賃貸借契約における連帯保証人たる地位の解消
民事|賃貸人と連帯保証人の利益対立|更新後責任を負わない場合
目次
質問:
平成28年頃、私の兄がマンションの一室を借りるに当たって、私は、兄からお願いされて、賃貸借契約の連帯保証人となりました。当時、兄は会社員としてしっかり働いており、収入も十分にありましたので、何かしら責任を負うことはないだろうと考え、連帯保証人となったのですが、その後、兄は突然会社を辞めてしまい、現在までずっと無職の状態です。兄との関係性も今では良くないので、連帯保証人を辞めたいのですが、どのすれば良いのでしょうか。
賃貸借契約も何度か更新されているようですが、これを了解したこともありませんし、更新に際して、管理会社から連帯保証人を続けるか確認されたこともありません。そのような状況の中、私は未だに連帯保証人として責任を負わなければならないのでしょうか。
また、最近、民法が改正されて、賃貸借契約における連帯保証に当たっては、責任の上限額を定めなければならず、これを定めないと、連帯保証契約は無効になる、という話を決めました。私の連帯保証契約では、責任の上限額のようなものは定められていないので、無効となるのではないでしょうか。
回答:
まず前提として、契約には拘束力が存在し、一方的に契約を解消したり、その内容を変更したりすることはできないのが原則となります。
その上で、実務上、契約更新後に賃借人に生じた債務についても、特段の事情がない限り、当初の契約時の連帯保証人は責任を負うとされています。そのため、相談者様が更新を了解したり、連帯保証人を続ける意向を示したりはしていなかったとしても、賃貸借契約の更新をもって、連帯保証人たる地位から解放されることはありません。
また、本件では、賃貸借契約が新民法の施行時期である令和2年4月1日よりも前に締結されていることから、連帯保証契約との関係でも、旧民法が適用されることになります。そのため、責任の上限額(極度額)の定めがないことをもって、相談者様の連帯保証契約が無効となることもありません。
ただし、賃貸人の連帯保証契約上の信義則違反が認められれば、連帯保証契約を一方的に(賃貸人の同意を得ることなく)解除することもできます。例えば、家賃の滞納が長期間に渡っていて、本来であれば賃貸人が家賃の催促、契約解除、明渡請求をするのが一般的であるという状況にもかかわらず漫然と賃貸を続け、未払い家賃が多額に至っているという状況にあるため、賃貸人の怠慢により保証人の責任が、不当に加重されると判断されるような場合には、連帯保証契約の解除、あるいは保証債務の範囲の制限が認められることになります。
連帯保証に関する関連事例集参照。
解説:
1 賃貸借契約における連帯保証について
賃貸物件を借りるに当たっては、賃貸人から、連帯保証人を付けるよう、求められるのが通例です。これは、賃借人が賃料を支払わなかったり、賃貸借契約終了時に居住前の状況に復さなかったりした場合等に、賃貸人が損害を負う事態を回避するためのもので、連帯保証人となる者は、賃借人ではなく、賃貸人との間で連帯保証契約を締結することとなります。
その保証の範囲は、合意内容によって定まるものではありますが、「本件賃貸借契約より生ずる、賃借人の一切の債務を負担する」という文言を用いて、連帯保証契約が締結されていることが多く、この場合は、賃料・更新料・原状回復費用・強制執行費用等、まさに賃借人に生じる債務一切が保証の範囲となります。
ただし、本件では、毎月は発生する賃料については、定期給付債権(旧民法169条1項)として、5年間の短期消滅時効にかかり、連帯保証人である相談者様も時効を援用することができるので、事実上、保証の範囲は現時点から遡って5年分に限定されます。なお、定期給付債権の短期消滅時効を定める旧民法169条1項は、新民法では削除されていますが、本件では、賃貸借契約も連帯保証契約も、新民法の施行時期である令和2年4月1日よりも前に締結されたものであるため、旧民法が適用されることになります。
2 賃貸借契約の更新との関係について
本件では、賃貸借契約が何度か更新されており、その際、相談者様がこれを了解したり、連帯保証人を続ける意向を示したりはしていなかった、とのご事情があることから、賃貸借契約の更新をもって、連帯保証人たる地位から解放されるのか、すなわち、更新後に賃借人に生じた債務についても、当初の契約時の連帯保証人は責任を負うのかが問題となります。
この点について、最高裁平成9年11月13日判決は、「期間の定めのある建物の賃貸借において、賃借人のために保証人が賃貸人との間で保証契約を締結した場合には、反対の趣旨をうかがわせるような特段の事情のない限り、保証人が更新後の賃貸借から生ずる賃借人の債務についても保証の責めを負う趣旨で合意がされたものと解するのが相当であり、保証人は、賃貸人において保証債務の履行を請求することが信義則に反すると認められる場合を除き、更新後の賃貸借から生ずる賃借人の債務についても保証の責めを免れないというべきである。」旨を判旨しています。これは、建物の賃貸借においては、そもそも更新が予定されており、当然、そのことを連帯保証人も認識しているため、との理由によります。
そのため、賃貸借契約が何度か更新されており、その際、相談者様がこれを了解したり、連帯保証人を続ける意向を示したりはしていなかったとしても、更新後は責任を負わない旨の条項があるなど、特段の事情がなければ、連帯保証人である相談者様は、連帯保証人たる地位からは解放されず、更新後に賃借人に生じた債務についても、責任を負うことになります。
3 新民法465条の2第2項の適用の有無について
今般の民法改正により、「個人根保証契約は、前項に規定する極度額を定めなければ、その効力を生じない。」(新民法465条の2第2項)旨が規定されるに至りました。これは、賃借人が長期間にわたって賃料を滞納し、未履行の賃料支払債務が多額に上る場合等、(連帯)保証人が予想を遥かに上回る多額の(連帯)保証債務を負う、といった事態を回避するために、新設されたものです。賃貸借契約が新民法の施行時期である令和2年4月1日以降に締結された場合は、同項により、その賃借人のための(連帯)保証契約は、(連帯)保証人の負うべき極度額を定めなければ、無効ということになります。
もっとも、賃貸借契約が新民法の施行時期である令和2年4月1日よりも前に締結されている場合には、たとえ賃貸借契約の合意更新や自動更新、法定更新がされたとしても、その賃借人のための(連帯)保証契約は、今般の民法改正を受け、(連帯)保証人が改めて(連帯)保証契約を締結する、といった方式が採られていない限り、旧民法が適用され、(連帯)保証人の負うべき極度額が定められていないことをもって無効となることはありません。
本件でも、相談者様の兄がマンションの一室を借りたのが平成28年頃ということですと、改めて連帯保証契約を締結した、といったご事情がない限り、相談者様の連帯保証契約には、旧民法が適用され、新民法465条の2第2項は適用されませんので、連帯保証の責任の上限額(極度額)の定めがないことをもって、相談者様の連帯保証契約が無効となることはありません。
4 連帯保証人からの連帯保証契約の解除について
連帯保証人は、契約の拘束力から、原則として、賃貸人の同意がない限り、連帯保証契約を解除することができませんし、契約当事者ではない以上、賃貸借契約自体を解除することもできません。
もっとも、横浜地裁相模原支部平成31年1月31日判決は、「期間の定めのない継続的な建物賃貸借契約を締結する賃貸人、保証人は、保証契約を締結する時点で、上記のような債務の拡大の可能性・危険性・保証人側からの債務拡大の回避・防止が困難であるという事情について保証契約の前提ないし内容として、当然認識されているものと考えられ、また、継続的契約については、当事者間の信頼関係を基礎としていることをも考慮すると、賃貸人も保証契約上不当に保証人の債務が拡大しないようにする信義則上の義務を負担していると認めるべきである。」として、「期間の定めのない継続的な建物賃貸借契約の保証契約を締結した場合において、①上記保証契約締結後相当な期間が経過し、②賃借人が賃料の支払を怠り、将来においても賃借人が債務を履行する見込みがないか、③保証契約締結後に賃借人の資産状態が悪化し、これ以上保証契約を継続させると、保証人の賃借人に対する求償権の行使も見込めない状態になっているか、④賃貸人が上記事実を保証人に告知せず、保証人が上記事実を認識し、何らの対策も講じる機会も持てないまま、未払賃料等が累積していったり、⑤上記のような事情のため、保証人が保証債務の拡大を防止したい意向を有しているにもかかわらず、賃貸人が依然として賃借人に上記建物の使用収益をさせ、賃貸借契約の解除及び建物明渡しの措置を行わずに漫然と未払債務を累積させているような場合には、賃貸人の前記保証契約上の信義則違反により、賃貸人が保証契約の解除により信義則上看過できない損害を被るなどの特段の事情がない限り、保証人は、賃貸人に対する一方的意思表示により、上記保証契約を解除し、以後の保証債務の履行を免れることができると解すべきである」旨を判旨し、連帯保証人が信義則違反を理由に連帯保証契約を一方的に解除することができる場合が例外的に存在することを示しました。なお、同裁判例は、「前記のような事情がある場合、仮に保証人からの解除の意思表示がなかったとしても、賃貸人の保証人に対する保証債務の履行請求は、信義則に反し、権利の濫用として一定の合理的限度を超えては許されないと解すべきである」旨も判旨しています。
上記裁判例は、要するに、(連帯)保証人が(連帯)保証債務の拡大を防止したい意向を有しているにもかかわらず、賃貸人が依然として賃借人に賃貸建物の使用収益をさせ、賃貸借契約の解除及び建物明渡しの措置を行わずに漫然と未履行の賃料支払債務を累積させた、といった要件のもと、(連帯)保証人が信義則違反を理由に(連帯)保証契約を一方的に解除することを認めたものです。これを踏まえると、仮に現時点での連帯保証契約の解除が難しかったとしても、賃貸人の信義則違反を基礎付ける事情を作出するために、例えば、今のうちから、賃貸人に対し、連帯保証契約の合意解約の申し出や、次回の更新以降、賃借人の一切の債務を連帯保証する意向がないこと、賃借人の賃料未払いが3か月分に達した場合は、直ちに賃貸借契約の解除及び建物明渡し請求等、適宜の法的な措置を取っていただきたいことを内容とした通知書を内容証明郵便の方法で送付する、といった対策を取っておくことは有益といえるでしょう。
以上