新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.634、2007/6/4 13:11 https://www.shinginza.com/rikon/index.htm

[家事・親子 強制認知 扶養義務の範囲 生活保持義務 履行しない場合の方法]

質問:大学生の娘が交際していた男性の子を妊娠しました。相手は東京の有名国立大の大学生です。娘は出産し、できることなら将来卒業後でも結婚を希望していますが、相手の男性からは結婚する気はまったくないので中絶してほしいし産んでも責任はもてないという連絡がきています。家柄が合わないと相手の両親も反対している様です。私は娘の判断を尊重してあげたいのですが、出産費用や養育費の点で心配です。相手の男性は学生なので、支払能力がありません。このような場合は費用をだしてもらうことはできないのでしょうか?

【回答】:子供には、当然に、親から養育を受ける権利があります。父親に認知をしてもらい、養育費を請求することも可能です。父親に扶養能力がない場合は、祖父母に請求することもできます。以下、順番にご説明いたします。

【解説】
1、お嬢様と相手方の学生さんは結婚の約束はしていないようですが、仮に婚約していても、妊娠、出産しても、もちろん結婚するよう相手方に強制する事は出来ません。結婚は当事者の自由意思にのみ基づき成立するからです。しかし子供を出産するかどうかはお嬢様の自由です。そこで出産した場合の費用、子供の養育費がご心配でしょうが、この点について取引関係とは違い家庭内の問題ですので家庭、親族関係の平和的解決を目的としている民法親族法、家事審判法、人事訴訟法で規定する親子関係、扶養義務の内容を説明します。生まれた子供(未成年者)は、成人するまで親権者の管理のもとにおかれ、養育を受けるべき権利を有することが規定されています(民法820条、877条は義務を規定しますが解釈上子のほうからは権利と評価されます)。

母親と子供の関係は、分娩の事実により当然に法律上の親子関係が形成される(最高裁昭和37年4月27日判決参照)ことになりますが、父親との間の親子関係は、@嫡出子、A非嫡出子とで、扱いが異なります。@嫡出子の場合は民法772により、婚姻中に懐胎すれば当然に夫の子供と推定されることになります。A非嫡出子の場合は、民法779条により、認知手続きが必要です。たとえ女性が一方的にその出産を決めたとしても、認知を得ることができれば父親にも扶養義務生じます。
民法820条(監護教育の権利義務)親権を行う者は、子の監護及び教育をする権利を有し、義務を負う。
民法772条(嫡出性の推定)@妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する。
民法779条(認知)嫡出でない子は、その父又は母がこれを認知することができる。
民法780条(認知能力)認知をするには、父又は母が未成年者又は成年被後見人であるときでも、その法定代理人の同意を要しない。
民法781条(認知の方式)認知は、戸籍法の定めるところにより届け出ることによってこれをする。
戸籍法60条(認知届)認知しようとする者は、左の事項を届書に記載して、その旨を届けなければならない。
一 父が認知をする場合には、母の氏名及び本籍

父親が認知届の提出に協力しない場合は、強制認知の手続きを行います。
民法787条(認知の訴)子、その直系卑属又はこれらの者の法定代理人は、認知の訴を提起することができる。但し、父又は母の死亡の日から3年を経過したときは、この限りでない。

裁判は相手方の住所地を管轄する家庭裁判所で行われます。(人事訴訟法4条)。しかし、相手方の大学生、及びその両親の家柄、言動から、生まれた子は非嫡出子でも相続権があることから、将来の相続権、財産関係を心配し裁判で親子関係そのものを否定する場合が考えられます。
人事訴訟法4条(人事に関する訴えの管轄)人事に関する訴えは、当該訴えに係る身分関係の当事者が普通裁判籍を有する地又はその死亡の時にこれを有した地を管轄する家庭裁判所の管轄に専属する。

父親が親子関係を否定し認知を拒否する場合でも、裁判では「血液型」「血清型」「指紋の紋型」「顔貌」「DNAフィンガープリント法検査」などを総合的に判断して父子関係が認定される場合があります(広島高等裁判所、平成7年6月29日)ので、真実に親子関係があるのであれば、最終的には訴訟で認知が認められる可能性があると言えます。裁判が予測される場合、血液型等の鑑定も拒否することをも想定して今現在までの交際関係、親子関係を認めている相手方の言動を詳しく書面にしてまとめておいたほうがいいと思います。不安な時は、今から弁護士に依頼し内容証明で事実関係を明白にしておくことも可能です。訴訟になれば予期せぬ主張が相手方からなされる場合があります。貴女のお嬢様に限ってそのようなことはないと思いますが、他に付き合っている男性が一切ないということも説明できるようにしていたほうがいいと思います。尚、チャンスがあれば、相手方学生の物と解かる毛髪、血液を保存しておけば鑑定により証明がさらに容易になるでしょう。

2、次に、父親の認知が得られたら、家庭裁判所に「扶養請求調停申立」をします(調停前置主義、家事審判法17条、18条)。
申立人は大学生の娘さんが申立てることになります。娘さんが未成年の場合は、相談者である祖父母が法定代理人(民法833条)として申立を行います。申立の相手は父親ということになります。
家事審判法17条(調停事件の範囲)家庭裁判所は、人事に関する訴訟事件その他一般に関する事件について調停を行う。但し、第九条第一項甲類に規定する審判事件については、この限りではない。
家事審判法18条(調停前置主義)
@前条の規定により調停を行うことができる事件について訴を提起しようとする者は、まず家庭裁判所に調停の申立をしなければならない。
A前項の事件について調停の申立をすることなく訴を提起した場合には、裁判所は、その事件を家庭裁判所の調停に付しなければならない。但し、裁判所が事件を調停に付することを適当でないと認めるときは、この限りではない。
民法833条(子の親権の代行)親権を行う者は、その親権に服する子に代わつて親権を行う。

3、今回のケースのように、父親も大学生で扶養能力がない場合は、産まれてくる子の養育費を誰に対して請求すればよいのでしょうか。民法では、直系血族および兄弟姉妹は相互に扶養義務があるものとしています(877条)から、父親となる者の両親、つまり産まれてくる子の父方の祖父母にも生活扶助義務があるといえます。
生活扶助義務は、扶養義務者が自己および生活扶助義務を負う同居の親族の最低生活費を賄ってもなお経済的余力がある場合に、具体的扶養義務を生じるとされています。

産まれてくる子は当然、要扶養となりますので、祖父母を扶養義務者として申立てができるというわけです。紛らわしいですがこの「生活扶助義務」に対する概念として、「生活保持義務」があります。夫婦間、及び未成年の子に対する親の扶養義務でその違いは扶養義務者に自ら生活してその他に扶養する経済的余裕があるかないかが基準となります。夫婦間、未成年者の子に対する義務は自分に経済的余裕がなくても発生する義務という事になるわけです。言われてみれば当然の事ですが一心同体と評価される夫婦関係、未成年者の養育監護関係から解釈上経済的に余裕があってもなくても今ある経済状態で養育しなければならないと考えられているのです(広島家庭裁判所、呉支部審判昭和34年7月28日)。
民法877条(扶養義務者)
@直系血族及び兄弟姉妹は、互に扶養をする義務がある。
A家庭裁判所は、特別の事情があるときは、前項に規定する場合の外、三親等内の親族間においても扶養の義務を負わせることができる。
B前項の規定による審判があった後事情に変更を生じたときは、家庭裁判所は、その審判を取り消すことができる。

4、しかし、父親となる者の両親との間で、扶養義務に関する協議が整わないときは、扶養すべき順序を指定する申立をすることもできます(民法878条)。
民法878条(扶養の順位)扶養をする義務のある者が数人ある場合において、扶養をすべき者の順序について、当事者間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、家庭裁判所が、これを定める。扶養を受ける権利のある者が数人ある場合において、扶養義務者の資力がその全員を扶養するに足りないとき、扶養を受けるべき者の順序についても、同様である。

生まれた子供の両親が共に学生であるということであれば、両親が就職し収入があるまでの間は、双方の祖父母が負担すべきであるという審判がなされる可能性が高いと考えられます。調停又は、審判が確定しても、実際上養育費の支払いに応じない場合は調停調書、審判決定書は債務名義がありますからこれを基に相手方の財産を差し押さえる事が出来ます(家事審判法15条)。又、事件の性質上差し押さえ等の強制執行を望まないような場合は、家庭裁判所に頼んで扶養義務の履行のための調査、勧告、命令をすることが出来るのです(家事審判法15条の5、6)。調停、審判が長引くようであれば、お嬢様も生活費が必要でしょうから弁護士に依頼して審判申し出と同時に、家柄を理由に結婚に反対している相手方両親の財産仮差押等(保全処分といいます。)も可能です(家事審判法15条の3)。
家事審判法15条(審判の執行力)金銭の支払、物の引渡、登記義務の履行その他の給付を命ずる審判は、執行力ある債務名義と同一の効力を有する。)
家事審判法15条の5(義務履行の勧告)家庭裁判所は、権利者の申出があるときは、審判で定められた義務の履行状況を調査し、義務者に対して、その履行を勧告することができる。
家事審判法15条の6(義務履行の命令)家庭裁判所は、市審判で定められた金銭の支払その他の財産上の給付を目的とする義務の履行を怠つた者がある場合において、相当と認めるときは、権利者の申立により、義務者に対し、相当の期限を定めてその義務の履行をなすべきことを命ずることができる。
家事審判法15条の3(審判前の保全処分)
@第九条の審判の申立てがあつた場合においては、家庭裁判所は、最高裁判所の定めるところにより、仮差押え、仮処分、財産の管理者の選任その他の必要な保全処分を命ずることができる。

5、具体的な扶養料は、調停の中で扶養権利者・扶養義務者の諸事情を考慮して算定されます(民法879条、家事審判法9条1項乙類8号、同17条、同18条)。調停で話し合いがまとまらないときは、裁判所が審判を下します。相手方が審判に従わないときは、給与など財産を差し押さえて、扶養料を受け取ることができます。ご不明な点はお近くの法律事務所にご相談下さい。
民法879条(扶養の程度又は方法)扶養の程度又は方法について、当事者間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、扶養権利者の需要、扶養義務者の資力その他一切の事情を考慮して、家庭裁判所が、これを定める。
家事審判法9条(審判事項の分類)@家庭裁判所は、次に掲げる事項について審判を行う。
乙類8号 民法第877条 から第880条 までの規定による扶養に関する処分

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