新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.607、2007/4/18 17:26

[商事]
質問:30年間会社に勤務し、今度、役員に就任するよう打診を受けました。昇給・昇進の話なので、うれしく思います。しかし、他方で、会社法では取締役の責任を定めた規定も沢山あるように聞いています。今後、会社の役員を勤めるにあたって、どのようなことを注意していったら良いでしょうか。

回答:
昇進おめでとうございます。ご心配のとおり、会社の役員になりますと、役員報酬も貰える様になりますが、今までのような従業員の時代とは異なり、新たな責任も生じます。順番に説明したいと思います。

1、そもそも、会社の「取締役」とはどういうものでしょうか。会社の起源は様々言われますが、株式会社の起源のひとつは、17世紀オランダの「東インド会社」と言われています。植民地の開発や交易には、船を出すにも営業所を開設するにも莫大な資金が必要ですが、この出資者を募る方法として考案されました。出資者の集まりである創立総会や株主総会も意思決定機関となりますが、日常の業務執行については、取締役会や重役会が意思決定を担当していました。取締役の職務内容や選任方法や負担すべき責任などについて各国の会社法が整備されました。わが国でも明治維新直後から法整備が進み、現行会社法では、取締役は取締役会において次のような業務を行います。
会社法362条1項  取締役会は、すべての取締役で組織する。
2項  取締役会は、次に掲げる職務を行う。
一 取締役会設置会社の業務執行の決定
二 取締役の職務の執行の監督
三 代表取締役の選定及び解職
3項  取締役会は、取締役の中から代表取締役を選定しなければならない。
4項  取締役会は、次に掲げる事項その他の重要な業務執行の決定を取締役に委任することができない。
一 重要な財産の処分及び譲受け
二 多額の借財
三 支配人その他の重要な使用人の選任及び解任
四 支店その他の重要な組織の設置、変更及び廃止
五  第六百七十六条第一号に掲げる事項その他の社債を引き受ける者の募集に関する重要な事項として法務省令で定める事項
六 取締役の職務の執行が法令及び定款に適合することを確保するための体制その他株式会社の業務の適正を確保するために必要なものとして法務省令で定める体制の整備
七 第四百二十六条第一項の規定による定款の定めに基づく第四百二十三条第一項の責任の免除

これらの取締役の業務を簡単に要約すると、代表取締役を選任し、重要な取引について決定し、代表取締役の業務執行を監督するということになります。

2、「取締役」には、どのような義務があるでしょうか。
会社と「取締役」の関係は、「委任契約」の関係にあります(会社法330条)。委任契約とは、法律上の効果を生じる行為の代理を依頼する契約(民法643条)です。
会社法330条(株式会社と役員等の関係)株式会社と役員及び会計監査人との関係は、委任に関する規定に従う。
民法643条(委任)委任は、当事者の一方が法律行為をすることを相手方に委託し、相手方がこれを承諾することによって、その効力を生ずる。

会社は、法人ですから実体が無く、観念上の存在ですから、実際に仕事をする代表機関として、定款を遵守し、会社のために忠実に仕事をする取締役(会社法355条)が必要とされているのです。民法や会社法には、様々な義務が定められていますが、最も基本となるものは、次の二つです。

ひとつは、委任契約に基づく、「善管注意義務」、もうひとつは、「忠実義務」です。条文はこのようになっています。
民法644条(受任者の注意義務) 受任者は、委任の本旨に従い、善良な管理者の注意をもって、委任事務を処理する義務を負う。
会社法355条(忠実義務)取締役は、法令及び定款並びに株主総会の決議を遵守し、株式会社のため忠実にその職務を行わなければならない。

ちょっと分かりにくいですが、言っていることは同じことです。他人の権利を代理行使するのだから、プロとして期待される最低限の仕事はしましょう、ということです。具体的には、財産を減少させるような行為は回避し、できるだけ安全に財産を維持・増加させるような努力をしてください、ということになると思います。善管注意義務は、特殊な能力や特別の努力を要するような義務ではありません。会社の定款で定められる目的にもよりますが、会社の経営には当然にリスクが含まれますから、財産を1円でも減少させてはいけない、ということでもありません。社会通念上要求されると思われる努力をしてください、と言うことです。

上記の義務から派生して、競業取引・利益相反取引の制限(会社法356条)や、株主に対する報告義務(会社法357条)などの義務も負うことになります。
会社法356条1項(競業及び利益相反取引の制限)取締役は、次に掲げる場合には、株主総会において、当該取引につき重要な事実を開示し、その承認を受けなければならない。
一  取締役が自己又は第三者のために株式会社の事業の部類に属する取引をしようとするとき。
二  取締役が自己又は第三者のために株式会社と取引をしようとするとき。
三  株式会社が取締役の債務を保証することその他取締役以外の者との間において株式会社と当該取締役との利益が相反する取引をしようとするとき。
会社法357条(取締役の報告義務)取締役は、株式会社に著しい損害を及ぼすおそれのある事実があることを発見したときは、直ちに、当該事実を株主(監査役設置会社にあっては、監査役)に報告しなければならない。
2  監査役会設置会社における前項の規定の適用については、同項中「株主(監査役設置会社にあっては、監査役)」とあるのは、「監査役会」とする。
3、取締役の責任(会社との関係)

取締役の故意又は過失により、前記の義務に違反し、会社に損害を生じた場合、会社と「取締役」の関係は、「委任契約」の関係(会社法330条)にありますので、取締役には、会社に対し契約上の損害賠償責任(民法415条)があり、会社法にも損害賠償義務(会社法423条1項)が規定されています。
民法415条(債務不履行責任) 債務者がその債務の本旨に従った履行をしないときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。債務者の責めに帰すべき事由によって履行をすることができなくなったときも、同様とする。
民法416条1項(損害賠償の範囲)債務の不履行に対する損害賠償の請求は、これによって通常生ずべき損害の賠償をさせることをその目的とする。
会社法423条1項(役員等の株式会社に対する損害賠償責任)取締役、会計参与、監査役、執行役又は会計監査人は、その任務を怠ったときは、株式会社に対し、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

会社(代表者)が、適切に上記の損害賠償請求権を行使しないときは、各株主が、会社に対して請求権を行使するよう請求したり、直接自ら行使したりすることができます。いわゆる責任追及の訴え(株主代表訴訟)です。
会社法847条1項(責任追及等の訴え)6箇月前から引き続き株式を有する株主は、株式会社に対し、書面その他の法務省令で定める方法により、発起人、設立時取締役、役員等、若しくは清算人の責任を追及する訴え、第120条第3項の利益の返還を求める訴え又は第212条第1項若しくは第285条第1項の規定による支払いを求める訴えの提起を請求することができる。ただし、責任追及等の訴えが当該株主若しくは第三者の不正な利益を図り又は当該株式会社に損害を加えることを目的とする場合は、この限りではない。
同条3項 株式会社が第1項の規定による請求の日から60日以内に責任追及等の訴えを提起しないときは、当該請求をした株主は、株式会社のために、責任追及等の訴えを提起することができる。

判例上、取締役の会社に対する個人責任(賠償責任)が認められた事例には、次のようなものがあります。
・最高裁平成12年10月20日判決は、関連会社の販売用不動産を時価よりも高額で購入したことについて、代表取締役及び取締役会で賛成した取締役の個人責任を認めた。
・大阪高裁平成11年7月21日判決は、株主総会や取締役会の同意を得ずに、銀行借入により会社の売上粗利益の2年分にも及ぶ過大な株式投資を行い、会社を倒産させた取締役の会社に対する個人責任を認めた。
・札幌高裁平成18年3月2日判決、実質的に破綻した会社に対する融資が、実質的には贈与であるとして、取締役の個人責任を認めた。
・最高裁平成18年4月10日判決、上場企業の取締役が、いわゆる仕手筋に対して利益供与したことが、旧商法266条1項2号に違反するとして、取締役の個人責任を認めた。

4、取締役の責任(第三者との関係)
取締役は、会社以外の第三者(従業員や取引先など)とは、委任契約を締結していませんので、委任契約上の責任を負担しませんが、故意過失により、第三者に損害を生じた場合は、その第三者に対する賠償責任を負担する場合があります。
会社法429条1項(役員等の第三者に対する損害賠償責任)役員等がその職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときは、当該役員等は、これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負う。
民法709条(不法行為責任)故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

裁判所は、上記責任は民法上の不法行為責任を加重したもので、不法行為責任を排除するものではないと考えています。(最高裁昭和44年11月26日、「商法266条の3(会社法429条1項)は、取締役がその職務を行うにつき故意または過失により直接第三者に損害を加えた場合に、一般不法行為の規定によって、その損害を賠償する義務を妨げるものではない。」、最高裁平成元年9月21日、「この損害賠償債務は法が取締役の責任を加重するために特に認めたもので、履行の請求を受けた時から遅滞に陥り、その遅延損害金の利率も民法所定の年5分の割合にとどまる。」)

判例上、取締役の第三者(会社以外の者)に対する個人責任(賠償責任)が認められた事例には、次のようなものがあります。
・東京高裁平成15年5月29日判決、産業廃棄物が不法に投棄された土地を購入した買主に対して、不法投棄した代表取締役及び、この監督を怠った取締役の個人責任が認められた。
・名古屋高裁平成17年5月18日判決、牛乳製造会社の代表取締役が、社内で牛乳の違法な再利用が行われていた事を防止するための社内体制を構築することを怠ったため、食中毒事件を起こし会社が廃業・解散し、従業員が解雇された場合、解雇後2年間の賃金相当額の賠償を代表取締役に対して命じた。
・東京高裁平成18年9月21日判決、会社が賭博行為にあたるような外国為替証拠金取引を行い顧客を勧誘していたのに、これを中止しなかった取締役の、損失を受けた顧客に対する個人責任を認めた。

5、責任を全うし、賠償義務を負わないようにするにはどうしたらよいでしょうか。このように、従来の労働契約に加えて、委任契約が締結されることにより、責任の性質が変化することになります。従来は、会社との関係は労働契約だけですから、会社の(上司の)指揮命令に従って仕事をする限り、通常は、会社との間で個人的な責任を問われる心配は少なかったと言えますが、委任契約では、会社との関係は、労働契約のような「指揮命令関係」ではありません。いわば対等の関係に立ち、「報酬を支払うので、しっかり管理監督してください」と要請されているのです。あまり心配しすぎることはありませんが、会社法や商法は頻繁に改正されますし、取締役の責任に関する裁判所の判例も定期的に更新されています。これら全ての事情を、一人で消化し対策をしていくことは困難でしょう。

そこで考えられる方法として、どうしても不安で相談する人がいない場合は取締役在任期間中に、定期的に弁護士との協議を行う手段が考えられます。考えられる依頼形態は、個人的な顧問契約です。心配点が生じてから弁護士を探して相談しても良いですが、出来れば問題が生じる前から定期的に相談し、会社の概況を理解してもらっておくと、困ったときの対応も早くできるでしょう。相談する相手は、会社の顧問弁護士では問題があります。会社と取締役個人(あなた自身)の利害が対立する問題について相談しなければならないからです。依頼する際は、守秘義務の点についても明記した弁護士委任契約書を作成すると良いでしょう。数ヶ月以内に1回のペースで面談し、お茶を飲みながらの世間話でもよいですし、法律的な疑問点や心配事を話し合うと良いでしょう。弁護士も、全ての企業関係の法令や判例を記憶しているわけではありませんので、その場で即答できないようなこともあるかもしれませんが、そういう時には弁護士は事務所に帰り、判例を調査したり、書庫の法律書を精査したり、同僚弁護士と議論したりすることで、法律家としての最善を尽くした回答をしてくれるはずです。自分ひとりで考えず、専門家の意見を参考にしながら動けば、後日の想定外の事態を回避できるかもしれません。お近くの法律事務所にご相談なさってみてください。

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