新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース (第1審の判決内容)娘の死亡による損害額は、@遺体搬送料、A逸失利益、B慰謝料、C葬儀費用が認められ、それらの合計が6000万円です。そして、娘の過失相殺として4割減額されて、娘の損害は3600万円とされ、さらに、息子が掛けていた自賠責保険から填補された3000万円を控除後の600万円及び弁護士費用100万円の合計700万円について、加害者が賠償すべきであるとの内容です。「過失相殺」の具体的内容は、娘自身の過失を考慮し、更に息子の過失を娘の過失と同視して、斟酌しています。娘はシートベルトを装着していなかったため死亡という結果に繋がったものとして5分(5%)の過失が認められ、息子は、走行中、先行車が急に進路を変更することもありうるのだから、前方の車両の動静に注意して進行すべき注意義務があるのに、進路の前方注視を怠り、また、制限速度を約20キロメートル超過して車を走行させたために事故に至った過失があるとして3割5分(35%)の過失が認められて、合計で4割の過失相殺が行われています。 2.722条の「被害者の過失」とは実際の被害者被害者自身だけでなく損害発生との関係で被害者と身分上ないし生活関係上一体をなし被害者と同視できると認められる者の過失も含まれるものと解釈すべきです。その理由を考えてみましょう。そもそも722条の制度趣旨は損害の公平な分担にあります。不法行為により損害が生じた以上加害者に責任を負わせるのは当然ですが不法行為が被害者自身の原因により競合的に生じた場合には被害者にも責任を負わせ過失相殺という形で加害者の責任を軽減するのが民法の一般原則である信義則、公平の原理(民法第1条)に合致するからです。そうであれば加害者と何の関係もない第三者の過失により損害が生じた場合その責任を加害者に負わせるよりもその第三者が被害者と被害との関係で身分上社会生活上一定の関係にある場合には被害者の過失と同視して被害者に責任を負わせ、しかる後にその分を被害者からその第三者に請求させる方が信義誠実、公平の原則に合致するからです。次に、求償関係を一挙に解決できる利点があります。すなわち不法行為が加害者と無関係の者の原因により生じた場合理論的には共同不法行為と同視できるので主たる加害者が先ず全額弁償し、しかる後に他の過失あるものに求償請求することになり求償を受けた者は再度被害者と請求関係について清算する事になり煩雑なので最初から被害者側の過失として請求額を限定することが妥当だからです。この理論は「被害者側の過失」と言われ判例上かなり前から認められています(最判昭和34年11月26日、最判昭42年6月27日、最判昭51年3月25日)。 3.あなた方は家族で墓参りに行った帰り息子さんが同乗し運転していたとのとのことであり、息子さんも娘さんもあなた方も身分上・生活上一体の関係にあったと認められますので、被害者側の過失として相殺されるのは公平上仕方のないことでありこの点についての第一審の判決は妥当と考えられます。 4.次に息子さんが掛けていた自賠責保険3000万円を加害者が実際に支払うべき金額3600万円から控除した点についてですが、まずこの判決で認められた全損害額6000万円及び過失の割合が適正であることを前提にお話いたしますので御了解ください。 5.では被害自動車を運転していた兄の自賠責保険から支払われた3000万円が本来の加害者の賠償義務にどのように影響するか考えてみます。本件の場合直接の加害者は当然賠償責任がありますが、同時に被害車両を運転したお兄さんも過失が認められており両者は共同不法行為のような関係になり(不真正)連帯責任(難しい言葉ですが法律上はこのように表現されます。連帯債務と同様に考えて結構です)を負う事になります。連帯責任者の一方の弁済、支払いは他方の責任に効果を及ぼすのが原則です。兄の自賠責からの3000万円の支払いは兄の一部弁済と同様に考えられるので第一審の通り3000万円が加害者の責任損害額から差し引かれる事になると考えることが出来ます。しかし本件では加害者の過失相殺の割合と同乗者の過失相殺の割合が異なっています。すなわち加害者は過失相殺の割合が40%、兄は被害者の過失が5%であり(過失相殺の割合は5%)両者の賠償額が異なるわけです。このような場合も一般原則により自賠責の支払い額を他方の支払い義務に効果を及ぼすと考えてよいか問題となります。というのは被害者の損害の填補という面から見ると考え方によって被害者の受け取る事が出来る損害額に差異が生じてくるからです。すなわちまだ支払っていない加害者の(被害者側の)過失相殺後の額に効果を及ぼし支払額を控除すると過失相殺の割合が異なる事により被害者の受け取る金額が事実上減少するからです。この点については自賠責法、民法にも明確な規定はありませんから解釈により解決する必要があります。 6.複雑ですから最初に結論から申し上げますと過失相殺の割合が異なる共同責任者がいる場合、他の不法行為者の自賠責から支払われた金額(3000万円)は被害者本来の損害額(被害者自身の過失分5%を除いた損害額すなわち5700万円です)からのみ控除すべきであり、もう一方責任者の損害賠償すべき額へは(被害者側の過失相殺後の賠償すべき額)効果は及ばない、(すなわち支払額から控除すべきではない)と解釈すべきです。(但し3000万円控除後の被害者本来の損害額2700万円を上限としてもう一方の支払い義務者は責任を負うものと考えるべきです。すなわちもう一方の責任者の賠償額より本来の損害額下回った場合はその範囲で効果を及ぶすものとするわけです。)以下理由を検討してみましょう。 @加害者側の立場から言えば被害者は被害者側の過失を含めた過失相殺後の金額を受領すれば充分であるから被害者側の過失も含めて過失相殺の結果被害者側が実際に受け取るべき金額が決まってから既払い額3000万円を控除するのが当然であるということになります。第一審の判決もその趣旨であると考えられます。しかしそもそも自動車損害賠償保険法すなわち自賠責の制度趣旨は第一義的に車両による被害者救済の為に規定されたものであり加害者の損害支払額負担を救済するために規定されたものではありません。すなわち車両の運行はそれ自体生命身体侵害の危険性がありその損害の重大性から車両運行者及び運行供用者に事実上の無過失責任を認め加害者側の生活財産状態に関係なく被害者側の損害を被害者の被害に会った状況にかかわらず最高3000万円まで保証することによって事故後の社会生活を保護し人道上公平の見地から被害者を救済するために特に規定されたものです。加害者の損害額支払いの事情を考慮して規定されたものではありません。そうであるならば被害者の被害回復、生活保障より多額の補償という観点から共同責任者の一方の自賠責保険金支払いは本来の損害額を制限するにとどめ、他方の責任者の具体的支払額に影響を及ぼさないと解釈するのが妥当です。 Aただし、本来の賠償額(3000万控除後の損害額すなわち2700万円)が自賠責の支払いの結果、もう一方の責任者の賠償責任額(3600万円)よりも下回った場合は被害者を過大に保護する必要がないので本来の損害額の範囲(2700万円)に減額すべきです。 B又本件事故で被害者は何はともあれ後述の通り合計5700万円は受け取る権利があるべきですから被害者保護の見地から他方の自賠責の支払いは影響を及ぼさないものと被害者に有利に解釈するべきです。すなわち、第一審の考え方によると被害者は、自賠責で3000万円加害者から700万円を受け取り運転者の兄から残り2000万円を受け取ることになりますがこれは被害者にとり二重手間にとなるばかりか兄に資産がない場合など不利益であり、むしろ加害者に2700万円を支払わせて加害者から兄に対して過失の割合に応じて求償するように構成するのが被害者保護の見地から公平な解釈といえるでしょう。 C他方加害者側にこの解釈は不利益でしょうか。加害者としては本来3600万円支払わなければならない法的義務があり被害者に2重に損害填補を認める必要はありませんが、第三者の自賠責の制度趣旨から第三者が掛けた自賠責の支払いにより特に有利に取り扱いを受ける正当性はなく支払額は第一審の考え方より事実上増加しますが受忍せざるをえないものと考えられます。 D本件での被害者が加害者に請求できる金額は結論として600万円でなく2700万円となります。明細は判例の検討の箇所で後述します。 E最高裁判決(平成11年1月29日判例時報167頁)も同様の判断をしています。この裁判の原審において、被害者遺族側は被害者同乗の車両を運転していた息子の車に付保された自賠責保険から支払われた保険金は、息子の賠償責任の履行として支払われたものであり、その全額を過失相殺後の加害者の損害賠償額から控除することは許されないと主張しました。これに対して原審裁判所は判決で、この場合の自賠責保険金は事故によって生じた損害を填補するために支払われたものであるから、過失相殺後の加害者の賠償すべき損害額から控除するのは当然としましたのですが、最高裁はこれ覆し自賠責の支払いは本来の損害額から控除すべきであるとして遺族の主張を認めその旨判事しています。 F次に前述の最高裁の判示内容を本件事例に当てはめて具体的に説明します。 G最高裁が説示する理由は次のとおり2つです。 第一の理由、例えば、上記のように、甲を息子さん、乙を加害者、娘さんを丙とした場合に、「甲が損害の一部をてん補したときに、そのてん補された額を乙が賠償すべき損害額から控除することができるとすると、乙は自己の責任を果たしていないにもかかわらず、右控除額だけ責任を免れることになるのに、甲が無資力のためにその余の賠償をすることができない場合には、乙が右控除後の額について賠償をしたとしても(本件では600万円の賠償となるので)、丙はてん補を受けるべき損害の全額(5700万円)のてん補を受けることができないことになる。すなわち本件では5700万円弁償を受けるべきであるのに結果的に3600万円の賠償となってしまうということです。 第二の理由は、「甲及び乙が共に自賠責保険の被保険者である場合を考えると、甲の自賠責保険に基づき損害の一部がてん補された場合に右損害てん補額を乙が賠償すべき損害額から控除すると、乙の自賠責保険に基づきてん補されるべき金額はそれだけ減少することになる。その結果、本来は甲、乙の自賠責保険金額の合計額の限度で被害者の損害全部をてん補することが可能な事故の場合であっても、自賠責保険金による損害のてん補が不可能な事態が生じ得る。以上の不合理な結果は、民法の定める不法行為法における公平の理念に反するといわざるを得ない。」としています。すなわち被害者の救済の見地から自賠責支払いの他債務者への影響を最小限にしているわけです。いずれも妥当な判断でしょう。 H以上により第一審判決は不当であり加害者が賠償すべき金額は結果的に2700万円と判断すべきでしょう。難解な問題ですが判例ですので御了承ください。 ≪参照条文≫ 民法
No.624、2007/5/22 14:11 https://www.shinginza.com/qa-jiko.htm
【民事 交通事故 過失相殺 被害者側の過失 被害者側が掛けた自賠責の支払いと加害者の賠償責任への影響】
質問:息子(20歳)が2年前交通事故を起こしました。家族で墓参りに行った帰りですが、息子が片側2車線道路を走行中、併走して左前方を走っていた車が進路変更をしようとウィンカーを出さずに右方向に進路を変更してきたため、息子は急ブレーキを掛けると共にハンドルを右に切って避けようとした結果、対向車線に飛び出して対向車と正面衝突し、これにより助手席に乗っていた娘(息子からすれば妹、18歳)がシートベルトをしておらず死亡したというものです(私と夫は運良く無傷でした)。進路変更をしてきた車の運転手に対して損害を賠償してもらうべく訴訟を起こしましたが、第1審では、息子が掛けていた自賠責保険3000万円を控除されて、加害者が払うべき金額が700万円との判決でした。第一審判決の具体的内容は下記のようなものです。自賠責保険は運転していた息子がかけていたもので、加害者が掛けていたものではないのに、加害者の賠償すべき金額から控除されてしまうのは納得がいきません。また、娘にも過失があると言われましたが、助手席に座っていただけで過失があるのでしょうか。過失相殺とは何でしょうか。判決は妥当でしょうか。
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回答:
1.まず過失相殺の対象は誰かという問題ですが、民法722条2項は、「被害者に過失があったときは、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の額を定めることができる」としていますので、死亡した娘さんの過失が考慮されて減額されるのは仕方ないとしても、なぜ、運転していた息子さんの35%の過失まで娘さんの過失と同視されるのかわからないというあなたの疑問はもっともです。そこで「被害者の過失」の内容を解釈してみます。
交通事故により、甲(質問では息子さん)、乙(同:相手加害者)が丙(同:娘さん)に対して連帯して損害賠償責任を負う場合に、乙の損害賠償責任についてのみ過失相殺がされて両者の賠償すべき額が異なるときに、甲のした損害の一部填補が乙の賠償すべき額に及ぼす影響について判示されています。曰く「被害者に自賠責保険より支払われた保険額は、過失相殺後の賠償額から控除すべきものではなく、填補を受けるべき損害額から控除をすべきであり、控除後の残損害額が他の損害賠償義務者の賠償すべき損害額を下回らない限り、その賠償すべき損害額に影響はしないと解すべきである。」(最高裁平成11年1月29日)。判決は難解な説明になっていますので、あなたの事例に当てはめてみます。原審のように損害総額6000万円−全ての過失相殺減額4割2400万円−自賠責補填額3000万円=600万円とするのではなく、まず損害総額6000万円−被害者自身の過失5分、300万円=5700万円が填補を受けるべき損害額とする。息子さん甲の賠償すべき損害額はこのまま5700万円、加害者の賠償すべき損害額は過失相殺後の3600万円(6000万円−過失相殺4割2400万円)であり、両者の賠償すべき額が異なる場合に、填補を受けるべき損害額5700万円から自賠責填補額3000万円を控除した残額は2700万円であり、そのまま2700万円を加害者乙が賠償すべき損害額とする、とするものです。すなわち(3000万円)控除後の残損害額(2700万円)が他の損害賠償義務者(本件では加害者乙である)の賠償すべき損害額(3600万円)を下回らない限り影響しないと判決は説明しているので、残損害額は2700万円であり3600万円を下回っているから乙の賠償額は甲の賠償額2700万円の影響効果を受けて結果的に2700万円になるわけである。従って、加害者乙に対しては、2700万円の賠償を求めることができるという結論になります。
(不法行為による損害賠償)
第七百九条 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
(損害賠償の方法及び過失相殺)
第七百二十二条 第四百十七条の規定は、不法行為による損害賠償について準用する。
2 被害者に過失があったときは、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の額を定めることができる。