新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.652、2007/7/31 16:22 https://www.shinginza.com/qa-hanzai.htm

【密入国・退去強制・在留特別許可】

質問:私は3カ月前にフィリッピン国籍の女性と結婚し、結婚届出もして夫婦として生活していました。しかし、結婚届け出をする際明らかになったのですが、妻はパスポートを持っていないことがわかりました。妻の話では、知り合いのフィリッピン人から知らない人のパスポートを借りて日本に入国したということです。結婚届け出後、妻は、一度フィリッピンに帰りたいということでフィリッピン大使館に出向きましたが、パスポートを発行してくれることにはなりませんでした。現在困っていることはありませんが、他人のパスポートで入国したことが発覚した場合問題になるのでしょうか。また、妻はフィリッピンに一時帰国することはできないのでしょうか。

回答:
あなたの、奥様は他人のパスポートで日本に入国したということですから、不法に入国したことになり入国管理局の行う日本国外への強制退去の対象となります(行政処分)。さらに刑事犯罪にもあたることから、警察に逮捕勾留され裁判の上、刑事処罰を受けることもあります(刑事処分)。現状で困ることがなくても将来的にこのような不都合が予測されますから速やかな対応が必要です。まずは、日本政府から特別在留を許可してもらい、その後で、フィリッピンのパスポートを取得することになるでしょう。このことは、仮に密入国当為ことで警察官に逮捕されたり、入国警備官に収容されたりした場合も必要になります。手続きとしては複雑になりますから次に解説として詳しく説明します。

解説:
1、まず、パスポートを所持していないで入国したことによりどのような処分を受けるかという点から説明します。

2、パスポート(旅券)を所持していない外国人は、日本に入国できないとされています(出入国管理及び難民認定法第3条)。仮に有効なパスポートを持たずに入国した場合は入国審査官の調査を経て退去強制(同法24条1号)となります。また、その違反については3年以下の懲役、禁錮、もしくは30万円以下の罰金という刑事罰が定められています(同法第70条1号)。退去強制は行政処分で、懲役等は刑事処分です。行政処分と刑事処分についてはわかりにくいかもしれませんが、自動車を運転中に速度違反があった場合、免許停止や免許取り消しという行政処分を受けるのとは別に、罰金を科せられるという刑事処分を受けるのと同じと考えてよいでしょう。

3、この行政処分と刑事処分は、まったく別の手続きですから別個に処分の手続きが進むことになります。行政処分(退去強制)は入国警備官、入国審査官が担当し、刑事処分(懲役等)は、警察官、検察官、裁判官が担当することになります。実際には警察官の職務質問を受けてパスポートがないことから密入国が発覚して逮捕勾留され留置場に拘束されたり、入国警備官の調査(臨検など)から収容場等に収容されることになります。

4、警察官により逮捕された場合は原則として検察官のもとに送検され勾留(10日間が原則で、検察官の請求により1回だけ最長10日間の延長が認められます)されます。ただし、ほかに犯罪を行っていないことが明らかな場合は警察官から入国警備官に被疑者を引き渡すことも法律上は認められていますが(同法65条)、現実にはあまり行われることはないようですし、密入国の場合は必ず検察官により勾留請求されると考えられます。

なお、入国警備官の調査の結果、違法行為が発覚した場合は入国審査官が検察官に告発することになっています。この場合、検察官はその告発に基づき刑事手続きを開始することになります。すなわち、告発を受けたけ検察官は、警察官に逮捕するよう指示し、逮捕後検察官に送致されることになります。送致後は、勾留となり、取り調べを受けることになります。検察官は警察の捜査を前提に、裁判所に対して被疑者を起訴する仕事を担当します。検察官が罰金が妥当と考えた場合は、裁判所に罰金を科すように求めるのですが、これを略式裁判の請求といいます。罰金では不十分で懲役が妥当と判断した場合は正式な裁判を裁判所に求めることになります。

正式な裁判となった場合は、裁判所により裁判が終了するまで勾留されることになります。裁判所による勾留については保釈という制度が認められていますが、出入国管理法違反の場合は実務上保釈は認められないと考えてよいでしょう。裁判が終了するまでは起訴されてから通常で2カ月くらいかかりますから、その間留置されていることになります。さらに裁判で起訴事実に争いがある場合はさらに裁判の期間が長くなります。裁判は裁判所の判決の言い渡しによって終了しますが、これはあくまで刑事処分のための手続きが終了したにすぎませんから、次に行政処分のための手続きが始まります。具体的には入国警備官により収容場に収容されることになります。

また、検察官は犯罪が成立していても刑事罰が必要でないと判断して起訴しない場合もあります。このような処分を起訴猶予処分といいます。起訴猶予処分になると刑事手続きは裁判をすることなくその時点で終了しますから、勾留されていた被疑者は釈放されることになります。しかし、やはり、裁判が終了した時と同様に他方で行政手続きは終了していません。そこで、検察官は釈放した後、入国警備官に身柄を引き渡さなければないことになっています(同法64条1項)。入国警備官に引き渡されると収容場に収容され退去強制の処分をすべきか否か入国審査官の審査を受けることになります。

5、あなたの奥様は、パスポートがなく入国したということですから、単に在留期間を過ぎて帰国しない場合より悪質です。そこで、場合によっては正式な裁判を受ける可能性があります。しかし、パスポートなくして入国したといってもいろいろな場合が考えられます。偽造のパスポート持っていたなどいう場合は悪質ですので正式な起訴もやむを得ないでしょう。しかし、有効なパスポートを借りて入国し、すぐに返したなどという場合は起訴猶予になることも十分考えられます。もちろん日本にいる間の生活態度等も検察官は参考にして処分を決めることになります。ですから、あなたの奥様が日本語に堪能であれば心配ありませんが、日本語が不十分な場合などは弁護士に依頼し、検察官に対し事実関係(日本に入国した事情、入国後の生活状況、現在の生活状況、結婚生活)を間違いのないよう十分に説明する必要があります。

検察官は、具体的な事実関係を確認した上で、処分を決定するのですが、仮に不起訴処分となると、刑事手続きは終了しその後身柄を拘束することはできませんから釈放されることになりますが先ほど説明したとおり退去強制するための行政処分の手続きが始まります。

5、そこで、次に退去強制について説明します。退去強制に関しては当事務所のホームページ事例集、NO、628に詳しい説明がありますからそれも参考にしてください。奥様の場合、不正に入国したということで(同法24条1号)退去強制事由にあたりますから、このままでは入国審査官は退去強制の手続きを取ることになるでしょう。退去強制になると10年間は再入国が認められないことになっていますから、あなたや奥様が日本で結婚生活を送りたいということであれば、何としても退去強制となることは防がなくてはなりません。そのための手続きとして在留特別許可という制度があります。

6、在留特別許可とは、退去強制事由がある場合でもなお、法務大臣が特別に在留を許可することができるとする手続です。この制度については法律上(同法50条1項3号)、法務大臣が特別に在留を許可すべき事情があると判断した場合に在留を許可することができる、と規定されているだけでどのような場合に許可されるのかは、法務大臣の裁量に任せられています。つまり、法律でどのような場合に許可するかは決まりがないということで法務大臣の判断次第ということになっているのです。このような行政の判断を行政裁量行為といいます。ただ、勝手な行為はできませんから、どのような場合に許可されるのかはこれまでに許可された事例をもとに予測することができます。そしてこれまでの例をみると、結婚して実際に夫婦として生活していることが証明できる場合は、在留が許可される場合が多くみられます。あなたの場合も、結婚生活の実態があり、偽装結婚などではないことを説明すれば許可になる可能性が高いといえます。なお、この許可については、入国審査官の調査の過程において、退去強制に当たると判断されても出国を希望しない、日本に滞在することを希望する旨入国審査官に申し出ることによって審査されることになっています。

7、あなたの奥様は、現在逮捕されているということですから、刑事処分のための捜査の段階の手続きを受けていることになります。今後は、最長で勾留期間が満了するまでに起訴するか否かが決まります。不起訴処分や罰金となれば釈放になりますが、起訴されると裁判が終わるまで通常2カ月程度は、勾留されたままになります。このようにして刑事処分のための手続きが終了すると、退去強制のための手続きとなり、この場合も収容場に収容されることになります。ただし、この場合は仮放免という手続きがあり保証金を積むことによって収容されることを免れることができます。保証金の金額は法律上は300万円以下の金額で決めることになっていますが、多くの場合は30万円以下で認められているようです。

8、仮放免となればあとは自宅に戻ることができますので、その後は自宅から入国管理局に出向いて在留特別許可について手続きを取ることができます。

9、在留特別許可が認められれば日本に適法に滞在することができますが、パスポートの問題は残ります。パスポートを発行するか否かは、奥様の国籍のあるフィリッピン政府の判断ということになります。ですから大使館に出向いてパスポートの発行を申し出ることになります。

10、以上が手続きの概略です。これらの手続きはすべてご自分でできるものですが、逮捕勾留等の刑事事件になった場合はもちろんそれ以前でも、行政書士や弁護士に相談して適切に処理するのがよいでしょう。偽のパスポートなどの偽造の書類を使用することは犯罪となることはもちろんですが、その後の手続きにも影響がありますので絶対に行わないでください。

≪参考条文≫

出入国管理及び難民認定法
(仮放免)
第五十四条  2  入国者収容所長又は主任審査官は、前項の請求により又は職権で、法務省令で定めるところにより、収容令書又は退去強制令書の発付を受けて収容されている者の情状及び仮放免の請求の理由となる証拠並びにその者の性格、資産等を考慮して、三百万円を超えない範囲内で法務省令で定める額の保証金を納付させ、かつ、住居及び行動範囲の制限、呼出しに対する出頭の義務その他必要と認める条件を付して、その者を仮放免することができる。

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