新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース 質問:先物取引をしましたが,先物取引業者が十分な説明をしてくれなかったため,損失を被ってしまいました。そこで,先物取引業者に損害賠償請求をするため訴えたいのですが,その先物取引業者は業績が悪く倒産寸前だと聞きました。訴えるのは諦めた方がよいのでしょうか。 まず,基本的法的構成について一般的なお話から致します。先物取引業者を訴える際の法律構成としては,不法行為構成又は務不履行構成が考えられます。債務不履行構成についてご説明申し上げますと,先物取引業者と相談者の間に結ばれた委任契約についての善管注意義務違反,付随義務違反(商法552条2項,民法644条以下)を理由に債務不履行を主張し,損害賠償請求をするというものです。次に,不法行為構成についてご説明申し上げますと,従業員が行った先物取引業者の先物取引に関する法令諸規定違反等を主張して,従業員を民法709条の不法行為者として,先物取引業者については使用者責任(民法715条)を理由に損害賠償請求をするというものが一般的です(民法715条)。さらに,上記以外にも,先物取引業者の会社の代表者の職務上の行為を理由として先物取引業者に賠償請求する方法(会社法350条)や先物取引業者の取締役,会計参与,監査役,執行役又は会計監査人(役員等)がその職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときは,役員等に対して損害賠償を求めることができます(会社法429条1項)。 これらの会社法の規定は,民法の不法行為,使用者責任の特則(会社役員は本来会社から委任を受け業務執行をするので代理人的立場であり,責任の所在は本来会社にあるのですがこの規定で業務執行者の責任も認めているわけです。)とされていますから法的性質は民法不法行為と同一になるわけです。最高裁は平成7年7月4日判決(平成3年(オ)第230号先物取引裁判例19号1頁)で,初めて仙台高裁秋田支部平成2年11月26日の判決を支持し理論構成として取引行為を全体的に把握し不法行為を判断して損害賠償請求を認め当時37歳月給14万円の高校教師が被った損害額840万の内過失相殺をして6割504万円の損害を認める判断を是認しています。第一審秋田地裁平成3年判決では不法行為構成はとられておらず原告(教師)は敗訴しています。債務不履行の理論をとったとしても請求額等不法行為理論とほぼ同じになると思いますが,以下のことが考えられます。 @契約条項違反を根拠にしませんので消費者保護の観点から法の秩序,理想から全体的に考察して業者の違法性を根拠づけていくことが容易であること。第一審の秋田地裁の判決は,取引行為を全体的に一連の行為と把握して違法性があるかどうかの判断をしていませんので違法とされる点(例えば断定的判断,新規委託者保護,両建て,不適格者勧誘,一任無断売買,担当者交代,無差別電話勧誘等)を個別的に判断した結果いずれも違法性があるとまではいえないとして被告日興商品鰍フ責任を認めませんでした。消費者保護の観点から取引行為を全体的に評価し,過失相殺を利用して結果の妥当性を図ったのが最高裁判決です。 A不法行為は交通事故で見られるように因果関係理論が被害者保護の観点から発達しており対等の立場に立つ契約関係,債務不履行理論よりもその範囲を広げやすいし被害者に有利である。例えば先物取引は被害額が高額になる危険を含んでおり一般の市民が損害発生で家庭の経済的基礎を失い家庭不和,家族離散,離婚,失業などの副次的被害を被った場合には具体的損害認定,過失相殺の判断のとき被害者側に有利に斟酌しやすいと考えられる。 B不法行為であるから,債務不履行より違法性が強く交通事故と同様に弁護士費用の請求,慰謝料請求も場合によっては可能になる事。先ほどの最高裁の判決でも仙台高裁が認めた認容額504万円の10%にあたる50万円の弁護士費用を是認しています。なお,損害賠償請求をする際の根拠とする具体的事実については,前述のように当事務所のHP事例集も参考にして下さい。 2,倒産寸前の先物取引業者に対して 第1に,当該先物取引業者の状況についてできるだけ正確な情報を収集することです。裁判所から破産手続開始決定や民事再生手続開始決定が出されている場合や,業者の本社やHP上に倒産のお知らせが出されている場合は別ですが,従業員の給料について支払い遅延が出ている程度の状況であれば,任意交渉に加えて仮差押などの保全手続きを併用するなどして回収を図ることができる場合もあるでしょう。 第2に,どうやっても,先物取引業者からの回収が見込めない場合の対応方法を検討しましょう。前述した法律構成によって損害賠償請求をすると同時に,相談者の先物取引に関し先物取引に関する法令諸規定違反等不法行為を行った当の従業員らも被告として訴えるという方法が有効です(民法709条,719条)。つまり,先物取引業者のみならず従業員らも被告とすることで,そのうちの誰かが破産等により回収不能となったとしても,他の被告から回収することができるようにするのが有効な対応方法です。 3,ご質問について 上記のとおり,訴えは法的知識を駆使して行う必要がありますので,ご自身で提起されるよりも,先物取引及び会社関係訴訟に精通した弁護士に相談されることが賢明です。その際には,ご自身の先物取引に関し,前述した損害賠償請求の具体的根拠に係る話(どのような勧誘がなされたか,どのような取引をしたか等),業者の業績不振について不安を感じていること,ご自身の先物取引に関与した従業員等について弁護士にご説明すれば,相談を受けた弁護士も適切な対応ができることと思います。 <参考条文> ●商法
No.638、2007/6/4 14:11 https://www.shinginza.com/sakimono.htm
[民事・消費者・商品先物取引・損害賠償請求の法的性質・対象]
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回答:
1,先物取引業者に対して損害賠償を請求するためには法的な理由が必要ですが,貴方のご質問では,「十分な説明をしてくれなかったため損失を被った」とありますから業者の顧客に対する説明義務違反(商品取引所法218条。日本商品先物取引協会が定める受託業務に関する規則すなわち受託等業務規則4条。「損をしませんから大丈夫です」,「必ず値上りして儲かりますよ」,「まず今の状況では損は生じないでしょう」などの断定的判断行為があれば商品取引所法214条1号違反。)を理由に請求する事になります。説明義務違反があったから全て業者の責任であると即断する事は出来ませんが(あなたにも取引について責任があれば「過失相殺」といって業者の責任が減少することになります。),質問からその他の法的理由がわかりませんのでとりあえず業者の責任があることを前提にお話致します。尚,業者の責任を問うことができる理由,根拠については詳しく当ホームページ事例集(NO609 615等参照)に記載されていますので参考にしてください。
訴えを提起したものの,被告である先物取引業者の業績が悪く,そのため損害賠償請求訴訟の係属中に当該先物取引業者が倒産してしまい,結局,金員を満足に回収できないという事態も確かに生じます。このような場合の対処方法は次にようになります。
2で述べましたとおり,先物取引業者が倒産寸前であっても,当該業者に加えて従業員らや役員をも被告にするという方法もありますので,訴えるのを簡単に諦める必要はないと思われます。ただ担当者になって勧誘,取次ぎをしていた従業員,直接の上司については直接取引行為に関与していますから共同不法行為として責任を認めやすいと思うのですが,役員は取引行為に直接関与していませんので注意が必要です。責任拡大をいたづらに認めないという信義則上からも役員等の責任追求を認める要件の類型化が必要でしょう。この点当ホームページ事例集NO619 を参考にしてください。取締役,監査役の責任を認めた外国為替証拠金取引ですが投機性の高い取引では先物取引と同様ですので判例の趣旨の類推が可能と思われます。
第五百五十一条
問屋トハ自己ノ名ヲ以テ他人ノ為メニ物品ノ販売又ハ買入ヲ為スヲ業トスル者ヲ謂フ
第五百五十二条
問屋ハ他人ノ為メニ為シタル販売又ハ買入ニ因リ相手方ニ対シテ自ラ権利ヲ得義務ヲ負フ
問屋ト委託者トノ間ニ於テハ本章ノ規定ノ外委任及ヒ代理ニ関スル規定ヲ準用ス
●会社法
(代表者の行為についての損害賠償責任)
第三百五十条 株式会社は,代表取締役その他の代表者がその職務を行うについて第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。
(役員等の第三者に対する損害賠償責任)
第四百二十九条 役員等がその職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときは,当該役員等は,これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負う。
2 次の各号に掲げる者が,当該各号に定める行為をしたときも,前項と同様とする。ただし,その者が当該行為をすることについて注意を怠らなかったことを証明したときは,この限りでない。
一 取締役及び執行役 次に掲げる行為
イ 株式,新株予約権,社債若しくは新株予約権付社債を引き受ける者の募集をする際に通知しなければならない重要な事項についての虚偽の通知又は当該募集のための当該株式会社の事業その他の事項に関する説明に用いた資料についての虚偽の記載若しくは記録
ロ 計算書類及び事業報告並びにこれらの附属明細書並びに臨時計算書類に記載し,又は記録すべき重要な事項についての虚偽の記載又は記録
ハ 虚偽の登記
ニ 虚偽の公告(第四百四十条第三項に規定する措置を含む。)
二 会計参与 計算書類及びその附属明細書,臨時計算書類並びに会計参与報告に記載し,又は記録すべき重要な事項についての虚偽の記載又は記録
三 監査役及び監査委員 監査報告に記載し,又は記録すべき重要な事項についての虚偽の記載又は記録
四 会計監査人 会計監査報告に記載し,又は記録すべき重要な事項についての虚偽の記載又は記録
●民法
(委任)
第六百四十三条 委任は,当事者の一方が法律行為をすることを相手方に委託し,相手方がこれを承諾することによって,その効力を生ずる。
(受任者の注意義務)
第六百四十四条 受任者は,委任の本旨に従い,善良な管理者の注意をもって,委任事務を処理する義務を負う。
(受任者による報告)
第六百四十五条 受任者は,委任者の請求があるときは,いつでも委任事務の処理の状況を報告し,委任が終了した後は,遅滞なくその経過及び結果を報告しなければならない。
(不法行為による損害賠償)
第七百九条 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は,これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
(財産以外の損害の賠償)
第七百十条 他人の身体,自由若しくは名誉を侵害した場合又は他人の財産権を侵害した場合のいずれであるかを問わず,前条の規定により損害賠償の責任を負う者は,財産以外の損害に対しても,その賠償をしなければならない。
(使用者等の責任)
第七百十五条 ある事業のために他人を使用する者は,被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし,使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき,又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは,この限りでない。
2 使用者に代わって事業を監督する者も,前項の責任を負う。
3 前二項の規定は,使用者又は監督者から被用者に対する求償権の行使を妨げない。
(共同不法行為者の責任)
第七百十九条 数人が共同の不法行為によって他人に損害を加えたときは,各自が連帯してその損害を賠償する責任を負う。共同行為者のうちいずれの者がその損害を加えたかを知ることができないときも,同様とする。
2 行為者を教唆した者及び幇助した者は,共同行為者とみなして,前項の規定を適用する。
(商品先物取引法)
第二百十四条 商品取引員は,次に掲げる行為をしてはならない。
一 商品市場における取引等につき,顧客に対し,利益を生ずることが確実であると誤解させるべき断定的判断を提供してその委託を勧誘すること。
(商品取引員の説明義務及び損害賠償責任)
第二百十八条 商品取引員は,受託契約を締結しようとする場合において,顧客が商品市場における取引に関する専門的知識及び経験を有する者として主務省令で定める者以外の者であるときは,主務省令で定めるところにより,あらかじめ,当該顧客に対し,前条第一項各号に掲げる事項について説明をしなければならない。
2 商品取引員は,顧客に対し前項の規定により説明をしなければならない場合において,前条第一項第一号から第三号までに掲げる事項について説明をしなかつたときは,これによつて当該顧客の当該受託契約につき生じた損害を賠償する責めに任ずる。
商品取引所法施行規則
(禁止行為)
第百三条
法第二百十四条第九号の主務省令で定める行為は,次の各号に掲げるものとする。
一 委託者資産の返還,委託者の指示の遵守その他の委託者に対する債務の全部又は一部の履行を拒否し,又は不当に遅延させること。
二 故意に,商品取引受託業務に係る取引と自己の取引を対当させて,委託者の利益を害することとなる取引をすること。
三 顧客の指示を受けないで,顧客の計算によるべきものとして取引をすること(受託契約準則に定める場合を除く。)。
四 商品市場における取引につき,新たな売付け若しくは買付け又は転売若しくは買戻しの別その他これに準ずる事項を偽って,商品取引所に報告すること。
五 商品市場における取引等の委託につき,顧客に対し,特別の利益を提供することを約して勧誘すること。
六 商品市場における取引等の委託につき,顧客に対し,取引単位を告げないで勧誘すること。
七 商品市場における取引等の委託につき,転売又は買戻しにより決済を結了する旨の意思を表示した顧客に対し,引き続き当該取引を行うことを勧めること。
八 商品市場における取引等の委託につき,虚偽の表示をし又は重要な事項について誤解を生ぜしめるべき表示をすること。
九 商品市場における取引等につき,特定の上場商品構成物品等の売付け又は買付けその他これに準ずる取引等と対当する取引等(これらの取引等から生じ得る損失を減少させる取引をいう。)であってこれらの取引と数量又は期限を同一にしないものの委託を,その取引等を理解していない顧客から受けること。