新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.768、2008/3/7 15:48 https://www.shinginza.com/qa-sarakin.htm

【民事・平成18年12月貸し金業法改正・貸金業者への実印と委任状の交付・公正証書作成の制限】

質問:会社員をしており、社宅に住んでいます。借金が増えてしまい、返済が苦しく、それまでの借入業者からは限度額が一杯で借りられないと言われたので、平成18年頃個人の業者から借り入れをしました。電話連絡の際に、実印と印鑑証明書を持ってくるように言われたので、実印を押して、印鑑証明書を渡して、お金を受け取ったのは覚えていますが、契約書類をたくさん作られました。利息も高いという印象がありましたが、借りたければ署名しろ、と強く言われ、借りなければ返済ができなかったこともあって、応じてしまいました。最近、この業者への返済も苦しくなってきて、先日、ついに、支払期日に支払ができませんでした。すぐ、業者から連絡が来て、とにかくすぐ来るように、実印を押した書類と印鑑証明も持っているのだから、来なければこちらで使ってしまうぞ、と言われました。どうしたらいいでしょうか。

回答:公正証書の作成委任状に実印を押して印鑑証明書を渡した可能性もありますが、平成18年12月改正後の貸金業法では、現実に、その書類だけで公正証書を作成するのが難しいことから、業者は、あなたを公証役場に連れていって、公正証書を作ろうとしている可能性があります。業者の指示には従わず、まず、業者等への警告と、借金自体の整理を弁護士に相談して下さい。実印も変えた方がいいでしょう。公正証書を作られてしまうと、強制執行で、給料を差し押さえられる可能性があります。

解説:
1.(改正までの経過)公正証書とは、公証役場で作成される書類で、債務の不履行の場合は直ちに強制執行に服するという記載(「強制執行認諾文言」といいます。)が付けられていれば、裁判を起こさずに、強制執行手続ができるようになっている書類です。平成18年12月に改正されて公布される前の貸金業法でも、業者が勝手に、借用書をこの公正証書にしてしまうことがないように、この公正証書の作成を嘱託する白紙委任状(どのような書類を作成するかについての記載がないもの)等を、貸金業者が取得することは禁止されていました。しかし、現実には、借用書の内容を公正証書にされるという記載があっても、切迫した状況で、よく確認ができないまま、実印を捺印して署名し、印鑑証明書を渡してしまう債務者の方も多く、その書類を使って、業者側の第三者が債務者の代理人となり、書類を持って公証役場に行って、公正証書が作成されてしまう、という問題が多く生じていました。公証役場の公証人も、形式的審査権しかなく(公証人法1条、3条、26条の解釈として、確認が規定された範囲に限られると考えられる、というのが理由です。)、その内容が本当に実際の合意内容なのかという真実性までの確認義務はないとされていますので、本来の利息に、高利な契約上の未払い利息も含めて、元本を記載させてしまって、それに利息制限法内の利息を付ける形であれば、意思確認のための必要書類がそろっていると、作成拒否の根拠を探しにくい、という実状にありました。公正証書が作成されてしまえば、支払ができないと強制執行をされる、ということになりますので、それを理由に高利で強硬な取り立てを行う業者もありました。

2.(平成18年12月改正の内容)今回の改正法(公布から1年で施行されています)では、貸金業を営む者、つまり貸金業者は、貸金の契約等について、強制執行認諾文言の入った公正証書や、利息制限法に違反するような高利の公正証書の作成を嘱託できない、と規定されています(20条1項)。本来は、強制執行認諾文言の入った公正証書が作れるという委任状を債務者から取得したり(20条2項)、債務者の代理人を推薦したりすることも禁止されており(20条3項)、業務改善命令(24条の6の3)や罰則(48条の4の2)の対象になりますが、違法であっても、委任状を取られているという債務者の切迫した心理を取り立てに利用するため、業者が行う可能性も否定できませんし、公証役場で確認できるのは、上記強制執行や利息についての文言、ということになると思います。これまで、公正証書を送達されたことがないのであれば、公正証書の作成には至らないまま、改正法が施行されている可能性が高く、今から、強制執行認諾文言のついた公正証書を作成するのは、公証役場が、貸金業を営む者からの嘱託だ、と確認できれば、おそらく難しいと思います。

3.(改正法後の具体的不都合)しかし、高利であるかどうかは、公正証書作成の際に、本来の利息に、高利な契約上の未払い利息も含めて、元本を記載させてしまって、それに利息制限法内の利息を付ける形であれば、わからなくなってしまいます。公正証書作成の際には、このような契約書にします、という意思表示があれば足り、元の借用書まで示す必要がないからです。貸金業を営む個人が、あくまでも一般人、知人間の貸し借りだと装って、第三者も全くの第三者だ、として、それらしい委任状を示す、ということが、もしかしたら、できてしまうかもしれません。ただ、身分証明書を確認され(公正証書の作成の際には確認がされるのが通常です)、逮捕につながることを恐れて、そこまではしない業者も多いと思いますが、債務者の方を同行すれば、実際上は違法な高利の利息に基づく金額で、強制執行もできる公正証書を作成することが可能になってしまいます。

4.(対策)契約の際のご様子からすれば、ご自身で業者のところにいっても、業者の元にある書類を取り戻すことは難しいと思いますし、逆に、今すぐ払うか、公証役場に行くかどちらかだ、との選択を迫られる危険性が高いと思います。拒否するのは困難な状況になると思いますので、業者のところには行かず、まず、すぐに弁護士に相談をして下さい。弁護士から、業者に対して、その書類による公正証書作成は公序良俗(民法90条)に違反して無効、あるいは、仮に有効だとしても、公正証書作成を嘱託するとの委任契約を解除する(民法651条)、もし、その書類を使えば、刑事告訴や、行政からの業務改善命令を促す、等の警告書を送り、他の債務も含めて、利息制限法に従った適法な利息で、分割等での支払計画を組み直して交渉するか(任意整理)、難しいようであれば破産等の債務整理手続を行うことになると思います。この業者に対する負債については、高利で、しかも違法な書類まで取得した、ということであれば、貸付自体が、公序良俗に違反して無効(民法90条)であり、その違法行為を行ったのは業者であるから、適法な利息に従った返還請求もできない(民法708条、なお、期間的にそこまでいっていないかもしれませんが、同条但書で、こちらの過払いがあればその返還請求の可能性はあります。)という解決方法にできると思います。

5.(法律事務所との協議の必要性)返済のためにまた借り入れを行い、その返済も苦しい、ということであれば、負債は膨らむ一方ですので、ご自身の負債全体についても、自力での解決は、難しいと思います。お早めに、お近くの法律事務所にご相談下さい。

≪参考条文≫

<貸金業法>
(特定公正証書に係る制限)
第二十条  貸金業を営む者は、次の各号のいずれかに該当する契約については、特定公正証書(債務者等が貸付けの契約に基づく債務の不履行の場合に直ちに強制執行に服する旨の陳述が記載された公正証書をいう。以下この条において同じ。)の作成を公証人に嘱託してはならない。利息制限法第四条 に定める制限額を超える賠償額の予定が定められた貸付けに係る契約又は当該契約に係る保証契約についても、同様とする。
一  貸付けに係る契約(その定める利息の額が利息制限法第一条第一項 に定める利息の制限額を超えるものに限る。)
二  前号に掲げる契約に係る保証契約
2  貸金業を営む者は、貸付けの契約について、債務者等から、当該債務者等が特定公正証書の作成を公証人に嘱託することを代理人に委任することを証する書面を取得してはならない。
3  貸金業を営む者は、貸付けの契約について、債務者等が特定公正証書の作成を公証人に嘱託することを代理人に委任する場合には、当該代理人の選任に関し推薦その他これに類する関与をしてはならない。
4  貸金業者は、貸付けの契約について、特定公正証書の作成を公証人に嘱託する場合には、あらかじめ(当該貸付けの契約に係る資金需要者等との間で特定公正証書の作成を公証人に嘱託する旨を約する契約を締結する場合にあつては、当該契約を締結するまでに)、内閣府令で定めるところにより、債務者等となるべき資金需要者等に対し、次に掲げる事項について書面を交付して説明しなければならない。
一  当該貸付けの契約に基づく債務の不履行の場合には、特定公正証書により、債務者等が直ちに強制執行に服することとなる旨
二  前号に掲げるもののほか、債務者等の法律上の利益に与える影響に関する事項として内閣府令で定めるもの
(定義)
第二条  この法律において「貸金業」とは、金銭の貸付け又は金銭の貸借の媒介(手形の割引、売渡担保その他これらに類する方法によつてする金銭の交付又は当該方法によつてする金銭の授受の媒介を含む。以下これらを総称して単に「貸付け」という。)で業として行うものをいう。ただし、次に掲げるものを除く。
一  国又は地方公共団体が行うもの
二  貸付けを業として行うにつき他の法律に特別の規定のある者が行うもの
三  物品の売買、運送、保管又は売買の媒介を業とする者がその取引に付随して行うもの
四  事業者がその従業者に対して行うもの
五  前各号に掲げるもののほか、資金需要者等の利益を損なうおそれがないと認められる貸付けを行う者で政令で定めるものが行うもの
2  この法律において「貸金業者」とは、次条第一項の登録を受けた者をいう。
3  この法律において「貸付けの契約」とは、貸付けに係る契約又は当該契約に係る保証契約をいう。
(以下略)
(登録)
第三条  貸金業を営もうとする者は、二以上の都道府県の区域内に営業所又は事務所を設置してその事業を営もうとする場合にあつては内閣総理大臣の、一の都道府県の区域内にのみ営業所又は事務所を設置してその事業を営もうとする場合にあつては当該営業所又は事務所の所在地を管轄する都道府県知事の登録を受けなければならない。
(業務改善命令)
第二十四条の六の三  内閣総理大臣又は都道府県知事は、その登録を受けた貸金業者の業務の運営に関し、資金需要者等の利益の保護を図るため必要があると認めるときは、当該貸金業者に対して、その必要の限度において、業務の方法の変更その他業務の運営の改善に必要な措置を命ずることができる。
第四十八条  次の各号のいずれかに該当する者は、一年以下の懲役若しくは三百万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
四の二  第二十条第一項から第三項まで(第二十四条第二項、第二十四条の二第二項、第二十四条の三第二項、第二十四条の四第二項、第二十四条の五第二項及び第二十四条の六においてこれらの規定を準用する場合を含む。)の規定に違反した者
五  第二十条第四項(第二十四条第二項、第二十四条の二第二項、第二十四条の三第二項、第二十四条の四第二項及び第二十四条の五第二項において準用する場合を含む。以下この号において同じ。)の規定に違反して書面を交付せず、又は第二十条第四項に規定する事項を記載しない書面若しくは虚偽の記載をした書面を交付した者

<公証人法>
第一条  公証人ハ当事者其ノ他ノ関係人ノ嘱託ニ因リ左ノ事務ヲ行フ権限ヲ有ス
一  法律行為其ノ他私権ニ関スル事実ニ付公正証書ヲ作成スルコト
二  私署証書ニ認証ヲ与フルコト
三  会社法 (平成十七年法律第八十六号)第三十条第一項 及其ノ準用規定ニ依リ定款ニ認証ヲ与フルコト
四  電磁的記録(電子的方式、磁気的方式其ノ他人ノ知覚ヲ以テ認識スルコト能ハザル方式(以下電磁的方式ト称ス)ニ依リ作ラルル記録ニシテ電子計算機ニ依ル情報処理ノ用ニ供セラルルモノヲ謂フ以下之ニ同ジ)ニ認証ヲ与フルコト但シ公務員ガ職務上作成シタル電磁的記録以外ノモノニ与フル場合ニ限ル
第二条  公証人ノ作成シタル文書又ハ電磁的記録ハ本法及他ノ法律ノ定ムル要件ヲ具備スルニ非サレハ公正ノ効力ヲ有セス
第三条  公証人ハ正当ノ理由アルニ非サレハ嘱託ヲ拒ムコトヲ得ス
第二十六条  公証人ハ法令ニ違反シタル事項、無効ノ法律行為及行為能力ノ制限ニ因リテ取消スコトヲ得ヘキ法律行為ニ付証書ヲ作成スルコトヲ得ス

<民法>
(公序良俗)
第九十条  公の秩序又は善良の風俗に反する事項を目的とする法律行為は、無効とする。
(委任の解除)
第六百五十一条  委任は、各当事者がいつでもその解除をすることができる。
2  当事者の一方が相手方に不利な時期に委任の解除をしたときは、その当事者の一方は、相手方の損害を賠償しなければならない。ただし、やむを得ない事由があったときは、この限りでない。
(不法原因給付)
第七百八条  不法な原因のために給付をした者は、その給付したものの返還を請求することができない。ただし、不法な原因が受益者についてのみ存したときは、この限りでない。

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