新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース 質問:私は機械部品メーカーの経営者です。30年前に自分で興した会社をこれまで育ててきました。株式は80%を自分が,残りの20%を妻が持っています。会社の経営権を従業員として修業中の長男にゆくゆくは継がせるため,遺言で私の株式を全部長男に相続させたいと思っていますが,「遺留分」という制限があると聞いたことがあります。今回の場合,遺留分は問題になりますか。また,もし遺留分による問題があるとしたら,今のうちにできることはありますか。相続人として妻と長男のほかに,長女,次女,未成年の三女(10歳)がいます。 解説: 【遺留分の意義と趣旨】 どの相続人にどの程度の具体的な遺留分が認められるか等の決まり方については,遺留分の事前放棄との関係では重要ではないので割愛しますが,本件の結論だけを大雑把に述べますと,奥様が相続財産全体の4分の1,お子様4人が16分の1ずつです。 【遺産分割方法の指定に対する遺留分減殺請求】 上記のような遺言は,今日,遺産分割方法の指定(民法第908条)であると解されていますが,民法の条文上,遺産分割方法の指定について遺留分減殺の対象になるかは明記されていません。しかし,遺留分減殺請求の対象は遺贈と一定の生前贈与とされ(民法第1031条),また,遺言による相続分の指定について遺留分に関する規定に違反してはならない旨が記載されている(民法第902条第1項但書)のと同様に,判例上,遺産分割方法の指定についても遺留分減殺請求の対象になりうるとされています(平成3年4月19日最高裁第2小法廷判決)(この点については,当事例集495番に詳述されています。)。したがって,この遺言の結果,遺留分を有する相続人(「遺留分権利者」といいます。)の遺留分が侵害される場合には,その遺留分権利者から遺留分減殺請求をされ,株式を長男に集中させるという目的を達せられなくなってしまう危険性があります。 【遺留分の事前放棄】 これは,外形上は遺留分権利者本人の自主的な放棄という体裁をとりながら,その実として遺留分権利者が遺留分の放棄を陰に陽に強制され,せっかくの遺留分制度が骨抜きにされてしまうことを防止するためにあります。こうした民法の規定を受けて,家庭裁判所が遺留分の事前放棄を許可するか否かの家事審判手続を行うとされています(家事審判法第9条第1項甲類39号)。遺留分の事前放棄が濫用されないようにとの上記の目的を達成するためには,事前放棄を許可するか否かについては厳格に判断しなければなりません。具体的には,申立てがあれば何でも許可するのではなく,(1)事前放棄が遺留分権利者の自由な意思に基づくものであること,(2)事前放棄をする合理的理由,必要性があること,(3)事前放棄をすることが当該遺留分権利者に一方的に不利にならないような代償措置があることが求められるでしょう。 【本件へのあてはめ】 【親権者による子の遺留分放棄と特別代理人の選任】 このようなとき,遺留分の事前放棄に関しては,妻に替わって三女を代理する特別代理人の選任を家庭裁判所に申し立て(家事審判法第9条第1項甲類10号),そこで選任された特別代理人と三女の親権者父であるあなたとが共同で親権を行使する必要があります(民法第826条第1項,昭和35年2月25日最高裁第一小法廷判決)。特別代理人の候補者については,申立時にあなたが選ぶことができ,たとえばあなたの親族でもよいでしょうが,公正性を担保するためには,できるだけ推定相続人になる可能性がない人物にした方がよいのではないかと思います。 【おわりに】 さらに,冒頭で述べたとおり,中小企業の事業承継はなにも株式の相続がすべてではありません。たとえば,会社法の規定を利用した拒否権付種類株式(黄金株)を1株発行してあなたが保持することで会社への影響力を確保しながら,今のうちから時間をかけて少しずつ株式を長男に贈与していくといった方法も考えられます。企業の事業承継は,10年ほどの長期的な視野に立って計画を立てていく必要があります。そういった観点からも,事前に弁護士にご相談なさってください。 【参照法令】 ■ 民法 ■
No.705、2007/11/27 15:48 https://www.shinginza.com/qa-souzoku.htm
【相続,遺留分の事前放棄,親権の共同行使と利益相反行為,中小企業の事業承継】
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回答:遺言による遺産分割方法の指定にも遺留分による制限があります。遺留分は,家庭裁判所の許可を得れば,相続開始前に放棄することも可能で,長男以外の相続人に遺留分を事前放棄してもらえれば,相続によって株式を長男に集中させる見通しをつけることができるでしょう。なお,三女が遺留分を放棄するには特別代理人の選任が必要です。
【はじめに】
中小企業の事業承継には様々なプランが考えられ,遺言による相続はそのうちの1つに過ぎません。したがって,会社の概要やあなたの資産状況をもっと詳しくお伺いすれば,もっと違ったプランがより適しているとご助言できるかもしれません。ただ,今回は遺留分関係についてのお問い合わせで,特に「遺留分の事前放棄」に関するものと考えられますので,この点に特化してご回答いたします。また,遺留分制度については,本稿のほかにも当事例集に記載がございますので,必要に応じてそちらもご参照ください。
遺留分とは,被相続人の財産のうち,一定の相続人に残さなければならない割合のものをいいます(民法第1028条)。念のため,遺留分という制度がなぜあるのかをご説明します。財産権が「家」ではなく「個人」に帰属する以上,相続財産は被相続人の財産ですから,被相続人自らの意思で自由に処分できるのが本来のはずです。しかし,夫婦親子が生活を共同にする中で,財産の蓄積が被相続人名義でなされることがあるのも事実で,そのような場合,被相続人が死亡したときには,他の相続人の潜在的な共有持分がそうした相続人に配分されるべきと考えることができます。また,夫婦親子の間では生活保持義務や扶養義務があり,被相続人の財産に依拠して生活している他の家族の生活を保障する必要もあります。このように,相続制度が遺族の潜在的持分の適正な分配や生活保障という機能も有していることから,被相続人の自由な財産処分と相続人保護の調和のために,遺留分制度が設けられているのです。
遺留分を侵害する遺贈や一定の生前贈与等について遺留分減殺請求がなされると,当該遺留分侵害行為は効力を失い,減殺者と被減殺者が共同相続人である場合,当該目的物は両者の共有になってしまいます(その後,共有物分割等の手続が必要になるでしょう。)。遺言書で被相続人の株式を全部長男に「相続させる」と遺言した場合も同様です。
長男以外の遺留分権利者が遺留分を放棄してくれれば,相続開始後に遺留分減殺請求されずに遺言書の記載のとおり,株式を長男に集中させることができます。しかし,法律上,遺留分の事前放棄(被相続人が死亡する前の放棄)については,本人が勝手にすることはできず,家庭裁判所の許可が必要とされています(民法1043条)。遺留分権は当該遺留分権利者を保護するために認められた当該遺留分権利者の個人的な財産権ですから,本人が要らないのなら放棄するのも自由なはずであると考えることもできそうですが,このような規制があるのはなぜでしょうか。
今回のご相談の場合,事前放棄をする遺留分権利者は長男以外の推定相続人全員ですから,家族会議などを開いて趣旨をよく説明し,きちんと理解を得てもらわなければならないでしょう。ここで家族をごまかすようなことをすると,後で紛争に発展する可能性が高くなり,そのときに不幸な思いをするのはご家族全員です。他方,事前放棄をする合理的理由や必要性については,同族会社の円滑な事業承継のためということであれば,おそらく要件を満たすといえるのではないかと思います。ただ,裁判所が安心して許可を出せるように会社の実情等に基づき,説得的な主張をするべきでしょう。そして,代償措置についてですが,たとえば,株式以外の推定相続財産のうち,会社の事業に無関係と思われるものについては遺留分を放棄する者にできるだけ相続させるように遺言をするとか(遺留分を放棄しても相続開始後に相続放棄をしない限りは推定相続人の地位は失いません。),今のうちに相応の資産を贈与するとかいった方法が考えられます。こうした代償措置をきちんと実施し,裁判所に対してもそれを理解してもらえるような資料を調えるとよいでしょう。
ところで,今回の場合,遺留分の事前放棄をしてもらいたい遺留分権利者の中に未成年者(三女)がいます。未成年者は,判断能力の不十分により損害を被らないようにするため,法律行為をするには親権者の同意を得るか(民法第5条本文),親権者が代理しなければなりません(民法第824条)。ところが,本件の場合,あなたの妻と三女が共同相続人であることから,利益相反の問題が生じます。親権は,父母の婚姻中は父母が共同で行使しなければなりません(民法第818条第3項本文)が,あなたの妻と三女との間では,三女が遺留分を放棄することで長男だけでなく妻も三女から遺留分減殺請求をされなくなることになるという関係があります。このように,三女が損をすることで妻が得をすることについて妻が三女の代理をできるとすると,形のうえでは妻のやりたい放題を許してしまうことになるからです。
前述のとおり,遺留分の事前放棄は申立てさえすれば100%通るというものではなく,遺留分の放棄が適切妥当かという審査がなされます。実際に申立てをなさる場合は,十分にご準備なさってください。また,遺留分の事前放棄が許可されても推定相続人たる地位は失いませんので,遺言に落ち度があっては結局目的を達せられない危険性もあります。大切に育ててきた会社の事業承継を万全に行うためには,きちんと専門家にご相談されることをお勧めいたします。弁護士であれば,特別代理人の選任申立て,遺留分事前放棄許可の申立て,遺言書の作成から遺言執行までを全般的に代理し,援助することができるでしょう。
(遺留分の放棄)
第千四十三条 相続の開始前における遺留分の放棄は、家庭裁判所の許可を受けたときに限り、その効力を生ずる。
2 共同相続人の一人のした遺留分の放棄は、他の各共同相続人の遺留分に影響を及ぼさない。
(利益相反行為)
第八百二十六条 親権を行う父又は母とその子との利益が相反する行為については、親権を行う者は、その子のために特別代理人を選任することを家庭裁判所に請求しなければならない。
2 親権を行う者が数人の子に対して親権を行う場合において、その一人と他の子との利益が相反する行為については、親権を行う者は、その一方のために特別代理人を選任することを家庭裁判所に請求しなければならない。