新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース 質問:自動車の盗難保険に加入していましたが,クルマを盗まれてしまいました。警察に直ぐに状況を説明し被害届を出し,保険会社に保険金の請求をしましたが,保険会社は「第三者による盗難の立証が不十分」として保険金の支払いに応じません。犯人は痕跡を残さず車を持ち去っており,逮捕もされていませんので,途方に暮れています。これがいわゆる「保険金不払い問題」なのかと思いますが,どのように対処したらよいですか?どの程度立証すれば,保険金を請求できますか?立証責任とはどういうものですか?車両保険契約の内容は@「衝突,接触,墜落,火災,台風その他偶然なる事故」及び「被保険自動車の盗難」による損害に対して被保険者に対して保険金を支払う。A保険契約者,被保険者,保険金を受け取る者の故意により生じた損害に対しては保険金を支払わない。というものです。 解説: 2.このようにある事実を証明する必要がある場合には,立証できない時に不利益をこうむる側に立証責任あるいは挙証責任があるといわれます。学問上,「立証責任」「挙証責任」とは,訴訟において一定の事実の存否が証拠により確定されない場合に(真偽不明,ノンリケット,non riquetといいます)当事者の一方に科せられる不利益をいいます。条文上には明確に規定されておりません。民事訴訟法とは,私的紛争を適正,公平,迅速,低廉に公的,強制的に解決するものですから(民事訴訟法2条),裁判所の判断である判決を言い渡すためには,その前提となる事実を確定しなければなりません。そこで,当事者間に争いがある事実は当事者の提出した一切の証拠によって裁判官が認定するのが裁判です。しかし,証拠によってもその事実を裁判官が確定できない事態が生じてしまう場合があります。しかし,事実を確定できなければ法的判断(判決)が出来ませんのでそのまま放置する事になると私人間の勝手な自力救済を禁じ国家が紛争解決機能独占的に有し公的に,そして強制的に解決し社会秩序を維持し個々人の権利を保護しようとした裁判制度の趣旨が失われますし,迅速な解決,訴訟経済上の要請にも反する事になってしまいます。そこで立証責任あるいは挙証責任という概念,制度が必要になるのです。勿論刑事訴訟法にても同様です。 3.このように,立証責任,挙証責任は重要な概念ですが,誰が挙証責任を負うかについて民事訴訟法は条文で明確に規定していません。そこで,誰が責任を負うかを解釈により決定しなければなりません。これを挙証責任分配の原則といいます。これについてはいろいろな考え方がありますが,当職としては法的な権利の発生,変更,消滅を裁判上主張する当事者がそれぞれの法的効果を規定する条文の内容となっている要件事実について挙証責任を負うものと解釈します。なぜなら,民事訴訟法の対象が当事者間の私的紛争であることから公的機関である裁判所は当事者にとり公平でなければならず,法的な権利の発生,変更,消滅により法的利益を受けようとする者が利益を受ける前提となる事実を立証する最終的責任を負うとすることが公平の観念に最も合致するからです。 例えば,売買により代金を請求する当事者は代金請求により利益を受けるので民法555条の売買契約合意の要件事実(当事者,目的物,代金,支払期限)の立証責任を負うことになりますし,売買契約で契約が錯誤により無効であるから代金を支払わないというという場合は支払わない事により利益を受ける買主が民法95条の規定する要件事実(錯誤の事実)を立証する責任があります。更に売買契約の代金請求権が時効で消滅していると主張する時は時効により利益を受ける買主が民法167条の時効の要件事実を明らかにしなければなりません。この考え方は,学問上通説であり法律要件分類説といわれおり,分配の基準は,法律の要件によって振り分けられるとされています。前述の例に述べたように@権利根拠規定(売買),A権利消滅規定(時効)は,その法律効果を主張する者が,B権利障害規定(錯誤)についてはその法律効果を争う者が証明責任を負うとされています。 4.次に,当職の説,法律要件分類説によると本件保険契約ではどのようになるか考えてみます。貴方は,保険金請求をしていますから保険契約を規定している商法629条の規定している要件事実を立証しなければならないことになります。保険契約とは,火災,盗難、死亡などについて偶然的な事故が発生した場合に当事者(保険者,保険会社)が,その損害の填補,又は損害金を支払い,これに対し他方(保険契約者)が保険料という報酬を支払う契約です。この条文,定義を読むと保険金を請求する保険契約者は,「偶発的な」「事故」という2つの要件事実を立証する事になります。 5.他方,641条には保険者(保険会社)の免責事由として「保険契約者の悪意,重過失による損害について」保険者は責任がないと規定しているので,保険契約者の悪意,重過失はとどのつまり偶発的事故(予想できない事故)ではないということになりますから,偶発性を否定して保険金支払いの責任を逃れ利益を受ける保険者(保険会社)に保険契約者(又被保険者)の悪意,重過失(偶発性がない事)を立証する責任があるとも解釈できます。すなわち前述の権利変更規定(権利障害規定)と同様に考えるわけです。そこで改めて偶発性(悪意,重過失がないこと)の立証責任が誰なのかが問題になります。本件,自家用車盗難保険契約では,事故すなわち盗難の事実は保険金請求者である保険契約者が立証する必要がありますが,その他「偶発性」すなわち保険契約者の悪意で盗難が生じものでない事実まで立証する必要があるか,それとも,保険者(保険会社が)保険契約者の悪意による盗難すなわち偶発性がないという事実を立証しなければならないかということになります。 6.この点,当職としては,629条の「偶発性」の事実,「保険契約者の悪意によって生じた」という事実は保険金請求者(保険契約者)に立証責任はないと解釈します。保険契約者は「事故」,すなわち盗難の外形的事実のみを第三者からみて合理的に納得できる程度に立証すれはいいわけです。なぜなら,@条文上は確かにどちらにでも解釈できる事になりますから,挙証責任分配の原則の制度趣旨から考えなければいけません。すなわち,この制度の基本は当事者の公平であり偶発性の事実は一見立証が簡単なようにみえますが,保険契約者の悪意,盗難行為に関与していない事の証明は「ないことの証明」につながり過度に立証責任を契約者に科すものであり不公平だからです。他方,保険者は,偶発性がないこととは実際,保険契約者の悪意,盗難行為に関与している事実なので「ないことの証明」にはならず結果的に立証か容易だからです。Aまた,保険契約は現在国家が指導,監督するように通常,保険者(保険会社)の方が経済力,情報力,組織力が強大であり保険契約者より圧倒的に強い立場にあり公平上も実質的責任を保険者側に負わせるのが妥当だからです。B以前は,実務においても,偶然性について保険金請求者に主張・立証する責任があるとしていました。ただ,前述のように「ない」ことを立証するのは非常に困難なもので,犯人がはっきりしている場合などを除いては,保険金請求者にとって非常に厳しいものとなってしまい妥当ではないからです。 7.次に判例の見解とコメントをご紹介します。 Aこの判例のコメント Bそして,最一小判平成19年4月23日判タ1242号100頁は,上記判決と同趣旨のことを述べた上で,次のように判示しました。「保険金請求者は,「被保険者以外の者が被保険者の占有に係る被保険自動車をその所在場所から持ち去ったこと」という盗難の外形的な事実を主張,立証する責任を免れるものではない。」「原審は,……「外形的・客観的にみて第三者による持ち去りとみて矛盾のない状況」が立証されれば,盗難の事実が事実上推定されるとした上,本件では,上記「矛盾のない状況」が立証されているので,盗難の事実が推定されるとしている。しかしながら,……保険金請求者は,盗難という保険事故の発生としてその外形的事実を立証しなければならないところ,単に上記「矛盾のない状況」を立証するだけでは,盗難の外形的な事実を合理的な疑いを超える程度にまで立証したことにならないことは明らかである。従って,上記「矛盾のない状況」が立証されているので盗難の事実が推定されるとした原審の判断は,……主張立証責任の分配に実質的に反するというべきである。」 Cこの判例のコメント 8.では,具体的にどうやって上記事実の立証を行えばよいかが問題となりますが,保険金請求者としては,@車がどのように,いつ持ち去られたのかを裏付ける防犯ビデオの映像,A不審者が映っている防犯ビデオの映像,B車がなくなった日の警報装置の作動状況,C現場の痕跡,E以上の状況の捜査機関への詳細な申告,被害届けなどの証拠により,上述の事実を立証できるものと思われます。しかし,ご相談の場合のように,痕跡が残っておらず,防犯ビデオがなかったりする場合には,立証が非常に困難なものとなりそうです。また,保険会社は,やはりその道の専門家でもありますので,一度お近くの法律事務所へご相談されることもお考えいただいたほうが良いかもしれません。 ≪参考条文≫ (商法) (民法) (民事訴訟法)
No.704、2007/11/27 13:25
【民事・自動車盗難による保険金請求の挙証責任・立証内容】
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回答:保険会社が言うように貴方が,盗難による損害について保険金を請求するためには,「自動車盗難」の事実について立証が必要となります。立証を要する自動車盗難とは「第三者により被保険自動車が所在場所から持ち去られたこと」で,立証の程度はその様な外形的事実について合理的で納得できる立証で足ります。持ち去り行為が被保険者(保険契約者)の故意(意思)に基づかないものであることすなわち「あなたが盗難にかかわっていないこと」までを立証する必要はありません。この事実は保険者(保険会社)に立証責任があります。
1.貴方が,車両の盗難による損害を保険会社に請求するには,車両保険の契約書に記載されている「被保険自動車の盗難」による損害が発生していることが必要です。そこで,この「盗難」の事実は先ず誰が立証する責任があるのか,次にどの程度立証する必要があるのかが問題となります。
@最近になり,最高裁は,この点についての判断をしました。最一小判平成19年4月17日民集61巻3号1026頁は,保険契約者が自宅マンション駐車場においた高級車セルシオが海外主張中に何者かにより盗難に会い盗難の状況がビデオに写っていたという事件で次のように判示しました。「商法629条が損害保険契約の保険事故を「偶然ナル一定ノ事故」と規定したのは,損害保険契約は保険契約成立時においては発生するかどうか不確定な事故によって損害が生じた場合にその損害をてん補することを約束するものであり,保険契約成立時において保険事故が発生すること又は発生しないことが確定している場合には,保険契約が成立しないということを明らかにしたものと解すべきである。同法641条は,保険契約者又は被保険者の悪意又は重過失によって生じた損害については,保険者はこれをてん補する責任を有しない旨規定しているが,これは,保険事故の偶然性について規定したものではなく,保険契約者又は被保険者が故意又は重過失によって保険事故を発生させたことを保険金請求権の発生を妨げる免責事由をとして規定したものと解される。」「一般に盗難とは,占有者の意思に反する第三者による財物の占有の移転であると解することができるが,……被保険自動車の盗難という保険事故が保険契約者,被保険者等の意思に基づいて発生したことは,……保険者において免責事由として主張,立証すべき事項であるから,被保険自動車の盗難という保険事故が発生したとして……車両保険金の支払を請求する者は,「被保険者以外の者が被保険者の占有に係る被保険自動車をその所在場所から持ち去ったこと」という外形的な事実を主張,立証すれば足り,被保険自動車の持ち去りが被保険者の意思に基づかないものであることを主張,立証すべき責任を負わないというべきである。」
当職の考え方と同じく法629条,641条の各規定が適用されると解される保険契約においては,保険事故が被保険者の意思に基づいて発生したことは,保険者が免責事由として主張・立証すべき事項であるから,保険金請求者は,偶然性についての主張・立証責任を負わない,ということです。つまり,免責という有利なことを主張する保険会社が立証をしなさい,ということです。ただ,保険金請求者は,全く何も立証する必要がないのかというと,そうではなく,「車両が第三者により持ち去られた」という盗難の外形的事実については主張・立証責任を負うとしています。これは,前に述べたように,保険金を騙し取ろうとするなどのケースに配慮したものと言えるでしょう。しかし,この判例には商法629条,641条当職が説明したような実質的理由は詳細に述べられておりません。
盗難の外形的事実とは,「車両が保険金請求者の主張する場所に置かれていたこと」及び「第三者がその場所から車両を持ち去ったこと」という事実から構成されるとしています。先の判例から更に分析を一歩進めたものと言えます。そして,「外形的・客観的にみて第三者による持ち去りとみて矛盾のない状況」を立証しただけでは,盗難の外形的な事実を主張,立証したことにはならならず,盗難の外形的な事実を合理的な疑いを超える程度まで立証を要するという高いレベルの立証を要求しています。1つ目の判例だけを見れば保険会社にとって非常に厳しい判断がなされたように見えますが,2つの判例を総合的に見ると,その厳しさが若干和らいだと言えます。これは,生命保険に限らず保険金請求を悪用する人が後を絶たないことに対する警告と捉える事が出来るでしょう。
第六百二十九条 損害保険契約ハ当事者ノ一方カ偶然ナル一定ノ事故ニ因リテ生スルコトアルヘキ損害ヲ填補スルコトヲ約シ相手方カ之ニ其報酬ヲ与フルコトヲ約スルニ因リテ其効力ヲ生ス
第六百四十一条 保険ノ目的ノ性質若クハ瑕疵其自然ノ消耗又ハ保険契約者若クハ被保険者ノ悪意若クハ重大ナル過失ニ因リテ生シタル損害ハ保険者之ヲ填補スル責ニ任セス
(任意規定と異なる意思表示)
第九十一条 法律行為の当事者が法令中の公の秩序に関しない規定と異なる意思を表示したときは,その意思に従う。
(錯誤)
第九十五条 意思表示は,法律行為の要素に錯誤があったときは,無効とする。ただし,表意者に重大な過失があったときは,表意者は,自らその無効を主張することができない。
(債権等の消滅時効)
第百六十七条 債権は,十年間行使しないときは,消滅する。
2 債権又は所有権以外の財産権は,二十年間行使しないときは,消滅する。
(売買)
第五百五十五条 売買は,当事者の一方がある財産権を相手方に移転することを約し,相手方がこれに対してその代金を支払うことを約することによって,その効力を生ずる。
(訴え提起の方式)
第百三十三条 訴えの提起は,訴状を裁判所に提出してしなければならない。
2 訴状には,次に掲げる事項を記載しなければならない。
一 当事者及び法定代理人
二 請求の趣旨及び原因
(証明することを要しない事実)
第百七十九条 裁判所において当事者が自白した事実及び顕著な事実は,証明することを要しない。