新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.729、2007/12/25 14:54 https://www.shinginza.com/qa-jiko.htm

[民事・不法行為・被害者側の過失とは何か・被害者側の範囲を決める基準とは何か]

質問:内縁の夫が運転する車で,交通事故に巻き込まれました。保険会社からの示談案には,「被害者側の過失」として運転者であった内縁の夫の過失も考慮されていました。私は運転していないのに,相手に対する請求額が減少してしまうのは納得できません。「被害者側の過失」とはどういうものですか?今回の案は受け入れなければなりませんか?事故後しばらくして内縁の夫とはうまく行かなくなり今では別れようかなとも思っています。

回答:被害者側の過失とは,過失相殺を考慮する場合に文字通り被害者の「側」の過失を考慮するもので,被害者本人に過失がなくても,身分ないしは生活関係上一体をなすような関係にあるものに過失があれば(被害者の傍に居た,家計及び経済的処理関係を同一にした家族等に過失があれば),相手方は被害者に過失がある場合と同様,過失相殺(賠償額減額)の対象とすることができるとするものです。被害者側の過失を過失相殺する場合に考慮するとすれば,保険会社からの請求額が減少した示談案を受け入れることになるでしょう。

この結論は被害者に不利という訳ではなく,結局の所,被害者の側(家計等を同一にする被害者側,家族全体として見ると)が最終的に受ける賠償額は,被害者側の過失の理論を適用しない場合のものと変わりはありません。同居の家族に過失があれば,その家族にも賠償責任があり,加害者の間(相手方と同居家族)で責任分担の問題になりますから,最終的に,家計等を同一にする家族全体(被害者側全体)として受ける賠償額に変化は無いからです。その後,内縁関係がうまく行かなくなっても基本的に結論は変わらないでしょう。(被害者側の過失について当事務所事例集624号も参照してください)

解説:
1.貴女としては,交通事故の損害査定について,自分の過失の他に内縁関係とはいえ他人の過失まで考慮されるのは納得行かないのだと思います。確かにその通りです。民法722条は「被害者に過失があったとき」と規定していますから,被害者に何の断りも無く勝手にそのような拡大解釈は許されるのか疑問でしょうし,相手方と内縁の夫は共同して貴女に損害を与えており,法的には共同不法行為になり両名連帯して全額の賠償義務があるのですから(民法719条 判例上本件のように意思の連絡が無くとも共同行為は認定されます),とりあえず自分の過失を除いた分全額を相手方から受け取りたいと思うのは当たり前の事です。ところが,大会社である保険会社が「被害者側の過失」という概念を持ち出して損害額を減額していますので,その様な722条の解釈はそもそも認められるのかを考えて見たいと思います。

2.結論から申し上げますと,722条の「被害者の過失とは」「被害者側の過失」を含むものと解釈され,この考え方は遠く大正,大審院時代から判例上確立しております。「被害者側の過失」の定義ですが,「被害者と身分ないしは生活関係上一体をなすとみとめられるような関係にあるものの過失」と解釈されています(最高裁判例42年6月27日)。当職としても,この判例の見解に賛成なのですが,被害者側の過失の定義は拡大してはならず,身分ないし生活関係上一体をなすとは,直接の加害者との公平上経済的にも被害者と一体をなす実体が必要であると解釈致します。

3.理由を御説明致します。
@722条2項過失相殺の制度趣旨は,損害の公平な分担にあります。事故が起きた場合,被害者にも事故発生について責任があるのであれば,加害者にだけ責任を負わせるのは不公平だからです。判例は,被害側の過失をも含まれると解釈した方が当事者すなわち,加害者と被害者の公平になり本条の制度趣旨公平の原則に合致すると考えています。

A理屈から言えば,直接の加害者と運転していた内縁の夫は共同不法行為者ですから,加害者の代理人である保険会社は,まず貴女の過失を除いた全額を貴女に支払い,しかる後に共同不法行為者である内縁の夫に過失分としての損害を責任に応じて求償する事になります(求償権)。内縁の夫は自己責任において保険会社に支払いをしなければならず,当然には内縁の妻が受け取った賠償金から支払う事は出来ません。なぜなら,夫婦は勿論のこと内縁であればなおさら財産関係はまったく他人と同じだからです(民法762条,夫婦別産性)。この理屈は,例え親兄弟でも同様です。妻からすれば,万が一内縁の夫が無資力の場合,夫からは賠償が取れませんので保険会社からとりあえず全額いただき,あとは,夫と保険会社の求償問題としてかたづけてほしいと思うのも無理からぬ事です。すなわち被害者妻の立場からは被害者側の過失を認めないほうが有利なのです。

Bしかし,それでも判例は,公平上被害者側の過失を認めるのです。裁判所は,形式的法理論より,実態面を重視しているのです。内縁の妻に支払われた賠償金は,社会生活上一体となった家族においては,共同で消費,利用するのが通常ですから,原則論で行けば,夫が無資力の場合夫は保険会社に支払うことなく,自分が支払う賠償金を妻とともに消費できる事になってしまいます。そこで,その賠償金を事実上管理消費する関係のあるものが事故の原因を作出している場合は,内縁の夫の賠償分を保険会社との間で決済させずに,最初からその分を控除して妻と夫の求償関係に任せ処理した方が実態的に公平であると考えたのです。これが判例の基本的考え方です。

C又,求償関係を一挙に解決できる事も理由となっています。原則論からすれば保険会社が先ず全額を妻に支払い,その後,夫に責任分を求償し,夫はこれを支払いますが,事実上妻の賠償金を支払いの原資とすることが通常ですので,それなら最初から夫の分を控除して妻に支払えば求償関係を一度に解決できるわけです。

D以上を前提とすると被害者側の意味は,身分上,ないし社会生活上一体となり経済的にも財産を共同で消費利用するような関係が実質的に必要になるわけです。

E以上の点を,数字上から簡単に記すと次のようになります。
相手方過失7割,被害者の家族の過失3割,被害者過失ゼロ,全体の賠償額100万円

※被害者側の過失を考慮しない場合
相手方→被害者本人100万円支払
相手方→被害者の家族に30万円請求(共同不法行為の過失割合による求償権)

相手方70万円負担,被害者家族全体70万円取得
(被害者家族30万円負担,被害者本人100万円取得)

※被害者側の過失を考慮する場合
相手方→被害者本人70万円支払

相手方70万円負担,被害者家族全体70万円取得

F求償権の関係の面からもう少し具体的に説明したいと思います。ご質問における内縁の妻たる相談者をA,内縁の夫をB,相手方加害者をCとし,Aが怪我をして200万円の損害が発生したとします。この場合,Aは,原則としてBC各々に対し,200万円の損害賠償請求が可能です(民法719条1項前段)。そして,BCの過失割合が50%ずつである場合,Cが200万円全額をAに支払うと,CはBに対しBの過失割合50%に当たる100万円の求償をすることが可能となります。いわばCは本来Bが支払うべき分を代わりに支払っているため,その分は返して下さい,と主張できるということです。しかし,ABが円満な夫婦で,経済的に一体性が認められる,いわゆる財布を共通にする関係であれば,支払に循環が生じることとなることに気が付くと思います。つまり,CがA=Bに200万円を支払い,B=Aが余計に受け取ってしまった100万円をCへ返還することになるのです。そうであるならば,最初から,CはAからの請求に対し,Bの過失割合50%に当たる100万円を拒むことができるとして,残りの100万円の支払で済むようにしたほうが,一挙に紛争を解決することができ,合理的であると言えます。

4.本件の具体的検討
@本件ではABが内縁関係にあり,被害者と「身分上ないし生活関係上一体をなすと認められるような関係」及び「経済的に一体となる実態」があるかどうか検討する必要があります。

A内縁関係というのは,婚姻の届出がなされていないだけで,その実質は婚姻の届出をしている夫婦と同様に考えることができます(当事務所事例集670号参照)。夫婦はいうまでもなく肉体的,精神的,経済的に一体となった社会的な生活体であり,したがって,内縁関係も,「身分上ないし生活関係上一体をなすと認められるような関係」に該当し,被害者側の過失の理論が適用可能と考えることが出来ます。法律上内縁関係については,実務上,様々な場面で問題となることがありますが,その実質から,公的側面を有する相続関係等を除いて,完全にではありませんが,婚姻の届出をしている夫婦に準じた取扱いがなされています。

B本件では,事故後しばらくして内縁関係解消の動きがございますが,損害賠償の額は,法律的に事故発生時に発生しておりますので,事故発生時の内縁関係の実態を基準にして判断される事になりますから,基本的には内縁関係のその後の変容は結論に影響しないと考えるべきでしょう。

C尚,婚姻の届出をしている夫婦であっても,婚姻関係が破綻に瀕している夫婦に関しては,判例上(最高裁判所判決51年3月25日は夫婦関係が破綻している場合には被害者側の過失として夫婦一方の過失を斟酌しない事を述べています。),被害者側の過失理論の適用が認められていません。このような夫婦においては,実質的に見て,もはや経済的な一体性,すなわち財布の共通性が認められないため,被害者側の過失の理論を適用する前提がかけているからです。

D最後に,今回のご質問と同様の事案における最高裁判例をご紹介します。最三小判平成19年4月24日判タ1240号118頁は次のように判示しています。「不法行為に基づき被害者に対して支払われるべき損害賠償額を定めるに当たっては,被害者と身分上,生活関係上一体を成すとみられるような関係にある者の過失についても,民法722条2項の規定により,いわゆる被害者側の過失としてこれを考慮することができる……。内縁の夫婦は,婚姻の届出はしていないが,男女が相協力して夫婦としての共同生活を営んでいるものであり,身分上,生活関係上一体を成す関係にあるとみることができる。そうすると,内縁の夫が内縁の妻を同乗させて運転する自動車と第三者が運転する自動車とが衝突し,それにより傷害を負った内縁の妻が第三者に対して損害賠償を請求する場合において,その損害賠償額を定めるに当たっては,内縁の夫の過失を被害者側の過失として考慮することができると解するのが相当である。」このように,婚姻の届出の有無ではなく,実質的に考え,内縁の夫婦についても被害者側の過失理論の適用を認めました。

5.まとめ
@ご質問のケースにおいては,内縁の夫の過失を考慮される結果,損害賠償請求額は,その過失割合相当額が減額された金額になることになります。そしてこの結果は,円満な内縁関係であれば必ずしも被害者に不利益という訳ではありません。

A仮に被害者側の過失理論の適用をしないで処理を行うとすると,被害者本人内縁の妻たる相談者に過失がない場合には,過失相殺がなされないので,相談者は損害額全額の賠償請求が認められうることになります。しかし,相談者との関係では,内縁の夫も加害者であります。したがって,保険会社が余分に支払っている内縁の夫の過失割合相当額については,家族の一員である内縁の夫は保険会社へ自己の責任で支払う必要があります(共同不法行為者間の過失割合に基づく求償権といいます)ので,被害者の「側」として最終的に受けうる賠償額は,結局のところ,家族全体で見れば被害者側の過失の理論が適用される場合と変わらないことになるのです。

Bなお,先に,婚姻の届出をなしていても,婚姻関既に破綻に瀕している夫婦の場合は,被害者側の過失の理論は適用されないとの処理が判例上なされていることを紹介しました。するとご質問のケースにおいても,内縁関係が破綻に瀕している場合には,同様に被害者側の過失理論の適用はなされないのではないか?との疑問をお持ちになるかもしれません。

Cこの点を正面から判断した判例はありませんが,結論を申し上げれば同じ趣旨により,事故当時内縁関係が破綻に瀕している場合も,被害者側に経済的一体性が認められず被害者側の過失の理論は適用されないと考えるべきでしょう。本件の場合,事故後内縁関係解消の事情が見えますが,このような状況が事故発生当時からあった事を立証した場合原則論に戻り,あなたに被害全額を受け取る可能性が生じるかも解かりません。この点法的専門家とのの協議が必要になります。

D以上の通り,被害者側の過失理論の適用有無や,双方の過失割合,損害額の算定方法など,賠償額を決めるには様々な要素が関係しますから,最終的に和解案を受け入れるかどうかは,関係資料全体を精査して判断する必要があります。大きな事故の場合などには,一度,お近くの弁護士に御相談になると良いでしょう。

<参考条文>

民法
(共同不法行為者の責任)
第七百十九条 数人が共同の不法行為によって他人に損害を加えたときは,各自が連帯してその損害を賠償する責任を負う。共同行為者のうちいずれの者がその損害を加えたかを知ることができないときも,同様とする。
2 行為者を教唆した者及び幇助した者は,共同行為者とみなして,前項の規定を適用する。
(損害賠償の方法及び過失相殺)
第七百二十二条 第四百十七条の規定は,不法行為による損害賠償について準用する。
2 被害者に過失があったときは,裁判所は,これを考慮して,損害賠償の額を定めることができる。
(夫婦間における財産の帰属)
第七百六十二条  夫婦の一方が婚姻前から有する財産及び婚姻中自己の名で得た財産は,その特有財産(夫婦の一方が単独で有する財産をいう。)とする。
2  夫婦のいずれに属するか明らかでない財産は,その共有に属するものと推定する。

法律相談事例集データベースのページに戻る

法律相談ページに戻る(電話03−3248−5791で簡単な無料法律相談を受付しております)

トップページに戻る