新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.679、2007/10/5 13:49 https://www.shinginza.com/qa-fudousan.htm

【民事・条件付使用貸借と解除・息子夫婦に利用させた土地の取り戻し】

質問:私は数年前に夫をなくし相続した唯一の財産である自分の土地上に長男名義で建物を立てて、私と同居し介護扶助をすることを条件に、長男夫婦家族に土地の使用を無償で許可しました。実は建築資金も大部分が私と亡くなった夫が二人で築いた会社を長男に譲りその経営から生まれたものです。最初のうちは、長男夫婦はよくしてくれていたのですが、約3、4年が経過したあたりから、私の面倒を見てくれなくなり、陽の当たらない部屋に移され食事も私一人だけ別にするようになりました。さらに「ここは自分達の家だから養老院にでも行ったら!いつまで生きているの!遺族年金は私たちが預かります!」等と暴言や虐待をするようになってきました。かなりの期間何度か親戚を介して円満に解決しようとしたのですがどうしてもうまくいきません。現在は娘夫婦のところに身を寄せていますが、私は、やむを得ず土地を売却してその代金で最後は有料老人ホームにでも入ろうと考えていますが、そのために長男に対して建物の収去を求めたいと考えています。このようなことは認められるでしょうか。

回答:
1、親子間の問題でもあり大変お困りのことと思いますが、貴女と長男の法律関係は、相談者所有の土地を無償で使用して長男名義の建物を所有していることから、法律的には土地の使用貸借契約関係があると考えられます(民法593条)。使用貸借とは無償で他人のものを借りて使用収益後返還する契約です。そのため、建物の収去が認められるためには、使用貸借契約関係終了の理由が必要です。

2、先ず使用貸借契約目的物の返還の時期については、民法上次のように定められています。すなわち、@借主は、契約に定めた時期に、借用物の返還をしなければならない。A当事者が返還の時期を定めなかったときは、借主は、契約に定めた目的に従い使用及び収益を終わった時に、返還をしなければならない。ただし、その使用及び収益を終わる前であっても、使用及び収益をするのに足りる期間を経過したときは、貸主は、直ちに返還を請求することができる。B当事者が返還の時期並びに使用及び収益の目的を定めなかったときは、貸主は、いつでも返還を請求することができる。(民法597条)。

3、本件の場合は、返還の時期を定めた訳ではありませんが、建物所有の目的で、使用貸借の目的物たる土地を長男に利用させていますから、使用貸借期間の定めなく、その目的が定めある場合として、民法597条2項の適用が問題となります。土地の利用目的は建物を建築して敷地として利用する目的と考えられますから建築後4年しか経過していない情況では土地の使用収益は終了していませんので返還時期はまだ到達しません。本条但し書きは目的に従って使用収益をするにたる期間経過後であれば貸主に返還を認めていますが、建築後4年しか利用していませんのでやはり但し書きも適用がないように思われます。長男夫婦は契約に従い目的物たる土地の利用方法にも違反がなく契約違反ということもいえないと思います。本件使用貸借契約は定義から明らかなように使用目的たる土地を長男夫婦に無償で利用させ土地利用終了後そのまま返還すれば何の問題もないからです。しかし、親子関係ですから契約書も作成していないと思いますが、本件は土地利用の動機が、貴女の老後の介護、同居、お世話にあったことは明白です。このような事情で無償にて親族に不動産を利用ささる事はよくある事でございます。ところが、長男夫婦は、あなたが頼りにしていた夫がすでに亡くなっていることを幸いに契約に直接現れていない契約の動機、原因となった約束を反故にして、あまつさえ本件建物建築資金捻出に事実上貢献した高齢な貴女に言葉の暴力により精神的虐待を行い、遺族年金まで事実上取り上げています。

4、そこで、私は使用貸借の動機、原因となった契約当事者間の社会的人間関係、信用、信頼関係が消滅し使用貸借を継続することが信義誠実の原則から認められないような場合、民法597条2項但し書きの趣旨を類推適用して解除できるものと考えます。その理由を申し上げます。

@使用貸借契約は、賃料等の対価関係なく無償で使用収益をさせるものであり借主が一方的に利益を受ける契約です。当事者一方だけが利益を受けますので片務契約といわれています。このような契約は、取引社会では通常ありえませんから、このような契約を締結するには当事者間に特別の人間関係、社会生活上の人的関係が信頼、信用により形成され動機、原因になっていると考えられます。597条の2項但し書きは、返還時期がなくとも使用目的に必要な期間は返還を認めないことを前提とし、更に目的に必要な期間前であっても利用に相当する期間経過後は返還を認めていますが、そもそも契約自由の原則から言えば、返還時期が定められていない以上期限の利益は借主にある訳ですから(民法136条)期限がない以上契約の目的に関係なく何時でも返還請求できのが民法の原則です。しかし、使用貸借でこのような借主側に利益となる例外規定をおいたのは使用貸借が、前述のように一般取引行為ではなく特別な人間信頼関係を考慮して当事者たる貸主の合理的意思を推定的に解釈し規定したのです。そうであれば、使用貸借契約を締結した動機、原因が喪失した場合の貸主側の合理的意思は返還期限の民法上の一般原則に戻り、当該目的による相当使用期間経過前でも契約を終了せしめるものであると解釈するのが適正、公平、妥当であり、但し書きの趣旨に合致するということになります。すなわち本条但し書きの趣旨を類推適用する事になるわけです。

A使用貸借は、借主のみが利益を受ける片務関係ですが同様な法律関係に贈与契約があります(法549条)。贈与も取引行為ではなく特別な人的関係に基づき行われるのですが、その違いは単に相手方が対象目的物を返還する義務があるかないかです。贈与を受ける側に贈与の内容に比して対価的とはいえない負担条件をつける負担付贈与がありますが(土地を贈与する代わりに隣接する土地を管理してもらう等)、この場合条件を履行しないと債務不履行贈与自体が解除される事になりますが、その理由は双務契約ではありませんが、贈与に前提となった貸主と借主の特別な交際、信用、信頼関係が負担条件不履行により失われた場合は取引関係の債務不履行として契約解除を認めるのが当事者の合理的意思に合致し適正、妥当だからです(法553条)。そういう点で使用貸借において動機、原因となった信頼関係がなくなった場合は本条負担付贈与の趣旨も類推適用が可能と思われます。

B更に、フランス民法109条には、贈与の忘恩行為により受益者に信頼関係を裏切る行為があれば贈与自体が撤回、取り消され規定がありますが、その制度趣旨は同様であり近代私法の原則より当事者の意思解釈は契約の条件、負担、動機、理由、原因より総合的に解釈し契約自由の原則により当事者の適正公平の理念から合理的総合的意思を基に契約の内容、存続、終了を決定すべきです。

Cこのことは、下記の判例においても認められています。すなわち、「父母を貸主とし、子を借主として成立した返還時期の定めがない土地の使用貸借であって、使用の実際的動機、理由、目的は、建物を所有して父が経営していた会社を他の兄弟とも協力しながら承継、経営をなし、あわせて右経営から生ずる収益により老父母を扶養し兄弟を助ける内容のものである場合において、借主は、父親引退後さしたる理由もなしに5、6年経過後から老父母に対する扶養をやめ、援助すべき兄弟とも往来を断ち、更にその後3、4年の間第三者の仲介も無視し使用貸借当事者間における信頼関係が地を払うに至った等の事実関係があるときは、民法597条2項但書を類推適用して、貸主は借主に対し使用貸借を解約できるものと解すべきである(最判昭42・11・24 判例時報506-37)」との判例があります。このように個人的な信頼関係の破壊の有無を根拠に使用貸借契約関係の解約を判断する理論は、その後の下級審判例でも踏襲されています(大阪高判平9・5・29 判例時報1618-77)。当事者の意思解釈及び、法の理想から妥当な判決と評価できるでしょう。

5、では以上の理論から本件を検討してみましょう。貴女と息子夫婦の使用貸借の理由、原因、動機は相談者と長男夫婦の親子関係の情誼を背景として、相談者所有の土地を無償で提供し、その代わり夫婦が年老いた貴女と同居し、その介護扶助を行い保護し、安心して老後の生活を暮らせるよう計らう事にあります。ところが、息子さん夫婦は、無償で土地を利用しながら、義務の履行になると貴女の保護、介護義務を履行しないばかりか、陽の当たらない部屋に移し、家庭の団欒も奪い、年金まで預かると称し自由に管理し、「何時死ぬの?」等精神的虐待まで繰り返しています。更に親戚の度重なる助言にも耳を貸さず、結局貴女は娘さん夫婦のところに身を寄せるしかない状態に追い込まれています。以上のように貸主と借主の間の人間関係、信頼関係は事実上破壊され、相談者夫婦と長男夫婦の親子の情誼に基づいた共同生活の継続は解体、不可能となっています。よって、本件土地の使用貸借契約基礎であるの実質的信頼関係、目的は不可能となっており、相談者が長男に本件土地を無償で使用させる実質的根拠は失われ、当事者間の信頼関係は完全に破壊されているものと評価できます。よって相談者の合理的意思解釈、適正公平を目的とする法の理想から、民法597条2項但書きを類推適用して使用貸借契約を解約できると考えることが可能です。息子さんはせっかく建てた建物を収去される不利益はありますが、もともとこの建築資金の大部分は貴女たち夫婦が苦労を重ね一代で築き上げ、経営してきた事業から捻出されており6−7年間も利用しているのですから特に息子さんに不利益ともいえないでしょう。経済的には損失ですがやむをえない結論です。

6、なお、建物建築時に一部住宅ローンを利用している場合は、銀行が土地賃貸借契約の提出を求めることがあります。そのような場合金融機関は息子さんだけでなく母親の方にも了解を求めことになりますから、使用貸借権では融資は下りません。結局、建物だけでなく、土地にも担保を要求しますので(土地所有者に保証も要求される事が多いでしょう)、訴訟で、建物は収去できますが、土地の担保はなくならないでしょう。どうしても、訴訟による経済的損失を避けたいようであれば土地の適正な値段で息子さん夫婦に買い取ってもらう方法もございます。いずれにしても、親子間で、冷静に法律的な主張を行うことが困難な場合は、弁護士等法的専門家に一度相談してみましょう。

≪参照条文≫

民法597条 借主は、契約に定めた時期に、借用物の返還をしなければならない。
A当事者が返還の時期を定めなかったときは、借主は、契約に定めた目的に従い使用及び収益を終わった時に、返還をしなければならない。ただし、その使用及び収益を終わる前であっても、使用及び収益をするのに足りる期間を経過したときは、貸主は、直ちに返還を請求することができる。
B当事者が返還の時期並びに使用及び収益の目的を定めなかったときは、貸主は、いつでも返還を請求することができる。
(負担付贈与)
第五百五十三条  負担付贈与については、この節に定めるもののほか、その性質に反しない限り、双務契約に関する規定を準用する。

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