新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース 質問:私は、夫が生活費を渡さず、子供や私に暴力を振るうようにもなったため離婚しました。離婚の際、親権者は私と定めたのですが、離婚してから1年後元夫が自宅の近くで遊んでいた5歳の子供を突然連れ去ってしまいました。離婚後も定職に就かずに飲み歩いていると噂に聞いていたので、また子供に暴力を振るっているのではないかと心配で、すぐにでも取り戻したいと考えています。どうしたらいいでしょうか。 解説: A について。子の監護に関する処分として、民法766条1項、家事審判法9条1項乙類4号の類推適用により引渡しを求めることが出来ると考えられています。この請求は家庭裁判所に最初に調停を申し立てなければなりませんが、連れ去った側に悪い監護状況があり、早期に子供を取り戻さなければ、子供に悪影響を及ぼす可能性があるなど緊急性がある場合には「審判前の保全処分」を至急申立てる必要がありますので、この場合には、最初から調停を経ずに家庭裁判所に対して審判を申し立てることもできます。 この場合、裁判所が引渡しを認める基準は、親権・監護者の決定・変更の場合と同様と考えられています。離婚後は、親権者が一方当事者に定められていますので、離婚後親権者として指定された者から引渡しを求めた場合、相手はこれに対抗する形で親権者の変更または監護権者の指定の申立て、監護の正当な権限を求めることが実務的には多いといえます。よって、元夫の方から、これに対抗して親権者変更の調停を申立てられる可能性もあります。 そして、親権者の変更を認める基準について、条文上は家庭裁判所が「子の利益のため必要があると認めるときは・・子の監護をすべき者を変更し」と定めており、子の利益のために必要があるか否かの判断において、家庭裁判所の裁判官の自由裁量に委ねられています。ただ、一端形成された生活環境を全面的に変更することは、子供にとって大変精神的負担になるため、できるだけ現状を尊重したほうがよいという考えがあります。そのため、判例の中には、先になされた指定の後の「事情変更」を要するとされるとされ、著しい事情の変更が認められない場合には、親権者変更の申立ては却下されると考えているものもあります。 本件の場合、母親に親権がありますので、この親権の存在が重視さること、父親が改心して生活状況を改めている事情も見受けられませんので、「事情変更」に該当する事情はとくに見受けられません。しかし、具体的な事情をお伺いしないと明確な判断をすることはできませんので、詳細は最寄の法律事務所にご相談ください。また、本件の、父親は子供に暴力を振るうような人であるとのことですから、子供に急迫の危険を防止する必要があるかもしれません。このような場合には、子の引渡しを求める審判の申し立てをし、審判前の保全処分を申立てる方法もあります。この方法では、執行力が認められておりますので、子の引渡しを間接的に強制することもできます。執行方法の詳細につきましては、当事務所事例集NO472を参照してください。 B について。この手続きにおいて子の引渡しが認められるためには、@子が拘束されていること、Aその拘束が違法であることB救済の目的を達成するために他に適切な方法がないこととされています(人保規4条)。この手続は請求の日から1週間以内に開き、判決言渡しは、審問終結日から5日以内にすることを要します。また、被拘束者を出頭させることを命じることができ、かつ人身保護命令に従わない拘束者に対して勾留や過料に処し、拘束者が被拘束者の救済を妨げる行為をした場合には2年以下の懲役または5万円以下の罰金に処するという刑罰もあります。このように、他の方法と比べて、迅速性や実効性が高い面があります。しかし、人身保護請求は、迅速な手続を予定しているため、家裁調査官や技官の調査もないまま、短い審理期間の間に、子がどちらで監護されるのが子の幸福になるのかを判断するのは難しいといわざるを得ません。 判例においても、「拘束者が幼児を監護することが子の福祉に反することが明白であることを要するものというべきである」と判じし、違法性の極めて高い場合、例えば虐待しているに限定すべきと考えられています。本事例においても、子供に危害を加えているなどの事情があれば、かかる請求が認められる可能性はあると思われます。 Cについて。今まで説明してきた手続はいずれもかなりの時間がかかりますし、直ちに子供を取り戻す事は難しいと思いますし、父親が抵抗した場合実効性という面から問題点があります。そこで最初から刑事問題として取り上げる事が考えられます。本事例の場合、親権者である母親の承諾なくして連れてきてしまっているので、監護権を侵害したものといえ刑法上、未成年者略取誘拐罪(刑法224条)が成立するでしょう。本罪は脅迫、誘惑等の方法により子供が保護されている生活環境から離脱させて、自分の事実上の支配下に置く事により、未成年者の日常的社会生活の自由、平穏、安全、親権者としての生活上の監護権を侵害するもので5年以下の懲役になっています。相手は父親ですが、1年近く一緒に暮らしていませんし親権、監護権もありませんから実の子といえども、5歳ですから意思能力の不十分であり、子供が誘惑され父親に付いていったとしても子の生活の自由、そして、さらに親権者である貴女の教育監護権を明らかに侵しており犯罪は成立する事になります。 本件では、父親は、飲酒癖、暴力癖を有する事から奪取の違法性が強い場合や児童虐待が疑われる場合には、警察官が介入して捜査し検察官が起訴する可能性も十分にありますので、一刻も早く警察の介入を求めることが大切です。本件は未成年者の家庭生活内の発達段階における犯罪であり未成年者の家庭環境保護という観点から公開刑事裁判になじまない面もあり親告罪(刑法229条)になっていますから被害者であるあなたの処罰を求める明確な意思表示が必要です。すなわち告訴をしなければ捜査は開始されません。子供の成長、将来を考え実の父親を刑事被告人にしたくないという不安があるようでしたら、一旦捜査機関に逮捕、取調べを要請してまず捜査機関立会いの上原状回復として子供を取り戻し、その後自ら弁護士等を依頼し父親側刑事弁護人と交渉し、再度このような行為をしないという合意を交わして、将来の安全を確認してから告訴を取り消し釈放してもらう方法もあります(親告罪ですから告訴を取り消すと即日釈放になります)。 さらに前述のように離婚しているとはいえ、親告罪でもあり親子間の事件ですので、警察は通常事件を立件することに消極的になりがちであるといえます。被害届や刑事告訴を提出する場合は、証拠を揃えた上で、事情を詳細に説明する文書を作成する必要がありますので、弁護士等の専門家にご相談なさると良いでしょう。最後に最高裁の判例を紹介します。平成17年12月6日決定(平成16年(あ)2199号事件 ) これは、1年2ヶ月前から別居中である離婚係争中の夫が、妻の母が2才の子供を保育園に迎に行く途中に強引に抱きかかえ車で連れ去ったというものであり未成年者誘拐罪で有罪になっています。夫は、法的には共同親権を持っていたのですが、違法性は阻却されないというもので妥当な判決です。判旨にもありますように、親権を有するかといって連れ去り行為を認めることになれば、家庭裁判所の存在意義を奪い、さらには自力救済行為を是認することになり社会秩序の維持が難しくなりますから適正な判決と考えられます。判例上も、本件では、父親は親権さえも有しておりませんから違法性が当然認められることになります。 ≪参考条文≫ 民法 家事審判法 人身保護法 刑法
No.662、2007/9/3 18:41 https://www.shinginza.com/rikon/qa-rikon-shinken.htm
【親権・夫に連れ去られた子供の取り戻し】
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回答:
相談者に、親権がありますので、取り得る手段として以下の手続きが考えられます。
@ 親権のうちの、子供に対する身上監護権を妨害したとして親権に基づいて子の引渡しの申立てをする
A 子の監護に関する処分として、引渡しを求める調停を家庭裁判所に申し立てる
B 人身保護請求として子の引渡しを求める(人身保護法)
C 未成年者略取罪として告訴することが考えられます。
以上本件ではCの方法、刑事事件として捜査機関に告訴し逮捕取り調べてもらうことが迅速で有効と思われます。
1.具体的な内容について
@ について。この方法は、条文の明文で認められている方法ではありませんが、一種の妨害排除として、子の引渡しを訴訟手続で請求できるとされているもので、この引渡しの可否については、一般の民事訴訟において審理します。この請求が認められるためには、「妨害」の存在が必要となるため、子自身が他人の下にいることを望んでいる場合には妨害とはいえない余地が生じます。とくに、10歳程度の子供であれば、裁判所は子供に判断能力があると考え、子供の意思を重視する傾向があります。しかし、今回の事例においても、お子供様は5歳とのことですから、子供自身に判断能力を認められない可能性が高いこと、また、元夫が子供にも暴力を振るうような人であることから、子の福祉の観点からも父親の下にいることが望ましいともいえませんので、@の請求が認められる可能性はあると考えます。
(離婚後の子の監護に関する事項の定め等)
第七百六十六条
父母が協議上の離婚をするときは、子の監護をすべき者その他監護について必要な事項は、その協議で定める。協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、家庭裁判所が、これを定める。
2 子の利益のため必要があると認めるときは、家庭裁判所は、子の監護をすべき者を変更し、その他監護について相当な処分を命ずることができる。
四 民法第七百六十六条第一項又は第二項(これらの規定を同法第七百四十九条、第七百七十一条及び第七百八十八条において準用する場合を含む。)の規定による子の監護者の指定その他子の監護に関する処分
第十一条
家庭裁判所は、何時でも、職権で第九条第一項乙類に規定する審判事件を調停に付することができる。
第十五条の三
第九条の審判の申立てがあつた場合においては、家庭裁判所は、最高裁判所の定めるところにより、仮差押え、仮処分、財産の管理者の選任その他の必要な保全処分を命ずることができる。
○2 前項の規定による審判(以下「審判前の保全処分」という。)が確定した後に、その理由が消滅し、その他事情が変更したときは、家庭裁判所は、その審判を取り消すことができる。
○3 前二項の規定による審判は、疎明に基づいてする。
○4 前項の審判は、これを受ける者に告知することによつてその効力を生ずる。
○5 第九条に規定する審判事件が高等裁判所に係属する場合には、当該高等裁判所が、第三項の審判に代わる裁判を行う。
○6 審判前の保全処分(前項の裁判を含む。次項において同じ。)の執行及び効力は、民事保全法(平成元年法律第九十一号)その他の仮差押え及び仮処分の執行及び効力に関する法令の規定に従う。この場合において、同法第四十五条中「仮に差し押さえるべき物又は係争物の所在地を管轄する地方裁判所」とあるのは、「本案の審判事件が係属している家庭裁判所(その審判事件が高等裁判所に係属しているときは、原裁判所)」とする。
○7 民事保全法第四条、第十四条、第十五条及び第二十条から第二十四条までの規定は審判前の保全処分について、同法第三十三条及び第三十四条の規定は審判前の保全処分を取り消す審判について準用する。
第二条
法律上正当な手続によらないで、身体の自由を拘束されている者は、この法律の定めるところにより、その救済を請求することができる。
○2 何人も被拘束者のために、前項の請求をすることができる。
第十二条
第七条又は前条第一項の場合を除く外、裁判所は一定の日時及び場所を指定し、審問のために請求者又はその代理人、被拘束者及び拘束者を召喚する。
○2 拘束者に対しては、被拘束者を前項指定の日時、場所に出頭させることを命ずると共に、前項の審問期日までに拘束の日時、場所及びその事由について、答弁書を提出することを命ずる。
○3 前項の命令書には、拘束者が命令に従わないときは、勾引し又は命令に従うまで勾留することがある旨及び遅延一日について、五百円以下の過料に処することがある旨を附記する。
○4 命令書の送達と審問期日との間には、三日の期間をおかなければならない。審問期日は、第二条の請求のあつた日から一週間以内に、これを開かなければならない。但し、特別の事情があるときは、期間は各々これを短縮又は伸長することができる。
第二百二十四条(未成年者略取及び誘拐) 未成年者を略取し、又は誘拐した者は、三月以上七年以下の懲役に処する。
第二百二十九条(親告罪) 第二百二十四条の罪、第二百二十五条の罪及びこれらの罪を幇助する目的で犯した第二百二十七条第一項の罪並びに同条第三項の罪並びにこれらの罪の未遂罪は、営利又は生命若しくは身体に対する加害の目的による場合を除き、告訴がなければ公訴を提起することができない。ただし、略取され、誘拐され、又は売買された者が犯人と婚姻をしたときは、婚姻の無効又は取消しの裁判が確定した後でなければ、告訴の効力がない。