新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.697、2007/11/1 15:47

【親族・扶養義務額・過去扶養料についての扶養義務者間の求償について】

質問:私の両親は既に死亡していますが,私には,兄と弟がいます。兄弟3人はいずれも,独立しており,独身です。しかし,兄が,数年前,事故で重傷を負い後遺症が残り,労働が十分にできない体になってしまいました。そこで,私は,今まで兄の生活費の援助をしてきました。しかし,弟は,何の援助もしようとしません。私はサラリーマンをしていますが,私と比べて弟は,高収入の仕事をしていて裕福な状況です。弟は,何の援助もする必要がないのでしょうか。また,私が今まで出してきた費用の一部を,弟に負担させることはできないのでしょうか。

回答:結論から申しますと,弟は,兄を援助する必要がありますし,また,あなたは,今まで出してきた費用の一部を,弟に負担させることができると考えられます。話し合いがまとまらない場合は調停及び家事審判手続きを申し立ててください。

解説:
1、貴方は,働けない兄に対する援助及び過去に負担した兄への扶養について弟に請求,求償していますが,先ず前提としてあなたと弟は,困っている兄に対して,民法上どのような扶養義務を負っているか考えてみます。民法877条1項は,「直系血族及び兄弟姉妹は,互いに扶養をする義務がある。」と規定しておりますが,この条文が規定する兄弟間の「扶養をする義務」とは判例学説ともに「生活扶助義務」と解釈されています。すなわち,定義的には扶養義務者が要養者に対して自分の生活に経済的余裕がある限度で扶養する義務を言います。

2、では互いに兄弟といえども成人ですから財産関係は本来各々別個独立のものなのに,どうしてこのような法的義務が認められるのでしょうか。その理由,制度趣旨を考えて見ます。本件で問題になっている「生活扶助義務」に似通った概念として「生活保持義務」があります。具体的には,夫婦(民法752条),親子(民法887条の直系血族の中に入りますのでこの規定と憲法26条,民法820条教育の義務が根拠です)の関係における義務で,「扶助義務」と異なり,扶養義務者が要扶養者に対し自分と同質,同程度の生活を確保する義務をいい義務者に余裕があろうとなかろうと科せられる法的義務をいいます。「生活保持義務」の根拠は明らかです。夫婦は,互いに婚姻契約の合意により精神的,肉体的に一体とした社会生活上の単位として協力扶助することを誓い合い契約した関係であり,未成年者は存在自体が,精神的肉体的に未成熟であり個人の尊厳確保するため両親は出生の責任者として生まれながらに教育扶養の権利,義務を有するからです。しかし,その他の直系血族,兄弟,3親等内の親族にはその根拠は不明です。なぜなら,たとえ親兄弟といえども,成人の場合は全て財産関係,社会関係は別個独立のものとして存在し,すべて他人の関係として規律されるからです(個人責任の原則,自力自助の原則)。金銭貸借,社会生活の維持,責任の所在は全て独立別個のものなのです。そうであれば,成人の場合,生活が出来ないのであれば親族ではなく憲法25条福祉国家を標榜する生存権の趣旨から言えば国家が生活保護という形でまず責任を負えばいいはずです。しかし,後述のように親族の扶養義務は生活保護に優先して認められています。

ではどうして扶養の関係においてのみこのような法的義務を設けたのかと申しますと,あえて理由づけるならば,私有財産制及び相続制度と公平の理念にその根拠が見いだされると考えられます。すなわち,日本の社会構造は私有財産制と契約自由の原則により成り立っているのですが,個人の財産は,私有財産制をその死後においても徹底する限り,遺言の自由を認め,遺言がなくても所有者の死後においても所有者の推定的意思,相続財産への推定的貢献,相続人の生活の保障を根拠に一定の親族に相続財産を分配し,安易に国家への帰属を認めていないのです。そうであれば,ある者が自らの力で生活が出来ない場合,積極財産の場合に恩恵を受ける可能性がある一定の親族にその反対義務として生活扶助の扶養義務を認めたのです。すなわち遺産相続権がない国家ではなく(生活保護制度を利用するのは最終手段と位置付ける事になります)親族から相続により利益を受ける可能性のある者にまず公平上法的扶養義務を認めたのです。相続の場合,基本的に3親等内である親,兄弟が相続権利者ですからその対比上3親等内の親族に扶養義務を認めたわけです。従って,扶助義務は個人責任の原則から例外的なものであり,政策的配慮もあり,義務者に余裕がある場合にその範囲で認められることになるわけです。以上の観点から解釈が求められます。

3、本件では,あなたは,サラリーマンをしていて,今まで兄の生活費の援助をしてきており,また,弟は,あなたよりも高収入の仕事をしていて裕福な状況ですので,あなたも弟も,兄に生活資料を与える生活の余裕があると考えられますので,扶養義務(生活扶助義務)を負うことになると考えられます。

では,次に,あなたと弟は,兄に対して,具体的にどちらがどの程度の扶養をすべきか,また,具体的にどのような扶養をすべきか(扶養の程度と方法)について説明します。まず,民法は,このような家族間・親族間の生活に関わる問題は,なるべく家族間・親族間の話し合いで円満に解決するのが望ましいと考えております。よって,扶養の程度と方法については,まず,当事者(本件では,あなたと弟)の協議(話し合い)によって解決すべきと規定しております(民法879条)。しかし,扶養の問題で争いが生じる場合は,当事者間の協議が整わない場合がほとんどであるといえます。本件でも,あなたと弟の協議(話し合い)は整っていないようです。そこで,この場合,あなたは,家庭裁判所に調停の申立てをすべきことになります。調停も,話し合いにより円満に解決することを目的としており,専門知識を持った調停委員が,お互いの当事者の話を聞いて,時には当事者を説得する等して,手続きが進んでいきます。ただ,調停もあくまで話し合いにより円満に解決することを目的とする制度ですので,調停でも話がまとまらない場合もあり,その場合,家庭裁判所が,家事審判事項として決定により扶養権利者の需要,扶養義務者の資力その他一切の事情を考慮して,扶養の程度と方法を定めることになります(民法879条)。このように,手続きは,当事者間の協議→家庭裁判所で調停→家庭裁判所の審判という流れで進みます。本件では,まず,あなたが,今まで兄の生活費の援助をしてきて,一応,兄の生活が成り立っていたと思われますので,扶養の方法は,毎月,定期金の形で,兄に生活費を援助する形が望ましいと考えられます。実務でも,このような形が一般的です。

4、次に,あなたと弟のどちらがどの程度負担すべきかですが,具体的には,毎月の兄に援助する必要がある金額(例えば6万円)を算定し,他方,あなたの毎月の手取り収入からあなたの生活費を控除した,あなたの毎月の余裕金額(例えば6万円),同様に計算した弟の毎月の余裕金額(例えば12万円)を算定したうえ,按分比例して決めるのが一つの方法ですし公平な方法ではないかと考えられます(例えば,あなたが2万円負担,弟が4万円負担)。ただ,実際には,家庭裁判所が,扶養権利者の需要,扶養義務者の資力その他一切の事情を考慮して,扶養の程度と方法を定めることになりますので,ケースバイケースであるということになります。

5、@次に,あなたが,今まで出してきた費用の一部を,弟に負担させることができるかについて説明します。この点,仮に,毎月の兄に援助する必要がある金額が6万円 だとして,これをあなたが今まで全額出してきたが,本来であれば,あなたの負担分は2万円で,弟の負担分が4万円なのであれば,あなたは,毎月4万円分を弟の代わりに負担していたのですから,その分を弟に負担させることができると考えられます。このように考えるのが,公平の観点からも妥当だからです。

A最高裁昭和26年2月13日判決は,兄の意思に反して母を引き取り扶養した妹から兄に対して扶養料の半額の償還を請求した事案で,仮に,兄が相当な扶養をしないため妹がみかねて引き取った場合にも,兄が全面的に義務を免れるとすると,冷淡な者が義務を免れ,情の深い者が損をするおそれがあることを主な理由として,兄の扶養義務を全面的に免れさせるような相当の理由がない限り,扶養料の償還を請求できると判示しております。この判決によると具体的な法的権利としては,あなたが損失を被る代わりに,弟が法律上の原因なくその分の利益を受けている関係にありますので,不当利得返還請求権(民法703条)を行使することができることになります。

Bしかし,この判決は結論的には妥当であると思慮致しますが訴訟手続に問題点があります。すなわち,この判決は,実質的には不当利得の請求であり通常訴訟手続で過去に負担した扶養料の求償を判断しており妥当なようにも思いますが,家事審判法9条乙類 8号は「 民法第八百七十七条 から第八百八十条 までの規定による扶養に関する処分」を家事審判事項にしていますので過去に支出した扶養料の求償の場合「扶養に関する処分」に当たるか解釈しなければなりません。

C当職としては,現在,過去の扶養料の順位,負担,内容,求償全てが扶養に関する処分に該当しますから通常の訴訟手続では出来ないものと解します。その理由ですが,そもそも家事審判とは,通常訴訟手続では当事者の争いの合理的解決にならないと考え非訟事件手続により,国家の後見的機能を認めて特別に規定されたものであり,職権探知主義の下に裁判所も資料収集に参加して解決を図ろうとするものです(非訟事件手続に関しては当事務所ホームページ事例集参照してください)。扶養の内容は権利義務の争いというより,親族間の了解,合意によりどのようにして要扶養者であるお兄様の人間らしい生活を保障するかということが真の目的であり貴方と,弟の訴訟上の勝ち負けが主眼ではありませんから全ての事情を総合的に勘案して判断すべきものであり審判事項になじむ性質のものです。そうであれば,過去に支出した費用求償についての判断も同様であり訴訟手続では判断できない事になります。以上より,この判決は手続違背の点で妥当性を欠くといわざるを得ません。

D後の最高裁判決昭和42年2月17日判決は,過去の扶養料求償について訴訟手続も認めた原審名古屋高裁の判決を違法として扶養料の求償を認めませんでした。この訴訟は過去の扶養料の償還を求めて家庭裁判所に審判の申立てをしたが,係の勧めで取り下げ,民事訴訟を提起した事案で,過去の扶養料の求償においても,各自の分担額は協議が整わない限り家庭裁判所が審判で決定すべきであることを理由として,通常裁判所が判決手続で判定すべできはないと判示しております。すなわち,過去の扶養料の請求を,不当利得返還請求権(民法703条)と構成すると,本来であれば,民事訴訟を提起して判決手続きで決定される事項であるが,過去の扶養料は,実質的には,過去において分担すべきであった扶養料額の確定であるから,上記の扶養の程度や方法の問題と同様,家庭裁判所の審判で決定されるべき事項であると判断したのです。適正な判断と思われます。

6、前述のようにこの権利も,公平の観点から認められるものです。そして,具体的な権利の行使方法については,上記の扶養の程度や方法の問題と同様に,まずは,当事者間(あなたと弟)で協議(話し合い)することを試み,協議が整わない場合には,家庭裁判所に調停の申立てをするのがよいでしょう。なお,この問題につき(過去扶養に関する費用の清算)につき,上記の扶養の程度や方法の問題とは別に,家庭裁判所に調停を申し立てる必要はありません。一緒に申立てることが可能です。

7、なお,最後に,兄は,生活保護を受けることができる可能性がありますので,生活保護と扶養義務の関係について説明します。この点,前述のように,社会では,肉体的・精神的・社会的・年齢的な事情により,自らの資産と労力によって生活するこができない者が生じることは避けられません。そこで,このような場合に,その者に対して,必要な生活資料を与えてその者を保護しようとする制度が,生活保護の制度です。このように,生活保護の制度も,扶養の制度と同様の趣旨に基づく制度です。但し,生活保護のような公的扶助は,他の手段によって生活できない者を,いわば最後の手段として公の手で扶助しようとする制度だと考えられております。前述のようにあくまで,もともと,各人は,自らの生活を自らの責任において維持すべきことが原則(自力自助の原則)であり,国家が援助するのは,最後の手段だと考えられているからです。生活保護法4条2項も「民法に定める扶養義務者の扶養及びその他の法律に定める扶助は,すべてこの法律に優先して行われるものとする。」と規定しております。よって,本件では,あなたが,今まで兄の生活費の援助をしてきて,一応,兄の生活が成り立っていたと思われますので,兄は生活保護を利用することはできない可能性が高いと思われます。ただ,生活保護の理解を深めるためにも,役所に行って,生活保護の相談をしてみるのもよいと思われます。また,今後,あなたや弟の経済状況が悪くなり,兄に十分な援助をすることができなくなった場合には,兄が生活保護を利用することを検討すべきでしょう。

≪参考条文≫

民法
703条
法律上の原因なく他人の財産又は労務によって利益を受け,そのために他人に損失を及ぼした者(以下この章において「受益者」という。)は,その利益の存する限度において,これを返還する義務を負う。
877条
1項 直系血族及び兄弟姉妹は,互いに扶養をする義務がある。
2項 家庭裁判所は,特別の事情があるときは,前項に規定する場合のほか,三親等内の親族間においても扶養の義務を負わせることができる。
3項 前項の規定による審判があった後事情に変更を生じたときは,家庭裁判所は,その審判を取り消すことができる。
878条
扶養をする義務のある者が数人ある場合において,扶養をすべき者の順序について,当事者間において協議が整わないとき,又は協議をすることができないときは,家庭裁判所が,これを定める。扶養を受ける権利のある者が数人ある場合において,扶養義務者の資力がその全員を扶養するのに足りないときの扶養を受けるべき者の順序についても,同様とする。
879条
扶養の程度又は方法について,当事者間に協議が整わないとき,又は協議をすることができないときは,扶養権利者の需要,扶養義務者の資力その他一切の事情を考慮して,家庭裁判所が,これを定める。

生活保護法4条2項
民法に定める扶養義務者の扶養及びその他の法律に定める扶助は,すべてこの法律に優先して行われるものとする。

家事審判法
第九条  家庭裁判所は,次に掲げる事項について審判を行う。
乙類
八 民法第八百七十七条 から第八百八十条 までの規定による扶養に関する処分

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