Googleマップの口コミによる名誉毀損(削除、損害賠償請求)

民事|名誉毀損|不法行為の被害者と加害者の利益対立|投稿記事削除の仮処分|プロバイダ責任制限法

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集
  5. 参考条文

質問:

私は、従業員1人で小さな個人商店を営んでいる者です。ある日、ふと思い立って、Googleで当店の店名を検索して、エゴサーチをしたところ、Googleマップに「買い物の際にセクハラされた。二度と行かない。」などという口コミがされているのを発見しました。私は、全く身に覚えがなかったのですが、こういった口コミを一々取り合っても切りがないと思って、これを放置していました。ただ、その後、取引先のお客様より、この口コミについて何件か問い合わせがありました。そのため、口コミを放置したままにしておくのは、当店の信用に関わると考え直し、口コミを削除するとともに、謂われない中傷をした口コミの投稿者に損害賠償を請求したいと思っています。

口コミの投稿者には全く心当たりはないのですが、そのような状況の中、名誉毀損が成立するとして、口コミを削除するとともに、口コミの投稿者に対し、損害賠償請求することはできるのでしょうか。

回答:

1 損害賠償請求するための名誉棄損の成否について

名誉棄損が成立する要件は、実務上、民事事件の場合においても、刑事事件の場合とほぼ同様の枠組みが採用されており、基本的に、①公然と②事実を摘示して③人の名誉を毀損した場合に名誉毀損が成立することになります。ただし、④公共の利害に関する事実に係り、かつ、⑤その目的が専ら公益を図ることにあったと認められる場合には、⑥事実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、違法性が阻却され、不法行為は成立しないことになります。

本件で特に問題となり得る点としては、本件の「買い物の際にセクハラされた。」との口コミが事実を摘示したものといえるか否かという点が挙げられますが、東京高裁平成24年4月18日判決では、「セクハラという言葉は、特に女性を不快な気持ち、苦痛な状態に追い込み、人間の尊厳を奪う性的な言葉や行動を意味しており、今日においては、セクハラという言葉のみから、その具体的な事実の摘示がなくとも、女性に対して人間の尊厳を奪うような性的な言葉を発し、行動をした者であると推測することができる」旨が判旨されており、セクハラという言葉をもって、事実の摘示があったと認められるものと考えられます。

2 口コミの削除について

その上で、Googleマップの口コミを削除する方法としては、①Googleに対して任意での口コミの削除を依頼する方法、②口コミの投稿者に対して口コミを任意に削除するよう求めるという方法、③Googleを相手方(債務者)として投稿記事削除の仮処分の申立てを行うという方法の3つが挙げられます。

Googleが任意で削除依頼に応じるのは、「禁止および制限されているコンテンツ」に該当するものに限られ、①の方法が奏功する可能性は高くないと言わざるを得ません。また、口コミの投稿者には全く心当たりがないということであれば、②の方法も取り得ません。そのため、現実的には、③の方法によることになりますが、投稿記事削除の仮処分では、特に、被保全権利である人格権(名誉権)が違法に侵害されていること(名誉毀損が成立すること)を疎明する必要があります。

3 投稿者に対する損害賠償について

また、口コミの投稿者に対する損害賠償請求をするに当たっては、口コミの投稿者を特定する必要があります。そして、口コミの投稿者を特定するためには、Googleを相手方(債務者)とする発信者情報開示の仮処分の申立て、接続プロバイダを相手方(被告)とする発信者情報開示請求訴訟の提起を行わなければなりません。

発信者情報開示の仮処分や発信者情報開示請求訴訟では、特に、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(以下「プロバイダ責任制限法」といいます。)5条1項の要件を充たし、発信者情報開示請求権が存在することを疎明・立証しなければならず、ここでも、権利侵害の明白性の要件(同項1号)との関係で、名誉毀損が成立することを疎明・立証する必要があります。

なお、接続プロバイダのアクセスログの保存期間はおおよそ3か月から6か月程ですが、これを経過してしまうと、アクセスログが消えてしまい、契約者(口コミの投稿者)の氏名や住所等の情報を得ることができなくなってしまいます。このような事態を回避するためには、接続プロバイダに対し、アクセスログの保存申請を行ったり、発信者情報消去禁止の仮処分を申し立てたりすることが有用です。

4 名誉棄損に関する関連事例集参照。

解説:

1 口コミの削除について

⑴ まず、Googleに対し、任意での口コミの削除を依頼する方法について解説します。

その手順としては、自店の店名をGoogleで検索すると、検索結果画面の右側に店舗情報が表示されるので、そこの「すべてのGoogleのクチコミを見る」をクリックします。全ての口コミが表示されたら、該当の口コミ欄の右上にある3点リーダーをクリックします。更に、「レビューを報告」という選択肢が生じたら、これをクリックします。そうすると、「口コミを報告」というページが表示されるので、「関連性のないコンテンツ」等の削除理由の内、該当のものを選択することで、任意での口コミの削除を依頼することができます。

ただ、Googleが任意で削除依頼に応じるのは、「禁止および制限されているコンテンツ」に該当するものに限られます。具体的には、ハラスメントやヘイトスピーチ等の対話、虚偽のエンゲージメントやなりすまし等の詐欺的なコンテンツ、わいせつ・冒とく的な表現や露骨な性的描写を含むコンテンツ等の成人向けコンテンツ、規制されているコンテンツ、危険なコンテンツ、違法コンテンツ、関連性のないコンテンツ等が挙げられています。ご相談の口コミは「買い物の際にセクハラされた。二度と行かない。」というもので、任意の削除の対象には該当しないと考えられますが、一度試みても良いでしょう。

なお、削除依頼の結果がGoogleから通知されることはありません。

⑵ 次に、口コミの投稿者に対し、口コミを任意に削除するよう求めるという方法を解説します。

口コミの投稿者本人であれば、直ぐに口コミを削除することができるので、この方法は、最も素早く口コミを削除することができる方法といえますが、口コミの投稿者を特定することができない限り、この方法を用いることはできません。また、仮に特定できた措定も口コミの投稿者が任意の削除に応じなければ、別の方法が必要になります。

とはいえ、 投稿者を特定できるのであれば、弁護士名義の通知書を内容証明郵便の方法で口コミの投稿者の住所に宛てて送付する、といった対応があり得ます。

投稿者を特定できない場合の特定方法については、投稿者に対する損害賠償請求のところでも後で解説しますが、「プロバイダ責任制限法」に基づいてGoogleに対し、投稿者に関する情報の開示を求めることができます。口コミの投稿者を特定することを「発信者情報特定」ともいい、インターネット上で誹謗中傷を受けた場合、ウェブサイトなどに対して、投稿者に関する情報の開示を請求することが認められています。

この場合、Googleに対して、口コミ投稿者に関する情報を開示させる「発信者情報開示請求書」という書類を作成し、Googleに提出して発信者の情報を開示するように請求します。Googleから投稿者の、IPアドレスとタイムスタンプが開示されます。

Googleが、投稿者の情報を任意に開示しない場合は、開示について仮処分を裁判所に申し立てることができます。

⑶ 最後に、Googleを相手方(債務者)として投稿記事削除の仮処分の申立てを行うという方法が挙げられます(民事保全法23条2項)。

口コミの削除を求める法的な手続きとしては、他に通常の民事訴訟による方法もありますが、訴訟での解決は長期間を要するため、迅速性が重視される仮処分の手続きによることが一般的です。

投稿記事削除の仮処分が認められるためには、①被保全権利の存在、②保全の必要性という2つの要件を充たす必要があります(同法13条1項)。①被保全権利とは、仮処分命令の発令によって実現を保全すべき権利のことをいいます。また、②保全の必要性とは、本案訴訟の前に仮処分命令を発令することを正当化できる程に具体的な必要性のこと(生じる著しい損害又は急迫の危険を避けるために仮処分命令による記事の削除が必要と認められること)をいいます。今回のような口コミの削除の場合に特に問題となるのは、①被保全権利の存在の要件であり、被保全権利である人格権(名誉権)が違法に侵害されていること(名誉毀損が成立すること)を疎明する必要があります。名誉毀損については、第3項で詳述しますが、投稿記事削除の仮処分では、申立人(債権者)において違法性阻却事由をうかがわせる事情がないことまで疎明しなければなりません。

手続きの流れとしては、申立書や疎明資料の他、資格証明書等の必要書類を裁判所に提出し、投稿記事削除の仮処分の申立てを行います。そうすると、その当日若しくは翌日か翌々日に債権者面接が行われます。債権者面接では、申立人(債権者)側のみが裁判所に出頭した上、裁判官から口頭でいくつか質問があるので、それに回答することになります。そして、裁判官が申立てに一応の理由があると判断すれば、当事者双方から話を聞く審尋期日が設定されることになります。この審尋期日は複数回設けられるのが通常で、その間、相手方からは、反論を内容とした書面が提出されるなどします。

Google側は、記事を増加させてアクセスを増やすことにより広告などの収益が上がりますので、できるだけ記事を削除したくありません。①利用規約を設けてサイト利用者の責任においてクチコミを掲載しているものであり当社に責任は無い、②記事が虚偽であることを確認することができない、③公益性が一応認められる、などと主張するのが一般的です。それに対して、債権者側(あなた)は、①セクハラ事件の被害届も出ておらず店員や常連客などの陳述書からも書き込みで指摘された事実が存在しない、②事実が存在しないので公益性も認められない、③書き込みにより債権者の名誉が侵害されており、店舗の来客や問い合わせや売り上げなどが現実に減少しており逸失利益の損害が発生していること、などを主張し、疎明(法的な立証に至らなくても裁判所に仮処分を発令させるほどの一応の心証を与える程度の立証活動)して、記事削除の仮処分命令を求めることになります。

その後、裁判官が、当事者双方の主張・反論を踏まえ、なお申立てに理由があると判断すれば、債権者(申立人)に担保金を納付することを命ずる担保決定が出されることになります(なお、投稿記事削除の仮処分の場合、担保金は30~50万円程度となります。ただ、担保金は、事件終了後、裁判所から担保取消決定や担保取戻しの許可を得ることにより、返還を受けることができるのが通常です。)。これを受け、担保金を供託して、立担保証明を裁判所に提出すると、「債務者は別紙投稿記事目録記載の投稿記事を仮に削除せよ」といった内容の仮処分命令が発令されます。

なお、Googleが令和4年7月に法務省の要請に応じて日本国内での法人登記を完了したことから、本店所在地を管轄する東京地方裁判所に対し、投稿記事削除の仮処分を申し立てることができます。また、従前は、わざわざ米国発行の資格証明書を取り寄せなければなりませんでしたが、日本の法務局が発行する米国法人Google LLC及びグーグル・テクノロジー・ジャパン株式会社の履歴事項全部事項証明書等の資格証明書を取得して提出すれば足りるようになりました。その他、外国送達や翻訳文の提出も不要となりました。

2 口コミの投稿者に対する損害賠償請求について

⑴ 口コミの投稿者を特定するための法的な手続き

ア 口コミの投稿者に対して損害賠償請求をするためには、口コミの投稿者を特定する必要がありますが、口コミの投稿者を特定するためには、次のとおり、Googleを相手方(債務者)とする発信者情報開示の仮処分の申立て、接続プロバイダを相手方(被告)とする発信者情報開示請求訴訟の提起を行わなければなりません。

イ まず、Googleを相手方(債務者)として発信者情報開示の仮処分を東京地方裁判所に申し立て、投稿者のIPアドレス(ネットワークに接続されたサーバーやパソコンなどの通信機器を識別する番号のこと。)及びタイムスタンプ(記事が投稿された時刻の記録のこと。)の開示を求めます。なお、Googleでは、ログイン時IPアドレスしか保存しない運用となっていますので、口コミの投稿直前のログイン時IPアドレスの開示を求めることになります。

発信者情報開示の仮処分での①被保全権利は、プロバイダ責任制限法5条1項に規定されている発信者情報開示請求権です。そのため、債権者(申立人)が同項の要件を充たすことを疎明しなければなりません。同項の要件の内、特に問題となるのは、「当該開示の請求に係る侵害情報の流通によって当該開示の請求をする者の権利が侵害されたことが明らかであるとき」(同項1号、権利侵害の明白性)の要件であり、投稿記事削除の仮処分と同様、名誉毀損が成立することを疎明する必要があります。名誉毀損については、第3項で詳述しますが、発信者情報開示の仮処分では、申立人(債権者)において違法性阻却事由をうかがわせる事情がないことまで疎明しなければなりません。

仮処分の申立てが認められ、投稿者のIPアドレスが開示されたならば、WHOIS検索を用いるなどして、そのIPアドレスから接続プロバイダ(インターネット接続の電気通信役務を提供する事業者のこと。)を特定します。

なお、その他の点については、担保金が10~30万円程度となること以外は、投稿記事削除の仮処分と基本的に異なりません。

ウ 次に、接続プロバイダを相手方(被告)として発信者情報開示請求訴訟をプロバイダの本社所在地を管轄する裁判所(多くの場合、東京地方裁判所となります。)に提起し、契約者(口コミの投稿者)の氏名や住所等の情報の開示を求めます。なお、接続プロバイダに対し、発信者情報開示請求書を提出し、契約者(口コミの投稿者)の氏名や住所等の情報を任意に開示するよう求めることもできますが、ほとんどの場合、任意での開示には応じてくれません。

発信者情報開示請求訴訟でも、プロバイダ責任制限法5条1項に規定されている発信者情報開示請求権が主張・立証の対象となり、権利侵害の明白性の要件(同項1号)との関係で、名誉毀損が成立することを立証する必要があります。名誉毀損については、第3項で詳述しますが、発信者情報開示請求訴訟では、原告において違法性阻却事由をうかがわせる事情がないことまで立証しなければなりません。

手続きの流れとしては、訴状や書証の他、資格証明書等の必要書類を裁判所に提出し、発信者情報開示請求訴訟の提起を行います。そうすると、裁判所は、相手方(被告)に対して訴状等の写しを送付した上で、第1回口頭弁論期日を指定し、原告・被告の双方に対して出廷するよう呼出しを行います。相手方(被告)においては、第1回口頭弁論期日までに、訴状に対する認否や自分の主張等を記載した答弁書を裁判所に提出することになります。発信者情報開示請求訴訟の場合は、他の多くの民事訴訟とは異なり、当事者尋問(当事者が経験した事実について、当事者本人を尋問し、その供述を証拠とする手続き)等を実施することなく、第1回口頭弁論期日で審理終結とされた上で、判決によって裁判所の判断が示されるのが通常です。

そして、接続プロバイダを相手方(被告)とする発信者情報開示請求訴訟において最も気を付けなければならない点は、アクセスログの保存期間です。接続プロバイダのアクセスログの保存期間はおおよそ3か月から6か月程ですが、これを経過してしまうと、アクセスログが消えてしまい、契約者(口コミの投稿者)の氏名や住所等の情報を得ることができなくなってしまいます。このような事態を回避するためには、接続プロバイダに対し、アクセスログの保存申請を行うことが有用です。より確実にアクセスログの保存を求めたい場合には、担保金として10万円程度を要しますが、発信者情報消去禁止の仮処分を申し立てることになります。

なお、上記のとおり、仮処分が認められるためには、①被保全権利の存在、②保全の必要性という2つの要件を充たす必要がありますが、プロバイダは契約者の氏名や住所等の情報を保有しており、②保全の必要性が認められないため、仮処分の申立てではなく、訴訟の提起によることになります。

⑵ 口コミの投稿者に対する損害賠償請求訴訟

口コミの投稿者の氏名や住所等の情報が分かり、これを特定することができたならば、いよいよ、口コミの投稿者に対し、損害賠償請求をすることになります。

勿論、口コミの投稿者に対し、直接、損害賠償請求をし、損害賠償金を任意に支払わせるという方法もあり、投稿者が、大企業の従業員であったり比較的に社会的に地位の高い人であった場合、投稿者も事実の発覚を危惧して賠償金を任意に支払う場合もあり得ますが、交渉が纏まらなかった場合には、口コミの投稿者を相手方(被告)として損害賠償請求訴訟を被害者である相談者様若しくは口コミの投稿者の住所地を管轄する裁判所に提起し、損害賠償金の支払いを裁判所に命じてもらう必要があります。

損害賠償金の支払いを裁判所に命じてもらうためには、民事上、名誉毀損が成立すること、すなわち、不法行為が成立することを主張・立証しなければなりません(民法709条)。名誉毀損については、第3項で詳述しますが、損害賠償請求訴訟では、発信者情報開示請求訴訟と異なり、被告において違法性阻却事由の存在を主張・立証することになります。

手続きの流れとしては、第1回口頭弁論期日の開催までは、発信者情報開示請求訴訟と同様ですが、それ以降は、口頭弁論期日や弁論準備手続期日が何度も繰り返され、当事者双方の主張や争点が整理されることになります。その上で、場合によっては、当事者尋問等が行われた上で、審理終結となり、判決によって裁判所の判断が示されます。裁判所によって判決までに和解勧告がなされ、当事者双方がこれに応じる場合には、裁判上の和解によって紛争は終結となります。

なお、口コミ等の投稿者を特定するために要した調査費用(主に、弁護士費用。)については、近似の裁判例は、口コミ等の投稿者を特定するためには、基本的に、仮処分や訴訟手続きを経る必要があり、これを個人で行うことは事実上困難であることを理由として、その全額を損害として認め、相手方(被告)に賠償させる、という傾向にあります。

3 民事上の名誉毀損について

⑴ 民事事件の場合、刑事事件の場合と異なり、如何なる場合に名誉毀損が成立するのかが明文で定められているわけではありません。

もっとも、実務上、民事事件の場合においても、刑事事件の場合とほぼ同様の枠組みが採用されており、基本的に、①公然と②事実を摘示して③人の名誉を毀損した場合に名誉毀損が成立することになります(事実摘示型の名誉毀損)。

まず、①公然とは、不特定又は多数の者が直接に認識できる状態のことをいいます。Googleマップの口コミは、不特定多数の人が閲覧することが予定されたものであるため、本件でも、この公然性の要件は充たすと考えられます。

次に、②事実の摘示とは、真実であるか否かを問わず、事実を示すことをいいます。ここで摘示される事実は、必ずしも具体的なものである必要はなく、東京高裁平成24年4月18日判決では、「セクハラという言葉は、特に女性を不快な気持ち、苦痛な状態に追い込み、人間の尊厳を奪う性的な言葉や行動を意味しており、今日においては、セクハラという言葉のみから、その具体的な事実の摘示がなくとも、女性に対して人間の尊厳を奪うような性的な言葉を発し、行動をした者であると推測することができる」旨が判旨されており、社会通念上、その言葉自体から具体的な事実が想起されるのであれば、事実の摘示と認められることになります。なお、民事上の名誉毀損については、実務上、そもそも事実の摘示がなかったとしても、意見や論評の表明によっても成立するものとされています(意見論評型の名誉毀損)。最高裁平成9年9月9日判決でも、「新聞記事による名誉毀損の不法行為は、問題とされる表現が、人の品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的評価を低下させるものであれば、これが事実を摘示するものであるか、又は意見ないし論評を表明するものであるかを問わず、成立し得るものである。」旨が判旨されています。

最後に、③名誉毀損とは、他人の社会的評価を低下させるおそれのある行為をいいます。ある表現が他人の社会的評価を低下させるおそれのあるものであるか否かは、一般の読者の普通の注意と読み方を基準にして判断されます。また、現実に他人の社会的評価を低下させることまでは必要なく、他人の社会的評価の低下を招く危険性を生じさせることで足りるとされています。本件の「買い物の際にセクハラされた。」との口コミは、女性に対して人間の尊厳を奪うような性的な言葉を発し、行動をした者であると推測させるものですので、一般の読者の普通の注意と読み方とを基準にしても、他人の社会的評価を低下させるおそれのあるものといえるでしょう。

⑵ 仮に民事上の名誉毀損が成立するとしても、事実摘示型の場合は、④公共の利害に関する事実に係り、かつ、⑤その目的が専ら公益を図ることにあったと認められる場合には、⑥事実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、違法性が阻却され、不法行為は成立しないことになります。

まず、④公共の利害に関する事実とは、多数の人の社会的利害に関係する事実で、かつ、その事実に関心を寄せることが社会的に正当と認められるものをいいます。公共の利害に関する事実に当たるか否かは、事実の性質及び内容に照らして客観的に判断されます。なお、私生活上の行状に関する事柄は、基本的に、公共の利害に関する事実に当たらないとされますが、それが政治家等の公人に関するものであれば、公共の利害に関する事実に当たるとされることがあります。

次に、⑤その目的が専ら公益を図ることにあったことについては、公共の利害に関する事実と認められれば、公益を図る目的があったものと推認されることになるため、これを覆す事実がない限り、公益を図る目的があったものと認定されることになります。また、裁判例でも「専ら」との表現が用いられることが多いですが、必ずしも、他の目的が併存していた場合に公益を図る目的があったことが否定されるわけではなく、主たる目的が公益を図ることにあれば足りるとされています。

最後に、⑥真実であることの証明があったことについては、適示された事実の重要部分が真実性の証明の対象となり、重要部分であるか否かは、一般の読者の普通の注意と読み方を基準にして判断されます。仮に適示された事実の重要部分が真実でなかったとしても、公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあったと認められる場合に、真実であると誤信し、その誤信が確実な資料・根拠に基づくものであったならば、故意又は過失が否定され、不法行為は成立しないことになります(最高裁平成14年3月8日判決参照)。

なお、意見論評型の名誉毀損の場合は、上記とは少し異なる判断枠組みが採用されています。具体的には、公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあったと認められる場合に、意見若しくは論評の前提としている事実の重要部分が真実であることの証明があったときは、人身攻撃に及ぶなど、意見若しくは論評としての域を逸脱したものでない限り、違法性が阻却され、不法行為は成立しないことになります。仮に意見若しくは論評の前提としている事実の重要部分が真実であることの証明がなかったとしても、公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあったと認められる場合に、真実であると誤信し、その誤信が確実な資料・根拠に基づくものであったならば、故意又は過失が否定され、不法行為は成立しないことになります(最高裁平成9年9月9日判決参照)。

4 まとめ

以上のとおり、Googleマップの口コミの削除や口コミの投稿者に対する損害賠償請求をするためには、基本的に、仮処分や訴訟手続きを経る必要があり、専門家でないと対応が難しいと言わざるを得ません。

特に、口コミの投稿者に対する損害賠償請求については、口コミの投稿者を特定する必要があります。そして、口コミの投稿者を特定するためには、Googleを相手方(債務者)として発信者情報開示の仮処分を東京地方裁判所に申し立てるとともに、接続プロバイダを相手方(被告)として発信者情報開示請求訴訟をプロバイダの本社所在地を管轄する裁判所(多くの場合、東京地方裁判所となります。)に提起しなければなりませんが、接続プロバイダのアクセスログの保存期間はおおよそ3か月から6か月程であるため、迅速に手続きを進める必要があります。

そのため、Googleマップの口コミの削除や口コミの投稿者に対する損害賠償請求をすることを検討されているのであれば、出来る限りお早めに、お近くの法律事務所でご相談されることをお勧めいたします。

以上

関連事例集

Yahoo! JAPAN

※参照条文

【民法】

第709条(不法行為による損害賠償)

故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

【民事保全法】

第13条(申立て及び疎明)

1 保全命令の申立ては、その趣旨並びに保全すべき権利又は権利関係及び保全の必要性を明らかにして、これをしなければならない。

2 保全すべき権利又は権利関係及び保全の必要性は、疎明しなければならない。

第23条(仮処分命令の必要性等)

1 係争物に関する仮処分命令は、その現状の変更により、債権者が権利を実行することができなくなるおそれがあるとき、又は権利を実行するのに著しい困難を生ずるおそれがあるときに発することができる。

2 仮の地位を定める仮処分命令は、争いがある権利関係について債権者に生ずる著しい損害又は急迫の危険を避けるためこれを必要とするときに発することができる。

3 第二十条第二項の規定は、仮処分命令について準用する。

4 第二項の仮処分命令は、口頭弁論又は債務者が立ち会うことができる審尋の期日を経なければ、これを発することができない。ただし、その期日を経ることにより仮処分命令の申立ての目的を達することができない事情があるときは、この限りでない。

【特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律】

第5条(発信者情報の開示請求)

1 特定電気通信による情報の流通によって自己の権利を侵害されたとする者は、当該特定電気通信の用に供される特定電気通信設備を用いる特定電気通信役務提供者に対し、当該特定電気通信役務提供者が保有する当該権利の侵害に係る発信者情報のうち、特定発信者情報(発信者情報であって専ら侵害関連通信に係るものとして総務省令で定めるものをいう。以下この項及び第十五条第二項において同じ。)以外の発信者情報については第一号及び第二号のいずれにも該当するとき、特定発信者情報については次の各号のいずれにも該当するときは、それぞれその開示を請求することができる。

① 当該開示の請求に係る侵害情報の流通によって当該開示の請求をする者の権利が侵害されたことが明らかであるとき。

② 当該発信者情報が当該開示の請求をする者の損害賠償請求権の行使のために必要である場合その他当該発信者情報の開示を受けるべき正当な理由があるとき。

③ 次のイからハまでのいずれかに該当するとき。

イ 当該特定電気通信役務提供者が当該権利の侵害に係る特定発信者情報以外の発信者情報を保有していないと認めるとき。

ロ 当該特定電気通信役務提供者が保有する当該権利の侵害に係る特定発信者情報以外の発信者情報が次に掲げる発信者情報以外の発信者情報であって総務省令で定めるもののみであると認めるとき。

⑴ 当該開示の請求に係る侵害情報の発信者の氏名及び住所

⑵ 当該権利の侵害に係る他の開示関係役務提供者を特定するために用いることができる発信者情報

ハ 当該開示の請求をする者がこの項の規定により開示を受けた発信者情報(特定発信者情報を除く。)によっては当該開示の請求に係る侵害情報の発信者を特定することができないと認めるとき。

2 特定電気通信による情報の流通によって自己の権利を侵害されたとする者は、次の各号のいずれにも該当するときは、当該特定電気通信に係る侵害関連通信の用に供される電気通信設備を用いて電気通信役務を提供した者(当該特定電気通信に係る前項に規定する特定電気通信役務提供者である者を除く。以下この項において「関連電気通信役務提供者」という。)に対し、当該関連電気通信役務提供者が保有する当該侵害関連通信に係る発信者情報の開示を請求することができる。

① 当該開示の請求に係る侵害情報の流通によって当該開示の請求をする者の権利が侵害されたことが明らかであるとき。

② 当該発信者情報が当該開示の請求をする者の損害賠償請求権の行使のために必要である場合その他当該発信者情報の開示を受けるべき正当な理由があるとき。

3 前二項に規定する「侵害関連通信」とは、侵害情報の発信者が当該侵害情報の送信に係る特定電気通信役務を利用し、又はその利用を終了するために行った当該特定電気通信役務に係る識別符号(特定電気通信役務提供者が特定電気通信役務の提供に際して当該特定電気通信役務の提供を受けることができる者を他の者と区別して識別するために用いる文字、番号、記号その他の符号をいう。)その他の符号の電気通信による送信であって、当該侵害情報の発信者を特定するために必要な範囲内であるものとして総務省令で定めるものをいう。

《参考判例》

(東京高裁平成24年4月18日判決)

第3 当裁判所の判断

1 争点(権利侵害の明白性)について

本件記事1には,「これのことを言ってるんですね」,「A(浄土宗 千葉教区の僧侶)のセクハラhttp:<以下略>」との記載が、本件記事2には,投稿内容として「>>320おーいAさんよ。今は千葉教区にいるんだからこっちにこいや。」,「A(浄土宗 千葉教区の僧侶)のセクハラhttp:<以下略>」との記載があるが,控訴人が誰に対しどのようなセクハラを行ったのかの具体的な事実の摘示はない。しかし,セクハラという言葉は,特に女性を不快な気持ち,苦痛な状態に追い込み,人間の尊厳を奪う性的な言葉や行動を意味しており,今日においては,セクハラという言葉のみから,その具体的な事実の摘示がなくとも,女性に対して人間の尊厳を奪うような性的な言葉を発し,行動をした者であると推測することができる。そうすると,「A(浄土宗 千葉教区の僧侶)のセクハラ」,本件記事2のスレッドタイトル「A(羅漢寺に勤務の僧侶)のセクハラ」という内容の記事はそれ自体で,千葉教区の浄土宗の僧侶で,羅漢寺に勤務したことのある控訴人が女性に対し性的ないやがらせをしたであろうと容易に推測できるような内容となっているといえる。さらに,本件各記事には,本件記事3へのハイパーリンクが設定表示され,これをクリックすると本件各記事の具体的で詳細な内容が記載されている本件記事3へと誘導する仕組みとなっている。そして,そこには,控訴人が大正大学の学生時代に同大学のカバディ部の女子部員に対してセクハラを行った旨が詳細に記載されており,この本件記事3と本件各記事とを併せて読めば,控訴人が大正大学の学生時代に上記セクハラを行ったとの印象を与える内容となっている。ただ,本件各記事と本件記事3とは本件サイト内であるとはいえそれぞれ別の電子掲示板における記事であることから,本件記事3は本件各記事の内容とはなり得ないのではないかとの疑問も生じる。しかし,本件各記事が社会通念上許される限度を超える名誉毀損又は侮辱行為であるか否かを判断するためには,本件各記事のみならず本件各記事を書き込んだ経緯等も考慮する必要がある。本件各記事にはハイパーリンクが設定表示されていてリンク先の具体的で詳細な記事の内容を見ることができる仕組みになっているのであるから,本件各記事を見る者がハイパーリンクをクリックして本件記事3を読むに至るであろうことは容易に想像できる。そして,本件各記事を書き込んだ者は,意図的に本件記事3に移行できるようにハイパーリンクを設定表示しているのであるから,本件記事3を本件各記事に取り込んでいると認めることができる。

これに対し,被控訴人は,ハイパーリンク先を訪れるか否かの選択は,個々のインターネットユーザーにより異なり,さらに,ハイパーリンクをクリックすることによってコンピュータウイルス等に感染するおそれがあるから,安易にこれをクリックするとは考えられないと主張する。確かに,ハイパーリンク先を訪れるか否かは個々人によって異なることは,被控訴人が主張するとおりである。しかし,前記のとおり,ハイパーリンクが設定表示されている本件各記事を見る者がハイパーリンク先の記事を見る可能性があることは容易に想像できるのであり,ハイパーリンク先を訪れるか否かの選択が個々人によって異なるという理由だけで,ハイパーリンク先の記事を併せ読むことが一般的ではないということにはならない。また,本件各記事のような投稿をする者やこのような投稿記事に興味を持つ者がコンピュータウイルス等に感染することを危惧して安易にクリックすることはないなどとはいえず,むしろ,ハイパーリンク先に移行するのが通常であろうと推測される。そうすると,本件各記事は本件記事3を内容とするものと認められる。

以上のことからすると,本件各記事は,控訴人が大正大学の学生時代に同大学のカバディ部の女子部員に対してセクハラを行ったかのような内容の事実を摘示したものであり,控訴人の社会的評価を低下させるものと認められる。なお,控訴人が上記女子部員に対しセクハラを行ったことを認めるに足りる証拠はない。

そして,本件において,控訴人の社会的評価を低下させる事実の摘示について,当該行為が公共の利害に関する事実に係り,専ら公益を図る目的に出た場合であって,摘示された事実が重要な部分において真実であることが証明され,仮に真実であることの証明がないときでも,行為者において摘示した事実を真実と信じるについて,相当の理由があるといった違法性阻却事由が存在するという事情をうかがわせる証拠はない。

したがって,本件各記事によって控訴人の名誉が毀損され,その権利が侵害されたことが明らかであるということができ,また,本件各記事の発信者に対して損害賠償請求権を行使することを予定している控訴人には発信者情報の開示を受けるべき正当な理由があるといえるから,控訴人の被控訴人に対する発信者情報の開示請求は理由がある。

2 以上によれば,控訴人の請求は理由があり,これを認容すべきであり,本件控訴は理由があるから,原判決を取消した上控訴人の請求を認容することとし,主文のとおり判決する。

(最高裁平成9年9月9日判決)

上告代理人喜田村洋一の上告理由について

一 本件は、被上告人の発行する新聞に掲載された記事が上告人の名誉を毀損するものであるとして、上告人が被上告人に対して損害賠償を請求するものであり、原審の確定した事実関係の概要は、次のとおりである。

1 被上告人の発行する「夕刊フジ」紙の昭和六〇年一〇月二日付け紙面の第一面に、原判決別紙のとおりの記事(以下「本件記事」という。)が掲載された。本件記事は、「『甲野は極悪人、死刑よ』夕ぐれ族・Aが明かす意外な関係」「『Bさんも知らない話……警察に呼ばれたら話します』」等の見出しを付した八段抜きの記事である。

2 上告人は当時妻Cを殺害しようとしたとの殺人未遂被疑事件について逮捕、勾留されて取調べを受けていたところ、本件記事の大要は、(1)右殺人未遂被疑事件についての上告人の勾留期間の末日である同月三日が迫っており、捜査機関の上告人に対する取調べも大詰めを迎えているが、上告人は頑強に右事件への関与につき否認を続けていると報じた後、(2)夕ぐれ族ないし新夕ぐれ族なる名称でいわゆる風俗関係の営業をしているAが、同年初めころから上告人と相当親密な交際をしていた旨述べたとした上、「『甲野サンは女性に対して愛を感じないヒトみたい。あの人にとって、女性はたばこや食事と同じ。本当の極悪人ね。もう、(甲野と)会うことはないでしょう。自供したら、きっと死刑ね。今は棺桶に片足をのっけているようなもの』。A嬢は『極悪人』『死刑』といい切るのである。なぜここまでいえるのか。『仕事とかお金とか事件のこととか、〈こんなこと私に話してもいいのかしら〉と奥さんのBさんにも話していないようなことを話してくれました。内容はノーコメントですが、(警察に)呼ばれたら、話します』と非常に意味深である。」と記載し、(3)続いて、捜査の状況につき、「甲野は『否認のまま起訴』という見方が警視庁内では今、最も強い。」と報じた後、「しかし、『あきらめるのは、まだ早い。最終日を狙え』という外部の声もある。」として、「東京地検の元検事(中略)にいわせると、甲野は『知能犯プラス凶悪犯で、前代未聞の手ごわさ』という。『弱点を探り出すこと。弱さは自信や強さの裏返しで、甲野は何人もの女性を渡り歩き、女性に自信をもっているはず。それに、いまヤツの唯一の心の支えは女房だろう。そこで、女房に甲野を裏切るように仕向ける。裏切ったとみせかける。〈女は簡単〉の自信が崩れ、大変なショックだろう』元検事は、このままなら甲野否認のまま起訴とみる。『甲野もはじめから、そのつもりだったろう。起訴になって保釈請求も予定行動。この二年間の金もうけは、保釈金集めだったのじゃないかな。しかし、裁判所は保釈しないよ、絶対に。こりゃ、甲野はショックだ。どんなにがんばっても、必ずこの保釈不許可でダウンだよ。」とみる。」と結ぶものである。

3 なお、上告人については、昭和五九年以来、右殺人未遂事件の嫌疑のほか、右殺人未遂の犯行後に妻Cを殺害したとの嫌疑等についても、数多くの報道がされていた。

二 上告人は、本件記事のうち、「『甲野は極悪人、死刑よ』」との見出し部分(以下「本件見出し1」という。)、「『Bさんも知らない話……警察に呼ばれたら話します』」との見出し(以下「本件見出し2」という。)及び本文中の「元検事にいわせると、甲野は『知能犯プラス凶悪犯で、前代未聞の手ごわさ』という。」との部分(以下「本件記述」という。)は、いずれも、上告人が右各記載のとおりの人物であると断定するものであり、上告人の名誉を毀損するものであるなどと主張している。

これに対し、原審は、以下のように判示して、上告人の請求を棄却した。本件見出し1等は、いずれも上告人の犯罪行為に関する事実についてのもので、公共の利害に関する事実に係るものであり、次に述べるとおり、被上告人については、これらに関し、名誉毀損による不法行為責任は成立しない。

1 本件見出し1は、上告人に関する特定の行為又は具体的事実を、明示的に叙述するものではなく、また、これらを黙示的に叙述するものともいい難い。その上、これがAの談話であると表示されていることも考慮すると、右見出しは、意見の表明(言明)に当たるというべきである。そして、この意見は、Aが、本件記事が公表される前に既に新聞等により繰り返し詳細に報道され広く社会に知れ渡っていた上告人の前記殺人未遂事件等についての強い嫌疑を主要な基礎事実として、上告人との交際を通じて得た印象も加味した上、同人についてした評価を表明するものであることが明らかであり、右意見をもって不当、不合理なものということもできない。

2 次に、本件見出し2は、Aが前記殺人未遂及び殺人各事件への上告人の関与につき何らかの事実又は証拠を知っていると受け取られるかのような表現を採ってはいるが、本件記事の通常の読者においてはAの戯言と受け取られるものにすぎないから、右見出しは、前記殺人未遂及び殺人各事件への上告人の関与につき嫌疑を更に強めるものとはいえず、本件見出し1と併せ考慮しても、これにより上告人の名誉が毀損されたとはいえない。

3 最後に、本件記述は、上告人に関する特定の行為又は具体的事実を、明示的に叙述するものではなく、また、これらを黙示的に叙述するものともいい難いから、右は、やはり意見の表明(言明)に当たるというべきである。そして、この意見は、東京地検の元検事と称する人物が、本件記事が公表される前に既に新聞等により繰り返し詳細に報道され広く社会に知れ渡っていた上告人の前記殺人未遂事件等についての強い嫌疑並びに上告人に対する捜査状況を主要な基礎事実として、同人についてした評価と今後の捜査見込みを表明するものであるから、右意見をもって不当、不合理なものということもできない。

三 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

1 新聞記事による名誉毀損の不法行為は、問題とされる表現が、人の品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的評価を低下させるものであれば、これが事実を摘示するものであるか、又は意見ないし論評を表明するものであるかを問わず、成立し得るものである。ところで、事実を摘示しての名誉毀損にあっては、その行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあった場合に、摘示された事実がその重要な部分について真実であることの証明があったときには、右行為には違法性がなく、仮に右事実が真実であることの証明がないときにも、行為者において右事実を真実と信ずるについて相当の理由があれば、その故意又は過失は否定される(最高裁昭和三七年(オ)第八一五号同四一年六月二三曰第一小法廷判決・民集二〇巻五号一一一八頁、最高裁昭和五六年(オ)第二五号同五八年一〇月二〇日第一小法廷判決・裁判集民事一四〇号一七七頁参照)。一方、ある事実を基礎としての意見ないし論評の表明による名誉毀損にあっては、その行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあった場合に、右意見ないし論評の前提としている事実が重要な部分について真実であることの証明があったときには、人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものでない限り、右行為は違法性を欠くものというべきである(最高裁昭和五五年(オ)第一一八八号同六二年四月二四日第二小法廷判決・民集四一巻三号四九〇頁、最高裁昭和六〇年(オ)第一二七四号平成元年一二月二一日第一小法廷判決・民集四三巻一二号二二五二頁参照)。そして、仮に右意見ないし論評の前提としている事実が真実であることの証明がないときにも、事実を摘示しての名誉毀損における場合と対比すると、行為者において右事実を真実と信ずるについて相当の理由があれば、その故意又は過失は否定されると解するのが相当である。

右のように、事実を摘示しての名誉毀損と意見ないし論評による名誉毀損とでは、不法行為責任の成否に関する要件が異なるため、問題とされている表現が、事実を摘示するものであるか、意見ないし論評の表明であるかを区別することが必要となる。ところで、ある記事の意味内容が他人の社会的評価を低下させるものであるかどうかは、当該記事についての一般の読者の普通の注意と読み方とを基準として判断すべきものであり(最高裁昭和二九年(オ)第六三四号同三一年七月二〇日第二小法廷判決・民集一〇巻八号一〇五九頁参照)、そのことは、前記区別に当たっても妥当するものというべきである。すなわち、新聞記事中の名誉毀損の成否が問題となっている部分について、そこに用いられている語のみを通常の意味に従って理解した場合には、証拠等をもってその存否を決することが可能な他人に関する特定の事項を主張しているものと直ちに解せないときにも、当該部分の前後の文脈や、記事の公表当時に一般の読者が有していた知識ないし経験等を考慮し、右部分が、修辞上の誇張ないし強調を行うか、比喩的表現方法を用いるか、又は第三者からの伝聞内容の紹介や推論の形式を採用するなどによりつつ、間接的ないしえん曲に前記事項を主張するものと理解されるならば、同部分は、事実を摘示するものと見るのが相当である。また、右のような間接的な言及は欠けるにせよ、当該部分の前後の文脈等の事情を総合的に考慮すると、当該部分の叙述の前提として前記事項を黙示的に主張するものと理解されるならば、同部分は、やはり、事実を摘示するものと見るのが相当である。

2 以上を本件について見ると、次のとおりいうことができる。

(一)まず、『甲野は極悪人、死刑よ』という本件見出し1は、これと一体を成す見出しのその余の部分及び本件記事の本文に照らすと、Aの談話の要点を紹介する趣旨のものであることは明らかである。ところで、本件記事中では、当時、上告人は、前記殺人未遂被疑事件について勾留されており近日中に公訴が提起されることも見込まれる状況にあったが、嫌疑につき頑強に否認し続けていたこと、Aはかねて上告人と相当親しく交際していたが、同人から、捜査機関の事情聴取に応ずるにも値すべき「事件のこと」に関する説明を受けたことがあること、その上で、Aが、上告人について、『本当の極悪人ね。(中略)自供したら、きっと死刑ね。今は棺桶に片足をのっけているようなもの』と述べたことが紹介されているのである。右のような本件記事の内容と、当時上告人については前記殺人未遂事件のみならず殺人事件についての嫌疑も存在していたことを考慮すると、本件見出し1は、Aの談話の紹介の形式により、上告人がこれらの犯罪を犯したと断定的に主張し、右事実を摘示するとともに、同事実を前提にその行為の悪性を強調する意見ないし論評を公表したものと解するのが相当である。

(二)次に、『Bさんも知らない話……警察に呼ばれたら話します』という本件見出し2は、右(一)に述べた事情を考慮すると、やはりAの談話の紹介の形式により、上告人が前記の各犯罪を犯したと主張し、右事実を摘示するものと解するのが相当である。右談話は、その後の両名の相当親密な関係に立脚するものであることが本件記事中でも明らかとされており、本件記事が報道媒体である新聞紙の第一面に掲載されたこと、本件記事中にはAの談話内容の信用性を否定すべきことをうかがわせる記述は格別存在しないことなども考慮すると、本件記事の読者においては、右談話に係る事実には幾分かの真実も含まれていると考えるのが通常であったと思われる。そうすると、右見出しは、上告人の名誉を毀損するものであったというべきである。

(三)最後に、「この元検事にいわせると、甲野は『知能犯プラス凶悪犯で、前代未聞の手ごわさ』という。」という本件記述は、上告人に対する殺人未遂被疑事件についての前記のような捜査状況を前提としつつ、元検事が上告人から右事件について自白を得ることは不可能ではないと述べたことを紹介する記載の一部であり、当時上告人については右殺人未遂事件のみならず殺人事件についても嫌疑が存在していたことも考慮すると、本件記述は、元検事の談話の紹介の形式により、上告人がこれらの犯罪を犯したと断定的に主張し、右事実を摘示するとともに、同事実を前提にその人格の悪性を強調する意見ないし論評を公表したものと解するのが相当である。

3 もっとも、原判決は、本件見出し1及び本件記述に関し、その意見ないし論評の前提となる事実について、被上告人においてその重要な部分を真実であると信ずるにつき相当の理由があったと判示する趣旨と解する余地もある。

しかしながら、ある者が犯罪を犯したとの嫌疑につき,これが新聞等により繰り返し報道されていたため社会的に広く知れ渡っていたとしても、このことから、直ちに、右嫌疑に係る犯罪の事実が実際に存在したと公表した者において、右事実を真実であると信ずるにつき相当の理由があったということはできない。けだし、ある者が実際に犯罪を行ったということと、この者に対して他者から犯罪の嫌疑がかけられているということとは、事実としては全く異なるものであり、嫌疑につき多数の報道がされてその存在が周知のものとなったという一事をもって、直ちに、その嫌疑に係る犯罪の事実までが証明されるわけでないことは、いうまでもないからである。

これを本件について見るに、前記のとおり、本件見出し1及び本件記述は、上告人が前記殺人未遂事件等を犯したと断定的に主張するものと見るべきであるが、原判決は、本件記事が公表された時点までに上告人が右各事件に関与したとの嫌疑につき多数の報道がされてその存在が周知のものとなっていたとの事実を根拠に、右嫌疑に係る犯罪事実そのものの存在については被上告人においてこれを真実と信ずるにつき相当の理由があったか否かを特段問うことなく、その名誉毀損による不法行為責任の成立を否定したものであって、これを是認することができない。

四 そうすると、右とは異なり、被上告人につき本件見出し等に関しての不法行為責任の成立を否定した原審の認定判断は、法令の解釈適用を誤ったものというべきであり、この違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、本件については、更に審理を尽くさせる必要があるから、原審に差し戻すこととする。

よって、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(最高裁平成14年3月8日判決)

上告人の上告理由について

1 本件は、被上告人が発行した新聞紙に掲載された記事が上告人の名誉を毀損するものであるとして、上告人が被上告人に対して不法行為に基づく損害賠償を請求する訴訟である。原審の確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。

(1) 被上告人は、日刊紙「福島民友」を発行する新聞社である。

被上告人は、昭和六〇年九月一八日付けの福島民友紙に、「大麻に狂った“乱脈”甲野」、「女性を口説くエサ」、「自宅に大量に隠す」などの見出しを付して、第一審判決別紙記載の記事(以下「本件記事」という。)を掲載した。

(2) 本件記事は、原告が妻帯者であるのに複数の女性と交際するという倫理観に欠けた生活をしており、女性とのそのような交際と大麻の吸引とが五、六年前から深く結び付いていたことを読者に強く印象付ける内容のものであり、上告人の社会的評価を低下させ、その名誉を毀損するものである。

(3) 本件記事の内容は、公共の利害に関する事実に係るもので、その記事掲載は専ら公益を図る目的に出たものである。

(4) 被上告人は、社団法人共同通信社の社員であり、本件記事は、被上告人が同社から配信を受けた記事(以下「本件配信記事」という。)を、裏付け取材をすることなく、そのまま掲載したものである。

(5) 共同通信社は、昭和二〇年一一月一日に設立された我が国の代表的な通信社であり、平成七年四月現在、日本放送協会及び全国の新聞社七〇社を社員とし、全国紙等の大手新聞社一一社、全国の民間放送局一二五社等と記事の配信契約を締結している。

同社は、東京本社内に政治、経済、産業、金融証券、社会、外信、運動、内政、科学、文化、写真、グラフィックスの各部を置き、国会、中央官庁、経済団体、警視庁、裁判所などに設けられた記者クラブを拠点に取材活動をし、更に札幌市、仙台市、名古屋市、大阪市、及び福岡市に支社を、その他の府県庁所在地や海外の都市に支局を設置するなどして、整備された取材体制で活動をし、国内及び国外のニュースを編集し、作成した記事を社員及び報道機関等に配信している。

(6) 共同通信社の社員である新聞社は、定款により、①共同通信社から配信された記事を新聞紙面への掲載以外の目的に使用すること及びこれを社員以外の者に利用させることはできない、②上記記事を新聞紙面に掲載するに当たっては、記事の内容について変更又は修正を加えることは原則として認められない、③記事を掲載する新聞社は、ニュースごとに共同通信社の配信記事であることを明記することになっている。

(7) 被上告人が裏付け取材をしなかったのは、被上告人が警視庁の記者クラブに加入していないため、警視庁が行う定例会見、記者発表に参加できず、警視庁に対する直接の問い合わせにも応じてもらえない実情にあり、共同通信社の記者の取材源に直接事実関係を確認することも、同社による取材源の秘匿、多くの報道機関からの取材の殺到によって被る取材対象者の迷惑に対する配慮、地方報道機関の経済的、人員的制約などから不可能ないし困難であり、共同通信社からの配信記事については裏付け取材や問い合わせをしないのが一般的な取扱いであるためである。

2 原審は、次のように判断して、被上告人には名誉毀損による不法行為が成立しないとし、上告人の請求を棄却すべきものとした。

(1) 本件記事は、共同通信社の配信記事に基づくものであるが、同社は、我が国の代表的な通信社で、配信に係る記事の真実性については同社が責任を負い、これを掲載する新聞社は裏付け取材をしないとする前提の下に配信記事に基づく報道がされている。このような報道システムは、地方の報道機関が物理的、経済的及び人的制約を越えて世界的ないし全国的事件を報道することを可能にするものであって、報道の自由に資するものである。したがって、報道機関が、正確性ないし信頼性について定評のある通信社の配信記事に基づいて記事を作成して掲載する場合には、その配信記事の内容が社会通念上不合理なもの、あるいはその他の情報にかんがみてこれを虚偽であると疑うべき事情がない限り、同記事に摘示された事実の真実性を確認するために裏付け取材をすべき注意義務はなく、配信された記事の内容が真実に反し、特定人の名誉を害する結果となっても、報道機関には、配信記事が真実を伝えるものであると信ずるについて相当の理由があると認められ、過失がない。

(2) 本件においては、本件配信記事の内容が社会通念上不合理なもの、あるいは虚偽であると疑うべき事情があったとは認められないから、被上告人が本件配信記事に摘示された事実が真実であると信ずるについて相当の理由があり、本件配信記事に基づいて本件記事を作成して掲載したことについて、被上告人には過失がない。

3 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

民事上の不法行為である名誉毀損については、その行為が公共の利害に関する事実に係り、その目的が専ら公益を図るものである場合には、摘示された事実がその重要な部分において真実であることの証明があれば、同行為には違法性がなく、また、真実であることの証明がなくても、行為者がそれを真実と信ずるについて相当の理由があるときは、同行為には故意又は過失がなく、不法行為は成立しない(最高裁昭和三七年(オ)第八一五号同四一年六月二三日第一小法廷判決・民集二〇巻五号一一一八頁参照)。そして、本件のような場合には、掲載記事が一般的には定評があるとされる通信社から配信された記事に基づくものであるという理由によっては、記事を掲載した新聞社において配信された記事に摘示された事実を真実と信ずるについての相当の理由があると認めることはできないというべきである(最高裁平成七年(オ)第一四二一号同一四年一月二九日第三小法廷判決・裁判所時報一三〇八号九頁参照)。

4 そうすると、本件において、被上告人には本件記事に摘示された事実を真実と信ずるについて相当の理由があり、過失が認められないとした原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そこで、被上告人の上告人に対する損害賠償の額について更に審理をさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。

よって、裁判官梶谷玄の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。なお、裁判官河合伸一、同北川弘治の各意見、裁判官福田博、同亀山継夫の意見がある。

以上