新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース 質問:私は,昭和30年代に鉄工所を起こし,今では親族を中心に株式会社の形態で経営しています。世間で後継者不足が深刻化する中,幸いにも3人の子供たちのうち長男(現在,常務取締役)が後を継いでくれる目処が立っています。会社の株式の67パーセントを私が持ち,33パーセントを長男が持っていますが,私の株式の相続はどうなるでしょうか。妻に先立たれているので,相続人は,長男,次男(公務員),長女(専業主婦だが夫が当社従業員)の3人だけです。約22.3パーセントずつ均等に法定相続されるのであれば,長男が単独で過半数(55.3パーセント)の株式を持つことになるので安泰かと思いますが,問題はありますか。 解説: しかし,株式はそうではありません。相続財産を構成する株式数のうち何株ずつという形で分割されることなく,被相続人の株主たる地位全体が共同相続人全員によって準共有されることになるのです。なお,「準共有」という言葉についてですが,「共有」という法律用語が「所有権」について用いられるものであるため,所有権以外の財産権の場合には「準共有」といいます。ただ,イメージとしては「共有」と同じに考えて結構です。この準共有状態は,遺産分割がされるまで続くことになります。 【準共有状態の株式の議決権の行使方法】 これについては,判例(最高裁第三小法廷平成9年1月28日判決)があります。「共有持分の価格に従い過半数を持って定める」とするものです。この事案は,会社法が制定されたことで既に廃止された旧有限会社法に関するものですが,その理論自体はそのまま現在の会社法にも援用されるでしょう。ここにいう「持分の価格」とは準共有状態における持分の割合と考えられます。そして,子供達の法定相続分は均等ですから,つまり,共同相続人による多数決で決まることになるのです。 【会社が相続争いの戦場と化し,焼け野原になる】 あなたの場合,準共有の株式は,全体の66.7パーセントです。長男の反対を次男・長女連合で押し切ってしまえば,この66.7パーセント全部が後継者である長男に敵対することになります。株主総会を招集して,取締役を解任はおろか定款変更をすることも不可能ではない数字です。取締役の任免騒動にでもなれば,もう会社自体が相続争いの戦場です。これでは,せっかく後継者に恵まれていた会社も台無しです。そこまでは至らなかったとしても,会社が遺産分割の人質に取られていることには変わりなく,このような状況下でまともな経営ができるはずもありません。 【中小企業の事業承継は元気なうちに計画を】 【参照法令】 ■ 会社法 ■ ■ 民法 ■
No.764、2008/2/29 15:22 https://www.shinginza.com/qa-roudou.htm
[商事,家事,株式,相続,中小企業の事業承継]
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回答:驚かすようなことは言いたくありませんが,このまま法定相続した場合,会社の存続自体に関わる恐れのあるリスクを抱えることになります。株式を後継者に集中させる方策を検討しなければならないでしょう。典型的な対処としては,遺言による遺産分割方法の指定が考えられますが,中小企業の事業承継問題は,何か一つの手続だけで魔法のように解決できるものではありません。この問題に詳しい弁護士に相談するべきです。
【株式の相続は当然に分割されず,準共有になる】
法定相続分に従えば,3人のお子様があなたの相続財産を3等分して相続することになります。例えば,仮にあなたがA氏に対する3000万円の貸金債権を持っていたとすれば,3人が1000万円ずつ分割してその貸金債権を相続し,各自個別に自己の相続分相当額の返還を請求できることになります。株式もこのような金銭債権と同じように分割されると思われがちですが,そこに致命的で,かつ,弁護士から見れば極めて初歩的な落とし穴があるのです。例に挙げた貸金債権について,それぞれの相続人に分割して承継されるという「当然分割」の考え方をすることは,確定した判例といえます。すなわち「相続人数人のある場合において,相続財産中に金銭その他の可分債権あるときは,その債権は法律上当然分割され各共同相続人がその相続分に応じて権利を承継する。」とするものです(昭和29年4月8日最高裁第一小法廷判決ほか多数)。
さて,準共有状態の株式の議決権はどのように行使されるのでしょうか。これについては,会社法第106条に規定があります。これを要約すると「株式についての権利を行使する者一人を定め,株式会社に対し,その者の氏名を通知しなければならない。そうでなければ権利行使できない。」とすることができるでしょう。それでは,この「一人の権利行使者」はどのように決めるのでしょうか。
あなたのお子様を悪人だというつもりは全くありませんが,世間では実によくある問題の一例として,どうか気を悪くしないで聞いてください。準共有状態の株式についての権利がどのように行使されるかは前記のとおりです。これを本件にあてはめてみると,後継者候補で専務取締役の長男,公務員で会社とは関わりの薄い次男,夫が会社の従業員である長女の3人による多数決になります。もし,長女が遺産分割の内容に納得ができなかったり,会社内での夫の処遇に不満を抱いていたりしたらどうでしょう。会社との利害関係が薄く,会社の損得に拘束されない次男を味方に引き入れて,多数派工作をするかもしれません。長女自身に野心がなかったとしても,会社内でもっと重く用いられたいと願っている夫から唆される可能性だってあります(相続人の配偶者が口を出して揉めるケースはいやというほどあります。)。
中小企業の事業承継にあたってすべき対策は節税だけではありません。資産・経営権の継承,関係者の理解をどう図っていくか,中長期の計画を立てて行う必要があるのです。遺言書にあなたの株式を長男に相続させるよう記すとして,残りの子供達への遺留分は確保できていますか。節税とあなたの会社への影響力維持に配慮しながら,生前に少しずつ株式を移譲することを検討したことはありますか。そもそも,あなたご自身の資産等の状況,相続人を取り巻く状況,会社のヒト・モノ・カネの状況を整理して把握されていますか。中小企業の事業承継にあたっては,まずはこうした現状把握から始めなければなりません。こうした事案を取り扱う弁護士であれば,相続争いに発展してからではなく,会社の税理士さんと協力しつつ,事業承継の青写真を考える段階からお手伝いすることができるはずです。
(共有者による権利の行使)
第106条
株式が二以上の者の共有に属するときは、共有者は、当該株式についての権利を行使する者一人を定め、株式会社に対し、その者の氏名又は名称を通知しなければ、当該株式についての権利を行使することができない。ただし、株式会社が当該権利を行使することに同意した場合は、この限りでない。
(共有物の管理)
第252条
共有物の管理に関する事項は、前条の場合を除き、各共有者の持分の価格に従い、その過半数で決する。ただし、保存行為は、各共有者がすることができる。
(準共有)
第264条
この節の規定は、数人で所有権以外の財産権を有する場合について準用する。ただし、法令に特別の定めがあるときは、この限りでない。