新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース 質問:社長から解雇を通告されました。私としては納得ができないので,解雇の効力について争いたいのですが,その間に他の会社で働くことはできますか。解雇された会社の就業規則に,従業員に対し兼業を禁止し,これに違反した場合,会社がその従業員を解雇できる旨の規定があることから気になっています。 解説: 【兼業禁止規定の有効性】 ≪裁判例≫ 【解雇係争中の労働者に対する兼業禁止の適用】 ≪裁判例≫ 一審(大津地裁平成11年3月29日判決)は「そもそも右各就業規則の兼業禁止等の規定の趣旨は,右該当行為によって,会社の秩序を維持し,又は,従業員の労務の提供が不能若しくは著しく困難になることを防止することにあると解される。また,右規定に該当すれば,解雇という効果が認められることから考えても,問題となる行為が,形式的に右規定に該当するだけでは足りず,会社の秩序を乱し,又は,従業員の労務の提供が不能若しくは著しく困難になる実質を備えたものに限られると解するのが相当である」としたうえで,使用者が兼業禁止違反を理由に新たに行った懲戒解雇通知まで一貫して労働者の就労を拒否していたことなどを挙げて,上記の実質を備えていなかったと結論づけています。 二審(大阪高裁平成12年1月25日判決)も,要約すると「(1)労働者は,使用者の責めに帰すべき事由により解雇されて就労を拒否され,就労できなかったのであるから,労働者の使用者に対する労務給付義務は,使用者の責めに帰すべき事由により履行不能となり,消滅するというべきである。(2)就業規則における兼業禁止規定の趣旨は,労働者の労務給付義務があることを前提として,使用者の秩序を維持し,又は,従業員の労務の提供が不能もしくは著しく困難になることを防止することにある。(3)そうすると,労働者の使用者に対する労務給付義務は消滅しているのであるから,労働者が別に就労したとしても,兼業禁止を定めた就業規則に違反するとはいえない。(4)実際上も,このように解さなければ,使用者の責めに帰すべき事由により解雇された労働者は,収入を得る途が閉ざされることになり,不当であることは明らかである。」と述べ,一審判決と軌を一にしています。 最高裁は,事件の中身について判断をすることなく,使用者側の上告を受理しないという決定をしましたが,これにより上記一審・二審の判断を支持したものといえます。 ≪分析・評価≫ 裁判所の判断は,個別の事件に応じてなされるものであり,上記事件が裁判所に係属することとなった経緯については前記のとおりやや珍しいところがありますが,基本的な考え方については,労働法の本質(当事例集642番参照)や雇用契約に関する法律解釈の基本的な姿勢(当事例集700番参照)にも沿うものといえ,ある程度一般化することが許されるのではないかと思われます。加えて,解雇が無効であることが確定すれば,使用者が支払うべき遡及賃金額から中間収入として控除されることになる(詳しくは当事例集721番参照)のですから,使用者を一方的に不利益に扱うものでもなく,労使間の現実的な利害調整の観点からも妥当な結論であるといえるでしょう。 ≪注意点・弁護士への相談≫ 【兼業禁止が許される範囲】 【参照法令】 ■ 労働基準法 ■
No.743、2008/1/25 14:38 https://www.shinginza.com/qa-roudou.htm
[労働,解雇係争中の他社での就労と就業規則における兼業禁止規定との関係]
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回答:働くことができると考えられます。解雇の効力を争っている間に他の会社で働いたことについて,兼業禁止規定を持ち出して新たに解雇することは許されません。
【概要】
会社が従業員の兼業・兼職を禁止し,違反者には解雇の措置を取ることができる旨の就業規則それ自体は有効だとしても,最初の解雇を有効なものだと争って,従業員の就労を認めず,賃金の支払いも拒否している場合にまで当該規定を適用して新たに解雇することはできないと解されます。
≪問題の所在≫
使用者が労働者に対し兼業を禁止することは許されるのでしょうか。そもそもこれが不合理で許されないということであれば,就業規則に規定があることにかかわらず堂々と他社で働けると考えられることから問題となります。この点,雇用契約は,労働者が使用者の指揮に従って労務を提供し,使用者が労務の対価に対して報酬を支払う契約です。とすれば,労務に従事するために拘束される時間外をどのように過ごすかについてまで使用者が口を出せないはずであるとも思えます。ところが,裁判所の判断の大勢は,兼職禁止規定の合理性を認めています。
このような判断をしたものとして引用されることが多い裁判例として「小川建設事件(東京地裁昭和57年11月19日判決)」があります。この判決は「法律で兼業が禁止されている公務員と異なり,私企業の労働者は一般的には兼業は禁止されておらず,その制限禁止は就業規則等の具体的定めによることになるが,労働者は労働契約を通じて一日のうち一定の限られた時間のみ,労務に服するのを原則とし,就業時間外は本来労働者の自由であることからして,就業規則で兼業を全面的に禁止することは,特別な場合を除き,合理性を欠く。しかしながら,労働者がその自由なる時間を精神的肉体的疲労回復のため適度な休養に用いることは次の労働日における誠実な労働提供のための基礎的条件をなすものであるから,使用者としても労働者の自由な時間の利用について関心を持たざるをえず,また,兼業の内容によっては企業の経営秩序を害し,または企業の対外的信用,体面が傷つけられる場合もありうるので,従業員の兼業の許可について,労務提供上の支障や企業秩序への影響等を考慮したうえでの会社の承諾にかからしめる旨の規定を就業規則に定めることは不当とはいいがた」いとしています。
≪問題の所在≫
では,今回の相談例のように,解雇処分の有効性が争われている間に,解雇された労働者が他社に就職して稼働する場合についても,上記と同様に考えることができるでしょうか。使用者が労働者の就労を拒否している場合には,前記の小川建設事件で述べられた趣旨が及ばないと考えられないか,問題となります。
この点については,試用期間経過後に契約終了を通知された労働者(教員)が,使用者(学校法人)に対して,雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めて長期にわたって別の訴訟をしていた(一審・二審とも労働者が勝訴して,使用者が上告中)ところ,使用者がその間の余所での就労を取り上げて兼業禁止違反だとして懲戒解雇したというやや珍しい事案ですが,最高裁まで進んだ「聖パウロ学園事件(最高裁大一小法廷平成12年9月28日決定)」があります。
要するに,上記事件を通じて,裁判所は一貫して「解雇の効力が争われているという一種の異常事態において,兼業禁止という謂わば平常時の労務管理規則を殊更に持ち出して追い打ち的な解雇処分をすることは,解雇事由がないか解雇権の濫用により無効である」と判断しました。もし,会社が当該従業員の就労を拒否し,賃金も支払っていないのに,他社での就労まで許されないとすると,労働によって生活の糧を得なければならない当該従業員としては,解雇の効力を争うことが事実上不可能になってしまう恐れすらあることから,上記裁判所の判断によって,解雇のルールにおける労使間の実質的な公平が図られたと見ることができます。
ただし,上記聖パウロ学園事件は,学校法人の教員が解雇期間中に(半ばボランティア活動的な)喫茶店の営業をしたというものでした。しかし,例えば,新たな就労先が使用者と競業関係にあるような場合には,当該規定の合理性がより強くなるだけでなく,競業避止義務規定があるときはそれとの関係が問題となる可能性もあります。具体的な事情・証拠に基づいた相談を弁護士としたうえでご対応されるべきです。
なお,労働者が解雇されていない平常時であっても,兼業禁止が無制限に許されるわけではありません。就業時間外は原則として労働者の自由な時間ですから,当然といえば当然です。裁判所も,事案に応じて,兼業禁止が許される射程を制限的に解しています。どのような場合に兼業禁止規定が及ばないかという裁判例の傾向についての検討は,既に解雇されてしまってその効力を争っている今回の相談事例とは直接関係しませんので割愛しますが,一例として,当事例集574番に塾講師の副業に関するものがございますので,興味のある方はそちらを参照したり,「兼業」「副業」等のキーワードで記事検索をしたりなさってください。
(解雇)
第18条の2 解雇は,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められない場合は,その権利を濫用したものとして,無効とする。