新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.627、2007/6/1 14:03

【民事,契約,消費者,アダルトサイトからの架空請求】

質問:私の友人Pがネットサーフィンをしてアダルトサイトを巡回していたのですが,そのとき,「入室はこちら」というリンクを興味に駆られてクリックしたところ,「ご入会ありがとうございます。」などと表示された画面に飛んで,入会金5万円を支払うよう請求されてしまいました。支払わなければならないのでしょうか。

また,これも私自身のことではなく友人Qのことなのですが,スパムメールに書かれていたURLアドレスをクリックして飛んだアダルトサイトで,無料だと思って「申し込む」と表示されたボタンをクリックしたところ,利用料3万円を支払うよう請求する画面が表示されました。その画面には,「間違ってご入会された方はこちらにご連絡ください。」として電話番号が表示されていたので,慌てて電話したところ,解約手数料、情報削除料等で8万円が必要だと言われました。番号通知でかけてしまったため,その後も催促が止みません。どうすればよいのでしょうか。繰り返しになりますが,この話は私のことではありません。

回答:
1.貴方のご友人がお困りだということは分かりました。お聞きした態様からして架空請求かと思われますので,PさんもQさんも支払う義務はありません。むしろ,一度でも支払ってしまうと業者からカモだと思われてしまうので,絶対に支払わないでください。また,業者は架空請求であることを承知で請求していますので,業者からの請求に対して,貴方のご友人が「法的に支払う義務がない。」などといくら議論しても無駄です。こちらから連絡することはせず,請求も一切無視してください。Pさんの場合は個人情報を知られていないようですので,無視するだけでよいでしょう。架空請求業者がIPアドレスやリモートホスト名などの通信記録からPさんの住所や氏名を割り出すことはできません。

2.Qさんの場合は電話番号を知られてしまっているようですが,無視をするという基本は同じです。どうしても請求がうるさいときは電話会社に連絡をして電話番号を変えるなどの対策をすることが考えられます。また,確実な効果があるかどうかはケースバイケースですが,どうしてもご友人が不安で仕事にならないとか,公務員,会社役員等のように職場,家庭に来られること自体が不安で心が休まらないような特別な事情があれば,弁護士に委任し代理人を窓口にして,弁護士から電話をかけて今後一切連絡をしないよう,また請求があれば法律事務所宛てに連絡するよう通告し,交渉することもできます。通常,法律事務所が窓口になると請求は事実上停止することが多いようです。費用は5万円〜10万円程度は必要になるでしょう。こういったご相談は,ご本人からしていただくのが一番です(弁護士が業者との交渉に当たる際も,必ず事前に,原則としてご本人との間で委任契約を結びます。)ので,ご友人にそのようにお伝えください。

解説:
【契約の成立】
契約が成立するのは,当事者双方の契約をしようとする意思が合致したときです。この点,契約をしようとする意思があるかどうかは,外形的な事情から形式的に判断されますから,本当は契約をする意思がないのに,あたかも契約するかのような行為に出た場合であっても,契約は一応成立してしまいます。しかし,Pさんの場合は「入室はこちら」というリンクをクリックしただけとのことですから,外形的にも契約する意思がなかったと見ることができるでしょう。したがって,Pさんの場合は,そもそも業者との間で契約が成立していないので,入会金5万円を支払わなければならない根拠が初めから存在しないことになります。

【錯誤による無効】
Qさんの場合も契約をしようとする意思がなかったとして,契約が不成立であると考えることができます。しかし,契約をしようとする意思があるかどうかが外形から形式的に判断されてしまう関係上,「申し込む」というボタンが表示されたページの様相によっては,そのボタンを押した以上,契約をする意思があったとして契約が一応成立してしまうかもしれません。仮に契約が一応成立してしまったとしても,契約の重要部分に錯誤(思い違い)があった場合には,契約が初めに遡って無効になります(民法95条本文)。

Qさんの場合,「申し込む」ボタンをクリックしたときに,そもそも業者と契約する意思がなかったか,少なくとも無料サービスの提供を受ける意思しかなかったのに,突然有料の契約が成立してしまったのですから,Qさんには契約の重要部分に錯誤があったと言えるでしょう。したがって,Qさんには,利用料を支払う義務もなければ,解約手数料や情報削除料を支払う義務もないのが原則です。では,Qさんに重大な過失があった場合はどうでしょうか。民法95条ただし書が意思表示をした人に重大な過失があったとき,その人は無効を主張できないという旨を規定していることから問題となりますので,以下で検討します。

【電子契約法3条】
まず,民法の規定によれば,無関係のリンクをクリックしたのではなく,「申し込む」と表示されているボタンだったということですから,何を申し込むことになるのか予め確認すべきであり,ボタンをクリックする前にサイト全体をよく確認することが容易だったとして,Qさんに重大な過失があったと認められてしまうかもしれません。しかし,本件契約が仮に成立していた場合,この契約は,一消費者であるQさんと事業者と見られるアダルトサイト業者(実際は正体不明の架空請求業者でしょうが。)が,パソコン画面を介して締結した契約ということができますので,電子契約法(電子消費者契約及び電子承諾通知に関する民法の特例に関する法律)の適用があります。

そして, 電子契約法3条によれば,原則として民法95条ただし書は適用されず,Qさんは,自分に重大な過失があっても無効を主張できることになり,例外的に,業者の側がパソコン画面を通じてQさんにその意思を確認する措置を講じるなどした場合にのみ,民法95条ただし書が適用され,Qさんに重大な過失があったときにはQさんによる無効主張は認められないということになるのです。この点,事業者が講じるべき措置としては,「ボタンをクリックすることで申込の意思表示になることを消費者が確認できる画面が表示されるよう設定すること」,「最終的な申込の前に,これから申し込もうとする契約内容が確認でき,間違いがあれば訂正できる機会を与える画面が表示されるよう設定すること」などが考えられます。

これを本件サイトについてみると,上記のような措置が何ら取られることなく,「申し込む」ボタンをクリックしたところ,突然,利用料を支払えと請求されるものだったとのことですから,業者がQさんの重大な過失を主張することは許されないことになります。したがって,仮に契約が一応成立していたとしても,Qさんは錯誤による無効を主張することができますので,業者の請求に応じる必要はありません。なお,経済産業省が電子契約法の施行にあたって公表したサイトがありますので,ご参考までにご案内いたします。http://www.meti.go.jp/topic/downloadfiles/e11213aj.pdf

【補足】
今回のケースは支払わなくてよいことが明らかでしたが,全部のアダルトサイトが架空請求業者だと言い切れるわけではありません。また,架空請求業者の方も日に日に手口を巧妙化させてくるでしょうから,決して油断してはいけません。いくら架空請求業者の側が100%悪いとは言っても,架空請求業者の巣窟に踏み込んだのはPさんやQさん自身だということを忘れてはいけません。例えば,スリが多い海外の都市に日本国内と同じ感覚で旅行をして,不幸にもスリ被害に遭ってしまったとしましょう。このとき,一番悪いのは勿論スリをした犯人ですが,敢えてその都市に旅行をした人自身も自分のことにはしっかり注意をすべきですね。今回のPさん,Qさんもそれと同じなのです。

パソコンやインターネットに関する知識,架空請求被害に遭わないための知識を身に着けていないのであれば,危険の多いアダルトサイトには不用意に行かないことです。今回のご相談は貴方のご友人の件とのことですから,そのPさんやQさんによく教えてあげてください。

【参照法令】
■民法■
(錯誤)
第95条  意思表示は,法律行為の要素に錯誤があったときは,無効とする。ただし,表意者に重大な過失があったときは,表意者は,自らその無効を主張することができない。
■電子消費者契約及び電子承諾通知に関する民法の特例に関する法律■
(電子消費者契約に関する民法の特例)
第3条  民法第95条ただし書の規定は,消費者が行う電子消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示について,その電子消費者契約の要素に錯誤があった場合であって,当該錯誤が次のいずれかに該当するときは,適用しない。ただし,当該電子消費者契約の相手方である事業者(その委託を受けた者を含む。以下同じ。)が,当該申込み又はその承諾の意思表示に際して,電磁的方法によりその映像面を介して,その消費者の申込み若しくはその承諾の意思表示を行う意思の有無について確認を求める措置を講じた場合又はその消費者から当該事業者に対して当該措置を講ずる必要がない旨の意思の表明があった場合は,この限りでない。
第1号  消費者がその使用する電子計算機を用いて送信した時に当該事業者との間で電子消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示を行う意思がなかったとき。
第2号  消費者がその使用する電子計算機を用いて送信した時に当該電子消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示と異なる内容の意思表示を行う意思があったとき。

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