新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース 質問:数年前に借金をして,その担保として私の居住不動産に抵当権を設定したのですが,返済ができなかったため抵当権が実行されてその不動産が不動産業者に競落されてしまいました。その後も,その不動産に居住し続けていたところ,この度,業者からの土地建物の明渡しを要求する旨の文書や裁判所からの不動産引渡命令書が送られてきました。どうしたらよいでしょうか。 解説: 民事執行手続は,権利実現を確実にするため現在執行を内容とする民事執行法(昭和54年民事訴訟法の強制執行の部分と競売法とを統合)と執行を事前に確保する民事保全法(平成元年に民事執行法,民事訴訟法の一部統合により制定)に分かれています。民事執行法に基づき判決等の債務名義や担保権の実行により不動産が競売された場合,不動産の買受人は競売により所有権を取得したのですが,不動産の占有者(旧所有者等)に対しては債務名義もありませんし,強制執行するためには本来自力救済は許されませんから,新たに訴訟を提起し占有者(旧所有者)に対する債務名義を取得しなければならないはずです。しかし,それでは,費用,時間がかかりますから,結局競売により不動産を取得しようとする人はいなくなりますし,権利者として債務名義,担保権を持つ意味がなくなり,事実上権利実現が出来ず適正,公平,迅速,低廉な紛争解決になりません。又,相手方(旧所有者,権限なき占有者)の利益を考慮しても,元々,公的判断たる債務名義が存在し担保権を自ら設定している以上,買受人に再度訴訟を起こさせてまで保護する必要性もありません。そこで,強制競売,及び担保権実行による買受人(勿論代金支払済みで6ヶ月以内の制限があります。遅れると新たに訴えを提起する必要があります)の申立と言う簡易手続により「引渡命令」という債務名義を買受人に与え強制執行手続を容易にし,私的紛争の適正,公平,迅速,低廉な解決を図ったのです。本来の債務名義,不動産担保権の実効性を確保するために付随して認められた手続ですから,付随的執行手続きといわれています。 2,次に手続の流れを説明します。まず,あなたが何ら反応しなかった場合の手続の流れについて説明します。(1)不動産買受人の「引渡命令」の申し立てにより届いた明渡しを要求する旨の文書や不動産引渡命令書(民事執行法83条)に対し何らの反応をしないでいると,競売不動産の買受人は,確定した「引渡命令」を債務名義として不動産の明け渡しの強制執行を申し立てますから(書類を受けとって1週間以内に執行抗告しないと「引渡命令」は確定します。民事執行法83条4,5項10条1,2項,の準用),あなたの居住先に執行官がやって来る可能性があります。これは,第1回目の強制執行(催告)でして,目的建物に誰がどのように占有しているかを確認して明渡しの催告をするだけというのが通常です。執行官は,通常2〜4週間後を明渡しの実施日(断行期日)と定め,その旨を記載した公示書(後掲)を部屋の壁に貼り付けていきます(民事執行法168条の2)。 3,なお,民事執行法168条の2にいう「引渡し期限」(公示書に記載されます。)とは,催告の日以降,仮に建物の居住者があなたから他の者へ移転したとしても,その期限までの間であれば,あなたに対する債務名義(執行文が付与された判決等です。本件では当該「引渡命令」が債務名義になります。)に基づき,その他の者に対して強制執行を行うことになる期限であり,上記の断行期日とは異なるものですから,注意してください。 4, 公示書 (事件番号) 平成○○年(執ロ)第○○○○号 (債権者) 株式会社×× (債務者) ×××× 標記の(■建物明渡(引渡)し,□土地明渡し)執行事件について,次のとおり公示する。 1 本日,当職は,債務者に対し,下記物件を債権者に明け渡すよう催告した。 2 下記物件の引渡し期限を平成○○年11月19日と定めた。 3 債務者は,下記物件の占有を他人(債権者を除く)に移転することを禁止されている。 (注意) (1)下記物件の強制執行実施予定日は平成○○年11月9日である。 (2)この公示書の損壊等をした場合,刑罰に処せられる。 平成○○年10月19日 ××地方裁判所執行官 ×××× (印) 記 (物件の表示)□裏面記載のとおり ■別紙物件目録記載のとおり (2)この催告に対しても何らの反応をしないと,第2回目の強制執行(断行)として,断行期日に,執行官が人夫等を引き連れてあなたの居住先にやって来ます。そして,人夫等によって建物内の動産類が全て搬出された段階で,執行官は債権者への引渡しを宣言し,それ以降,あなたは建物内に立ち入ることができなくなります(民事執行法168条)。 5,対処法。次に,本件についての対処法を説明します。 6,実際に明渡しが断行されるまでには,一般的に,執行官の調査費用,人夫の雇い入れ費用(短時間で終わらせるために多くの人夫が雇われます。),建物内動産類の保管費用などがかかるため,不動産業者(以下「業者」といいます。)は総計100万円以上の資金を用意する必要があります。そのため,業者としては,通常,強制執行まではしたくないのであって,いくらかの立退料を支払ってでも任意で立ち退いてもらいたいと思っているのです(執行しなくて済むなら一律に30万円を支払うと提案する業者もあります。)。上記執行費用は,引渡命令の名宛人が命令に従わないために必要となる費用ですので,後日,名宛人に対して損害賠償請求することができると考えられますが,実際には資力の乏しい名宛人が多いですから,回収は極めて困難だからです。そこで,あなたとしては,明渡しを要求する旨の文書や不動産引渡命令書が送られてきた段階で,業者と連絡を取り,明渡し日時や立退料などについてある程度の交渉をした上で,業者との合意書を作成した上で,自ら立ち退くのが得策といえるでしょう。 7,仮に,明渡しを要求する旨の文書や不動産引渡命令書に何らの反応をしないと,前記のとおり,明渡しの催告がなされることでしょう。このことは,業者から明渡しの強制執行の申立て(民事執行法2条)があったことを意味します。この段階に至ってしまうと,事は既に明渡しの執行手続が開始されてしまったわけで(裁判所は手続が始まると粛々と手続を進めていくものです。),明渡し日時や立退料などについて業者と交渉することは極めて困難となります。と言いますのも,執行官が断行期日の延長(なお引渡し期限の延長につき民事執行法168条の2第4項)をしてくれる可能性もありますが,そのためには,少なくとも断行期日の前に転居先を見つけ早々に立ち退ける状態にした上で,業者を納得させて断行期日延長の上申をしてもらう必要がありますし,上申をしてもらったとしても,必ず認められるとは言えないからです。ただ,全く交渉の余地がないわけではありません。この段階にあっても,業者としては,執行の申立てを取り下げるならば,人夫の雇い入れ費用,建物内動産類の保管費用などを出さずに済むわけです。そこで,あなたとしては,断行期日の前に転居先を見つけ早々に立ち退ける状態にすれば,業者もあなたを信頼して,強制執行の申立てを取り下げてくれる可能性もないとは言い切れないのです。 8,以上のように,明渡しの催告があったのちでも,全く対処法がないわけではありません。しかし,この段階に至っては,相当に厳しい交渉となることは確実でして,あなたとしては,明渡しを要求する旨の文書や不動産引渡命令書が送られてきた段階(明渡しの執行手続が開始される前の段階)で,とりあえず業者と連絡を取るべきでしょう。本人では交渉が難しいようでしたら,弁護士等に相談することをお勧めします。 ≪参照条文≫ ≪民事執行法≫
No.771、2008/3/10 14:31 https://www.shinginza.com/qa-fudousan.htm
【民事・任意競売・「引渡命令」・明け渡し手続き・対応策】
↓
回答:
1.不動産引渡命令書が送られてきたと言う事は,あなたの不動産が抵当権の実行(すなわち任意競売,民事執行法180条以下)により競落されて買受人(競落人)が代金を納付し,権利者として裁判所から認められたと言う事ですから(民事執行法79条の準用),新しい所有者(買受人)に明け渡さなければなりません。しかし,買受人が明け渡しを行うには法の定める手続と費用もかかりますので,あなたとしては明け渡しの猶予,立退き料の交渉を希望するのであれば買受人,裁判所と連絡をとることが必要です。
2.ご自分で出来ないようであれば弁護士と相談しましょう。
1,あなたは,「不動産引渡命令書」の意味内容が理解されていないようですから,「引渡命令」(強制競売の民事執行法83条が,抵当権による任意競売に準用されています。民事執行法188条)について,まず民事執行法の基本からご説明致します。引渡命令とは目的物が不動産の場合(他に動産,船舶もあります),強制競売及び任意競売において執行裁判所が,不動産の買受人の申立により不動産の占有者に対して不動産を買受人に引き渡せと命じる決定です。「判決」ではなく「決定(民事訴訟上,裁判所が口頭弁論を経ないで行う裁判)」ですが,債務名義の一つです(民事執行法22条1項3号)。どうしてこのような規定があるかというと,競売不動産の買受人を保護し,私的紛争を公的,強制的に適正,公平,迅速,低廉に解決するためです(民事訴訟法1条)。私的紛争は法秩序維持のため自力救済が禁止され,全て国家権力が裁判所を通じ公的強制的に解決する以上,紛争当事者にとり適正,公平,迅速,低廉なものでなければなりません。紛争解決は,権利実現を適正,迅速,容易にするため(権利の執行が実体関係を判断しながら行うと紛糾遅延する危険がありますので)裁判所が権利関係を確定する手続(民事訴訟手続)と確定した権利関係による実現が任意に義務者により行われない場合に,強制的に権利関係を実現する手続に分かれており,後者を民事執行手続と言います。
(趣旨)
第1条 強制執行,担保権の実行としての競売及び民法 (明治二十九年法律第八十九号),商法 (明治三十二年法律第四十八号)その他の法律の規定による換価のための競売並びに債務者の財産の開示(以下「民事執行」と総称する。)については,他の法令に定めるもののほか,この法律の定めるところによる。
第2条 民事執行は,申立てにより,裁判所又は執行官が行う。
(執行抗告)
第10条 民事執行の手続に関する裁判に対しては,特別の定めがある場合に限り,執行抗告をすることができる。
2 執行抗告は,裁判の告知を受けた日から一週間の不変期間内に,抗告状を原裁判所に提出してしなければならない。
3 抗告状に執行抗告の理由の記載がないときは,抗告人は,抗告状を提出した日から一週間以内に,執行抗告の理由書を原裁判所に提出しなければならない。
4 執行抗告の理由は,最高裁判所規則で定めるところにより記載しなければならない。
5 次の各号に該当するときは,原裁判所は,執行抗告を却下しなければならない。
一 抗告人が第三項の規定による執行抗告の理由書の提出をしなかつたとき。
二 執行抗告の理由の記載が明らかに前項の規定に違反しているとき。
三 執行抗告が不適法であつてその不備を補正することができないことが明らかであるとき。
四 執行抗告が民事執行の手続を不当に遅延させることを目的としてされたものであるとき。
6 抗告裁判所は,執行抗告についての裁判が効力を生ずるまでの間,担保を立てさせ,若しくは立てさせないで原裁判の執行の停止若しくは民事執行の手続の全部若しくは一部の停止を命じ,又は担保を立てさせてこれらの続行を命ずることができる。事件の記録が原裁判所に存する間は,原裁判所も,これらの処分を命ずることができる。
7 抗告裁判所は,抗告状又は執行抗告の理由書に記載された理由に限り,調査する。ただし,原裁判に影響を及ぼすべき法令の違反又は事実の誤認の有無については,職権で調査することができる。
8 第五項の規定による決定に対しては,執行抗告をすることができる。
9 第六項の規定による決定に対しては,不服を申し立てることができない。
10 民事訴訟法 (平成八年法律第百九号)第三百四十九条 の規定は,執行抗告をすることができる裁判が確定した場合について準用する。
第83条 執行裁判所は,代金を納付した買受人の申立てにより,債務者又は不動産の占有者に対し,不動産を買受人に引き渡すべき旨を命ずることができる。ただし,事件の記録上買受人に対抗することができる権原により占有していると認められる者に対しては,この限りでない。
2 買受人は,代金を納付した日から6月(買受けの時に民法第395条第1項に規定する抵当建物使用者が占有していた建物の買受人にあつては,9月)を経過したときは,前項の申立てをすることができない。
3 執行裁判所は,債務者以外の占有者に対し第1項の規定による決定をする場合には,その者を審尋しなければならない。ただし,事件の記録上その者が買受人に対抗することができる権原により占有しているものでないことが明らかであるとき,又は既にその者を審尋しているときは,この限りでない。
4 第1項の申立てについての裁判に対しては,執行抗告をすることができる。
5 第1項の規定による決定は,確定しなければその効力を生じない。
第168条 不動産等(不動産又は人の居住する船舶等をいう。以下この条及び次条において同じ。)の引渡し又は明渡しの強制執行は,執行官が債務者の不動産等に対する占有を解いて債権者にその占有を取得させる方法により行う。
2 執行官は,前項の強制執行をするため同項の不動産等の占有者を特定する必要があるときは,当該不動産等に在る者に対し,当該不動産等又はこれに近接する場所において,質問をし,又は文書の提示を求めることができる。
3 第1項の強制執行は,債権者又はその代理人が執行の場所に出頭したときに限り,することができる。
4 執行官は,第1項の強制執行をするに際し,債務者の占有する不動産等に立ち入り,必要があるときは,閉鎖した戸を開くため必要な処分をすることができる。
5 執行官は,第1項の強制執行においては,その目的物でない動産を取り除いて,債務者,その代理人又は同居の親族若しくは使用人その他の従業者で相当のわきまえのあるものに引き渡さなければならない。この場合において,その動産をこれらの者に引き渡すことができないときは,執行官は,最高裁判所規則で定めるところにより,これを売却することができる。
6 執行官は,前項の動産のうちに同項の規定による引渡し又は売却をしなかつたものがあるときは,これを保管しなければならない。この場合においては,前項後段の規定を準用する。
7 前項の規定による保管の費用は,執行費用とする。
8 第5項(第6項後段において準用する場合を含む。)の規定により動産を売却したときは,執行官は,その売得金から売却及び保管に要した費用を控除し,その残余を供託しなければならない。
9 第57条第5項の規定は,第1項の強制執行について準用する。
第168条の2 執行官は,不動産等の引渡し又は明渡しの強制執行の申立てがあつた場合において,当該強制執行を開始することができるときは,次項に規定する引渡し期限を定めて,明渡しの催告(不動産等の引渡し又は明渡しの催告をいう。以下この条において同じ。)をすることができる。ただし,債務者が当該不動産等を占有していないときは,この限りでない。
2 引渡し期限(明渡しの催告に基づき第6項の規定による強制執行をすることができる期限をいう。以下この条において同じ。)は,明渡しの催告があつた日から1月を経過する日とする。ただし,執行官は,執行裁判所の許可を得て,当該日以後の日を引渡し期限とすることができる。3 執行官は,明渡しの催告をしたときは,その旨,引渡し期限及び第5項の規定により債務者が不動産等の占有を移転することを禁止されている旨を,当該不動産等の所在する場所に公示書その他の標識を掲示する方法により,公示しなければならない。
4 執行官は,引渡し期限が経過するまでの間においては,執行裁判所の許可を得て,引渡し期限を延長することができる。この場合においては,執行官は,引渡し期限の変更があつた旨及び変更後の引渡し期限を,当該不動産等の所在する場所に公示書その他の標識を掲示する方法により,公示しなければならない。
5 明渡しの催告があつたときは,債務者は,不動産等の占有を移転してはならない。ただし,債権者に対して不動産等の引渡し又は明渡しをする場合は,この限りでない。
6 明渡しの催告後に不動産等の占有の移転があつたときは,引渡し期限が経過するまでの間においては,占有者(第1項の不動産等を占有する者であつて債務者以外のものをいう。以下この条において同じ。)に対して,第1項の申立てに基づく強制執行をすることができる。この場合において,第42条及び前条の規定の適用については,当該占有者を債務者とみなす。
7 明渡しの催告後に不動産等の占有の移転があつたときは,占有者は,明渡しの催告があつたことを知らず,かつ,債務者の占有の承継人でないことを理由として,債権者に対し,強制執行の不許を求める訴えを提起することができる。この場合においては,第36条,第37条及び第38条第3項の規定を準用する。
8 明渡しの催告後に不動産等を占有した占有者は,明渡しの催告があつたことを知つて占有したものと推定する。
9 第6項の規定により占有者に対して強制執行がされたときは,当該占有者は,執行異議の申立てにおいて,債権者に対抗することができる権原により目的物を占有していること,又は明渡しの催告があつたことを知らず,かつ,債務者の占有の承継人でないことを理由とすることができる。
10 明渡しの催告に要した費用は,執行費用とする。
(不動産執行の規定の準用)
第188条 第四十四条の規定は不動産担保権の実行について,前章第二節第一款第二目(第八十一条を除く。)の規定は担保不動産競売について,同款第三目の規定は担保不動産収益執行について準用する。