統合失調症と措置入院|逮捕された場合の対策手続
行政|精神保健福祉法|医療保護入院
目次
質問:
統合失調症の影響で身柄拘束を受けた場合の措置入院の回避方法に関する相談です。私は、持病の統合失調症が悪化し、「おまえの息子を痛めつける。覚悟しろ」という幻聴が聞こえてきたため、いても立ってもいられず、かばんに刃物をいれて、息子の自宅に向かいました。息子の自宅付近をウロウロしていたところ、通りがかりの警察官に声を掛けられました。警察官から所持品検査を受けたところ、かばんの中から刃物が見つかったことから、銃刀法違反の被疑事実で、逮捕されてしまいました。私は以前にも統合失調症を理由に措置入院となりました。また措置入院となることは絶対に避けたいです。どうすればよろしいでしょうか。
回答:
1 あなたの今後の処遇について、刑事処分の帰趨はさておき、留置施設における医師の鑑定の結果に基づいて、検察官から都道府県知事に対して措置入院の通報がなされる可能性があります(精神保健福祉法24条)。
2 右通報がなされた場合、指定医2名の診察を経て「自傷他害のおそれ」等が認められた場合は、措置入院の決定がなされます。
3 措置入院となった場合、自らの意思で早期に退院することは困難である上、拘束、隔離を伴う強制医療が可能となります。弁護人は、措置入院を回避するために、任意入院先の確保、あなたの病識の確認および投薬治療による改善等を踏まえて、措置入院を回避するよう、検察官および都道府県の担当者と交渉することが考えられます。
4 お困りの場合はお近くの法律事務所にご相談ください。
5 関連事例集2016番、1984番、1660番参照。その他、措置入院に関する関連事例集参照。
解説:
1 措置入院の流れ
刑事処分が不起訴であることを前提に、今後の身柄処遇として、銃刀法違反被疑事実は医療観察法の対象事件ではありませんから、精神保健福祉法に基づいて手続が進行します(医療観察法は、「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律」という名の法律で、心神喪失又は心神耗弱の状態(精神障害のために善悪の区別がつかないなど、刑事責任を問えない状態)で、重大な他害行為(殺人、放火、強盗、 強制性交等、強制わいせつ、傷害)を行った人に対して、適切な医療を提供し、社会復帰を促進することを目的とした制度を定める法律で、対象事件が限定されています。)
精神保健福祉法は、精神障害者の医療及び保護を行い、障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律と相まってその社会復帰の促進及びその自立と社会経済活動への参加の促進のために必要な援助を行い、並びにその発生の予防その他国民の精神的健康の保持及び増進に努めることによって、精神障害者の福祉の増進及び国民の精神保健の向上を図ることを目的としています。精神障害者本人の同意を得ないで強制的に入院する制度として措置入院という方法が定められています。措置入院の手続きをとる場合検察官は勾留中に簡易鑑定を実施の上、精神障害の有無やその程度を確認し、精神保健福祉法24条に基づく都道府県知事への通報(いわゆる「24条通報」)を検討します。検察官において24条通報を実施した場合、都道府県の指定医2名が、対象者を診察の上、後述の措置入院の要件充足性に則って、措置入院が必要であると判断した場合は、勾留の満期とともに措置入院先の精神病院に身柄が送致されることになります。
以上が、不起訴処分となった場合の一般的な措置入院手続までの流れです。
2 各要件の解釈
措置入院の要件は、「精神障害者であり、かつ、医療保護のために入院させなければその精神障害のために入院させなければその精神障害のために自身を傷つけまたは他人に害を及ぼすおそれ(以下、『自傷他害のおそれ』)」(精神保健福祉法29条1項)です。すなわち①精神障害者であること、②医療及び保護のために入院の必要があること、③自傷他害のおそれがあること、④①から③について2名以上の指定医の診察の結果が一致すること、が必要となります。以下、各要件をより具体的に検討します 。
⑴ ①精神障害者であること
①精神障害者の定義は、非常に広く(精神保健福祉法5条参照)、通常この要件は満たされるものと思われます。ただし、②入院の必要性という要件が定められていることからすれば、知的障害など治療可能性がない場合にまで措置入院を選択することは許されないと考えられています。
⑵ ②入院の必要があること
②入院の必要性について、措置入院が行動の事由をはく奪する制度である以上、地域生活を維持し入院を回避するための合理的配慮を尽くした上で、入院以外に医療および保護を図るための手段がない場合をいうと解されます。
⑶ ③「自傷他害のおそれ」について
ア どの程度の危険が必要か
「自傷他害のおそれ」(精神保健福祉法29条1項)について、措置入院が対象者の身体拘束や隔離等、刑事手続における強制処分と同様の性質を有していることに鑑みれば、単なる抽象的な「おそれ」では足りず、現在の切迫した危険と解釈されるべきです。
イ 自傷他害のおそれの範囲
「自傷」とは、その文言どおり、自殺など自らの生命・身体を害する行為を言います。ただし「傷つけ」という文言および入院の必要性との関連から、浪費などの財産的な自損行為は含まないと考えられています。
「他害」とは、自己以外の者の生命、身体、自由、貞操、名誉および財産などの個人的法益の侵害のほか、放火等の社会的法益の侵害をも含みます 。
イ 統合失調症における考慮要素
「自傷他害のおそれ」の判断においては、被疑者自身の幻覚妄想状態に対する自覚、洞察の欠如の有無が重要な判断指標になると考えられます。
すなわち本件行為に及んだ原因は、統合失調症に基づく幻覚妄想状態に起因しています。幻覚妄想状態にある者の「自傷他害」のおそれの認定においては、厚生労働大臣の定める基準 によれば、「当該者の既往歴、現病歴及びこれらに関連する事実行為等を考慮するものとすること」とし、こと統合失調症の幻覚妄想状態については、「幻覚、妄想がみられ、これに幻覚、妄想に対する自覚、洞察の欠如を伴うことがしばしばあることから、このような病状又は状態像にある精神障害者は、現実検討能力に欠け、恐慌状態や興奮状態に陥りやすい結果、自傷行為又は他害行為を行うことがある」とされています。したがって、幻覚妄想状態にある者の「自傷他害」の判断においては、対象者自身の幻覚妄想状態に対する自覚、洞察の欠如の有無が考慮されることになります。
⑷ 小括
以上の措置入院の要件を踏まえて、措置入院を回避するために、次の弁護活動が想定されます。措置入院は、精神障害者本人の保護のための制度ですから、これを回避する必要はないようにも思われますが、本院の意思に基づく任意入院あるいは家族の同意だけで入院できる医療保護入院という制度もありますから、可能であればその方が本人の治療のためは望ましいと考えられます。
3 措置入院を回避するための弁護活動
⑴ かかりつけ医への連絡
「かかりつけ医」に連絡の上、被疑者の病状を確認する必要があります。被疑者の「自傷他害のおそれ」の有無等、措置入院の要否を聴取の上、事情聴取報告書として捜査機関に提出することが考えられます。また、後述の任意入院先の確保の際にも、かかりつけ医において入院設備が整っていない場合は、他の入院機関に向けた診療情報提供書の作成をお願いする場合もあります。診療情報提供には、被疑者の病状に対する医師の所見、および、措置入院までは必要とせず医療保護入院または任意入院で足りる旨の意見が付されることがあります。これは任意入院先を確保する際に必要となりますし、医師の病状に関する客観的な証拠となりますので、可能であれば入手するべきです。
⑵ その他関係者に対する聴取
被疑者は、すでに統合失調症の病歴があるとのことですから、かかりつけ医以外にも、被疑者の病状を把握している行政・民間機関が想定されます。例えば訪問看護の看護師や、区役所の保健福祉課職員等、定期的に被疑者と関わりを持っている人物がいる可能性があります。措置入院の要件である②入院の必要性は、前述のとおり、入院以外に医療および保護を図るための手段がない場合をいいますから、身柄釈放後も行政および民間機関による関与が期待でき、地域生活を送りながら治療を継続できる旨の疎明資料となり得ます。そのため、各関係機関にも連絡の上、被疑者の病状や今後の関わり方について聴取の上、事情聴取書として、捜査機関および行政に提出するべきです。
⑶ 任意入院先の確保
以上の事情聴取と並行して、被疑者の任意入院先を確保する必要があります。かかりつけ医に入院医療の可否を確認し、受入態勢がない場合は、前述の診察情報提供書を入手の上、受入可能な任意入院先を探すことになります。その際、措置入院の可能性がある被疑者の場合、入院先の候補病院からは、いわゆる「措置くずれ」として医療保護入院を求められることがあります。病院側としては、治療の実効性を確保するため、いざというときに強制医療が可能な医療保護入院を条件とするわけです。医療保護入院の場合、親族の同意者1名が必要となりますので、これに備えて親族と連絡の上、入院の同意者となっていただくように説明をしておく必要があります。
⑷ 接見による病識の確認
前述のとおり、「自傷他害のおそれ」の判断においては、被疑者自身の幻覚妄想状態に対する自覚、洞察の欠如の有無が重要な判断指標となります。そのため、被疑者との接見時は、被疑者自身が、本件事件を起こしてしまった原因をどのようなに考えているのか、自身の病状をどのように考えているか、今後はどのような治療に専念する意向があるか等、病識の有無について繰り返し確認する必要があります。統合失調症にり患されている方の中には、病状が慢性化し、正確な病識をお持ちでない方もいらっしゃいます。また一度病識を持ったとしても月日の経過によって病識の程度が薄れてしまう方もいらっしゃいます。
被疑者の病識については、指定医による診察時にも当然に確認される事項でありますから、被疑者との接見の都度、飽きるほど確認する必要があります。
⑸ 検察官および都道府県担当者との交渉
以上の対応の上、検察官に対しては措置入院が不相当であるから都道府県知事への通報を行わないよう、各収集した証拠を添付の上、意見書を提出する必要があります。
また、措置入院の通報がなされた場合は、措置入院の要否を判断する指定医2名が、被疑者と診察のための面談することになります。被疑者は捜査機関側からの情報提供に基づいて、被疑者の病状を判断しますから、まずは行政側の担当機関を通じて、指定医との面談を求めるべきです。行政側の運用によっては指定医との面談が認められない場合もありますので、その場合は、意見書という形で指定医に渡すように依頼することが考えられます。
4 小括
お困りの方はお近くの法律事務所にご相談ください。
以上