新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.741、2008/1/16 17:11 https://www.shinginza.com/qa-fudousan.htm

【民事・賃料不払いによるアパートの退去と即決和解・公正証書の違い・即決和解の手続】

質問:私は,賃貸アパートを所有していますが,その内の1室の借主が6か月間も賃料を支払わないため,借主と話し合ったところ,2か月以内に退去してもらうということで話がやっとまとまりました。しかし,これまでの経過からすると,借主が約束どおり退去するのかどうか不安が残ります。確実に退去してもらうためには,どのような方法を取ればいいでしょうか。

回答:
1.ご質問の事例のように,不動産(土地と建物)の明け渡しについて裁判外において,相手方と合意はできているものの,相手方が約束を守ってくれるかどうか心配な場合には,即決和解の手続を採ることをお勧めします。

2.即決和解とは,訴え提起前の和解,起訴前の和解などともいい,当事者間で合意がまとまった段階で相手方の住所を管轄する簡易裁判所に和解の申立てを行い,合意内容に基づき和解調書を作成することをいいます(民事訴訟法275条)。即決和解の和解調書は,訴訟における確定判決と同様の効力があり(民事訴訟法267条),相手方が和解内容を履行しない場合には,和解調書に基づいて強制執行をすることが可能となりますので(民事執行法22条7号),相手方の債務の履行を確実にすることができます。

3.必要な手続きは,以下のとおりであり,非常に簡便であるといえます。すなわち,申立人は,当事者双方の主張を即決和解申立書に記載し,合意した内容を記載した和解条項を添付して,相手方住所地を管轄する簡易裁判所に提出します。そして,裁判所からの期日を指定した呼出状を受けて,当事者双方が出頭し,法廷で和解申立書と和解条項の内容,和解の意思について確認が行われ,異議の申立てがなければ和解が成立し,和解条項の内容で和解調書が作成されます。

4.和解調書が相手方に送達されても,相手方が和解条項を守らずに不動産を明け渡さない場合は,和解調書を根拠に不動産の所在地のある地方裁判所に不動産の明け渡しの強制執行を申し立てることができます。

解説:
1.民事的な紛争を解決する手段として,第一に考えられるのは当時者による話し合いによる解決です。このような話し合いによる解決は契約の一種となり和解契約と呼ばれています。これは契約の一つですから,守られなければならないのですが,当事者間和解契約だけでは契約の履行を強制することはできません。約束したことの履行を相手に強制するには裁判所の強制執行という手続きをとる,というのが近代法治国家の大原則です。この点については自力救済の禁止として当事務所のホームページに詳しく説明されていますので参考にしてください(事例集bV28号,727号参照)。そして,強制執行するには債務名義といって裁判の確定判決のように強制執行する基になる権利があることを証明する文書を提出しなければならないことになっています(民事執行法22条)。通常はこの債務名義を得るために訴訟や調停を行うことになっています。

2.
@ほかにも強制執行が可能になる制度として,即決和解のほかに,公正証書がありますが,公正証書との違いは,以下のとおりです。
まず,公正証書において強制執行が可能になるのは金銭債務などに限られます(民事執行法22条5号)。従って,不動産の明け渡しを目的とする場合は公正証書は使えないことになります。しかし,即決和解において作成される和解調書は確定判決と同じ効力があるとされていることから,金銭債務などに限られず,不動産の明渡請求などでも強制執行が可能になります。

Aなぜ,公正証書について不動産の強制執行における債務名義としての効力を認めない理由ですが,それは公正証書に裁判所の判断関与がないからです。国民の法的な紛争(民事,刑事,行政等)についての強制的解決権(司法権)は全て裁判所にありますから(憲法76条1項)法的紛争を最終的,強制的に解決実現するために必要となる債務名義(強制執行により実現しようとする請求権の存在内容を公的に証明する文書)は必ず裁判所の関与,判断がないといけないのです。公正証書は,公証人という公務員が法律行為その他権利義務に関する事実について作成した公文書ですが,公証人は裁判官ではありませんから法的な判断権(紛争に関し法を事実に適用し法律的判断を行う権限,司法権)がなく作成した文書に本来債務名義の資格は与えられないのです。しかし,公証人法という法律に従い一定の資格(公証人法12条以下,検察官,裁判官であった人等)を有する公務員が一定の要件の下に事実関係が比較的簡明な金銭請求権に関する事実について記載した文書は証明力が強いので例外的に法的効果を認めて裁判所の判決と同じように執行力(強制執行することが出来る効力)を付与したのです(執行証書といわれています)。明渡し請求権について公正証書を作成しても以上の理由で執行力は認められないのです。このように不動産の明け渡しの場合は,金銭の支払いを約束する場合と違って複雑な事情があることから本当に明け渡しを強制してもよいのか裁判所が関与して確認したうえで強制執行を可能にする書類(判決書)を作成することになります。

B即決和解の費用は,和解金額にかかわらず,一律1、500円の収入印紙と送達用の切手代(相手方だけであれ1040円が原則です)であり,一般に,公正証書作成費用よりも低廉です。

C但し,即決和解の場合,申立から1,2か月は必要であり,公正証書作成に比べると,若干の時間を要するといえます。申し立てる簡易裁判所の混み具合によりなかなか期日が入らない場合もあります。即決和解は理屈からいえば申立人と相手方が一緒に裁判所に行って和解したいので調書即決和解を求める作成しを作成してくださいといえば即作ってもらえるはずなのですが,裁判所が忙しいという理由で1,2カ月の先の日時を期日として指定されるのが実務です。(勿論和解ですから事前に和解を求める方が和歌調書の原文を作成し,相手方の了承を得て裁判所に提出します。自分で作成できないようであれば弁護士が作成する場合が多いと思います。)これに対し,公正証書は公証役場に行けばよほど複雑な契約書出ない限り,公正証書にしてくれるはずです。

3.以上のとおりですので,あなたとしては,裁判外で相手方と円満に合意が成立しており,相手方が裁判所に出頭してくれる場合には,即決和解の手続をとることにより,最悪でも,強制執行の手続によって相手方を退去させることができます。

4.
@なお,せっかく即決和解の申し立てをしたのに相手方が和解の期日に裁判所にこない場合について説明します。というのは,和解ですから既に当事者同士が納得しているので出頭するのが通常のように考えるでしょうが実際はそうとも限りません。即決和解というのは,当事者の約束だけでは将来本当に債務内容が履行されるか不安なので強制力をともなう裁判上の和解を選択したのですから,事件の性質上相手方に不安があり信頼性がないことを前提にしている場合が多く,出頭は意外と当てになりません。あなたの事件もまさにそういう場合です。

A即決和解も裁判所における和解ですから当事者双方が裁判所出頭して裁判官の前で和解するという意思を明らかにした時点で成立します。従って,相手方が出頭しない場合は和解が調わなかったことになります。この場合,法律に規定があり,「裁判所は和解が調わないとみなすことができる。」(民事訴訟法275条3項)となっています。みなすことができる,わけですから和解の不調とせず再度期日を入れることも可能です。申立人としては,再度の期日を入れてもらうように申し立てるか(この場合実務上は「期日の延期」という手続きを取ることになります),あるいは,即決和解の申し立てを取り下げることになるでしょう。もちろん不調になった調書を作成してもらうことを裁判所に請求することも考えられますが,あまり意味のあることではありません。

5.
@そこで,このような相手方の不出頭という場合も避けるために,通常は相手方から弁護士に対しての委任状を取得しておくというテクニックが用いられています。そうすれば,相手方の代理人として弁護士が和解の期日に裁判所に出頭して和解を成立させることが可能になります。裁判所としても無駄な期日を入れることはなくなりますから弁護士が代理人になることを望むことになります。

A代理人となる弁護士ですが,申立人の代理人がいる場合でも,申立人代理人の弁護士は双方代理となる関係上重ねて相手方の代理人にはなれませんから(双方代理は民法108条から無効であり,和解自体の効力が失われることになります),新たに相手方を代理する別の弁護士が必要になります。しかし,相手方に弁護士を選任するように要請しても本当に期日までに選任してくれるかどうか不明であり,即決和解で事実上不利益を受ける可能性が高い相手方が費用を支払い誠実に代理人を準備するかどうか期待が持てません。そこで通常は,申立人側が事実上知人等の弁護士を探し,相手方の代理人に就任していただき,その代理人弁護士が独自に相手方からその旨の依頼を受け委任状を作成することになります。その結果,相手方代理人費用も申立人が負担する事になりますからその費用も訴決和解の実費として準備する必要があります。

B申立人の知り合い等の弁護士が相手方の代理人弁護士となることは違和感がありますが,弁護士は独自に相手方から委任状をもらい相手方の代理人として相手方の利益のために委任された法的行為を行う義務がありますので,相手方に不利益となるということはありません。もちろん相手方の代理人となる弁護士は,直接面談し,連絡を密にして相手方との信頼関係を築き上げる必要があります。そうでないと後日相手方から,申立人から紹介された弁護士で申立人の利益のために行動しており自分の頼んだ弁護士として仕事をしていないというクレームをつけられることになりかねません。具体的には事実上の双方代理ではないかという異議が考えられます。また,委任した以外のことを和解したなどということを言われることもないとは言えません。そしてこのような事態は決して珍しい事ではありません。というのは,即決和解というのは性質上,相手方が訴訟をしても負けてしまうという状況でやむなく申立人の主張に事実上屈服するような場合が多く内心不満に思っていることがあり,実際の最終履行の場面(本件では明け渡しの場面)で何等かのクレームを主張する機会をうかがっていることがよくあるのです。安心は出来ません。

Cこのような対策として通常の事件と同じように代理人弁護士は就任直後から詳細な報告書を作成し,些細な和解内容の変更についても口頭及び文書にてその都度依頼者本人の了承を確認することになります。以上のように弁護士は法的専門家として色々な問題を当然予測して後日即決和解調書が無効にならないよう対策を練り十分配慮して委任事務を遂行しますから弁護士を選任したあなたが特に心配する必要性はないでしょう。

≪参考条文≫

民事訴訟法
(和解調書等の効力)
第二百六十七条  和解又は請求の放棄若しくは認諾を調書に記載したときは,その記載は,確定判決と同一の効力を有する。
(訴え提起前の和解)
第二百七十五条  民事上の争いについては,当事者は,請求の趣旨及び原因並びに争いの実情を表示して,相手方の普通裁判籍の所在地を管轄する簡易裁判所に和解の申立てをすることができる。
2  前項の和解が調わない場合において,和解の期日に出頭した当事者双方の申立てがあるときは,裁判所は,直ちに訴訟の弁論を命ずる。この場合においては,和解の申立てをした者は,その申立てをした時に,訴えを提起したものとみなし,和解の費用は,訴訟費用の一部とする。
3  申立人又は相手方が第一項の和解の期日に出頭しないときは,裁判所は,和解が調わないものとみなすことができる。
4  第一項の和解については,第二百六十四条及び第二百六十五条の規定は,適用しない。

民事執行法
(債務名義)
第二十二条  強制執行は,次に掲げるもの(以下「債務名義」という。)により行う。
一  確定判決
二  仮執行の宣言を付した判決
三  抗告によらなければ不服を申し立てることができない裁判(確定しなければその効力を生じない裁判にあつては,確定したものに限る。)
四  仮執行の宣言を付した支払督促
四の二  訴訟費用若しくは和解の費用の負担の額を定める裁判所書記官の処分又は第四十二条第四項に規定する執行費用及び返還すべき金銭の額を定める裁判所書記官の処分(後者の処分にあつては,確定したものに限る。)
五  金銭の一定の額の支払又はその他の代替物若しくは有価証券の一定の数量の給付を目的とする請求について公証人が作成した公正証書で,債務者が直ちに強制執行に服する旨の陳述が記載されているもの(以下「執行証書」という。)
六  確定した執行判決のある外国裁判所の判決
六の二  確定した執行決定のある仲裁判断
七  確定判決と同一の効力を有するもの(第三号に掲げる裁判を除く。)

公証人法
(明治四十一年四月十四日法律第五十三号)
第一条  公証人ハ当事者其ノ他ノ関係人ノ嘱託ニ因リ左ノ事務ヲ行フ権限ヲ有ス
一  法律行為其ノ他私権ニ関スル事実ニ付公正証書ヲ作成スルコト
二  私署証書ニ認証ヲ与フルコト
三  会社法 (平成十七年法律第八十六号)第三十条第一項 及其ノ準用規定ニ依リ定款ニ認証ヲ与フルコト
四  電磁的記録(電子的方式,磁気的方式其ノ他人ノ知覚ヲ以テ認識スルコト能ハザル方式(以下電磁的方式ト称ス)ニ依リ作ラルル記録ニシテ電子計算機ニ依ル情報処理ノ用ニ供セラルルモノヲ謂フ以下之ニ同ジ)ニ認証ヲ与フルコト但シ公務員ガ職務上作成シタル電磁的記録以外ノモノニ与フル場合ニ限ル
第十二条  左ノ条件ヲ具備スル者ニ非サレハ公証人ニ任セラルルコトヲ得ス
一  日本国民ニシテ成年者タルコト
二  一定ノ試験ニ合格シタル後六月以上公証人見習トシテ実地修習ヲ為シタルコト
○2 試験及実地修習ニ関スル規程ハ法務大臣之ヲ定ム
第十三条  裁判官(簡易裁判所判事ヲ除ク),検察官(副検事ヲ除ク)又ハ弁護士タルノ資格ヲ有スル者ハ試験及実地修習ヲ経スシテ公証人ニ任セラルルコトヲ得
第十三条ノ二  法務大臣ハ当分ノ間多年法務ニ携ハリ前条ノ者ニ準スル学識経験ヲ有スル者ニシテ政令ヲ以テ定ムル審議会等(国家行政組織法 (昭和二十三年法律第百二十号)第八条 ニ定ムル機関ヲ謂フ)ノ選考ヲ経タル者ヲ試験及実地修習ヲ経スシテ公証人ニ任スルコトヲ得但シ第八条ニ規定スル場合ニ限ル
第五十七条ノ二  民事執行法 (昭和五十四年法律第四号)第二十二条第五号 ニ掲グル債務名義ニ付テハ其ノ正本若ハ謄本又ハ同法第二十九条 後段ノ執行文及文書ノ謄本ノ送達ハ郵便又ハ最高裁判所規則ノ定ムル方法ニ依ル
○2 郵便ニ依ル送達ハ申立ニ因リ公証人之ヲ為ス
○3 民事訴訟法 (平成八年法律第百九号)第九十九条第二項 ,第百一条乃至第百三条,第百五条,第百六条,第百七条第一項及第三項並第百九条ノ規定ハ前項ノ場合ニ之ヲ準用ス

憲法
第七十六条  すべて司法権は,最高裁判所及び法律の定めるところにより設置する下級裁判所に属する。
○2  特別裁判所は,これを設置することができない。行政機関は,終審として裁判を行ふことができない。
○3  すべて裁判官は,その良心に従ひ独立してその職権を行ひ,この憲法及び法律にのみ拘束される。

民法
(自己契約及び双方代理)
第百八条  同一の法律行為については,相手方の代理人となり,又は当事者双方の代理人となることはできない。ただし,債務の履行及び本人があらかじめ許諾した行為については,この限りでない。

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