新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.702、2007/11/26 15:09

[民事・契約・特許法35条・会社員の職務発明の対価はどのようにして計算するか]

質問:私は、製造業の会社の研究所に勤務しており、部品の製造方法に関して特許を申請し、登録が認められました。会社はそれを製品化し大きな利益を上げていますし、他社にライセンスしてロイヤリティ収入も沢山入っているようですが、自分には、数万円程度の報奨金しか支払われませんでした。苦労して発明したものなので、適正な報酬を受け取りたいと思います。どれくらい請求できるのでしょうか。どのように請求したら良いでしょうか。

回答:サラリーマンが勤務先の業務に関連して発明を行った場合、職務発明として、発明権は、勤務先に帰属することになりますが、相当額の報酬を受け取ることが出来ますので、一度、弁護士に御相談になってみると良いでしょう。

解説:
1、@平成16年の200億円の地裁判決、平成17年の8億円の高裁和解で有名になった、青色発光ダイオード事件をきっかけとして、サラリーマンの職務発明の対価に社会的関心が高まりました。少し長くなりますが、特許法35条を引用します。

A 特許法第35条(職務発明)  使用者、法人、国又は地方公共団体(以下「使用者等」という。)は、従業者、法人の役員、国家公務員又は地方公務員(以下「従業者等」という。)がその性質上当該使用者等の業務範囲に属し、かつ、その発明をするに至つた行為がその使用者等における従業者等の現在又は過去の職務に属する発明(以下「職務発明」という。)について特許を受けたとき、又は職務発明について特許を受ける権利を承継した者がその発明について特許を受けたときは、その特許権について通常実施権を有する。
2  従業者等がした発明については、その発明が職務発明である場合を除き、あらかじめ使用者等に特許を受ける権利若しくは特許権を承継させ又は使用者等のため専用実施権を設定することを定めた契約、勤務規則その他の定めの条項は、無効とする。
3  従業者等は、契約、勤務規則その他の定めにより、職務発明について使用者等に特許を受ける権利若しくは特許権を承継させ、又は使用者等のため専用実施権を設定したときは、相当の対価の支払を受ける権利を有する。
4  契約、勤務規則その他の定めにおいて前項の対価について定める場合には、対価を決定するための基準の策定に際して使用者等と従業者等との間で行われる協議の状況、策定された当該基準の開示の状況、対価の額の算定について行われる従業者等からの意見の聴取の状況等を考慮して、その定めたところにより対価を支払うことが不合理と認められるものであつてはならない。
5  前項の対価についての定めがない場合又はその定めたところにより対価を支払うことが同項の規定により不合理と認められる場合には、第三項の対価の額は、その発明により使用者等が受けるべき利益の額、その発明に関連して使用者等が行う負担、貢献及び従業者等の処遇その他の事情を考慮して定めなければならない。

B本条の制度趣旨は以下の通りです。本条の意味内容は、簡単に言えば会社の研究所などで、職務命令により研究開発した結果職務発明がなされた場合などの、企業等と、発明者個人の利害を調整するための規定で、勤務先企業は職務発明の通常実施権を取得し、従業員は、特許権を会社に承継させたときは、相当の対価を受けることが出来る旨定められています。従業員が労働契約中に発明を行った場合発明権すなわち特許権を受ける権利(人格権たる発明者名誉権も含まれます)は発明した従業員に原始的に帰属することは当然ですが(特許法29条)、従業員は労働契約の性格上使用者の指示命令による業務を遂行し従属的関係にありますし、一般的に使用者側は立場上経済力、設備力、調査力、情報力が強大であり、労働内容は毎日の生活する権利を内容としている関係上労働契約締結時から従業員が発明しても発明権を企業側に譲渡し、又専用実施権(特許、発明権を独占的に排他的に利用できる権利、特許法77条)を設定されている場合がほとんどでです。

契約自由の原則から労働契約を結んでいる以上このような不利益は当然と思うかもしれませんが、労働契約はいかなる契約でも有効ではなくその契約内容は当事者にとり適正、公平でなければならないことは憲法13条(私権の濫用禁止)、14条(権利平等の原則)、民法1条の信義誠実の原則から論を待たないところであり、使用者と従業員の実質的公正を図り社会経済発展の基本となる発明の更なる促進を目的として特許法35条は規定されました。すなわち、発明を2つに分け、職務発明(従業員が職務上に関連して得た発明)については、発明権を従業員に認めて発明に人的、物的援助を行った使用者に発明権を譲り受ける事も有効とし、更に専用実施権を与えて、生じた利益については使用者と従業員でその貢献度に応じて公平に分配したのです。従業員の職務に関連性のない発明すなわち自由発明は、企業が当該発明に対して制限する労働契約内容は無効として発明に貢献のない使用者、企業の横暴を抑止し労働者の利益を確保し当事者の実質的公平を図ったのです。以上より、労働者は職務発明に関し企業の恩恵的な権利ではなく発明者として当然の権利を有し正当なる利益を主張することができるのです。

C多くの企業では、職務発明の承継及び対価について、独自の算定方法による報奨金の定めがなされており、この支払いの他に、具体的にどの程度の対価を請求できるかどうかが問題となります。

2、裁判所は、職務発明の対価が就業規則で定められていたとしても、その金額が、相当対価に満たないときは、不足額を会社に対して請求できると判示しています。最高裁判所平成15年4月22日判決、「いまだ職務発明がされておらず、承継されるべき権利等の内容や価値が具体化する前に、あらかじめ対価の額を確定的に定めることが出来ないことは明らかであって、上述した特許法35条の趣旨及び規定内容に照らしても、これが許容されていると解することはできない。換言すると、勤務規則等に定められた対価は、これが同条3項、4項所定の相当の対価の一部に当たると解しうることは格別、それが直ちに相当の対価の全部にあたるとみることはできないのであり、その対価の額が同条4項の趣旨・内容に合致して初めて同条3項、4項所定の相当の対価に当たると解することができるのである。」

3、では、特許法35条3項、4項の「相当の対価」とは、どのように算定されるのでしょうか。最近の判例を見てみましょう。

@第三者にライセンスせず、全て自己実施した場合
東京地方裁判所平成19年6月27日判決、「改正前特許法35条4項に規定する「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」とは、使用者等が当該職務発明に係る特許権について通常実施権を有する(同条一項)ことから、使用者等が実際に受ける利益の額から通常実施権を実施することにより得られる利益の額を控除した額、すなわち、使用者等が発明を実施する権利を独占することによる利益の額と解すべきである。」

つまり、会社は、従業員の職務発明を無償で実施することができるのだから、実施したことそのものによる利益を除いて、独占の利益に限って、算定の対象と考えるのです。そして、独占の利益の算定は、「X線イメージ管に関する実際の市場シェアと、シェア獲得のための条件が同一であると仮定した競業他社との関係で被告が占めることになるシェアとの差が、超過シェアであり、これを基に、独占の利益を算定すべきである」と判断しています。本件では、6社が競争している市場で、特許権を実施した企業が57%のシェアを占めたとして、均等シェアが100÷6=16.7%なので、57−16.7=40.3%が超過シェアと判断しました。

超過売上高=全体の売上高×超過シェア

「原告が受けるべき相当の対価の額は、上記2ないし4において検討したとおり、X線イメージ管の超過売上高に利益率を乗じ、本件発明の寄与度を乗じて、独占の利益を算定し、そこから、被告の貢献度を控除し、すなわち、発明者の貢献度を乗じ、共同発明者間の原告の貢献割合を乗じて算定することになる。」

相当の対価=超過売上高 × 利益率 × 本件発明の寄与度 × 発明者の貢献度 × 共同発明者間の原告の貢献割合

実際の計算は、77億8800万円×0.1×0.1×0.05×0.5=194万7000円となりました。

A第三者にライセンスした場合
東京高等裁判所平成16年4月27日判決「特許法35条3項の「相当の対価」は、その発明の価値から使用者等が取得した無償の通常実施権の価値を控除した残価値を基準とし、これに「その発明がされるについて使用者等が貢献した程度」を考慮して、総合的に割り引いたものをもって認識されるべきである。」

「相当の対価=(特許権の価値―法定通常実施権の価値)×発明者の貢献度割合

この場合、特許権の価値は、使用者等が受けるべき利益を基に算定される。

特許権の価値=(発明に基く事業の全受取収入―同全支出費用)×特許権の寄与割合

法定通常実施権の価値は、法定通常実施権に基き、使用者等が受けるべき利益を基に算定される。

法定通常実施権の価値=(通常実施権による実施に基く事業の全受取収入―同全支出)×特許権の寄与割合」

ロイヤリティ収入から、特許出願・維持費用や、ライセンス契約締結費用などを控除すべきであると判断しています。実際の計算では、使用者が受けた利益額を、1億3787円と認定し、会社の貢献度9割を控除して、1378万7千円を相当対価と判断しました。

4、なお、相当対価の請求権の消滅時効期間は10年間であると考えられており、時効期間の起算点は、会社の就業規則に定められた報奨金の支払時期とされています(上記最高裁判決)。相当対価の算定には、様々な事情が反映されますので、ご自分の発明の対価に納得がいかないとお考えの場合は、一度、知的財産権に詳しい弁護士の相談をお受けになることをお勧めいたします。

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