賃貸物件の賃借人から受注した工事代金を所有者に請求できるか

民事|商事|転用物訴権|不当利得の返還

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集
  5. 参考条文

質問:

弊社は店舗ビルの内装,外装を主幹業務としている工務店(有限会社)です。賃貸物件の賃借人Bから工事を受注したものの,無資力により請負代金を支払ってもらえません。当該物件の所有者Aから代わって支払ってもらうことはできませんか。

事案の概略は次のとおりです。

先般,建物全体を賃借した賃借人Bから当該物件の内装・外装一切の改装を請け負い,仕事を完成させて引き渡しました。この建物は,地下および地上1階が店舗で地上2階以上が賃貸用住居という構造にはなっていましたが,実際は使用されず,廃墟のようになっていました。賃借人Bからは,このビルに改装工事を施して,飲食店や衣料品店等の施設を有する建物にする予定と聞いていました。ところが,賃借人は,その後資金繰りが急激に悪化したらしく,内金を除いた請負代金残額の支払を受ける前に所在不明となりました。

これに対し,賃貸人A(ビル所有者)が賃料不払等を理由に賃貸借契約を解除して建物退去明渡しを求める訴訟を起こし,賃借人B欠席のまま勝訴判決が出て,弊社が改装をしたビルが賃貸人Aに明け渡されてしまいました。

回答:

1.請負契約の当事者が貴社と賃借人である以上,第三者である賃貸人には請求できないのが原則です。本件の場合も,残念ながら,基本的には非常に困難といわなければなりません。しかし,極めて例外的な場合ですが,賃貸人A(ビル所有者)と賃借人Bとの間の賃貸借を全体として見て,Aが対価関係なく利益を受けたといえる場合にのみ,法律上の原因なく,貴社の労務提供による利得を得たとして,「不当利得の返還」を請求することができます。

2.請負契約に関する関連事例集参照。

解説:

1.請負契約の当事者

請負契約とは,当事者の一方(請負人)がある仕事の完成を約束し,相手方(注文者)がその仕事の結果に対して報酬を支払うという契約です(民法632条)。注文者はあくまでBですから,たとえ改装をした物件がAの所有物でも,Bとの契約に基づく請負代金はBにしか請求できません。しかし,Bが無資力で,Bに対する報酬債権の一部または全部が無価値である場合には,次に述べるとおり,Aに対する不当利得返還請求を検討する余地があります。

2.不当利得(民法703条)

民法には「不当利得」という考え方があります。形式的には正当に見える財産的価値の移動が,実質的には正当化できない場合,当事者間の公平を実現するために,利得が現存する範囲で受益者がこれを返還する義務を負うとするものです。ただ,「公平」という概念が曖昧なものであることから,今日では,不当利得の考え方が適用される場面に応じて返還義務が認められる根拠を個別的に考えていこうとする見解が学説の主流になっています(難しい議論ですので,ここでは割愛します。)。

このような不当利得の返還義務が認められるための要件は,次の4つです。

1:他人の財産または労務によって利益を受けたこと(受益)

2:そのために(受益と損失の因果関係)

3:他人に損失を及ぼしたこと(損失)

4:1~3について「法律上の原因」がないこと

「法律上の原因がない」とは,一般的には,正義公平の観点から,利得を受益者に保有させておくことが不当ないし不公平と認められる場合であると考えられます。

3.要件を満たすかどうか

本件において,Aに貴社に対する不当利得返還義務が認められるか否かの要件を検討していきましょう。

まず,Aが改装による物件の価値増加という利益を受けていることは明らかです。加えて,貴社はBに対する請負代金請求権が無価値になったということを立証できれば,貴社に損失が及んだという要件も充足するでしょう。

そして,「受益と損失の因果関係」については,社会通念上損失者の損失により利得者が利得したと認められる連結があれば足りると解されていることから,貴社の労務提供によりAの所有物件の価値が増加した以上,認められるといえます。では,「法律上の原因がない」と言えるでしょうか。

4.転用物訴権とは

ちなみに,本件における貴社のAに対する不当利得返還請求権を,講学上,「転用物訴権(契約上の給付が契約の相手方だけでなく第三者の利益となった場合に,給付をした契約当事者がその第三者に利得の返還を請求する権利)」といいます。

転用物訴権が認められるかどうかは,前記のとおり「法律上の原因がない」と言えるかどうかにかかっています(ここでは割愛しますが,近時の学説では,転用物訴権のケースでは,関係当事者の利害状況を分析して,どの当事者を保護すべきかという問題に帰するのであって,もはや「法律上の原因がない」かどうかの問題ではないとする考え方も唱えられています。)。

5.判例の基準

本件類似の事案で転用物訴権が認められるか否かについては,最高裁判所の判例(最高裁平成7年9月19日判決)があります。

この判例は,転用物訴権が認められる場合を限定的に解する立場をとっています。即ち,賃貸人・賃借人間の賃貸借契約を全体として見て,賃貸人が対価関係なしに工事による利益を受けたと認められる場合でなければ,請負人は,賃貸人に対して不当利得としてその利益の返還を請求することができないとされています。

そして,賃貸人・賃借人間で,「賃貸人が賃借人に対し権利金の支払を求めない代わりに,本来賃貸人の義務である建物修繕義務(民法606条)を賃借人に負わせる」との特約を結んでいたことに着目し,賃貸人が通常であれば請求できるはずの権利金の支払を受けないという「負担」をしていると評価して,対価関係がなかったとは言えないと結論付けています。判例が前記のような判断をした理由として,賃貸人が特約により受益に相応する負担をした場合,賃貸人に不当利得の返還義務を認めると,賃貸人に対して実質的に二重払いの負担を強いる結果となってしまうことが不当ないし不公平であるからということが考えられます。

6.本件における対応

本件においても,AB間の契約内容,AではなくBが貴社に対して改装を発注した経緯などから,Aが改装による物件価値増加の利益を受けるのに対して相応の負担ないし出損をしていたかどうかを調査・検討する必要があります。

もっとも,AB間の契約について貴社はあくまで部外者であり,A側の事情を容易に知ることはできないでしょうから,まずは裁判外で交渉をしてみて,そこでまとまるのであればそれでよしとし,そうでなくても,勝訴の見込みがそれなりにあると判断できれば,見切りを付けて訴訟を提起するといった対応が考えられます。

ただし,実際にどのような手順で動くべきかは,貴社やAをめぐる諸般の事情を踏まえて判断する必要があります。もし,貴社が本気でAから請負代金残額相当額を回収したいとお考えでしたら,本件は既に弁護士に具体的に相談・依頼すべき段階の事案であるといえます。

7.法律事務所との顧問契約

いざトラブルが起きてから事件を引き受けてくれる弁護士を探しているようでは,その間に事態がどんどん悪化してしまう場合があります。特に事業者の場合,事業の内容や規模等を弁護士が事前に多少なりとも把握していたり,担当者と日常的に相談をするなどして面識があったりするだけでも円滑さが違うでしょう。また,法的な紛争が顕在化したときに即座に交渉窓口を弁護士に一本化させることができれば,本業への影響を最小限に抑えることができます。お近くの法律事務所にご相談ください。

尚、当事務所でもご相談により法律顧問契約をお受けいたしておりますので,具体的契約締結内容について参考にしてください。概略については,下記にご案内がございますので一例としてご参照ください。

顧問弁護士について(新銀座法律事務所)

以上

関連事例集

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※参照条文

民法

(不当利得の返還義務)

第703条  法律上の原因なく他人の財産又は労務によって利益を受け,そのために他人に損失を及ぼした者(以下この章において「受益者」という。)は,その利益の存する限度において,これを返還する義務を負う。