新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.707、2007/11/27 17:44

【民事・債務者が債務整理(私的整理)で代理人弁護士に預けた預金を債権者は公正証書で差し押さえできるか・預金債権の当事者の判断基準】

質問:私は会社の代表者ですが、ある会社に5000万円の売掛金があります。すでに支払期限を過ぎてしまっていますが、支払いがないため公正証書で5000万円を支払う約束をしました。しかし、先日債務者の代理人弁護士から債務者について整理(私的な整理)する旨の通知がありました。私が、調査したところ、債務者には全部で5億円くらいの負債があり弁護士に債務の整理を依頼し、3000万円ほどの現金を、返済の原資として預け、弁護士は〇〇銀行〇〇支店に預り金の口座を開いたことがわかりました。私としては、私的整理など信用できないのでこの預金口座を差し押さえたいと思いますが可能でしょうか。

回答:債務整理の資金を債務者の代理人である弁護士が預かって銀行に預金した場合、この預金債権が依頼者に帰属するのか、弁護士に帰属するのかという問題です。預金者が債務者とすれば債務者の債権者は差し押さえることができますが、弁護士の預金とすると弁護士の債権者でなければ差し押さえはできないことになります。この点について最高裁判所は、債務者代理人である弁護士が預金債権者であると認定し、債務者に対する債権に基づいて差し押さえすることはできない、との判断を示しています(最高裁第一小法廷 平成15年6月12日)。

解説:
1.債務者が任意に支払わない場合、債権者は判決や公正証書等の文書(債務名義といいます)により債務者の財産を差し押さえることができます。債務者の財産のうち、預金は預金債権ですから、債権差押という強制執行手続きにより差押さえ手続きをとり、銀行(第三債務者といいます)から返済をうけることができます。しかし、あくまで債務者の財産に限られます。そこで、その預金が債務者の財産か否かが問題になる場合があります。本件も、預金者は債務者なのか、それとも債務整理手続きを担当している弁護士なのかが問題となります。

2.銀行預金について誰が預金者かという問題は、定期預金については、判例理論が確立しており、預金として預けられた資金の出捐者が預金者であり、預金口座の名義人や預け入れ行為をした者が預金者となるわけではないはない、とされています。出捐者というのは聞きなれない言葉ですが、要は預け入れたお金を負担した人、ということです。通常の契約理論ですと、銀行と銀行に預け入れ行為をした人との間で預金契約が成立すると考えられます。このような考え方は預け入れ行為をした人を基準に預金者を判断することから主観説とばれています。

しかし、判例や学説の多くは預け入れ行為をした人ではなく出捐者を預金者として判断すべきとしています。このような考え方は、資金の帰属を基準にすることから客観説と呼ばれています。客観説は、預金の資金となっている金員を負担した人が銀行に対して預金債権を持っていると判断するのが公平であること。銀行としては不特定多数の人物から預金を預かるので預け入れ行為をした人が誰かということは問題にしていないこと、などを理由にあげています。客観説、判例の考え方に立つ方が預金の本質にそったものですし、銀行とすれば預金通帳や証書と届け出印がそろっていれば預金を支払えば、たとえその相手方が預金者でなかったとしても債権の準占有者への弁済(民法478条)として、支払いは有効となり取引の安全からも不都合はないことから、これまで客観説が確立された判例理論とされてきました。

3.ただ、問題となるのは定期預金の場合、出捐者は容易に特定できるのですが、出し入れが頻繁に行われる普通預金の場合、だれが出捐者が特定できないのではないか疑問もあります。普通預金について判断した判例はこれまでありませんでした。さらに最近の本人確認法(金融機関等による顧客等の本人確認等及び預金口座等の不正な利用の防止に関する法律)の趣旨を徹底すれば預金契約の締結行為者を預金者と扱うべきではないかという指摘もされています。つまり判例理論によれば第三者の名前で、預金する者、すなわち自分の名前を明らかにしないで預金をしようとする者を預金者として扱うわけですから本人確認法の趣旨からすれば、保護する必要はないことになり、預金者として認定する必要はないとも考えられるからです。今後は、これらの点からの検討も必要になると考えられますが、現時点では客観説に従って検討することになります。

4.そこでこれまでの判例の理論を前提に、債務整理を担当する弁護士が、債務者から預かった現金を普通預金として預金した場合、預金者は誰かという問題を検討してみます。判例の立場からすれば出捐者が誰かを判断する訳ですから、債務整理を担当する弁護士が預かったお金は債務者のものか、受任した弁護士のものかという問題になります。この点について最高裁判所は、弁護士に帰属するお金と判断して、弁護士が預金者であると判断し、債権者は債務者に対する債務名義では差し押さえはできないと判断しました(最判 平成15.6.12。なお、原審と控訴審は債務者の預金と判断しています)。

主な理由は、依頼者である債務者が債務整理を受任した弁護士に(債務者と弁護士との関係は委任契約とされています。)渡された返済の資金は、委任事務処理のために前渡しされた費用(民法649条)であり、弁護士に交付された時点で委任者である債務者の支配を離れ受任者である弁護士がその責任と判断で支配管理し、委任契約の趣旨に従って用いるもので、受任者である弁護士に帰属するお金である、というものでした。この普通預金については、債務者から直接預かった資金だけでなく、弁護士が回収した売掛金や債務者の資産を処分した代金が振り込まれ、他方で債務者の従業員の給料等が支払われていました。

このような事実関係を考慮すると出捐者が債務者なのか弁護士なのか、簡単には決められないようにも思われます。ただ、任意整理を担当する弁護士からすると、債務者の財産を債権者に公平に弁済する為に、債務者から金員を単に預かっているのではなく、自己の責任と判断に基づいて支配管理している財産として預金している、との判断を支持したいと考えます。この点は、弁護士と債務整理を弁護士に依頼する債務者との関係が委任契約であることから、弁護士は単にお金を債務者(依頼者)から預かっているのではなく、債権者に対して平等に弁済する為に、自己の責任と判断をもって金員を管理している、という本質を考えれば納得できるでしょう。最高裁判所の判断は、反面では債務整理を担当する弁護士の業務を評価する一方で、弁護士に対して重い責任を負わせていると考えるべきでしょう。

5.なお、債務者の弁護士に対する預り金返還請求権について債権差押命令を申し立てることも考えられますが、返還請求権が発生するのは債務整理が終了してからであり、通常は債務整理が終了すれば債務者に返還すべき金員はありませんので、債権差し押さえは空振りに終わることになるでしょう。

≪参考条文≫

金融機関等による顧客等の本人確認等及び預金口座等の不正な利用の防止に関する法律
(目的)
第一条  この法律は、金融機関等による顧客等の本人確認及び取引記録の保存に関する措置並びに預貯金通帳等を譲り受ける行為等についての罰則を定めることにより、テロリズムに対する資金供与の防止に関する国際条約等の的確な実施、組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律(平成十一年法律第百三十六号)第五十四条の規定による届出等の実効性の確保及び公衆等脅迫目的の犯罪行為のための資金の提供等の処罰に関する法律(平成十四年法律第六十七号)第一条に規定する公衆等脅迫目的の犯罪行為のための資金の提供等が金融機関等を通じて行われることの防止に資する金融機関等の顧客管理体制の整備の促進並びに預金口座等の不正な利用の防止を図ることを目的とする。
(定義)
(本人確認義務等)
第三条  金融機関等は、顧客又はこれに準ずる者として政令で定める者(以下「顧客等」という。)との間で、金融に関する業務その他の政令で定める業務(以下「金融等業務」という。)のうち預金又は貯金の受入れを内容とする契約の締結その他の政令で定める取引(以下「預貯金契約の締結等の取引」という。)を行うに際しては、運転免許証の提示を受ける方法その他の主務省令で定める方法により、当該顧客等について、次の各号に掲げる顧客等の区分に応じそれぞれ当該各号に定める事項(以下「本人特定事項」という。)の確認(以下「本人確認」という。)を行わなければならない。
一  自然人 氏名、住居及び生年月日
二  法人 名称及び本店又は主たる事務所の所在地
2  金融機関等は、顧客等の本人確認を行う場合において、会社の代表者が当該会社のために預貯金契約の締結等の取引を行うときその他の当該金融機関等との間で現に預貯金契約の締結等の取引の任に当たっている自然人が当該顧客等と異なるとき(次項に規定する場合を除く。)は、当該顧客等の本人確認に加え、当該預貯金契約の締結等の取引の任に当たっている自然人(以下「代表者等」という。)についても、本人確認を行わなければならない。
3  顧客等が国、地方公共団体、人格のない社団又は財団その他の政令で定めるものである場合には、当該国、地方公共団体、人格のない社団又は財団その他の政令で定めるもののために当該金融機関等との間で現に預貯金契約の締結等の取引の任に当たっている自然人を顧客等とみなして、第一項の規定を適用する。
4  顧客等(前項の規定により顧客等とみなされる自然人を含む。以下同じ。)及び代表者等は、金融機関等が本人確認を行う場合において、当該金融機関等に対して、顧客等又は代表者等の本人特定事項を偽ってはならない。

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