新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース 質問:業者から先物取引の勧誘を受けて,取引を始めました。担当者の勧めで,証拠金を100万円入金して,金を1500円で10枚買いました。しかし,その後,値段が下がり続け,1か月後,1450円に下がってしまいました。担当者からは,「追証(おいしょう)が必要である。」,「1450円の売建玉(うりたてぎょく)をすれば,すなわち,買建玉(かいたてぎょく)と売建玉を同時に持つ両建(りょうだて)をすれば,値段が下がっても上がっても絶対に安心である。」,「両建をするには,新たな証拠金として100万円の入金が必要である。」と言われて,両建を勧められました。先物取引のことはよく分からないのですが,担当者の言うことを信頼して大丈夫ですか。 解説: 2.また,先物取引は,少額の証拠金を担保に多額の取引ができる点に特徴があります。証拠金は,金の場合,1枚あたり,10万円であると仮定します。そこで,本件で,あなたは,証拠金を,「10万円×10枚=100万円」入金しております。また,先物取引をするためには,業者に委託手数料を支払う必要があります。委託手数料は,金の場合,1枚あたり,片道5000円であると仮定します。この場合,あなたは,業者に,「5000円×10枚=5万円」の委託手数料を支払っていることになります。 3.そして,本件で,あなたは,2月1日(分かりやすく説明できるように,購入日を2月1日と仮定します。)に,金を1500円で10枚買いましたが,その後,値段が下がり続け,1か月後の3月1日に,1450円に下がってしまいました。この場合,あなたの損失は,「(1500円−1450円)×1000倍×10枚=50万円」になります。 4.また,先物取引は,少額の証拠金を担保に多額の取引ができる点に特徴がありますが,取引に損失が発生した場合,担保力を補強するために,証拠金を追加しなければなりません。この追加しなければならない証拠金のことを,「委託追証拠金(いたくおいしょうこきん)」,省略して,「追証」(おいしょう)といい,損失(厳密には,その日の最終約定値段により計算した値洗い損)が証拠金の50%相当額を超えてしまった場合に発生します。 5.そして,本件でも,損失(50万円)が証拠金(100万円)の50%になりましたので,担当者の言う通り,追証が発生します(なお,厳密には,50%相当額を超えたとはいえませんので,担当者が虚偽の発言をしている可能性もありますが,この点で担当者が虚偽の発言をする可能性は一般的に低いので,追証が発生するとして論を進めます。)。 6.では,この3月1日時点で,どのような取引方法が考えられるでしょうか。この場合,主に,@追証,A損切り,B両建の方法が考えられますので,以下,順に検討します。 7.まず,@追証は,本件では,証拠金(100万円)の50%相当額である50万円の証拠金を追加して入金することになります。これにより,1500円の買建玉は維持されます。本件では,2月1日の1500円から3月1日の1450円まで値段が下がり続けてしまいましたが,3月1日時点での追証は,相場の反転(価格の上昇)を期待して行うものになります。 8.次に,A損切りについて,ご説明します。先物取引は,@「買い」とA「売り」のどちらでも取引を始めることができ,@買い付けていたものは,売り付けることにより,また,A売りつけていたものは,買い付ける(買い戻す)ことにより,すなわち,反対売買をすることにより,取引を終了させることができます。取引を終了させることを,「仕切る」ともいいます。よって,3月1日に,1450円に値下がりしてしまった時点で,1500円の買建玉を仕切れば(売り付ければ),50万円の損失が確定することになります。 9.最後に,B両建について,ご説明します。両建は,簡単にいいますと,買建玉と売建玉を同時に持つことをいいます。本件では,3月1日に,1450円の売建玉を建てることです。この場合,確かに,本件で,業者の担当者が言うように,今後,値段が下がっても上がっても,損益はトータルでゼロになりますので,損益が固定されることになります。また,この場合,売建玉を10枚建てる場合,新たな証拠金として,「10万円×10枚=100万円」の入金が必要になります。また,損失(50万円)が証拠金(100万円+100万円=200万円)の50%未満になりましたので,新たな証拠金の入金は,100万円で足りることになります。しかし,B両建は,その経済的効果において,A損切りと全く同じ効果しかなく,A損切りと比較して,無益な行為であると考えます。また,B両建は,特にあなたのように先物取引のことをよく分かっていない素人の場合,あなたにとって有害な行為であると考えます。以下,ご説明します。 10.(両建の無益性について)本件で,あなたは,担当者の勧めに応じて,2月1日,1500円の買建玉を10枚建て,3月1日,1450円の売建玉を10枚建てたと仮定します。つまり,両建をしたと仮定します。ただ,先物取引においては,建玉はいつまでも維持できることはなく,先物取引には,反対売買を履行する最終期限の月(これを「限月(げんげつ)」といいます)が決められており,基本的に,限月までに,仕切る必要があります。そして,その後も,値段が下がり続けて,4月1日に,1400円になったと仮定します。このとき,あなたは,今後は,相場の反転(価格の上昇)を期待して,売建玉を仕切ることにしたと仮定します。この場合,あなたには,「(1450円−1400円)×1000倍×10枚=50万円」の利益が確定したことになります。しかし,他方,1500円の買建玉については,「(1500円−1400円)×1000倍×10枚=100万円」の含み損が生じていることになります。 11.しかし,これらの両建行為,両建をはずす行為の経済的効果について,よくよく考えてみますと,3月1日の時点で,損切りをして,50万円の損失が確定した後,4月1日に,相場の反転(価格の上昇)を期待して,1400円の新規の買建玉を10枚建てる行為と,全く同じ経済的効果でしかないのです。すなわち,経済的効果としては,「両建=損切り」であり,「(両建をした後)両建をはずす=(損切りした後)新規建玉をする」に他ならないのです。よって,B両建は,A損切りと全く同じ経済的効果しかなく,A損切りと比較して,無益な行為であると考えます。 12.多くの判例でも,例えば,「両建ては双方から証拠金を徴収されなかった時代に,迷ったときに様子を見るために用いたり,追証拠金を準備する時間稼ぎのために用いられた手法であって,今日これを行なう意味はないとするのが定説である。」(大阪地裁昭和63年10月7日判決),「両建取引については,一方の建玉に利益が出れば,他方の建玉に損失が発生するから,顧客にとっては売買手数料の負担が増加するだけで仕切った場合と実質的に異ならず,何の利益もない」(東京地裁平成7年12月5日判決)等と,同様の判断をしています。 13.(両建の有害性)先物取引においては,過去に,悪質な業者によって多額の被害を受けたケースが多く存在します。その多くのケースで,両建は,「顧客を泥沼に引き込む常套手段」として使われてきました。国民生活センターのブックレットでも,古くから,「顧客を泥沼に引き込む一つの常套手段」であると指摘されております。もともと,業者は,手数料収入によって経営をしていますので,悪質な業者は,できるだけ顧客に多くの取引をさせて,手数料を稼ごうと考えます。そのため,悪質な業者にとっては,本件の3月1日の時点で,あなたがA損切りをして,先物取引から離脱しかねない状況になるよりは,あなたにB両建をさせて,新たな売建玉をさせて,手数料を稼ぐ機会を増やすとともに,先物取引から離脱しない状況になる方が都合が良いわけです。また,両建をした場合,限月までに,買建玉と売建玉をタイミングよくはずす必要がありますが,特に,あなたのように先物取引のことをよく分かっていない素人の場合,業者の担当者に頼らざるを得ないことになります。逆にいいますと,悪質な業者にとっては,顧客を言いなりにできる状況を作ることができるのです。そして,悪質な業者は,言いなりになった顧客に,さらに多くの取引をさせるように仕向け,手数料を稼ごうとします。そして,取引が多く複雑になるほど,特に,あなたのように先物取引のことをよく分かっていない素人の場合,さらに業者の担当者に頼らざるを得ないことになります。そして,ますます,悪質な業者にとっては,顧客を言いなりにできる状況を作ることができるのです。そして,あなたのような先物取引のことをよく分かっていない素人は,いつのまにか泥沼に引き込まれ,あなたが証拠金として出金したお金は,いつのまにか,ほとんどが業者の手数料で消えてしまう結果になるのです。 14.これが,過去の多くの先物取引の被害の典型的なケースなのです。 そして,このようなことから,業者は,必ずといってよいほど,両建を勧めるのです。よって,両建は,特にあなたのように先物取引のことをよく分かっていない素人の場合,有害な行為であると考えます。多くの判例でも,例えば,「損失が生じたときに一旦既存建玉を手仕舞うと,商品取引員は二度とその顧客を取引に誘い込めないが,顧客は,知識がない上に,『損だ。』と言われて浮き足だってしまい,商品取引員のいいなりになる傾向があり,両建の勧誘はこのような顧客を「泥沼に引き込む」一つの手段となっている」(大阪地裁平成7年12月22日判決)等と,同様の判断をしています。 15.両建は,このように,損切りと比較して,無益かつ有害な行為です。そこで,商品取引所法214条8号は,業者が,顧客に対して,同一限月の両建を勧誘することを禁止しており,また,商品取引所法214条9号・商品取引所法施行規則103条9号は,異限月の両建も,その取引を理解していない顧客から委託を受けることを禁止しているのです。なお,同一限月の両建も,異限月の両建も,素人顧客にとっては,損切りと比較して,無益かつ有害な行為であることに変わりありません。異限月の両建は,玄人筋が行う「さや取り」(という取引手法があることから,同一限月の両建と規制に差異が生じているのです。にもかかわらず,本件の業者の担当者は,先物取引のことはよく分かっていない,あなたに対して,両建を勧めているのですから,担当者の言うことを信頼してはいけません。このまま担当者の言う通りに取引をすると,損失が拡大してしまう可能性が高いと思います。早めに取引を手仕舞いするとともに,先物取引に詳しい弁護士に相談することをお勧めします。 ≪参考条文≫ 商品取引所法214条 商品取引所法施行規則103条
No.752、2008/2/7 16:51 https://www.shinginza.com/sakimono.htm
【商品先物取引・両建ての本質】
↓
回答:
1,結論から申しますと,本件の担当者の言うことを信頼してはいけません。このまま担当者の言う通りに取引をすると,損失が拡大してしまう可能性が高いと思います。あなたが取引所の商品に関係するビジネスをやっていてリスクヘッジの必要があるなど具体的必要がある場合を除いて,早めに取引を手仕舞いするとともに,先物取引に詳しい弁護士に相談することをお勧めします。以下,ご説明します。
2,尚,当事務所事例集のbV23,bU38,bU15,bU14,bU09,bT94,bT93,bQ82等も参考にしてください。
1.まず,あなたが行っている取引について,先物取引の基本的知識も踏まえて,検討します。まず,「商品取引所の立会で決められる価格の単位」を,「呼値(よびね)」といいます。金の場合,「呼値」は,「1g」になります。次に,「呼値に付けられる値段」を,「約定値段(やくじょうねだん)」といいます。金の場合,1gあたりの値段ということになります。また,金の場合,「取引単位(1枚)」は,「1000g(1kg)」になります。そうすると,本件で,あなたは,金を1500円で10枚買っておりますが,これは,金を,「約定値段(1gあたりの値段)1500円×1000倍×10枚=1500万円」で買ったことを意味します。
「商品取引員は,次に掲げる行為をしてはならない。
8 商品市場における取引等につき,顧客に対し,特定の上場商品構成物品等の売付け又は買付けその他これに準ずる取引とこれらの取引と対当する取引(これらの取引から生じ得る損失を減少させる取引をいう。)の数量及び期限を同一にすることを勧めること。
9 前各号に掲げるもののほか,商品市場における取引等又はその受託に関する行為であって,委託者の保護に欠け,又は取引の公正を害するものとして主務省令で定めるもの」
「法第214条第9号の主務省令で定める行為は,次の各号に掲げるものとする。
9 商品市場における取引等につき,特定の上場商品構成物品等の売付け又は買付けその他これに準ずる取引等と対当する取引等(これらの取引等から生じ得る損失を減少させる取引をいう。)であってこれらの取引と数量又は期限を同一にしないものの委託を,その取引等を理解していない顧客から受けること。」