新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.645、2007/7/25 14:00 https://www.shinginza.com/qa-jiko.htm

【民事・交通事故】

<質問>65歳になる妻が,横断歩道を横断中,横断歩道上の左右を確認しないまま右折してきた車に轢かれ,亡くなりました。妻は65歳と高齢であったものの,家事をこなしてくれ,さらには孫の世話にも積極的でした。家事に従事している者も,所得者と同じように所得を観念し,将来得られたであろう経済的利益を損害賠償請求できると聞いたことがありますが,私の妻のように,世間では定年退職をしている年齢である65歳の者でも請求できますか。また,加害者は任意保険に入っていると聞きましたが,任意保険に入っている場合と入っていない場合は何が異なるのですか。

<回答>
1.交通事故保険について
自動車を所有する者は,通常,交通事故を起こした場合に備えて保険に入っています。そして,交通事故保険は,自賠責保険(自動車損害賠償責任保険)と任意保険に分けることができます。両者をご説明いたしますと,自賠責保険とは,自動車損害賠償保障法によって,自動車を所有する者が加入することが義務付けられている保険であり(強制保険とも言います。),対人事故のみ補填するものです。もっとも,自賠責保険は一定額の損害までしか填補せず,現在のところ,死亡事故については3000万円が上限であり,被害者の損害がこれを超える場合には,加害者が自己負担をしなければならないものです。これに対し,任意保険とは,自動車の所有者が任意に加入する保険であり,対人事故の場合,自賠責保険で補填されない範囲(死亡事故の場合,損害額は3000万円を超えることが多いです。)を補填する,自賠責保険の上積み保険です。したがいまして,本件の加害者は,任意保険に加入しているということですから,自賠責保険のみにしか加入していない加害者と異なり,加害者の資力にかかわらず,実質的に損害賠償を受けることができます。

2.家事従事者の逸失利益
交通事故による損害賠償請求においては,損害として,慰謝料(被害者及び遺族の精神的苦痛)等のほか,逸失利益が挙げられます。逸失利益とは,被害者が死亡したことにより被った,仮に被害者が生きていれば,将来得られたであろう所得などの経済的損害のことをいいます。そして,逸失利益は,給与所得者等の場合だけでなく,主婦のように収入のない家事に従事していた者の場合でも認められます。すなわち,一般には,主婦の家事労働に対し金銭的対価が支払われていないのが通例でありますが,それは,主婦の家事労働が,家族共同体の一員としての労働である限り,これに対し一々金銭的対価を支払うことは,その身分関係ないし家族共同体の本質に親しみにくいというにすぎず,主婦の家事労働が,その本質上,財産的に無価値なことを意味するものではありません。例えば,家事労働に従事する者がいないときに,家政婦を雇えばこれに対し相当額の対価を支払うべきところ,主婦が家事労働に従事することによってこれを免れていることを考えてみれば,よくご理解できることと思います。そして,主婦ないし家族の一員として家事労働に従事していた者については,女子労働者の平均賃金額を「基礎収入」と考えることが一般的です。

3.65歳家事従事者の逸失利益
亡くなられた奥様は,当時,年齢が65歳だったことから,逸失利益を賠償請求できないのではないかというご質問についてですが,結論から申し上げますと,家事従事者とは,性別・年齢を問わず,現に主婦的労働に従事する者をいいますので,事故当時65歳であったとしても請求できます。そして,現代の高齢化社会にあっては,65歳という年齢は,取り立てて高齢者というには値しないことから,奥様が炊事・洗濯を始めとした家事労働や孫の世話を精力的に行っていたとか,旅行に出かけるなど健康であったことなどという事情があれば,相談者に不利である「年齢別」の平均賃金ではなく,相談者に有利である「全年齢」の平均賃金が採用されることがありますが(平成13年12月21日に横浜地方裁判所で判決を下された事件においても,事故当時67歳の家事従事者の逸失利益について,女子労働者全年齢平均賃金を基礎に、就労可能年数10年として算定されました。),原則としては,年齢別の平均賃金が採用されることになると思われます。

全年齢平均賃金が採用された場合と年齢別平均賃金が採用された場合に,どのような差が生じるか,「損害賠償額算定基準(通称:赤本)」に基づき,以下,具体的にご説明申し上げますと,まず,逸失利益(家事労働分)は,一般的に,「基礎収入額×(1−生活費控除率)×労働可能年数に対応する中間利息控除係数」で計算されます。中間利息控除係数とは,通常一時払いされます将来に及んで発生する損害額について,その間の利息相当額を控除するべきとの考えに基づく係数です。そこで,女性であり家事従事者であることに鑑み生活費控除率を30パーセントとし,平均余命の約半分である12年間(ライプニッツ係数8.8633)について稼働可能であったとし,これを前提に上記計算式で逸失利益を計算しますと,
@ 全年齢平均賃金(343万4400円)が採用された場合は,
343万4400円×(1−0.3)×8.8633=2130万8082円
A 年齢別平均賃金(284万3300円)が採用された場合は,
284万3300円×(1−0.3)×8.8633=1764万714円
となり,全年齢平均を基礎とした方が,366万7368円高くなります。

なお,ご質問にはございませんが,奥様が,国民年金保険料の納付を継続しており,本件事故当時,既にその受給資格を有していたのであれば,奥様が国民年金を受給することができたであろう平均余命までの間の国民年金についても逸失利益が生じ,賠償請求できるでしょう。このように,家事労働分や年金分等の逸失利益を計算し,これと死亡慰謝料(上記赤本によれば,一家の支柱であれば2800万円,母親,配偶者であれば2400万円,その他であれば2000万〜2200万円が目安とされています)等を合計しますと,自賠責保険で填補される損害額3000万円(死亡事故についての上限額)を超えることになりますので,任意保険の支払対象となります。

4.最後に
本件のように,死亡や重度の後遺症を伴う傷害の被害者やその遺族は,弁護士に依頼して,民事裁判をする方が,圧倒的に有利であるのが通常です。確かに,民事裁判をすると,手間や費用がかかりますが,民事裁判で認められる金額は,加害者側の任意保険会社の示談提示額よりも,高額であるのが通常です。また,民事裁判をした場合,損害額の1割程度が,弁護士費用として,これも被害者の損害と認められ,加害者側(結果的に保険会社)の負担になります。したがいまして,本件のように,死亡や重度の後遺症を伴う傷害の被害者・そのご家族は,任意保険会社と示談する前に,交通事故に詳しい弁護士に,ご相談することをお勧めいたします。

≪参考条文≫

●自動車損害賠償保障法
(責任保険又は責任共済の契約の締結強制)
第五条  自動車は、これについてこの法律で定める自動車損害賠償責任保険(以下「責任保険」という。)又は自動車損害賠償責任共済(以下「責任共済」という。)の契約が締結されているものでなければ、運行の用に供してはならない。
(保険金額)
第十三条  責任保険の保険金額は、政令で定める。
2  前項の規定に基づき政令を制定し、又は改正する場合においては、政令で、当該政令の施行の際現に責任保険の契約が締結されている自動車についての責任保険の保険金額を当該制定又は改正による変更後の保険金額とするために必要な措置その他当該制定又は改正に伴う所要の経過措置を定めることができる。

●自動車損害賠償保障法施行令
(保険金額)
第二条  法第十三条第一項 の保険金額は、死亡した者又は傷害を受けた者一人につき、次のとおりとする。
一  死亡した者
イ 死亡による損害(ロに掲げる損害を除く。)につき
                   三千万円
ロ 死亡に至るまでの傷害による損害につき
                   百二十万円
二  介護を要する後遺障害(傷害が治つたとき身体に存する障害をいう。以下同じ。)をもたらす傷害を受けた者
イ 別表第一に定める等級に該当する介護を要する後遺障害が存する場合(同一の等級に該当する介護を要する後遺障害が二存する場合を含む。)における当該介護を要する後遺障害による損害(ロに掲げる損害を除く。)につき
                   当該介護を要する後遺障害の該当する等級に応ずる同表に定める金額
ロ 介護を要する後遺障害に至るまでの傷害による損害につき
                   百二十万円
三  傷害を受けた者(前号に掲げる者を除く。)
イ 傷害による損害(ロからヘまでに掲げる損害を除く。)につき
                   百二十万円
ロ 別表第二に定める第五級以上の等級に該当する後遺障害が二以上存する場合における当該後遺障害による損害につき
                   重い後遺障害の該当する等級の三級上位の等級に応ずる同表に定める金額
ハ 別表第二に定める第八級以上の等級に該当する後遺障害が二以上存する場合(ロに掲げる場合を除く。)における当該後遺障害による損害につき
                   重い後遺障害の該当する等級の二級上位の等級に応ずる同表に定める金額
ニ 別表第二に定める第十三級以上の等級に該当する後遺障害が二以上存する場合(ロ及びハに掲げる場合を除く。)における当該後遺障害による損害につき
重い後遺障害の該当する等級の一級上位の等級に応ずる同表に定める金額(その金額がそれぞれの後遺障害の該当する等級に応ずる同表に定める金額を合算した金額を超えるときは、その合算した金額)
ホ 別表第二に定める等級に該当する後遺障害が二以上存する場合(ロからニまでに掲げる場合を除く。)における当該後遺障害による損害につき
                   重い後遺障害の該当する等級に応ずる同表に定める金額
ヘ 別表第二に定める等級に該当する後遺障害が存する場合(ロからホまでに掲げる場合を除く。)における当該後遺障害による損害につき
                   当該後遺障害の該当する等級に応ずる同表に定める金額
2  法第十三条第一項 の保険金額は、既に後遺障害のある者が傷害を受けたことによつて同一部位について後遺障害の程度を加重した場合における当該後遺障害による損害については、当該後遺障害の該当する別表第一又は別表第二に定める等級に応ずるこれらの表に定める金額から、既にあつた後遺障害の該当するこれらの表に定める等級に応ずるこれらの表に定める金額を控除した金額とする。

法律相談事例集データベースのページに戻る

法律相談ページに戻る(電話03−3248−5791で簡単な無料法律相談を受付しております)

トップページに戻る