新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース 質問:以前から、売掛金の手形による決済を、よく申し込んできていた取引先が、「来年から、電子記録債権法という法律ができて、手形が電子化されるので、できれば、その方法での決済をお願いしたい」といってきました。慣れないことで心配なのですが、何か注意しておく点はあるでしょうか。また、この取引先の経済的な信用に不安がある場合には、誰かに譲り受けてもらって、その人から譲り受ければ、その人が、手形のように、支払の責任を負ってくれるでしょうか。 そこで、手形、債権譲渡の代わりに、電子債権記録機関(具体的には中立性を確保する株式会社に委託することになります。)に債権の内容を記録しておき、安全簡易にその債権を譲渡する等して、資金調達を図る、という方法が、この法律によって新設されました。手形で言えば、債務者は支払いに代えてパソコンで電子登録債権として登録する手続をするだけですから手形用紙自体がありませんし上記作成、交付、受け取りの管理が容易になり、コストもかかりませんし、盗難紛失の危険がなくなります。記録原簿により債権が明確になっていますから債権譲渡における債権の確認、二重譲渡の危険の防止もでき、結果的に債権処分が容易になり流通がよくなり資金調達が出来るということになるわけです。実務的には期日ごとに送金等により最終残金の決済を行い、インターネットを利用し金融機関から自動的に電子記録債権管理会社の記録原簿に表示される事になると思われます。現在各会社、事業者同士が独自に行っている手形、売掛債権の管理、譲渡を少ないコストで電子記録債権として国が監督指導する中立的株式会社に集中的に任せ流通を促進し資金調達を容易にして経済を活性化させようとするものです。又、電子債権記録原簿に基づき取引が行われますから独自に取引の安全、債権流通の確保、利用者の保護も確保する必要があるわけです。 2.具体的利用手続については、電子債権記録機関の業務規定や運用実態の集積を待つ必要がありますが、このような立法の経過をみれば、一見、手形用紙が電子記録に変わっただけで、法的には扱いは同様ではないか、とも思えます。確かに、電子記録債権取引の安全確保から善意で、重過失もなく取得した第三者が保護され(善意取得、19条)、また、当事者間の事情が、第三者が、支払拒否が確実だと思って取得したのでない限り、なかなか主張できない(人的抗弁の切断、20条)という規定がある等、類似している点もあります。 3.しかし、電子記録債権の内容について、利害関係のある方は、正当な理由があれば、電子債権記録機関に対し、記録の閲覧や書面交付等を請求できることになっていますので、債権の内容が確認可能だということもあり(88条)、若干違う点もあります。まず、債務者が個人で、個人事業者との記録をしていない場合等には、業務上このような取引を頻繁に行う業者とは異なり、電子記録債券を発行すると真の権利者以外の第三者に支払を余儀なくされる場合があるというリスクを伴う、という取引知識まで要求するのはあまりにも酷だとの理由で、上記善意取得や人的抗弁の切断の規定は適用されません(19条2項3号、20条2項3号)。また、電子記録債権は、電子記録の記載方法等によって、債権の内容について、任意で定めることが可能な事項があります。例えば、上記の善意取得の規定を適用しない定めや、人的抗弁の切断の規定を適用しない定め(債務者が法人である、あるいは個人事業者との記録がされている場合)を、当初の債権者、債務者間で定めておき、それを電子記録債権の記録事項として記載しておくことができます(任意的記録事項、16条2項8号から10号)。また、手形は譲渡禁止にすることはできませんが、電子記録債権は、当事者間で譲渡禁止と定めておくこともでき(これは人的抗弁になります)、やはり、それを電子記録債権の記録事項として記載しておくことができます(任意的記録事項、16条2項12号、17条)。 4.これらの規定から考えると、電子記録債権を取得して、支払を受けられるつもりになっていても、当初の当事者間で、債権が無効になっていたり、既に支払われてしまっていたり、譲渡禁止の約束があったりした場合には、支払を受けられない危険性があることになります。電子債権記録機関の業務規程上、譲渡記録を行う際に、事前に譲受人に電子記録債権の記録内容を通知する、と定められる等して、通知がなされる可能性も高いと思いますが、各機関の対応によっては、利害関係人としての請求により(88条)、内容確認を行う必要も生じてくるかもしれません。 5.また、手形と異なり、電子記録債権の債務者から支払がなかった場合、譲渡人等に請求(遡求)をすることはできませんから、誰かに譲り受けてもらっても、それだけで支払の責任者になってもらうことはできず、別途、保証契約をしておく必要が出てきます。この点電子記録債権の届出により保証の法的効果を認めることも可能となっています(電子記録保証)ので、その方法によるか、電子記録を使わない方法で保証を受けるという方法は一応あります(この方法でも、保証する側と保証される側との間では、無効にならないと考えられます)が、これまでの手形の方法と異なるので、保証をお願いする相手が慎重になり、保証を受けにくくなる、という問題も生じるかもしれません。 6.以上のように、電子記録債権には、手形とはまた別のリスクもあり、また、扱いを異にする点もあります。手形の管理も確かに負担かもしれませんが、この新しい法律ができても、手形という方法自体は残りますので、慎重に検討した方がいいお話だと思います。ご心配な点は、お近くの法律事務所にご相談下さい。 ≪参考条文≫ 電子記録債権法
No.683、2007/10/10 18:09
【民事・電子記録債権法】
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回答:
1.ご指摘の通り、平成19年6月27日に、電子記録債権法が公布されました。平成20年末までには、施行される予定です。この法律は、売掛債権等を有する事業者の資金調達を従来よりも容易にするために作られた法律です。従来から、売り掛け金銭債権を有する企業の事業主は既に発生した支払期限がある債権を、期限前に譲渡する等して換金し、資金調達して事業者の別の代金や借金の返済に使うことで、事業を継続、経営していくことが多く、これまでは、その資金調達の方法として、具体的には手形利用、民法の債権譲渡方式が用いられていました。しかし、手形の場合、資金調達を用意にするため、流通性を高め、手形の所持人の権利を保護した結果、手形交付前の手形債務債務者が盗難や紛失にあった場合にも、善意で取得した第三者の権利保護のため、手形債務者が責任を負う危険を負うことになり、そうならないための管理の負担から(会社の手形自体が専門的窃盗団により盗まれ、流通する事件が生じ、手形の厳重な管理が必要となるわけですがこれも手形用紙という物体が物として物理的に存在する事から生じる危険です。盗まれた場合には、善意取得者が出る前に除権判決を受け権利を失わせる必要がありますが、その手間もかかります)又、取引ごとに個別の支払呈示期間等で行われる手形の振り出し、受けとりに手形自体への印紙代(200円から20万円)、手形受け取りの受領書、領収書の印紙代(200円から20万円)、作成する手間暇、担当者をおく必要性はかなりの額、時間、コストになる関係上(大会社ではその額はかなりの額になるはずです。)最近では流通が減少しています。すなわち年間の手形利用残高が平成17年度は5年前の半額程度30兆円程度になっています。年間200兆円といわれる売掛債権の譲渡という方法も実際債権があるかどうか債務者に確認する必要もありその手続費用もかかりますし、2重譲渡の危険、その防止対策の手続、費用(取引ごとに確定日付の内容証明が債務者に対して必要となります。)により流通性が十分でなく、手形も民法上の債権譲渡も使われなくなっていくことで、結果的に、特に中小企業等の資金調達が難しくなる、ということが起き始めていました。
第15条 電子記録債権(保障記録に係るもの及び電子記録保証をした者(以下「電子記録保証人という。」が第35条第1項(同条第2項及び第3項において準用する場合を含む。)の規定により取得する電子記録債権(以下「特別求償権」という。)を除く。次条において同じ。)は、発生記録をすることによって生ずる。
第16条 (発生記録) 発生記録においては、次に掲げる事項を記録しなければならない。
@ 債務者が一定の金額を支払う旨
A 支払期日(確定日に限るものとし、分割払いの方法により債務を支払う場合にあっては、各支払期日とする)。
B 債権者の氏名又は名称及び住所
C 債権者が二人以上ある場合において、その債権が不可分債権であるときはその旨、可分債権であるときは債権者ごとの債権の金額
D 債務者の氏名又は名称及び住所
E 債務者が二人以上ある場合において、その債務が不可分債務又は連帯債務であるときはその旨、可分債務であるときは債務者ごとの債務の金額
F 記録番号(発生記録または分割記録をする際に一の債権記録ごとに付す番号をいう。以下同じ。)
G 電子記録の年月日
2 発生記録においては、次に掲げる事項を記録することができる。(以下抜粋)
G 第19条第1項(第38条において読み替えて準用する場合を含む。)の規定を適用しない旨の定めをするときは、その定め
H 債権者又は債務者が個人事業者であるときは、その旨
I 債務者が法人又は個人事業者(その旨の記録がされる者に限る。)である場合において、第20条第1項(第38条において読み替えて準用する場合を含む。)の規定を適用しない旨の定めをするときには、その定め
J 債務者が法人又は個人事業者(その旨の記録がされる者に限る。)であって前号に掲げる定めが記録されない場合において、債務者が債権者(譲渡記録における譲受人を含む。以下この項について同じ。)に対抗することができる抗弁についての定めをするときは、その定め
K 譲渡記録、保証記録、質権設定記録若しくは分割記録をすることができないこととし、又はこれらの電子記録について回数の制限その他の制限をする旨の定めをするときは、その定め
第17条 (譲渡記録)電子記録債権の譲渡は、譲渡記録をしなければ、その効力を生じない。
第19条 (善意取得)譲渡記録の請求により電子記録債権の譲受人として記録された者は、当該電子記録債権を取得する。ただし、その者に悪意または重大な過失があるときは、この限りではない。
2 前項の規定は、次に掲げる場合には、適用しない。
@ 第16条第2項第8号に掲げる事項が記録されている場合
A 略
B 個人(個人事業者である旨の記載がされている者を除く。)である電子記録債権の譲渡人がした譲渡記録の請求における譲受人に対する意思表示が効力を有しない場合において、前項に規定する者が当該譲渡記録後に請求された譲渡記録の請求により記録されたものであるとき。
第20条(抗弁の切断)発生記録における債務者又は電子記録保証人(以下「電子記録債務者」という。)は、電子記録債権の債権者に当該電子記録債権を譲渡した者に対する人的関係に基づく抗弁をもって当該債権者に対抗することができない。ただし、当該債権者が、当該電子記録債務者を害することを知って当該電子記録債権を取得したときは、この限りではない。
2 前項の規定は、次に掲げる場合には、適用しない。
@ 第16条第2項第10号又は第32条第2項第6号に掲げる事項が記載されている場合
A 略
B 前項の電子記録債務者が個人(個人事業者である旨の記録がされている者を除く。)である場合