新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.622、2007/5/18 14:58 https://www.shinginza.com/qa-hanzai.htm

【刑事、起訴前弁護、強制ワイセツと親告罪、小学生へのワイセツ行為概念の解釈、罪を認めないと被害者と話し合えないか、デュープロセス、法定手続きの保障、弁護権の侵害】

質問:私は北海道の札幌で大手建設会社に勤務しているのですが、先日近くの市営プールに行ったのですが、水泳をしているときかわいい小学生がいたので水中眼鏡をして近づきいたずら半分に背中と肩を何回か触ってしまったのです。ところが子供が父親に言いつけその場で父親に殴られた上、警察が来て事情を聞かれ説明していたら警察署まで連行され逮捕されました。被害者の話だと「胸、お尻まで何度か触った」というのです。捜査官は「小学生が嘘を言うはずがない」と言い警察の留置場に拘束されています。どうしたらいいでしょうか。当番弁護の人は「これは強制ワイセツではないので真実を貫き戦え」といってくれました。そうしているうちに勾留延長になりましたがなんとなく不安になってきました。どうしたらいいでしょうか。前にも同じような罰金の前科があります。

【結論】強制わいせつ罪の嫌疑がかかっていますから、本罪は親告罪であり依頼している弁護人に至急被害者が話し合いに応じるかどうか捜査機関に確認してもらう事が必要です。

【解説】
1.あなたの行為が何罪に該当するか先ず問題です。貴方の説明どおりで性的嫌がらせをする意思があれば子供の肩、背中に触っており北海道の迷惑防止条例に該当すると思います(性的嫌がらせの意思がなければ無罪となるでしょう)。しかし被害者の証言によれば水着の上から臀部、胸を触っておりこの程度でも強制ワイセツ(刑法176条)に該当することになると考えられます。前者は10万円以下の罰金刑、後者は7年以下の懲役刑であり法定刑が大幅に違いますからその差は重大です。尚、本件は被害者が小学生であり13歳未満と考えられますが、強制ワイセツ罪では被害者が13歳以上の場合と以下の場合では「ワイセツな行為」の概念が異なって解釈されています。すなわち13歳未満の被害者の場合は「ワイセツ行為」概念は広く解釈されており、水着の上から胸、臀部を触っただけでも「ワイセツ行為」に該当しますが、本件被害者が成人女性なら「ワイセツ行為」に当たらず「性的な迷惑行為」として迷惑防止条例違反で処罰される事になると考えられています。その理由は以下の事が考えられます。本罪の保護法益は被害者の性的貞操を含めた性的自由ですが、成人の場合と比べて13歳未満の女子は性的な発達が今で未成熟でありその成長段階では不当に性的自由がおかされる可能性は犯行態様が緩やかであっても大きい訳であり将来の性的成長に多大の影響があると評価し13歳未満の女子の性的自由を実質的に保護したのです。具体的に言えば、強制ワイセツと迷惑防止条例の「ワイセツ行為」概念では、概ね、女子の下着の中に手をいれたかどうかが判断基準となっていますが、被害者が13歳未満の場合はその判断基準よりさらに広く解されており、下着の上からの接触でも強制ワイセツ行為に当たるわけです。そして13歳未満の女子の場合は以上のような趣旨より暴行、脅迫行為がなくても「ワイセツ行為」があれば犯罪は成立すると規定されています。

2.貴方は逮捕されましたが、貴方のおっしゃる通りであれば、強制ワイセツではありませんから、当番弁護士さんの言うとおり最終的には刑事裁判で有罪か無罪かを決める事になります。しかし、行為はプールの中の事であり裁判官に貴方の供述と被害者である小学生のどちらの供述が信用してもらえるかがポイントになります。行為の回数、目撃証人もいるかどうか等一概には言えませんが、前科もある貴方が必ず無罪になるという保証はないと思います。本件について否認し、万が一有罪となった場合は懲役2年前後の実刑となると予想されます。又、裁判は3審制が取られているので無罪を勝ち取るには最高裁まで争う必要がありますし、弁護費用もばかになりません。否認事件である以上基本的に保釈請求は無理でしょうから、無罪となっても逮捕後1−2年は家にもどることはできないと言うことになります。

3.ところで当番弁護士さんも説明したと思いますが、本罪は親告罪(刑法180条)であり、話し合いの結果被害者が公判提起前に告訴を取り消してもらえれば直ちに釈放される事になります。しかし、逮捕後10数日の経過していますし勾留期間の残りは数日と思いますから示談の交渉手続き、期間等を考えると被害者側と交渉するには遅きに失する状況とは思います。それにそもそも貴方の主張は「強制ワイセツ」については犯罪行為をしておらず、無実ですから被害者に謝罪に行って示談交渉をして謝罪金を支払って、告訴取り下げを求める事は理論上おかしいようにも考えられます。それに本件はプールでの事件であり、被害者の住所氏名、連絡先は不明であり、被害者との連絡は捜査機関を通じて行う事になりますが、捜査機関も否認している以上示談に行く必要がないとして被害者側への連絡もしてくれない可能性があります。当番弁護士さんも以上のような理由で裁判上争う事を勧めたのだと思います。

4.そこで、先ず、親告罪の場合否認事件である事を理由に、捜査機関は弁護人が求める被害者側への連絡を拒否できるか考えてみましょう。結論から言えば、捜査機関は、否認事件を理由に被害者との示談交渉の連絡を拒否することは出来ないと思います。以下理由を申し上げます。

@そもそも本罪が親告罪となっている制度趣旨は本罪の保護法益が被害者の性的自由、情操であることから、公開の刑事裁判になれば記録も公開される結果被害者の素性、被害内容その他のプライバシーも明らかになり二次的被害が生じ、刑事裁判が本来被害者保護のために行われる趣旨に反す事になることから被害者の意思に基づき刑事裁判を行うかどうかを決定するというものです。それなら、否認事件の場合は裁判も長期化が予想され、被害者が法廷に立つ可能性も自白事件より大きいわけですから被害者のプライバシー保護のためさらに慎重に手続きを踏む必要があり被害者の意思確認はなお必要なはずです。すなわち否認事件である事を持って被害者側との示談交渉のための連絡を拒否する理由は存在しません。

A告訴を取り下げるかどうかは、被害の弁償、迷惑金の支払い額等と密接に関係しますから、弁護人が、被害者側に対して示談、迷惑金の額等を具体的に提案しなければ、被害者側も示談して告訴を取り消すかどうか判断できないわけです。又、示談の内容は当事者の話し合いを重ねる事により協議の結果決められるのですから、否認しているからという一事を持って話し合いの機会を奪う事は被害者側の意思にも反することになるわけです。

B被害者としては、刑罰を通じて自らの被害を救済してもらう面がありますが、刑罰によっては被害の弁償はされません。被害の具体的な損害填補は法治国家では自力救済が禁止されて金銭賠償が原則であり、捜査機関の民事不介入の原則から最終的には被害者自ら民事訴訟を提起しなければならずこの費用、時間、精神的苦労も無視できません。それなら、被疑者の弁護人が進んで提案した示談内容を検討することは損害の填補という面からは被害者側にとってむしろ有り難いことでもあるわけです。ただ、被害者側は、示談する事により、被疑者との係わり合いを持つことを恐れますので弁護人の立場からそのような危険がないことを示す文書を事前に提示し了解を求める必要があります。

C憲法上の刑事事件の大原則であるデュープロセス、法定手続きの保障(憲法31条以下)は公判のみならず、被疑者段階にも当然適用されています。すなわちデユープロセスの中核は被疑者の弁護人依頼権であり、それに伴う弁護活動の保証(憲法34条)ですから捜査段階から捜査機関、弁護人がともに平等に法的攻撃防御方法を与えられなければいけないはずです。本件親告罪の場合、同種前科がある被疑者の身柄解放を求める弁護人の最重要弁護活動はただひとつ、被害者側との話し合いによる告訴取り消し交渉です。しかし、弁護人は、事件の性質上実質的に被害者側の連絡先が不明であり、話し合いが出来ない状態であり適正な弁護活動が事実上阻害されています。他方、憲法上弁護活動が保障され高度の法令遵守義務を有する弁護人が被害者側と示談交渉をする事によって、捜査の妨害、被害者のプライバシー侵害等の危険性は考えられません。したがって連絡先を把握している捜査機関は弁護人にのみは被害者との交渉の機会を保証する法的義務があるといわざるを得ません。捜査機関がこれをいたずらに拒否するならば憲法上の認められた弁護権の侵害と評価できると思います。機会の設定ですが、直接の話し合い、電話での交渉、手紙での交渉等弁護人、被害者の要望により設けられるべきです。その結果告訴取り消しが出来なければやむなく刑事裁判での決着となるわけです。

D又、否認している人が示談交渉するのも理論的にはおかしいような気もしますが、否認している事件が必ず訴訟上無罪になるわけではないですから、判決を予想して被疑者が公判前に被害者側と話し合い迷惑料を支払い、解決を希望する事は長期の身柄拘束が予想される被疑者として法的に認められる選択の一方法であると考えられます。

5.尚、10日間の勾留延長(刑事訴訟208条)はされており勾留満期まで残り6−7日であっても諦めるのはまだ早過ぎます。事件は生き物です。どのように展開するか予測がつきません。まず、検察官と交渉してもらえる弁護人を探す事です。弁護人にはそれぞれ方針と言うものがあります。自分の意見を汲み取ってくれる代理人を探す事です。すでに支払済みの着手金は返ってこないかもしれませんが、起訴となってしまえばそれ処ではありません。そして検察官、捜査担当刑事と直接面談し妻、御両親等の意見書も持参し正々堂々被疑者、弁護人の権利、憲法上の大原則、親告罪の本質を説明し被害者側との交渉を一刻も早く実現する事です。

6.ただ本件被害者は小学生であり、両親が告訴権者になっていますから(刑訴231   条)被害者と会えたとしても難航が予想されます。プールで貴方を殴りつけた父親に立場、気持ちになって考えてください。金銭賠償が原則とはいえ、金額提示を含む示談交渉は弁護人への抗議から始まるでしょう。しかし、抗議するというのはまだ脈があります。本当に話し合に応じようとしない人は怒ってもくれず連絡がとれないからです。「虎穴にいらずんば虎児を得ず」。貴方の選任した新しい弁護人が何とか被害者の父親から告訴取り消し書を受け取り検察庁に提出し、貴方が即日釈放されて職場に無事復帰される事を願っております。

≪条文参照≫

北海道 公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例
(目的)
第1条
この条例は、公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等を防止し、もって道民生活の平穏を保持することを目的とする。
(卑わいな行為の禁止)
第2条の2
何人も、公共の場所又は公共の乗物にいる者に対し、正当な理由がないのに、著しくしゅう恥させ、又は不安を覚えさせるような次に掲げる行為をしてはならない。
(1) 衣服等の上から、又は直接身体に触れること。
(2) 衣服等で覆われている身体又は下着をのぞき見し、又は撮影すること。
(3) 写真機等を使用して衣服等を透かして見る方法により、衣服等で覆われている身体又は下着の映像を見、又は撮影すること。
(4) 前3号に掲げるもののほか、卑わいな言動をすること。
2 何人も、公衆浴場、公衆便所、公衆が使用することができる更衣室その他公衆が通常衣服の全部又は一部を着けない状態でいる場所における当該状態の人の姿態を、正当な理由がないのに、撮影してはならない。
(罰則)
第11条
第2条、第3条から第5条まで又は第7条から第9条の2までの規定のいずれかに違反した者は、10万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。
2 常習として第2条から前条までの規定のいずれかに違反した者は、6月以下の懲役又は20万円以下の罰金に処する。
(適用上の注意)
第12条
この条例の適用にあたっては、道民及び滞在者の権利を不当に侵害しないように留意し、その本来の目的を逸脱して濫用することがあってはならない。

刑法
(強制わいせつ)
第百七十六条  十三歳以上の男女に対し、暴行又は脅迫を用いてわいせつな行為をした者は、六月以上十年以下の懲役に処する。十三歳未満の男女に対し、わいせつな行為をした者も、同様とする。
(親告罪)
第百八十条  第百七十六条から第百七十八条までの罪及びこれらの罪の未遂罪は、告訴がなければ公訴を提起することができない。
2  前項の規定は、二人以上の者が現場において共同して犯した第百七十六条若しくは第百七十八条第一項の罪又はこれらの罪の未遂罪については、適用しない。

憲法
第三十一条  何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。
第三十四条  何人も、理由を直ちに告げられ、且つ、直ちに弁護人に依頼する権利を与へられなければ、抑留又は拘禁されない。又、何人も、正当な理由がなければ、拘禁されず、要求があれば、その理由は、直ちに本人及びその弁護人の出席する公開の法廷で示されなければならない。

刑事訴訟法
第二百八条  前条の規定により被疑者を勾留した事件につき、勾留の請求をした日から十日以内に公訴を提起しないときは、検察官は、直ちに被疑者を釈放しなければならない。
○2  裁判官は、やむを得ない事由があると認めるときは、検察官の請求により、前項の期間を延長することができる。この期間の延長は、通じて十日を超えることができない。
第二百三十条  犯罪により害を被つた者は、告訴をすることができる。
第二百三十一条  被害者の法定代理人は、独立して告訴をすることができる。
○2  被害者が死亡したときは、その配偶者、直系の親族又は兄弟姉妹は、告訴をすることができる。但し、被害者の明示した意思に反することはできない。

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