内容証明郵便による遺留分侵害額請求通知書の効力発生時期

家事|遺留分侵害額請求|通知方法|内容証明受け取り拒否の場合|東京地裁平成10年12月25日判決

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集
  5. 参考条文・判例

質問:

先日、私の父が亡くなったのですが、父は公正証書による遺言書を作成していたようで、そこには自身の全財産を私の弟に相続させる旨が記されていました。弟が全般的に父の世話をしてくれていたので、基本的には、その内容に異存はないのですが、遺留分については、私自身の正当な権利として、請求しようと思い、その旨を弟に伝えました。すると、弟は、「実家に寄り付きもしなかったお前に1円もやるものか。」と言って、烈火の如く怒り出してしまいました。そのような状況でしたので、私は、冷静な話合いは困難だと考え、弟に対し、遺留分侵害額請求をする旨を記載した通知書を内容証明郵便の方法で送付しました。ところが、当該通知書が郵便局での保管期間の経過に伴って返送されてきてしまいました。

インターネットで調べたところ、1年以内に遺留分侵害額請求をしなければ、これを行うことができなくなってしまう、との記載があったのですが、当該通知書が返送されてきた状況を踏まえても、法律上、遺留分侵害額請求権を行使した、という取扱いになるのでしょうか。

回答:

1 遺留分減殺請求権行使の通知は、民法では意思表示(形成権の行使)

として扱われています。そして、民法では意思表示はその通知が相手方に到達した時に効力を発すると定められています(民法92条1項)。相手方に到達した時、とは原則として相手方が通知を受領した時です。しかし、相手方が通知を受け取らない場合、到達がなく意思表示の効力が発生しないとすると通知をした人が不利益を受けることになってしまいます。そこで同条2項で「相手方が正当な理由なく意思表示の通知が到達することを妨げたときは、その通知は、通常到達すべきであった時に到達したものとみなす。」と定めています。そこでご相談の場合、相手方が正当な理由なく意思表示の通知の到達を妨げたと、という要件を満たせば受け取りを拒否したとしても、通知は到達したことになります。

結論としては、要件を満たしていると考えられます。詳しくは解説に記載してあります。

なお、念のため普通郵便でも同じ内容の手紙を出しておくのが良いでしょう。

民法第97条(意思表示の効力発生時期等)

1 意思表示は、その通知が相手方に到達した時からその効力を生ずる。

2 相手方が正当な理由なく意思表示の通知が到達することを妨げたときは、その通知は、通常到達すべきであった時に到達したものとみなす。

3 意思表示は、表意者が通知を発した後に死亡し、意思能力を喪失し、又は行為能力の制限を受けたときであっても、そのためにその効力を妨げられない。

2 遺留分侵害額請求とは、被相続人が財産を遺留分権利者以外に贈与又は遺贈し、遺留分に相当する財産を受け取ることができなかった場合に、贈与又は遺贈を受けた者に対し、遺留分を侵害されたとして、その侵害額に相当する金銭の支払を請求することをいいます。この請求権は、「相続の開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知った時から1年間行使しないとき」又は「相続開始の時から10年を経過したとき」は、時効によって消滅してしまいます(民法1048条)。

この際の実務上の留意点としては、遺留分侵害額請求権が期限内に行使されたか否かが後々争点になる可能性があるので、これを可及的に防止するために、遺留分侵害額請求権を行使するに当たっては、遺留分侵害を内容とした遺言等を特定した上で、遺留分侵害額請求をする旨を記載した通知書を内容証明郵便(一般書留郵便物の内容文書を証明する日本郵便株式会社によるサービス)の方法で送付するのが適切といえるでしょう。

その上で、相手方において、当該通知書が遺留分侵害額の請求を内容とするものであることが十分に推知することができ、かつ、郵便物の受取方法の指定等によっても受領することができないような事情もないのであれば、民法97条2項により、保管期間の経過をもって、当該通知書は相手方に到達したものとみなされ、その結果、遺留分侵害額請求権を1年以内に「行使」したと認められることになります。

3 遺留分減殺額請求に関する関連事例集参照。

解説:

1 遺留分侵害額請求について

⑴ 概要

兄弟姉妹以外の相続人(配偶者、子供、子の代襲者、再代襲者、両親)には、遺贈等によっても奪われない相続権である遺留分があります。すなわち、被相続人は、遺産を全く自由に処分することができるわけではなく、自由に処分することができるのは、全体の2分の1又は3分の2にすぎません。自由に処分することができない2分の1又は3分の2を総体的遺留分といい、遺留分権利者が複数である場合、これを法定相続分で按分することになります(民法1042条)。

本件の相続人が相談者様とその弟の2人ということであれば、遺留分の総体は2分の1となり、これを法定相続分である2分の1で按分し、相談者様の遺留分は4分の1となります。

この遺留分を遺贈等によって侵害された場合、遺留分侵害額に相当する金銭の支払を請求することができます(民法1046条1項)。

なお、旧法下では、遺留分減殺請求という名称でしたが、減殺された遺贈又は生前贈与の目的財産は、原則として、受遺者又は受贈者と遺留分権利者との共有になりましたが、現行法では、金銭債権に一本化され、遺留分侵害額に相当する金銭の支払いを請求できるのみとなりました。

⑵ 遺留分侵害額請求の当事者

遺留分権利者は、兄弟姉妹以外の相続人(民法1042条1項)、子の代襲者、再代襲者であり、遺留分侵害額請求ができるのは、遺留分権利者及びその承継人です(同法1046条1項)。

他方、遺留分侵害額請求の相手方は、受遺者、受贈者、これらの者の包括承継人、悪意の特定承継人・権利設定者です(民法1046条1項)。

⑶ 遺留分侵害額請求の対象

相続人以外の者に対する遺贈等の場合は、①遺贈、②死因贈与、③相続開始前1年以内にされた生前贈与、④贈与当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知ってされた生前贈与(相続開始の1年以上前にされたものでもよい)が、遺留分侵害額請求の対象となります。

他方、共同相続人に対する遺贈等の場合は、①遺贈、②死因贈与、③相続開始前10年以内にされた特別受益としての生前贈与、④贈与当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知ってされた生前贈与(相続開始の10年以上前にされたものでもよい。)が、遺留分侵害額請求の対象となります(以上、民法1043条1項、同法1044条1項及び3項)。

⑷ 遺留分侵害額請求の期間制限

遺留分侵害額請求権は、遺留分権利者が、相続の開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知った時から1年間行使しないときは、時効によって消滅します。相続開始の時から10年を経過したときも、同様です(民法1048条)。

2 内容証明郵便による意思表示の効力発生時期について

⑴ 本件では、遺留分侵害額請求をする旨を記載した通知書が郵便局での保管期間の経過に伴って返送されていることから、当該通知書が相手方に到達し、遺留分侵害額請求権の行使があったと認められるかが問題となります。

⑵ この点、意思表示の効力発生時期等について定める民法97条は、1項において「意思表示は、その通知が相手方に到達した時からその効力を生ずる。」、2項において「相手方が正当な理由なく意思表示の通知が到達することを妨げたときは、その通知は、通常到達すべきであった時に到達したものとみなす。」旨を規定しています。

当該規定は、昨今の民法改正によって新設された規定ではありますが、東京地裁平成10年12月25日判決を踏襲したものといわれています。

そこで、東京地裁平成10年12月25日判決を見るに、同判決は、「本件においては、(a)被告和興は時折自宅に帰っていたのであるから、右(一)認定の普通郵便による督促状を受領していた可能性が高い上、(b)被告らが不在のため保管期間経過として返送された郵便については、郵便局員が不在配達通知書を被告らの住居に差し置くのであるから、被告らはその郵便の存在を知ることができるとともに、容易にこれを受領することが可能となっていたものであり、(c)更に被告和興の事務所宛に送達された内容証明郵便については、二回とも同事務所の事務員により受領拒絶の措置が採られているが、右措置はあらかじめ被告和興からそのような指示がなければ考えにくいことであるし、また、少なくとも被告和興からは定期的に同事務所への連絡がなされていたはずであるから、その際にも原告からの内容証明郵便が配達されたことが被告和興に伝えられていたと考えられることからみると、被告和興は原告からの本件貸金債務の請求関係書類が同被告に送付されていたことを了知していた可能性が高いというべきである(更にいえば、被告和興は普通郵便による督促状を閲読していたゆえに、その後の原告からの郵便物の受領を拒否する措置をとった可能性も考えられるところである。)。」として、意思表示が到達していたとみなすべき旨を判旨しています。要するに、同判決は、相手方において、従前の経緯から通知書の内容を推知することができ(通知内容の推知可能性)、かつ、受領の意思があれば、これを郵便物の受取方法の指定等によって受領することができた(受領の容易性)場合には、保管期間が満了した時点で当該通知書が相手方に到達したものと扱うべきであると判旨したものと評価されます。

すなわち、相手方において、従前の経緯から通知書の内容を推知することができ(通知内容の推知可能性)、かつ、受領の意思があれば、これを郵便物の受取方法の指定等によって受領することができた(受領の容易性)にもかかわらず、当該通知書を受領しなかった場合には、「相手方が正当な理由なく意思表示の通知が到達することを妨げた」ものとして(民法97条2項)、当該通知書は保管期間が満了した時点で相手方に到達したものと扱われ、その内容たる意思表示の効力が発生することになります(同法97条1項)。

⑶ お伺いした事情からは、従前の詳細な経緯が不明ではありますが、相談者様の弟において、送付した通知書が遺留分侵害額請求権の行使を内容としたものであった推知することができたといえるかについては、全く疑問が残らないわけではありません。念のため、普通郵便で同じ文面の手紙を送り、内容証明郵便で郵送したが受領しないので普通郵便で郵送すると記載しておくと良いでしょう。

更に慎重を期すのであれば、お父様の公正証書遺言の存在及び内容を知ったとき(「相続の開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知った時」(民法1048条))から1年以内に、弟を相手方として遺留分侵害額請求調停を申し立てた上で、改めて、弟に対し、遺留分侵害額請求をする旨を記載した通知書を内容証明郵便、並びに普通郵便の方法で送付しておいた方が宜しいでしょう。遺留分侵害額請求調停が申し立てられている状況下であれば、家庭裁判所から呼び出し状が相手方に送られ、相談者様からの通知書が遺留分侵害額請求権の行使を内容としたものであることは、十分に推知することができたと評価されるものと考えられます。

なお、遺留分侵害額請求調停の申立て自体をもって遺留分侵害額請求権の行使があったと認められることはありません。遺留分請求権の行使は意思表示ですので、口頭でも構いませんが相手方に到達する必要があり、家庭裁判所への調停申立は相手方への意思表示とは言えないからです。

3 最後に

遺留分侵害額請求権は基本的に1年以内に行使しなければならず、遺留分侵害額請求通知書の受領を拒絶するなど、相手方の態度によっては、非常に繊細な対応が要求されることもありますので、遺留分侵害額請求全般に関して、お近くの法律事務所で詳細にご相談されることをお勧めいたします。

以上

関連事例集

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※参照条文・判例

民法

第97条(意思表示の効力発生時期等)

1 意思表示は、その通知が相手方に到達した時からその効力を生ずる。

2 相手方が正当な理由なく意思表示の通知が到達することを妨げたときは、その通知は、通常到達すべきであった時に到達したものとみなす。

3 意思表示は、表意者が通知を発した後に死亡し、意思能力を喪失し、又は行為能力の制限を受けたときであっても、そのためにその効力を妨げられない。

第1042条(遺留分の帰属及びその割合)

1 兄弟姉妹以外の相続人は、遺留分として、次条第一項に規定する遺留分を算定するための財産の価額に、次の各号に掲げる区分に応じてそれぞれ当該各号に定める割合を乗じた額を受ける。

一 直系尊属のみが相続人である場合 三分の一

二 前号に掲げる場合以外の場合 二分の一

2 相続人が数人ある場合には、前項各号に定める割合は、これらに第九百条及び第九百一条の規定により算定したその各自の相続分を乗じた割合とする。

第1043条(遺留分を算定するための財産の価額)

1 遺留分を算定するための財産の価額は、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与した財産の価額を加えた額から債務の全額を控除した額とする。

2 条件付きの権利又は存続期間の不確定な権利は、家庭裁判所が選任した 鑑定人の評価に従って、その価格を定める。

第1044条

1 贈与は、相続開始前の一年間にしたものに限り、前条の規定によりその価額を算入する。当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与をしたときは、一年前の日より前にしたものについても、同様とする。

2 第九百四条の規定は、前項に規定する贈与の価額について準用する。

3 相続人に対する贈与についての第一項の規定の適用については、同項中「一年」とあるのは「十年」と、「価額」とあるのは「価額(婚姻若しくは養子縁組のため又は生計の資本として受けた贈与の価額に限る。)」とする。

第1045条

1 負担付贈与がされた場合における第千四十三条第一項に規定する贈与した財産の価額は、その目的の価額から負担の価額を控除した額とする。

2 不相当な対価をもってした有償行為は、当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知ってしたものに限り、当該対価を負担の価額とする負担付贈与とみなす。

第1046条(遺留分侵害額の請求)

1 遺留分権利者及びその承継人は、受遺者(特定財産承継遺言により財産を承継し又は相続分の指定を受けた相続人を含む。以下この章において同じ。)又は受贈者に対し、遺留分侵害額に相当する金銭の支払を請求することができる。

2 遺留分侵害額は、第千四十二条の規定による遺留分から第一号及び第二号に掲げる額を控除し、これに第三号に掲げる額を加算して算定する。

一 遺留分権利者が受けた遺贈又は第九百三条第一項に規定する贈与の価額

二 第九百条から第九百二条まで、第九百三条及び第九百四条の規定により算定した相続分に応じて遺留分権利者が取得すべき遺産の価額

三 被相続人が相続開始の時において有した債務のうち、第八百九十九条の規定により遺留分権利者が承継する債務(次条第三項において「遺留分権利者承継債務」という。)の額

第1047条(受遺者又は受贈者の負担額)

1 受遺者又は受贈者は、次の各号の定めるところに従い、遺贈(特定財産承継遺言による財産の承継又は相続分の指定による遺産の取得を含む。以下この章において同じ。)又は贈与(遺留分を算定するための財産の価額に算入されるものに限る。以下この章において同じ。)の目的の価額(受遺者又は受贈者が相続人である場合にあっては、当該価額から第千四十二条の規定による遺留分として当該相続人が受けるべき額を控除した額)を限度として、遺留分侵害額を負担する。

一 受遺者と受贈者とがあるときは、受遺者が先に負担する。

二 受遺者が複数あるとき、又は受贈者が複数ある場合においてその贈与が同時にされたものであるときは、受遺者又は受贈者がその目的の価額の割合に応じて負担する。ただし、遺言者がその遺言に別段の意思を表示したときは、その意思に従う。

三 受贈者が複数あるとき(前号に規定する場合を除く。)は、後の贈与に係る受贈者から順次前の贈与に係る受贈者が負担する。

2 第九百四条、第千四十三条第二項及び第千四十五条の規定は、前項に規定する遺贈又は贈与の目的の価額について準用する。

3 前条第一項の請求を受けた受遺者又は受贈者は、遺留分権利者承継債務について弁済その他の債務を消滅させる行為をしたときは、消滅した債務の額の限度において、遺留分権利者に対する意思表示によって第一項の規定により負担する債務を消滅させることができる。この場合において、当該行為によって遺留分権利者に対して取得した求償権は、消滅した当該債務の額の限度において消滅する。

4 受遺者又は受贈者の無資力によって生じた損失は、遺留分権利者の負担に帰する。

5 裁判所は、受遺者又は受贈者の請求により、第一項の規定により負担する債務の全部又は一部の支払につき相当の期限を許与することができる。

第1048条(遺留分侵害額請求権の期間の制限)

遺留分侵害額の請求権は、遺留分権利者が、相続の開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知った時から一年間行使しないときは、時効によって消滅する。相続開始の時から十年を経過したときも、同様とする。

第1049条(遺留分の放棄)

1 相続の開始前における遺留分の放棄は、家庭裁判所の許可を受けたときに限り、その効力を生ずる。

2 共同相続人の一人のした遺留分の放棄は、他の各共同相続人の遺留分に影響を及ぼさない。

《参考判例》

(東京地裁平成10年12月25日判決)

二 再抗弁1の事実について判断する。

1 証拠(《証拠略》)によれば、次の各事実が認められる。

(一)原告は、平成九年七月一〇日及び平成一〇年一月二一日の二回にわたり、被告和興に対し、本件貸金債務の支払を請求する督促状を普通郵便で送付した。

(二)原告は、平成一〇年一月一四日、同月二八日及び同年二月二日の三回にわたり、被告和興に対し、いずれも配達記録付き郵便で、不動産管理信託決算報告書お届けの件と題する書面及び確定申告の参考資料を肩書住所地の自宅宛に送付したが、いずれも「保管期間経過」の理由で返送された。

(三)原告は、平成一〇年三月二三日、被告和興に対し、配達記録付き郵便で、本件貸金債務の債務承認書を相模原市内にある同被告の司法書士事務所宛に送付したところ、同事務所の事務員はその受取りを拒否し、その封筒表面に「受取りを拒否します」と記載して被告和興の印鑑を押捺した上、原告に返送された。

(四)原告は、平成一〇年三月二六日、被告両名に対し、いずれも配達証明付き内容証明郵便で、本件貸金債務の催告書を被告和興については肩書住所地の自宅と相模原市内の司法書士事務所宛に、被告恵については肩書住所地の自宅宛にそれぞれ送付したところ、自宅宛のものはいずれも「保管期間経過」の理由により返送され、被告和興の事務所宛のものは翌二七日ころ同事務所に配達され、同事務所の事務員がその受取りを拒否し、その封筒表面に「受取拒絶」と記載して被告和興の印鑑を押捺した上、原告に返送された。

(五)被告和興は司法書士をしていたが、不動産投資などで金融機関から多額の借金を抱えて破綻し、債権者からの追求を受けることになったため、事務所に出勤できない状態となり、被告和興の名義で司法書士事務所は継続してはいたものの、その事務員には被告和興の方からしか連絡をとれないようにし、また、平成九年三月ころ家族が家を出て別居してからは被告和興自身余り自宅にも帰らず、帰宅しても深夜になることが多い状態であった。

2 ところで、消滅時効の制度の趣旨は、法律関係の安定のため、あるいは時の経過に伴う証拠の散逸等による立証の困難を救うために、権利の不行使という事実状態と一定の期間の継続とを要件として権利を消滅させるものであり、また、権利の上に眠る者は保護に値しないとすることにあるとされているところ、催告に暫定的な時効中断の効果を認めた理由は、裁判手続外であるにせよ催告という権利者としての権利主張につながる行為を開始することにより、もはや権利の上に眠る者とはいえなくなるからと解される。そして、催告は、債務者に対して履行を請求する債権者の意思の通知であるから、これが債務者に到達して初めてその効力を生ずるというべきである。

そこで、本件についてみるに、右1認定事実によれば、原告の普通郵便による督促状は被告らに到達したことを確認できないし、配達記録付き(あるいは配達証明付き)の催告書ないし債務承認書は、いずれも被告らの不在のため受領されずに返送されるか、又は被告和興の事務所の事務員が受領を拒絶して返送されているのであるから、右各書面が被告らに到達したことを確定的に認定することは困難というべきである。

しかしながら、本件においては、(a)被告和興は時折自宅に帰っていたのであるから、右(一)認定の普通郵便による督促状を受領していた可能性が高い上、(b)被告らが不在のため保管期間経過として返送された郵便については、郵便局員が不在配達通知書を被告らの住居に差し置くのであるから、被告らはその郵便の存在を知ることができるとともに、容易にこれを受領することが可能となっていたものであり、(c)更に被告和興の事務所宛に送達された内容証明郵便については、二回とも同事務所の事務員により受領拒絶の措置が採られているが、右措置はあらかじめ被告和興からそのような指示がなければ考えにくいことであるし、また、少なくとも被告和興からは定期的に同事務所への連絡がなされていたはずであるから、その際にも原告からの内容証明郵便が配達されたことが被告和興に伝えられていたと考えられることからみると、被告和興は原告からの本件貸金債務の請求関係書類が同被告に送付されていたことを了知していた可能性が高いというべきである(更にいえば、被告和興は普通郵便による督促状を閲読していたゆえに、その後の原告からの郵便物の受領を拒否する措置をとった可能性も考えられるところである。)。

仮にそのように認められないとしても、前記のような時効制度の趣旨を前提として考えると、原告は、前後四回にわたって被告らに対し、その自宅あるいは事務所宛に催告の趣旨を記載した内容証明郵便ないし普通郵便を送付しており、債権者としてなし得る限りのことをしているのであって、権利の上に眠る者とは到底いえないし、他方、右催告が被告らに到達しなかった原因はもっぱら、債権者からの追求を免れるために送付書類の受領を拒否する態度に出た被告側にあるのであるから、右送付に催告の効果を認めなければ、結局債権者には時効中断のためにとりうる手段がないことになり、著しく不当な結果となる。

そうすると、いずれにしても、本件の催告は、被告和興の事務所に郵便局員が内容証明郵便を配達し、同事務所の事務員がその受領を拒絶した平成一〇年三月二七日をもって被告和興に到達したものとみなし、催告の効果を認めるのが、時効制度の趣旨及び公平の理念に照らし、相当であるというべきである。

以上