新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース 安全配慮義務というのは、ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者間において当該法律関係の付随的義務として、当事者の一方または双方が相手方に対して、信義側上負う義務であり、この判例の言い回しからもわかるとおり、本来安全配慮義務は、契約関係に(今回のケースで言えば、夫と直接勤務していた会社との契約関係)に基づいて発生するものですが、例えば、元請会社と下請会社の社員というような、直接の契約関係の無い関係においても発生する場合があると解されています。 あなたの夫のケースで、元請会社に安全配慮義務が認められるのであれば、元請会社も請求の相手方とすることができますが、逆に言えば、下請会社の安全配慮義務も問題となるわけで(最終的に、法的に双方が連帯して賠償義務を負う可能性は高い)、少なくとも損害賠償の点においては、質問にあるような派遣先の会社の社長を代理人とするようなことは問題があるといわざるを得ないと思います。又、全てがそうだとは言いませんが、下請け会社が中小企業の場合、事故発生で経営が苦しくなり残された遺族(特に本件のように婦女子が遺族の場合)の無知を幸いに従業員の労働災害による給付金、示談金に種々の理由をつけて手を出してしまうようなことは少なくありません。さらに勤め先の社長は今後の工事受注の関係から元請会社とは本当に対決し損害の請求をしてくれるかはなはだ疑問であり元請会社の利益、事情を優先する危険もあります。やはり委任状を出す事はお勧めできません。事前に専門家に相談しましょう。 なお、安全配慮義務違反が認められるかどうかについては、下請会社、元請会社それぞれの関係で、個別・具体的な事情によって異なってくると思いますが、高いところで作業する場合に、労働者の安全を守るための墜落防止の措置を取ることは、直接の契約関係にある下請け会社だけに求められるものではなく、労働安全衛生法や労働安全衛生規則で元請会社(下記条文でいう「注文者」)にも義務として定められていますから(労働安全衛生法31条、労働安全衛生規則653条、同519条等参照)、質問にある命綱等の策が十分に施されていなかったとすれば、過失相殺の点はともかく、安全配慮義務違反が認められること自体に問題はないように思われます。 2、さて、実際にどのくらいの金額を請求できるかについてですが、実損害として、かかった治療費や、葬祭費用のほか、逸失利益と死亡に対する慰謝料請求権が考えられます。逸失利益というのは、あなたの夫が生存していたとしたら今後得られたであろう利益で、例えば、亡くなった方の年齢や職業、学歴などによっても金額は変わってきます。特に、若くして亡くなられたような場合には、金額も大きくなるので、具体的な計算方法は、専門家にご相談された方が良いかもしれません。死亡の場合の慰謝料については、一応の基準として、交通事故の際の死亡慰謝料についてではありますが、日弁連交通事故相談センターの発行するいわゆる「赤本」の基準で2800万円というものがありますので、これを目安にして、考えていくことになると思われます。 3、以上、述べてきたような民事上発生する損害賠償の話と、一応区別して、あなたは、労災保険による給付を受けることができます。労災保険による給付と民事上の損害賠償との関係については後述しますが、民事上の損害賠償請求権は、相手方と金額面で折り合いがつかなければ、最終的には裁判によって確定されるものであり、安全配慮義務違反等の複雑な要件事実について、被害者が立証責任を負うということになりますが、労災給付は、一定額については、後述するような要件を満たせば、生じた損害を填補するという性質のものです。 また、相手方は会社といっても、中小企業のような場合には支払能力の点で問題があることも少なくありません。この点、労災保険による給付は、早期に、あるいは確実に支払を受けられる手段として、有用ということになります。すなわち労災制度は働く労働者及び家族の生活を業務上の事故などが生じた場合に守り保護するという趣旨から出来ていますから、本来不法行為による損害賠償請求の場合に必要とされる被害者の過失(本件では安全配慮義務違反の立証)の立証責任も事実上転換するような形にして損害の請求をし易くしているのです。労災保険は、労働者を1人でも雇う事業は全て加入を義務付けられていますから、あなたの夫の勤務していた会社に協力をお願いして、労働基準監督署に申請をすることになります。 4、労災保険が適用されるための要件として、業務上の災害と認定されること、すなわち、業務遂行性(労働者が労働契約に基づいて、使用者の支配下にあること)、及び業務起因性(業務と死亡の間に一定の因果関係があること)が必要とされていますが、今回のケースでは、仕事中の事故であることは明らかですから、業務上の災害であることに争いはないものと思われます。 保険給付の内容としては、死亡のケースでは遺族補償年金、葬祭料があり、また、労働福祉事業の特別支給金として、遺族特別支給金・遺族特別年金があります。 A葬祭料は死亡した労働者の葬祭の費用についての填補を目的として葬祭を行なう者(葬祭を行なうと認められるもの)に、31万5000円と給付基礎日額の30日分、または給付基礎日額の60日分のいずれか高い方が支給されます。 B遺族特別支給金・遺族特別年金は、労災保険給付とは一応区別される労働福祉事業の被災労働者等援護事業に基づく特別給付金として支給されるものです。遺族特別支給金は一律300万円(至急は1回のみです)、遺族特別年金は、算定基礎日額(大雑把にいえば、過去1年間で支給されたボーナスの額を日割りにした額)のあなたの場合201日分が年金として支給されることになります。支給期間は@と同様になります。 C なお、あなたのような小さなお子様がいる場合、上記被災労働者援護事業として労災就労保育援護費が月1万円程度支給されるケースがあります。その他、あなたが再婚した場合には、年金の受給権を喪失することになりますし(労働者災害補償保険法16条の4第1項)、お子様が受給権を持つのは18歳まで(同5項)ということとの関係から、お子様が18歳以上になった場合、支給額が減ることになります。このような労災あるいは社会福祉事業の給付については詳しくは労働基準監督署にお問い合わせください。 4、 最後に、民事上の損害賠償と労災保険給付の関係を述べます。 A受け取った遺族補償年金は、損害賠償における逸失利益の額の範囲で損益相殺され、また、同様に受け取った葬祭料は損害賠償における葬祭費と調整されることになります。 ただ、例えば遺族補償年金のような将来的給付を相手方に対する損害賠償請求の時点で、全額損益相殺してしまうのは問題で、実際に支払われた金額のみ控除の対象とすべきです。 Bこのあたりの調整として、法は遺族が前払い一時金を請求できる範囲で、加害者は過失の有無に関わらず、損害賠償の履行を猶予される(労災64条1項)ことを定めており、保険給付の申請をしないで、損害賠償請求の裁判が先行している場合であっても、相手方の立場からすれば、この範囲では、当該金額について実質上の損益相殺の主張が可能であると言うことにはなります。逆に、損害賠償請求で直接相手方から受け取った金額については、保険給付がなされないという形で調整されることになります。 Cなお、保険給付とは一応区別される、上記労働福祉事業の特別給付金については、損益相殺の対象にはならないというのが判例です。 D保険金請求と民事上の損害賠償についてどちらを先にすべきかですが、以上より一般的には先ず労災の請求をした方が有利と思います。前述の様に労災制度は労働者の仕事上生じた事故により生じた損害を迅速に填補し残された遺族の保護を目的にいていますから一般の不法行為事故よりも被害者側に有利な処置が施されているからです。それに民事上の損害賠償のときに労災により填補されている額を控除されるかどうか加害者側と交渉の余地が残されており損害額の増額につながる可能性もあるからです。さらには加害者側が任意に保険に加入している場合もあり損害額の交渉の余地は広がる可能性を有しています。すなわち本件元請会社のように生命身体に危険な職務についてはほとんどが損害賠償請求を予想し保険に加入していますから事実上支払う保険会社の了承があれば支払額もそれほど厳格に考えない場合もありますし、本件工事元請が大手建設会社であれば事故のニュースなどにより社会的批判の対象になり会社のイメージダウンを恐れて早期解決を考え賠償交渉に柔軟に対応する場合も考えられるからです。 E本件では以上のようなあらゆる場合を想定し法的専門家と相談しながらが賠償交渉をする事が大切でしょう。 ≪参考条文≫ 労働安全衛生法 労働安全衛生規則 労働者災害補償保険法
No.567、2007/1/30 15:26 https://www.shinginza.com/rousai.htm
【 民事 不法行為、労災 労災の内容 安全配慮義務違反 事故と工事の元請、下請け会社の責任 交渉の方法 勤務先社長に損害賠償の委任をしていいか 】
質問:先日、ビルの建設現場で「とび職」の仕事をしていた夫が、足場を踏み外して転落して死亡してしまいました。どうして命綱をしていなかったのか分かりません。私たち夫婦は結婚3年で、生まれたばかりの娘も居ます。今後の娘の養育に不安を感じます。勤務先の会社の社長さんも親身に相談に乗ってくださり、「労災の申請と、元請業者から賠償金を取ってやるから委任状を出すように」と言われましたが、応じて良いものでしょうか。どのように対処したら良いでしょうか。
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回答:
1、 まず、根本的な考え方として、あなたは、夫が有していた損害賠償請求権を、お子様とともに相続するということになります。お子様はまだ3歳ということですから、正確にいえば、あなたが、相続したご自身の権利を行使するとともに、親権に基づいてお子様の権利をあわせて行使するという形で請求することになるでしょう。請求の相手方は、損害賠償が認められるための法律構成と関連してきますが、あなたの夫のケースでいえば、安全配慮義務違反を根拠にするものと考えられます。
@遺族補償年金は遺族であれば誰でもが受けられるわけではありませんが、あなたのように妻の場合には受給資格に問題はありません。そして子供が生まれたばかりの子供が1人いる場合には給付基礎日額(大雑把に言えば、直近3ヶ月の給料を日割りした金額)の201日分を年金として支給されます。支払い期間は基本的には遺族が生存している間という考え方にたっています。また、給付基礎日額の1000日分を限度として前払いを受けることも可能です。(ただし、この前払い一時金の額に達するまでは年金の支給は停止されます。)なお、あなたが再婚した場合には、年金の受給権を喪失することになります。(労働者災害補償保険法16条の4第1項)
@基本的に損害が二重に填補されるのは好ましくないという観点から、保険給付については、損益相殺として、民事上の損害賠償において考慮されるというのが判例です。
(注文者の講ずべき措置)
第31条 特定事業の仕事を自ら行う注文者は、建設物、設備又は原材料(以下「建設物等」という。)を、当該仕事を行う場所においてその請負人(当該仕事が数次の請負契約によつて行われるときは、当該請負人の請負契約の後次のすべての請負契約の当事者である請負人を含む。第31条の4において同じ。)の労働者に使用させるときは、当該建設物等について、当該労働者の労働災害を防止するため必要な措置を講じなければならない。《改正》平17法108
2 前項の規定は、当該事業の仕事が数次の請負契約によつて行なわれることにより同一の建設物等について同項の措置を講ずべき注文者が2以上あることとなるときは、後次の請負契約の当事者である注文者については、適用しない。
(物品揚卸口等についての措置)
第六百五十三条 注文者は、法第三十一条第一項 の場合において、請負人の労働者に、作業床、物品揚卸口、ピツト、坑又は船舶のハツチを使用させるときは、これらの建設物等の高さが二メートル以上の箇所で墜落により労働者に危険を及ぼすおそれのあるところに囲い、手すり、覆い等を設けなければならない。ただし、囲い、手すり、覆い等を設けることが作業の性質上困難なときは、この限りでない。
2 注文者は、前項の場合において、作業床で高さ又は深さが一・五メートルをこえる箇所にあるものについては、労働者が安全に昇降するための設備等を設けなければならない。
(作業床の設置等)
第五百十九条 事業者は、高さが二メートル以上の作業床の端、開口部等で墜落により労働者に危険を及ぼすおそれのある箇所には、囲い、手すり、覆い等(以下この条において「囲い等」という。)を設けなければならない。
2 事業者は、前項の規定により、囲い等を設けることが著しく困難なとき又は作業の必要上臨時に囲い等を取りはずすときは、防網を張り、労働者に安全帯を使用させる等墜落による労働者の危険を防止するための措置を講じなければならない。
第十六条の四 遺族補償年金を受ける権利は、その権利を有する遺族が次の各号の一に該当するに至つたときは、消滅する。この場合において、同順位者がなくて後順位者があるときは、次順位者に遺族補償年金を支給する。
一 死亡したとき。
二 婚姻(届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にある場合を含む。)をしたとき。
三 直系血族又は直系姻族以外の者の養子(届出をしていないが、事実上養子縁組関係と同様の事情にある者を含む。)となつたとき。
四 離縁によつて、死亡した労働者との親族関係が終了したとき。
五 子、孫又は兄弟姉妹については、十八歳に達した日以後の最初の三月三十一日が終了したとき(労働者の死亡の時から引き続き第十六条の二第一項第四号の厚生労働省令で定める障害の状態にあるときを除く。)。
六 第十六条の二第一項第四号の厚生労働省令で定める障害の状態にある夫、子、父母、孫、祖父母又は兄弟姉妹については、その事情がなくなつたとき(夫、父母又は祖父母については、労働者の死亡の当時六十歳以上であつたとき、子又は孫については、十八歳に達する日以後の最初の三月三十一日までの間にあるとき、兄弟姉妹については、十八歳に達する日以後の最初の三月三十一日までの間にあるか又は労働者の死亡の当時六十歳以上であつたときを除く。)。
第六十四条 労働者又はその遺族が障害補償年金若しくは遺族補償年金又は障害年金若しくは遺族年金(以下この条において「年金給付」という。)を受けるべき場合(当該年金給付を受ける権利を有することとなつた時に、当該年金給付に係る障害補償年金前払一時金若しくは遺族補償年金前払一時金又は障害年金前払一時金若しくは遺族年金前払一時金(以下この条において「前払一時金給付」という。)を請求することができる場合に限る。)であつて、同一の事由について、当該労働者を使用している事業主又は使用していた事業主から民法その他の法律による損害賠償(以下単に「損害賠償」といい、当該年金給付によつててん補される損害をてん補する部分に限る。)を受けることができるときは、当該損害賠償については、当分の間、次に定めるところによるものとする。
一 事業主は、当該労働者又はその遺族の年金給付を受ける権利が消滅するまでの間、その損害の発生時から当該年金給付に係る前払一時金給付を受けるべき時までの法定利率により計算される額を合算した場合における当該合算した額が当該前払一時金給付の最高限度額に相当する額となるべき額(次号の規定により損害賠償の責めを免れたときは、その免れた額を控除した額)の限度で、その損害賠償の履行をしないことができる。
二 前号の規定により損害賠償の履行が猶予されている場合において、年金給付又は前払一時金給付の支給が行われたときは、事業主は、その損害の発生時から当該支給が行われた時までの法定利率により計算される額を合算した場合における当該合算した額が当該年金給付又は前払一時金給付の額となるべき額の限度で、その損害賠償の責めを免れる。
○2 労働者又はその遺族が、当該労働者を使用している事業主又は使用していた事業主から損害賠償を受けることができる場合であつて、保険給付を受けるべきときに、同一の事由について、損害賠償(当該保険給付によつててん補される損害をてん補する部分に限る。)を受けたときは、政府は、労働政策審議会の議を経て厚生労働大臣が定める基準により、その価額の限度で、保険給付をしないことができる。ただし、前項に規定する年金給付を受けるべき場合において、次に掲げる保険給付については、この限りでない。
一 年金給付(労働者又はその遺族に対して、各月に支給されるべき額の合計額が労働省令で定める算定方法に従い当該年金給付に係る前払一時金給付の最高限度額(当該前払一時金給付の支給を受けたことがある者にあつては、当該支給を受けた額を控除した額とする。)に相当する額に達するまでの間についての年金給付に限る。)
二 障害補償年金差額一時金及び第十六条の六第一項第二号の場合に支給される遺族補償一時金並びに障害年金差額一時金及び第二十二条の四第三項において読み替えて準用する第十六条の六第一項第二号の場合に支給される遺族一時金
三 前払一時金給付