新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.726、2007/12/17 13:58 https://www.shinginza.com/qa-fudousan.htm
【民事・賃借人が法人の場合に法人所有者の変更は無断転貸になるか・権利の主体・賃借権譲渡と転貸借の法的構成】
質問:私は、所有する建物を、親しい友人から頼まれ賃貸しました。友人は自分が代表者になっている運送会社の事務所兼車庫に賃貸建物を使用するということで、契約書はその会社が賃借人となって契約を締結しました。ところが、最近、友人は私に無断でその会社を第三者に譲渡し、私の知らない人が代表者になりました。私としては、友人に建物を貸したので、知らない人が経営する会社に貸したつもりはありません。できれば建物の賃貸借契約を解除したいと考えているのですが可能でしょうか。不動産屋に相談したところ無断転貸であれば契約を解除できるので弁護士に相談したほうが良いといわれました。なお、契約書には特に友人であるから賃貸するとか、会社の経営者が変更した場合には解除できるなどという文言は入っていません。
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回答:
会社の代表者や株主が変更になっても、賃借権の譲渡あるいは転貸には当たらないとされています。従って、無断転貸を理由とする契約の解除は認められないことになります。但し、全く解除が認められないわけではなく、具体的な事案により賃貸借契約を継続しがたい事由があると認められる場合には、賃貸借契約の解除が認められることも考えられます。なお、賃貸借契約書に会社の経営者が変更になった場合は契約を解除できるという文言がある場合、一般的にはそのような文言は無効となりますが、小規模で閉鎖的な会社で、特にそのような文言に合理定期な理由がある場合は有効な特約として、それに違反した場合は契約の解除が認められることもあるでしょう。
解説:
1.本件を考えるのに必要な、民法の基本的な知識、考え方をまず説明します。理解が必要なことは二点だけです。第一点は、民法612条が1項で賃借人は賃貸人に無断で賃借権を譲渡あるいは転貸できないとし、2項で賃貸人の承諾を得ないで譲渡した場合(「無断譲渡」「無断転貸」)、賃貸人は契約を解除できると規定していることです。第二点目は、民法3条と43条です。これらの条文は権利の主体について規定した条文で、人と法人が権利の主体となりうると定めています。人とは外国人を含む人間です。法人とは法律で成立がみとめられた人的あるいは物的組織と考えてよいでしょう。
2.これらの条文から理論的に考えると、あなたの友人(法律上は「人」)と、友人が経営する会社(法律上は「法人」)は、それぞれ別個に権利の主体となりうることになります。そこで、初めの賃貸借契約が友人との間で成立したのかそれとも会社との間で成立したのか、賃借権は誰に帰属するのか確認しておく必要があります。あなたは、友人だから貸したということですが、それは貸した動機であって、誰に貸したかということは別の問題になります。誰に貸したかという問題は、契約の当事者という問題ですからあなたが契約を締結した相手は、会社なのか友人かという問題になります。契約当事者が誰かという問題は、契約当事者双方の意思に従って判断されることになり、双方の意思を判断する基準になるのは契約書ということになります。ご質問の場合、契約書では賃貸人が会社となっているということですから、会社が賃借人として契約が締結されたということになるでしょう。
3.会社が賃借人であるとすると、会社の構成員が変わったからと言って賃借権の譲渡があったといえるでしょうか。先ほど説明したとおり会社は権利の主体として認められているわけですから、構成員や代表者とは別の権利の主体となっており、それらの変更により会社自体は変更していない、前の会社と同じと考えられます(分かりやすく言えば、人が心臓移植を受けたからといって別の人になるわけではないのと同じことです)。他方で、譲渡とは文言からしてある権利主体から、他の権利主体に権利を譲り渡すことを指しています。従って、権利主体の変更がない以上は、譲渡に当たると判断することはできないでしょう。
4.このような理屈から、会社の構成員が変わっただけでは、賃借権の譲渡にはならないので民法612条1項2項により賃貸借契約の解除はできない、という結論になります。簡単な理屈ですが、最高裁の判例になっています(最高裁第2小法廷平成8年10月14日判決)。
5.この判断を導く理論は、単純明快なのですが、結論として疑問がないわけではありません。あなたは、友人だから貸したのに知らない人の経営する会社が借りているというのは、納得できないと考えておられるし、そのような考え方は一般的であり常識的な考えと思います。実際に判例となった事件の原審では、賃貸人の利益を考慮して会社の譲渡は賃借権の譲渡に当たるとして解除を認めています。
法律的な考え方としては、まず理屈、理論的に成り立つ考え方でなくてはなりません。そうでないと、恣意的な自分勝手な結論になってしまうからです。その意味では、最高裁判所の判断は理論的に無理はなく、また賃借権の譲渡、という条文の文言に沿った妥当な解釈といえるでしょう。しかし、理論的に筋が通っているから正解というわけにはいかないところが法律の難しいところですし、面白いところでもあります。友人に貸したのに何で知らない人が使っていて良いのか、という素朴な疑問にも答え納得してもらう必要があります。
6.この点についても最高裁判所は次のように答えています。まず、会社の構成員や代表者の変更があったからといって、賃借権が第三者に譲渡したとすることは無理である。しかし、具体的な事実関係において賃貸借契約を継続しがたい事由がある場合は解除が認められる場合もあり、無断譲渡を根拠として解除を認める必要はない。賃貸人とすれば、どうしてもその個人に貸したいということであれば、個人を賃借人として契約することもできたのであるし、また、会社を借主とする契約書であれば、組織が変更になった場合は解除できるという特約を付けておくこともできたのであるから、無断譲渡を理由とする解除を認めなくても賃貸人に不利益はない。以上が、最高裁判所の判断です。法律的な解決は常にこのような当事者双方の利益を検討して公平な結論が出るようにしています。
7.判決文では述べられていませんが、賃貸借契約の本質から本件を検討してみたいと思います。賃貸借契約の特殊性は、賃貸人は自分の所有する物を、一定期間継続的に他人に貸すことで賃料を得、賃借人は他人の所有するものを利用することにより利益を得その対価として賃料を支払うという契約です。従って、売買契約のように完全に物の所有権を譲渡する契約ではありませんし、1回限りで終わる契約でもありません。そこで、所有権を残しながら他人に使用収益させるということから、賃貸人と賃借人には信頼関係が必要とされています。また、賃借人は賃料を継続的に支払うわけですからその点からも、賃貸人は信用できる賃借人だからこそ、自分の所有物を使用収益させることができることになり、両者の間には信頼関係が必要となります。そのため、本来民法の原則では債権者は債権を自由に譲渡できるのが原則なのですが、民法612条は賃借権を譲渡したり転貸することは賃貸人の承諾がなくてはできないとしたのです。
そこで、知り合いの代表を信じて賃貸したのに全く会社の構成員も代表者も変わってしまった場合も、賃貸人はそのものを貸し続けなければいけないとすることは、賃貸人に酷であると考えられます。しかし、他方で、会社は法人であり、個人とは別個の権利主体とするのが民法の大原則ですから、構成員や代表者が変更になっても法人には変化はないわけですからここで、無断譲渡の条文を持ち出すことはあまりに恣意的すぎると考えるべきでしょう。このような無理な解釈により612条を適用するより、賃貸を続けることが不当な場合は、賃貸借契約の本質から、契約の解除を認めるとするのが最高裁判所の考え方です(最判 昭和27.4.25)。この判決では、賃借人が信頼関係を裏切り賃貸借契約の継続を著しく困難にしたときは、賃貸人は将来に向かって契約を解除できるとしています。従って、具体的な事案おいては賃借人の会社を譲渡するという行為により、賃貸人の信頼関係が破壊されたという事情が認められるか否かが審理されることになります。
8 なお、余談になりますから、これから先は興味のある人だけが読んでください。先ほど債権の譲渡は民法上、原則として自由なのに、民法612条は「賃借権の譲渡」を禁止している、と説明しましたがさらに分析すると疑問が残ります。というのは、ここでいう賃借権の譲渡とは、借りるという権利の譲渡だけではなく賃料支払い義務も一緒に移転する賃借人たる地位の譲渡・移転であると解釈されているからです。転貸の場合は賃借人の賃貸人に対する賃料支払義務が転貸後も存続していますが、これとの対比で、賃借権の譲渡では賃借人の賃料支払い義務は消滅すると解釈されています(この点については、当然のことなのか詳しく書いてある文献は見当たりません)。そして、民法の原則では契約当事者の地位を譲渡・交代することは更改契約(民法513条)となり、債務の譲渡も伴うことから原則として他方当事者の承諾がなければできないとされています。従って、民法612条は、賃借権の譲渡については、賃貸人の承諾を得なければならないという当然のことを規定したと解することになると考えられます。他方で転貸の場合は、賃借人は賃料支払い義務を免れるわけではないので、賃借人の地位の譲渡ではなく債権の譲渡に当たると考えられます。従って、転貸の場合は債権譲渡として本来は自由にできるのですが、民法612条は賃借権の特殊性から特別に譲渡を禁止した規定と考えられます。だからと言って結論に差はないのですが、法律の解釈の仕方として参考にしてください。
≪参考条文≫
第三条 私権の享有は、出生に始まる。
2 外国人は、法令又は条約の規定により禁止される場合を除き、私権を享有する。
(法人の能力)
第四十三条 法人は、法令の規定に従い、定款又は寄附行為で定められた目的の範囲内において、権利を有し、義務を負う。
(賃借権の譲渡及び転貸の制限)
第六百十二条 賃借人は、賃貸人の承諾を得なければ、その賃借権を譲り渡し、又は賃借物を転貸することができない。
2 賃借人が前項の規定に違反して第三者に賃借物の使用又は収益をさせたときは、賃貸人は、契約の解除をすることができる。