。遺言は、当然ですが被相続人が生きている間にしなければなりません。(遺言の方式には様々なものがあり、注意して作成しなければ後にトラブルになる可能性があります。遺言についても当事務所のホームページに記載がありますので御参照ください)。遺言によって弟さんの相続分をゼロと定めた場合、遺言は被相続人の行為であり、債務者の行為ではありませんから、債権者はこれを取り消すことはできません。ここで、遺留分減殺請求権という権利があります。相続人には、遺留分と言って、相続財産の中から最低限受け取ることができる財産があります(1028条)。これを請求する権利が遺留分減殺請求権です。では、債権者は、債務者がもっている財産権を代わりに行使する債権者代位権(民法423条)という権利を行使できる場合がありますが、これによっても、遺留分減殺請求権は行使できないことになっています。 4.判例は、遺留分減殺請求権は相続人の一身に専属する権利であるから債権者代位の対象にはならないと判示しています。家族関係に関わる身分行為は、本人の「一身に専属する権利」であり、他人が強制できるものではなく、本人の意思を尊重するべきである(結婚などをイメージすると分かりやすいと思います)というのが裁判所の考え方です(最高裁平成13年11月22日)。以上から、遺言によって、弟さんに財産が渡らないようにすれば、結果的に債権者にはわたらないことになります。次に、相続を放棄するという方法が考えられます。相続の放棄をした場合、初めから相続人ではなかったとみなされることになり(938条)、その相続人に財産がわたることはありません。その結果、債権者もその財産を差し押さえることなどができなくなってしまいます。これは、先ほどの分割協議と何が違うのでしょうか。最高裁はこのように判断しています(最高裁昭和49年9月20日)。すなわち、相続の放棄は、遺留分減殺請求と同様身分行為と考えられること、また、法律上、最初から相続人ではなかったことになりますので、一旦取得した財産を事後的に目減りさせる行為ではないと考えることができるからです。上記3点から、相談者が取りうる手段としては、@遺言で、弟様の相続分をゼロと定める、A弟様が相続を放棄する、という方法が考えられます。お気づきのように、どちらも弟さんには一切財産は入りません。借金から逃れて大金をいただく、ということはいずれにせよできません。また、当然弟さんの借金が帳消しになるわけでもありません。弟さんについては、今回の手続きとは別に破産申し立てなどを検討されることをお勧めいたします。 ≪参考条文≫ (相続開始の原因) 民法 最高裁判所平成11年6月11日判決 最高裁判所昭和49年9月20日判決
No.565、2007/1/11 13:42 https://www.shinginza.com/qa-souzoku.htm
【民事 相続 将来の共同相続人の一人が債務超過の場合 遺産分割協議と債権者取消権】
質問:私の弟は、事業に失敗して多額の借金を抱えています。弟は何とか逃げ回っており、めぼしい財産もないため、債権者も回収に苦しんでいるようです。自己破産の手続きなどを勧めたのですが、なかなか着手しないまま時間がたっています。最近、父親が思い病気にかかり、余命がいくばくも無いようです。父親には預貯金や不動産など、それなりに財産があります。父が亡くなったら母と私と弟で財産を相続することになるのでしょうが、弟は財産を相続しても債権者にそのまま持って行かれてしまうことになると思います。なんとか父の財産を守るため、父が亡くなった場合、財産は私と母だけで相続してしまおうと思うのですが、何か問題があるでしょうか。
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回答:
1.お父様が仮に亡くなった場合、お父様(被相続人)の財産は、死亡と同時に相続の効果が発生し、相続人に帰属することになります(民法882条、896条)。相続が発生して、何もしなければ、弟さんは、被相続人の財産に4分の1の権利を有することになります(899,900条)ので、その財産を取得することになるでしょう。そして、財産を取得すれば、債権者としては当然それを差し押さえて債権を回収しようとするでしょう。自分で借りてしまったものなので、返さなくてはならないのは仕方が無いのですが、何か方法は無いでしょうか。
第八百八十二条 相続は、死亡によって開始する。最高裁判所平成11年6月11日判決
共同相続人の間で成立した遺産分割協議は、詐害行為取消権行使の対象となり得るものと解するのが相当である。
けだし、遺産分割協議は、相続の開始によって共同相続人の共有となった相続財産について、その全部又は一部を、各相続人の単独所有とし、又は新たな共有関係に移行させることによって、相続財産の帰属を確定させるものであり、その性質上、財産権を目的とする法律行為であるということができるからである。そうすると、前記の事実関係の下で、被上告人は本件遺産分割協議を詐害行為として取り消すことができるとした原審の判断は、正当として是認することができる。
第八百九十九条 各共同相続人は、その相続分に応じて被相続人の権利義務を承継する。
第九百条 同順位の相続人が数人あるときは、その相続分は、次の各号の定めるところによる。
一 子及び配偶者が相続人であるときは、子の相続分及び配偶者の相続分は、各二分の一とする。
二 配偶者及び直系尊属が相続人であるときは、配偶者の相続分は、三分の二とし、直系尊属の相続分は、三分の一とする。
三 配偶者及び兄弟姉妹が相続人であるときは、配偶者の相続分は、四分の三とし、兄弟姉妹の相続分は、四分の一とする。
第四百二十三条 債権者は、自己の債権を保全するため、債務者に属する権利を行使することができる。ただし、債務者の一身に専属する権利は、この限りでない。
2 債権者は、その債権の期限が到来しない間は、裁判上の代位によらなければ、前項の権利を行使することができない。ただし、保存行為は、この限りでない。
(詐害行為取消権)
第四百二十四条 債権者は、債務者が債権者を害することを知ってした法律行為の取消しを裁判所に請求することができる。ただし、その行為によって利益を受けた者又は転得者がその行為又は転得の時において債権者を害すべき事実を知らなかったときは、この限りでない。
2 前項の規定は、財産権を目的としない法律行為については、適用しない。
第千二十八条 兄弟姉妹以外の相続人は、遺留分として、次の各号に掲げる区分に応じてそれぞれ当該各号に定める割合に相当する額を受ける。
一 直系尊属のみが相続人である場合 被相続人の財産の三分の一
二 前号に掲げる場合以外の場合 被相続人の財産の二分の一
第九百三十九条 相続の放棄をした者は、その相続に関しては、初めから相続人とならなかったものとみなす。
共同相続人の間で成立した遺産分割協議は、詐害行為取消権行使の対象となり得るものと解するのが相当である。
けだし、遺産分割協議は、相続の開始によって共同相続人の共有となった相続財産について、その全部又は一部を、各相続人の単独所有とし、又は新たな共有関係に移行させることによって、相続財産の帰属を確定させるものであり、その性質上、財産権を目的とする法律行為であるということができるからである。そうすると、前記の事実関係の下で、被上告人は本件遺産分割協議を詐害行為として取り消すことができるとした原審の判断は、正当として是認することができる。
相続の放棄のような身分行為については、民法四二四条の詐害行為取消権行使の対象とならないと解するのが相当である。なんとなれば、右取消権行使の対象となる行為は、積極的に債務者の財産を減少させる行為であることを要し、消極的にその増加を妨げるにすぎないものを包含しないものと解するところ、相続の放棄は、相続人の意思からいつても、また法律上の効果からいつても、これを既得財産を積極的に減少させる行為というよりはむしろ消極的にその増加を妨げる行為にすぎないとみるのが、妥当である。
また、相続の放棄のような身分行為については、他人の意思によつてこれを強制すべきでないと解するところ、もし相続の放棄を詐害行為として取り消しうるものとすれば、相続人に対し相続の承認を強制することと同じ結果となり、その不当であることは明らかである。